流逆転サイコメトリー
こちらパトリック、正体不明のメイルと接触。フォーメーションを乱された。撤退する」
虜囚部隊が退却していく。
しかし暮人に気を回す余裕はない。
「質問に答えて欲しいんだがね!」
チェーンが回転する騒音と、空を切る音が響いている。
ノーマルブレードなら、その刃の腹を叩くことで弾き飛ばすことができる。
しかしチェーンブレードは無理だ。鋸に腕が絡まり悲惨なことになる。
「本当、素気ない、味気ないね、きみ」
会話するような口調で、少女はチェーンブレードを振り回している。暮人は後ろに下がり、ナイフを引き抜いた。防御した瞬間に刀身が削り斬られた。
「だめか」
拳銃を引き抜き、撃つ。剥き出しの右足を。だが、少女は痛覚がないかのように、平然と歩み寄ってくる。
「どういうことだ」
薬物でも使用しているのか。そもそも身に着けているのはメイルと呼べるのか。
情報がない。まさしくアンノウンだ。
落ちているアサルトライフルに目を向ける。アンノウンの背後だ。
取りに動くのは危険すぎる。
本気でこの少女を倒す気で行けば不可能ではないが。
(さて、どうする?)
少女の攻撃は厄介だが、対処不能ではない。
むしろ防御面では疎か……いや、それ以上に。
この少女は無防備すぎるのだ。
まるで死に急いでいるかのように、防ぐことを念頭に入れていない。
或いは、防がなくても問題ない?
少女の右足の変化を、暮人は見逃さない。
傷がゆっくりと埋まっている。再生しているのだ。
「サイキッカーか……」
「遊びがないんだね。生きていて? 楽しい?」
「さてね」
チェーンが唸る。木をなぎ倒し、ピースメーカーへ接近。
暮人はチェーンを紙一重で避け、右腕を掴もうとする。左腕で防御しようとしてきたが、同じく左腕で阻んだ。
拘束に成功した。後は足を払いダウンさせ、武装解除し無力化するのみ。
そう思った瞬間に、戦士としての直感が囁いた。
瞳から管が生えた。
咄嗟に頭を傾けて躱し、緩んだ拘束から逃れた少女による追撃を避ける。
「すごいね、きみ。普通の人だったら死んでるよ」
「この程度ではな」
加藤の親父に感謝しなければ。
ピースメーカーのヘルム内に映るのはショッキングな映像だ。
少女の右目から管のようなものが伸びている。
触手のようにも見える。情報を得たからこそ、理解が及ばない。
「本当に一体何なんだ。それ、痛くないのか」
「反応が淡白だね。普通だったら、悲鳴を上げたり、錯乱したり、化け物だと叫んで、撃ってきたりするんだけど」
「よくわからないというだけで攻撃するほどビビりじゃないさ。だから、詳しく説明してくれると助かるんだが」
「うーん、どうしようかなぁ」
少女は悩み。
「わかった、うん。教えてあげるよ――」
笑顔で左手を伸ばして、その内側から触手を放ってきた。
暮人は触手を早撃ちで落とし、左足とチェーンブレードを射抜く。
少女は態勢を崩した。ブレードの回転も止まった。
今のうちに少女から離れ、対応策を模索する。
と、ヘルム内でカタの映像が表示された。
『今復旧した。どういう状況だ? その処女はなんだ?』
「そいつは俺も知りたいね。再生能力持ちのサイキッカーだが、妙な装備をしている」
『妙な装備……ん、これは』
「知ってるのか?」
カタはハッキングで得た知識により、世界のあらゆる武器兵器に詳しい。
『管理局のデータベースで見たな。実験用パワードメイルで……確か……インプラントタイプ』
