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ピースメーカー攻略作戦

「旦那、やっぱりいないぜ」


 リリウムを探し回って一時間は過ぎた。トリアは場数を踏んでいる超能力者だ。迷子の捜索など朝飯前のはずだが、彼女の姿は捉えられなかった。

 痕跡自体は見つかっているが、これは迷子とは言えず。


「家出だな、こりゃ。どうする?」

「行ってしまったようだね」


 処刑人は動じていない。まるで最初から知っていたように。

 流石旦那だ、とトリアは思う。


「いいのか?」

「去ってしまったのなら仕方ない。彼女は獲物ではないのだから」

「まぁ、旦那がそう言うなら」


 処刑人のアフターケアは完璧だ。彼がそう言うのならそうなのだ。

 しかしトリアとしては残念だった。


「あいつ、いい食べっぷりだったんだけど」

「運が良ければまた会えるさ」

「旦那が言うならそうか」


 トリアは納得して冷えてしまった朝食を食べ始める。


「しかし空が騒がしいのが難点だ。使いすぎないことを祈っているよ」

「相変わらず意味不明だな旦那。まぁ、そこがいいんだけど」


 冷えていても労働後のご飯は旨かった。



 ※※※



 意味がわからない。

 なんでなぜどうして。


「あの人も、コスモを……!」


 どうしてみんなあの子を放っておかないの!

