27.次代の勇者、邂逅する。
ぬかるんだ大地に足を取られた瞬間に、二つの魔獣の矛先は一気にジンの元へと移っていた。
「まだ、全員で助かる道はあったじゃないか……」
近頃、夜の森は強個体と呼ばれる謎の黒い靄を放つ魔獣が出てくることが多いという情報もあらかじめ何度も何度も伝えたはずだったのに。
夜の森に入ることなんて大反対でしかなかったが、魔法を使えないジンにパーティーの活動方針に口を挟めるわけもない。
ついてこないならクビと言われれば、付いて行くしかなかった。
大円森林ヴァステラには、大型魔獣から小動物が逃げることで作られた獣道がいくつも存在する。
その先は大抵が大型魔獣が入れないほどの大きさを持つ洞穴に繋がっていることが多い。
魔喰蛇も魔猪も、夜行性だ。
日が空ければ巣に戻っていく。
どこかの洞穴で朝になるまで耐えれば、みんなで帰ることも出来たはずだった。
ジンがリュークに伝えたとしても聞く耳を持ってくれないからと、毎回キャルルを通して伝えていたことが、とっさの判断が必要だった今になって裏目に出たのかもしれない。
最後の最後は、ジンを生贄にすることで生き延びることを選んだようだが――。
「……ぼくも魔法が使えたら、みんなみたいに色んな人を救えたのかな」
昔から、強い冒険者になることを夢見ていた。
物語に出てくるように、世界を旅して魔獣を倒し、人々の笑顔を守る冒険者が何より格好良かったからだ。
だが彼には、冒険者として何より大切な魔法が使えなかった。
それでも夢は諦められなかった。
魔法が使えない代わりに剣の技術を磨いた。
だが、剣の間合いではどうやったって飛び道具も何でもありの魔法には勝ちようがない。
魔法が使えない代わりに知識を磨いた。
みんなが簡単に倒せるような魔獣でも知識を頭の中に入れ、いつか魔法が使えるようになることを信じて、魔法が使えないなりに立ち回れるようにした。
だが魔石を通じて魔法を打とうにも、そもそもジンには普通の人が誰しも持ってる魔力すらもなかったという。
魔法が全てのこの世界において、魔法が使えないことは生きることを否定されているのと同じだった。
「ぼくも、格好良い冒険者に……なりたかったな」
「――ブルァァァァアアアアアアッッ!!!」
「キシャァァァアアアアッ!!!」
背後に迫り来る魔獣が二体。
魔獣たちの放った魔法がジンの身体を包み込もうとした――その時だった。
「超級火属性魔法魔力付与、黒炎ノ剣ッ!! 間に合いましたよ、リース様!」
一閃。
闇夜に現れたのは黒い炎だった。
同時に人影が現れる。
月夜に照らされて煌くロングストレートの紅髪。
その華奢な身体から繰り出されているとは思えないほどの魔力反応がジンの前に立ちはだかる。
濃縮されきった、見たこともないほどの大質量の黒炎がジンに襲い掛かる魔法をあっという間に蹴散らした。
そして――。
「間一髪だったね。もう一頭の魔猪は俺がやろう。超級風・火属性魔法、龍の息吹」
もう一つの人影は、金髪のポニーテールだった。
辺りを範囲攻撃型の炎で吹き飛ばし、月よりも明るく場を照らす。
熱風熱波は襲い掛かろうとしてきた魔猪を丸飲みにし、魔獣の勢いは完全に削がれた。
ジンを庇うように立ちはだかった二人が何者かなど、知る由もない。
「久しく見ない強個体だ、ちょうど良いね。ミノリ、そっちの魔喰蛇は超級魔法を5回使う前に倒してみよう。ジン君のことは気にしないでいい。俺が守る」
「はいっ、リース様」
「わたしも守る、なんて言われてみたかったです……」と少し恨めし気にこちらを向いた美しい女性は、再び剣に魔力付与を施してリュークたちが一切敵わなかった魔獣を相手に突っ込んでいく。
「魔力付与なんて、A級レベルの冒険者でも一握りしか使えないはずなのに……!?」
そして、強化された魔猪を相手取ろうとする金髪ポニーテールの男は、まるで先程までの会話をずっと聞いていたかのように優しくジンに話しかけてきた。
「君は魔法が使えないという理由だけで見捨てられたようだけど、どうも彼等は見る目がなかったみたいだね。魔法が使えない代わりに肉体と精神を限界まで鍛え続けてる。いつか魔法が花開くことを信じて諦めずに鍛錬を続ける。その忍耐の力こそが、まさしく《勇者》の扉を開く素質そのものだ」
言って、彼はその手に先ほどの女性よりも遥かに大きな魔力をくべた。
「君のようなヒト族が《勇者》で良かったよ」
ジン・フリッツ、16歳。
後に全世界にその名を轟かすことになる勇者の人生の転換点は、一人のエルフとの出会いからだったと言う。