「埋め込み式、なるほど。見た目通りじゃないってことか。納得だぜ」
『しかしそいつは失敗作だったはず。量産も運用もされていないガラクタだ』
「ガラクタにしては面倒だ」
『さっさとやってしまえばいい。お前の腕ならいけるだろう』
「そう言うなよ」
それに、そう簡単には死ななそうだ。となると。
「ベルトをくれ」
『テストか。悪くない』
「ちょっとさー、わたしを無視しないでくれるかなー?」
少女が舞い降りてくる。射撃武装は持っていないようだ。
「加藤、再生能力持ちを倒すにはどうすればいい?」
『順当に考えれば、再生能力を上回る攻撃をぶつければいい。今ログを見たが、拳銃弾では即座に回復してしまうようだ。ライフルを使ったところで同じだろう。爆発物なら可能だろうが、個人的には賛成できない』
「とすると?」
『現状、その少女の殺害にこだわらない方がいい。離脱を優先するべきだ。もたもたしてると管理局だけじゃなく、レジスタンスもやってきかねない。幸い、私はプロフェッサーKだからな。こんなこともあろうかと』
『あたしが作っていた弾の中にいいのがある。今、ベルトを送る』
『おい、私の話を――』
「オーケー」
「無視しないでってばー」
柔らかな声音で放たれる明確な殺意。しかし動きはもう見切っている。
翼を使った飛翔突撃を跳躍によって避ける。
空中の先で生成されたベルトを掴み着地。
腰に巻く。黒いベルトが、鋼鉄の腰に装着された。
「カタ」
『特殊弾用スライド、転送する』
ベルトの一部に銃身が現れる。拳銃のスライドパーツを外し、ベルトに装着。新しいパーツを取り出してセットした。ベルトの脇に出現したマガジンへと交換する。
下手な銃撃は切り落とされるだろう。
幸運なことに、銃弾を避けたり、防いだりする奴の相手は慣れている。
鋸が目の前に迫ってきた。それを寸前で避け、少女の右腕を銃口で撫でる。
血が迸った。左腕から伸びてきた触手を叩き落とし、両足に銃弾を命中させる。
蹴りがヒットして、少女の身体が空中を舞った。
「やりすぎたかな」
生体反応は消失していない。少女は起き上がろうとして、驚いている。
「あれ……傷が治らない……」
パイルバレット。命中した対象の中で、杭が展開し摘出するまで居座り続ける。
なかなかエグイ効果の弾丸だ。いくら再生能力が高くても、その被弾部位に弾が残っていたら回復のしようがない。
「降参してくれると助かるんだが」
銃口は頭部を狙っている。いつでも殺せるぞという警告だ。
しかし少女は怯えていない。肝が据わっているのか。
それとも、そういう感情を、どこかに置いて来てしまったか。
「うーん……どうしようかなぁ。あ」
と、少女は何かに気付いたように身を起こして、
「いい音が聞こえる」
唐突に飛翔する。
暮人は撃たなかった。
殺害が目的ではない。逃げるならそれもいいだろう。
『殺しとくべきだったんじゃないのか?』
「まぁ、そうなったらその時だ。逃げるぞ」
戦いに生きるとは、そういうことだ。
復活したトレーラーへピースメーカーを走らせる。
しかし一つだけ気にかかるのは。
「どんな音が聞こえたんだ?」
※※※
無我夢中で逃げ回っている間に、避難命令が出ていたらしい。
早朝だから誰もいないと思っていたが、そうではなかった。
市民に支給されている端末とコードがなければわからないタイプ。