 理屈はわかる。理論はわかる。理由はわかる。

 だけど、そう思わざるにいられない。

 無我夢中で走って、私は息を整える。

 ベンチに座り、リュックサックから飲み物を取り出そうとして、


「あ……」


 茶色の紙袋に手が当たる。


「持って、来ちゃった……」


 一瞬呆けて、首を横に振る。

 もうどうでもいい。私が頑張らないといけない。


「私が、あの子を……!」


 水分補給し意気揚々と立ち上がり、


「ちょっといいかな、お嬢さん」


 背後から声を掛けられる。

 振り返ると、管理局の制服が見えた。



 ※※※



「皆さん準備はよろしいですか」


 作戦室にて、エストは確認作業に入る。

 隣には端末を操作するミリノラがいる。彼女の腕前は確かだ。

 あの女には劣るが、一流には違いない。


「にしても、ラッキーでしたね今回は」

「当方は運というものを信じません」

「では何を」

「もちろん、当方自身です」


 他愛のない会話を終えると、通信が返ってきた。


『ノマド、配置についた』


 モニターに表示される地図には味方の位置が点滅している。

 次に位置についたのはサーシャだった。


『サーシャ、射線確保』


 カイルとカミナも待機している。


『カイル、護衛につきました』

『カミナ、いつでも行けます』


 ファルコンは偵察を終えてビルの屋上へ着地した。


『ファルコン、準備完了だ』


 そして、第七部隊の隊長が完了の知らせを届けた。


『パトリック、準備を終えた』


 今回の作戦の要だ。彼に全てが掛かっていると言っていい。


「では、始めましょうか」


 エストは指揮官として作戦開始を指示する。取り掛かるのは端末の操作だ。

 標的に狙いを定めて、攻撃を開始する。



 ※※※




「やっと終わった……」


 転送ベルトの調整を終えたカタが一息吐く。

 そこへ、コスモがコーヒーを手渡した。


「お疲れ様」

「ん、助かる」


 そしてカタは驚いていた。


「完璧だな」

「良かった……」


 カタの好みを能力で読み取った。外に出た弊害は見られない。

 加藤は安堵して、用意されたコーヒーを飲む。

 これも完璧だった。


『ベルトを試すか?』


 運転席の暮人が訊ねてくる。


「そう気軽に試せるのならいいんだが」

「転送システムは下手に使うと検知される」


 テストは敵との戦闘時に行う。安全性を鑑みれば推奨されない行為だが、自分たちにはそこまで安全マージンを取る余裕はない。

 研究所に勤めていた時は決して考えられなかったが。

 カタが肩を竦めた。


「敵が来るまで待つしかないな。それか、またちんけな犯罪者でも狩るか」

「理想を言えば、戦うことなくあれを強化し続けたいのだがな」


 加藤としては、敵と戦いたいわけではない。

 青薔薇の会には遂行目標がいくつかある。

 ピースメーカーの開発。安全地点の確保。

 そしてコスモの友達。

 一番ハードルが高いのは検討の余地なく。


「リリウムか……」


 コスモが反応した。カタは彼女の肩に触れた。


「レジスタンスの拠点にいるとすると……最悪の場合は」

「こちらから攻撃を仕掛けることになるな」


 レジスタンスは死に物狂いで追ってくるだろう。

 本来は近づくどころか離れるのが得策だが、コスモの希望は叶えたい。


「今のところ雑魚ばかりだが、いつ上位ランカーが来るかわからないぞ」

『じゃあ、レジスタンスに事情でも話すか?』

「全員が敵だとは思えない。が、すんなり彼女だけ引き渡してくれるなんて展開にはならんだろう」

「とすると、暴力か」

「交渉したいのはやまやまだが。それに管理局も――」


 と、加藤が続けようとした時、突然トレーラーの電源が落ちた。


「なんだ?」

「まさか!」


 トレーラーが停車する。扉を手動で開けて暮人がやってくる。カタが反射的に予備電源に切り替え。

 そして、毒づいた。


「やられた……あのクズのせいで……」

「お前があんな奴に不覚を取ったのか?」


 加藤はカタの実力を知っている。それはないと断言していいほどだが。


「違う、が見張られていた……? あんなクズに見張りが? 有り得ないが、そうなのかもしれない……」

「不運が重なったんだろう。気にするな」


 カタを元気づけて、加藤はシビリアンモデルを装着しようとする。


「片方しか無理だ……!」

「だったら俺が行くぜ」


 暮人がピースメーカーを装着し始める。腕、足、胴体、頭。

 ガンラックからアサルトライフルを取り出した。


「外の様子は……?」

「確認できない。カメラをやられた」

「マジか。能力頼りじゃなさそうだ」


 暮人が厄介そうに言う。加藤はライフルを取り出した。


「カタ、お前も出るか?」

「その可能性も考慮しなきゃいけないな。システムを復旧してから……何?」


 カタが珍しく焦った様子を見せた。滅多に動じない仲間が。