わからない、気づかない人間は、問答無用で拘束される。
レジスタンスの疑いがあるからだ。
それに、もしそうでなくても。
「命令に従わない人間は、社会に不要だ。俺はね、君がどっちでもいいんだよ」
「……ッ」
私は無人のコンビニエンスストア、その事務所にいた。
ちょっとこっちに来なさい。そう言われるがままについてきた。
どう考えてもまずい状況だ。
なんでいっつもこうなるの。
「捕まるというゴールはいっしょだ。だが、過程次第でそのゴールの細部が変化するかもしれないぞ」
という男の目を、以前見たことがある。
トラバたちといっしょだ。
女を捕まえた男は、強姦しなければいけない決まりでもあるのか。
いや、偶然の一致に過ぎないということはわかる。
たまたまそんな奴と巡り会っているだけ、ではあるがたまったものではない。
(逃げないと……)
トリアのセリフが蘇る。
旦那といっしょにいれば絶対安全。
確かにその通りだ。けれど、あの人はコスモを狙っている。
自分でなんとかしないといけない。
目を向けるのは事務所の隅に置いてあるバックパック。
あの中には銃がある。使い方がいまいちわからない古いリボルバー。
何もないよりはましだ。私は決心する。
「わかりました脱げばいいんでしょう! 今脱ぎますから!」
まず手袋を外す。コートを脱ぐ。
自暴自棄になっている風に見せかけて。
油断した大人たちの一瞬の隙をつき、走り出す。
バックパックに手を伸ばして中身を取り出し、
「やっちまったね、お嬢さん」
カチリという音が聞こえる。拳銃を向けられているのがわかる。
敵は強姦にこだわらないタイプのようだ。無理なら殺す。
まだ性欲の捌け口に見られていた方がマシだったかもしれない。
判断を誤ったか? 手に掴んだ紙袋の中に拳銃が入っている。
一か八か。
私は拳銃を掴んで、
「背後を取れば安全か。確かにそいつはありきたりだ」
「いきなり強気じゃないか?」
声、息遣い。背中に突き刺さる視線。
敵の位置は赤子の手をひねるようにわかる。
「なんだ、赤ちゃんばかりか」
「もういい、殺せ」
退屈だ。遅いな。カメの方が早いぜ。葉巻を咥えようとして気づく。
しまった、葉巻がないじゃないか。なんでないんだチクショウめ。
俺は身体を右に反らす。腹の前で隠していた拳銃を脇腹から覗かせ、挨拶をさせる。
赤ちゃんが悲鳴を上げた。利き腕を撃ち抜かれたからだ。
もう一人も大いに泣きじゃくる。慌てて行動し始めた。
「お前には似合わないおもちゃだぜ」
赤ん坊には早すぎる拳銃を俺は左手で掴んだ。
見たことないな。最新型か。
だが、なんとなく仕組みはわかる。銃身をがっちり掴むと、口を縛られたワニのように情けない動作をするだけだ。
「離せ!」
おっとこいつは銃を撃つことに執着しやがった。ここは体術を使うところだ。
俺は蹴りを男の勲章に食らわせる。銃を奪い捨てた。
情けない泣き声だ。
まぁ運のいいことに、
「泣き止ませるのは得意だ」
「待ってくれ!」
俺は相棒の撃鉄を今になって起こす。
いかんいかん。うっかり目を覚まさせるのを忘れてたぜ。
シングルアクションは撃発ごとに撃鉄を起こさなくちゃいけない。
あまりにも平和すぎて、間の抜けたことをしちまった。
「あ、あんたの銃かっこいいな。俺たちのとは大違いだ」
「そうか? おだてられんのは嫌いじゃない」
「なんて名前の銃なんだ?」
「おいおい知らんのか? 中国人。こいつはコルトのシングルアクションアーミーだ。俺のはピースメーカーだがな」
「俺たちは日本人なんだが……」
くるくるとガンスピンを行う。帽子のつばに触れようとして、
「つばがねえな。なんだこの帽子。鏡は?」
「か、鏡……トイレに」
「そうか」
俺は事務所を後にして鏡へ向かう。そして度肝を抜かれた。
「こんなこともあるのか」
俺は女だった。
こんなションベンくさいガキになっちまうとは。
昔自分のことを神とか抜かしたあほに出会ったことがあるが、これはうっかり信じちまいそうになる。
トイレを後にして、葉巻を探す。商店のようだからあるかと思ったが、見つからない。
事務所に戻って荷物を回収する。赤ちゃん共はいない。
手袋は俺の趣味じゃない。ポケットにしまった。
「逃げ足の速い中国人だ」
ハエが自由に飛び回るのは不思議なことじゃない。
俺は近づくと勝手に開く不思議な扉から外に出て、
「動くな」
鎧を見た。タイムスリップでもしちまったのか。
青い鎧だ。ごつい。しかし、剣ではなく槍でもない。
ライフルみたいなものを装備している。
「最近の流行りなのか。だとしたら願い下げだ」
「俺を生かしたこと後悔するぞ!」
さっきの赤ちゃんが吠えている。かなり離れたところから。
「なるほど。この鎧がお前のママか。お似合いだ」
「私は後ろのあほ共のようにバカじゃない。職務を遂行する」
「そいつはありがたい」
青い鎧は銃口を向ける。レバーやボルト式ではなさそうだが、撃たせると面倒だ。
そして、俺の相棒が語り掛けている。こいつの装甲は抜けない。
まぁ、だからなんだって話だが。
俺は一発撃つ。
相手はピクニックでもしてそうな遅さで引き金を引き、銃が暴発した。
「なッ、こいつ銃口の中に銃弾を!?」
よく見ると、鎧の背後に妙な箱が見える。
なんとなくあれが弱点な気がした。鎧の右後ろに柱がある。
あの素材、跳弾しやすそうだ。
俺は相棒に話してもらった。
苦悶の声と共に男が崩れ落ちる。
「駆動部がやられた……! 軽装型はこれだから!」
背後は剥き出しだった。雑魚用の鎧だったのかもしれない。
「じゃあな赤ん坊ども」
赤ちゃんたちにさよならをして、俺は街の中を進む。
人気のない街だ。
一体どうなってやがる。
葉巻がないのが痛すぎる。いや、たばこはあったな。
取ってくればよかったか。
そもそもなぜ俺はいつまでも銃を持っているのか。
バカみたいだ。ガンスピンしながらホルスターへと。
コトン、という音が聞こえた。
「…………」
銃が目の前に落ちている。俺は。
俺は。俺? 俺って?
「違う……!」
私だ。今のは何?
私は誰だった?
誰の情報を、私は読み取った?
「この銃の持ち主……?」
私が今まで何をしていたのか覚えている。
この銃の使い手は恐ろしく強かった。
二人の男を苦もなく無力化し、軽装甲の強化鎧までダウンさせた。
しかも古い銃でだ。
それはいい。けれど。
「これが、私の能力……?」
こんな風になったのは初めてだった。いつもはせいぜい、その人の気持ちが私の中に流れ込んでくるぐらいだ。
しかし今は。
私はその人になっていた。
いつの間にか能力が向上していた? そんなわけない。
ずっと避けていたんだし。使わなくちゃ成長しない。筋トレと同じだ。
「なんで、急に……」
何がトリガーだったのか。落ちている銃を見る。
「この銃……に残った情報?」
武器に染み付いた記憶が、あまりにも強かった?
「何にしても逃げないと!」
ここにとどまるのはまずい。私は手袋をして落ちている銃を拾う。
よくわからないものだが、捨てていくには惜しい。今は猫の手でも借りたい。
日本人を中国人だと勘違いしている変な人だったが。
私は小走りでこの場を後にし、
「見ーつけたー。面白い音の子ー」
「えっ? うわああああああああああああああ!」
天高く、連れ去られた。
※※※
「はい――はい。素養はあるかと。計画に支障はありません。はい。全ては閣下の望むままに。……通話は終了しました。何用ですか?」
通話を終えたエストは、物陰に潜んでいた者へ呼びかける。
彼は堂々と姿を現した。
「一つ、君に質問がある」
「何でしょうか。ミューラー隊長」
「彼らを本当に倒すつもりがあったのか?」
「もちろんですよ。作戦の練り直しが必要不可欠ですが」
同じ手が通用する相手ではない。
イコライズシステムの弱点も克服されているだろう。
強化計画も速やかに進めるはずだ。
「このまま挑んだところで、勝ち目は薄いでしょう」
「……」
ではどうするのかと。パトリックは無言で促してくる。
「増援を要請しています。性格に難はありますが」
エストは踵を返した。
「そろそろレジスタンスも、本腰を入れてくる時期でしょう」
※※※
野営テントの中では、複数の戦士たちが会議をしている。
「ヘクトール殿の指令はパッケージの確保はサブターゲットとし、メインターゲットとして管理局の兵士を倒せ、という内容でしたが」
「ヘクトール……」
フードの男は難色を示した。
「有能なのは認めよう。だが、アレの指揮に従ってばかりでは、な」
「所詮は人間、ですと?」
「我々はサイキッカーのために戦っている、という話だ。ヘクトールの指令は外れではない……だが、我々が狙うべき目標は一つだ。奴の指示を無視はしないが、積極的には動かない」
「わかりました……。前回の戦闘では青薔薇なる組織は敗北寸前だったようです。我らの戦力なら、十分に勝利できるでしょう」
「采配はお前に任せる」
「御意」
テントの外にフードの男は出た。
世界は思い通りには動かない。
超能力者の指揮は超能力者であるべきだが、人間は着々とレジスタンスの中で地位を固めている。欠かせない存在になってしまった。
他ならぬレジスタンスのランキング制度を用いて。
能力の高い者が低い者を従える。
それがレジスタンスの、超能力者の在り方。
能力主義だ。
アキレウスはあちこちを飛び回り、評議会にも滅多に参加しない。
他の上位ランカー共も自分たちのことで手一杯だ。
「俺の出番、というわけか」
「マルセフ殿。準備整いました」
「始めるぞ」
世界は思い通りには動かない。ゆえに。
せめて自分は、思った通りに動く。
※※※
「今回は流石にまずったな」
「ノーダメージで切り抜けたのは評価していいと思うが」
今回の件を加藤はポジティブに考えていた。
「親父さんにどやされそうだが」
「親父は関係ない。これは私たちの話だ」
暮人と加藤が話し込んでいる。カタは不参加。
彼女はパソコンの前で文句を言っている。小声だが。
くそっ一体どういうことあのハッカーは確か昔練習でハッキングした時にぶちあった奴だあの感覚は絶対に忘れないくそパパに反対されてもあの後仕掛けるべきだった。
私にはばっちり聞こえてくる。
「カタ」
「なんだ?」
苛立っている様子だ。今回の件は自分の不手際であると感じている。
「あ、あの……暮人も加藤も、あなたのせいだとは……」
「それは、わかってる。ミスの数で言ったら加藤の方が多いしな」
ちゃっかり加藤に飛び火しているのがカタらしい。
「だが……ふん。認めたくはないが、あたしは負けず嫌いでな」
「確かに」
カタが少し睨んできた。あたしはびくりとする。
「で? 何の用だ?」
「少し……休もう?」
カタは怖い顔を作る……が、私は怒っていないとわかっていた。
すぐに笑みを浮かべる。
「ふっ。お前、あたしの心が少しは読めるのか」
「ちょ、ちょっとだけ」
本当は全部わかっています。
とまでは言わずに、カタが寝台に向かうのを見守る。
「今のあたしは気分がいい。お前に最高の眠りを教えてやろう。来い」
カタの手招きに従って、休憩ルームへと足を運ぶ。
カタ専用のスペースができている。暮人と加藤にはないので、扱いが酷い……ように思えるが、二人は特に文句はないようだ。
その分の働きを、カタは行っている。
「今は突貫工事だ。イコライズシステムの弱みを見抜かれたからな。様々な強化計画を実行しなければならん。専用モードも用意しないと……」
カタはベッドで横になった。しかし考えごとが多く目は冴えている。
「それぞれの長所に特化するのはいいが、データを得ないとだめだ。噂の装備品の詳細も検索して……」
「カタ」
「おっとそうだったな」
こいつには今からあたしのとっておきを教えてやるんだったな。
カタは端末を見せてくる。以前見たことがあるキャラが映っている。
「ピスタ」
「そう、ピスタだ。見てろ」
カタはベッドに横になった。
ピースタ、ピスタ、エンジェルピスター。カタの情報。
何も聞こえない何も聞こえない。カタは大興奮なんてしてない。
こんな状態で眠れるのかと私が心配していると、ワイヤレスイヤホンをカタは耳に当てた。
「ピスタちゃんは安眠配信をしていてな。ASMRという奴だ」
「安眠」
「それをこうして、こうするとな」
カタが再生マークをタップする。
『こんばんわ。来てくれてありがとう。今日もあなたを天国に連れてってあげるよ。まずはお耳のもみほぐしを――』
「ぐう」
あれ。カタの情報が全く入ってこない。
あれだけうるさいのがぴたりと止んでいる。
「カタ……?」
天井からアームがせり出てきて、イヤホンを丁寧に外す。
カタは熟睡していた。
「加藤……好き……」
素直な寝言を漏らしながら。
※※※
「君の能力は……範囲は限定的だ。しかし特別なものに違いはない」
目線を合わせて座るせんせいが私の手に何かを乗せる。
手袋だった。
「他人の記憶……情報が自分の意志とは無関係に流れ込むのは酷なはずだ。これを使うといい」
「ありがとう」
私は感謝を述べる。そして、心の中で話しかける。
せんせい、違うんだよ。怖いことはたくさんあるけど。聞きたくないことが聞こえちゃうけど。
これがあるおかげで、あの子とともだちになれたんだよ。だから、酷いことばかりじゃあないんだよ。
「それと、これは私と約束して欲しいことなのだが」
せんせいは小声になった。秘密のお話だ。
「君が外に出た時に気を付けなければならないことを、今から言う。覚えておくんだ」
「外……?」
でもおかしいな。みんなは外は危険だから出ては行けないよっていうのに。
まるでせんせいは、私を。私たちを、外に出したがっているみたい。
「付喪神、という話を知っているかな。日本では、古い物には魂が宿るという話。外にはたくさんの物がある。それらはせいぜい、僅かな記憶が付着しているだけだが……とても強い意志を持った人物の古い品。そういう物には触らないと、約束してくれるかい」
「触ると、どうなるの?」
「これは仮説だけどね。もしかすると君は――」
「どうなるんですか!」
せんせいに訊ねる。だが、目の前にせんせいはいない。
「夢か……しまった」
昔、せんせいが忠告してくれていたのに、すっかり忘れちゃっていた。
「まぁいいか。とりあえず……あれ」
立ち上がろうとして、気づく。
まず、ここはどこ?
薄暗い部屋の中にいる。こんなところに来た記憶はない。
あの謎の人……アメリカ人らしきガンマンが勝手に動いてしまったのか?
「いやいや、だとしたら銃が落ちてるはずだし」
それに、ここに来る前に私へと戻ったし。
そうだ、一度整理しよう。ここに来る前。
処刑人がコスモ狙いだという記憶を読み取って。
無我夢中で逃げ出して。管理局のパトロールに捕まって。
ガンマンの記憶を再現してしまって。
それから。
天高い。
空へと。
「まず……い」
まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。
急いで逃げないと。
部屋を見回す。バックパックは残してあった。
私は立ち上がって、
「おはよう、こんにちは、こんばんは……? ねぇねぇ、今の時間はー、どの挨拶がー、正しいんだっけー?」
ドアから現れた天使と対面した。
最悪な状況は、まだまだ終わってくれそうにない。