「くそ、こいつ……! まずい」


 キーボードを叩く音が響き出す。攻撃を受けているようだ。


「押されてる……! 厄介な童貞……! この感覚、この手触り、どこかで……」

「暮人!」

「どうにかする」


 暮人が後部ハッチを開け、出撃した。


「みんな……頑張って」


 コスモの声援を背中に受けて。



 ※※※



「さて何が……」


 と周辺の様子を伺った瞬間、狙撃が放たれた。暮人は横にローリングし撃ち返す。

 逃げた敵の姿を見て、ため息を吐いた。


「カタに怒られるな」


 鮮やかなオレンジ色。

 第七部隊のようだ。無策とは考えにくい。

 再度挑んできたからには、勝利できる自信があるのだろう。

 実際に、奴らはこちらの後方支援を封殺している。流石の加藤も、連中相手で生身はキツイ。カタはパソコンに掛かりきりだ。

 トレーラーの護衛は加藤に任せるしかない。


「奴はどこだ?」


 一番厄介な隊長は。

 あえて姿を晒し、敵の注意を引く。やはり七体。

 トレーラーとは不通状態。情報交換も無理そうだ。


「凄腕ハッカーでも引き入れたか?」


 通信システムが潰されている。前回のハッカーは腕はいいが敵ではない、とカタは断言していた。

 しかし今回は違う。

 なかなかにシビアな状況。油断すればやられそうだ。

 とはいえ。


「ここで負けるようじゃな」


 コスモの友達を救うどころか、彼女に選択肢を与えることすらできなくなる。

 現状戦力はピースメーカーのみだ。

 こいつで、つまり自分でこの状況を打開するしかない。

 とすれば、あえて敵の懐に飛び込む他なかった。

 加藤がいるとしても、コスモを狙われてしまうのはまずい。

 ならば、スケープゴートになるしかない。


「しかし残念だな。あんたらとは戦いたくなかったがね」


 走りながら周囲に目を配る。敵の気配はする。

 誘導されているようだ。

 戦いやすい場所に。あえてその罠を踏み抜く。

 人払いの済んだ街の中を疾走する。いつの間にか避難命令が出ていたらしい。

 うっかり外に出ていたら、有無を言わせず収容所に連行されるタイプのものだ。

 恐らく何人かしょっ引かれているだろう。


「可哀想なことだ、っと!」


 レーザーを避け、応射。追撃した先で目にしたのは、戦いにくそうな公園だった。

 敵にとっては好都合の場所。

 遮蔽物が少なく、近場には狙撃しやすいビルが立ち並ぶ。


「痺れるね」


 早速、狙撃が来た。狙撃を走り回避し、応射しようと照準を合わせる。と、背後からの銃撃。これもまた腕がいい。初めて見る奴だ。避けたはずが、銃弾が掠る。


「風使いか」


 風で銃弾を操作したようだ。

 これで判明している能力は四つ。レーザー、風、テレパス。

 そして、未来予知。


「能力制限……外れてるな」


 こういう場合は最悪の事態を考慮する。とすれば。


(連携が来る)


 全神経を防御に集中させる。放たれたレーザーを紙一重で躱し、狙撃を避け、あえて銃撃を背中に受ける。

 ダメージの取捨選択。最低限度の損傷で攻撃を切り抜け、反撃を開始する。

 誰を狙うか。

 ここは定石で行く。

 三人の敵には目もくれず索敵を再開。ターゲットはカミナと呼ばれていた通信兵。

 どこに隠れているかを考える。守りやすく逃げやすい場所がセオリーだが。


(俺を倒しやすい場所か)


 誘き寄せるには絶好のポイント。

 建物の中はない。


「林か」


 しつこい飛行型を銃撃で牽制。ライフルのマガジンを左脚部のローダーへ投げ入れる。弾薬が補充され、排出されたマガジンをキャッチ。装填。チャージングハンドルを叩き、林エリアへと近づく。

 対象はすぐ見つかった。小柄なセンチネルSが二体。


「ほらやっぱり! 隊長は正しいんです!」

「手筈通り逃げるよカミナちゃん!」


 無論、逃がすつもりはない。が、相手は子供だ。子供の場合は例えこちらの身に危険が及ぶとしても殺さない。加藤の打ち出した方針だった。

 軍隊ならそんな甘い話は通らないかもしれない。

 だが幸い、自分たちはテロリストだ。

 それを重々承知しながら、わざと殺意の高い銃弾を二人の子供に放つ。

 悲鳴が響いた。

 すぐさま喜びに変わる。


「隊長……!」

「まぁ出てくるよな」


 奴ならば完全に防ぐという信頼があった。

 隊長……パトリック・ミューラー。

 管理局所属の超能力兵士群では一番の戦績を持つ男だ。

 オレンジ色のシールドで銃撃を防いだ後、奴は躊躇いなく放り投げた。

 これのためだけに用意したらしい。未来予知は厄介だ。

 暮人は隊長に銃撃を加えようとする。が、レーザーが周辺の木々をなぎ倒しながら放たれ、反射的に身を投げ出す。

 銃口を隊長へ向けたが、銃弾の雨が文字通り上から降ってきた。風での弾道操作を転がって対処。立ち上がりと同時に引き金へ指をかけ、


「ッ?」


 避ける。通信兵の銃撃だった。その射撃は大人の兵士たちに比べて拙い。

 その一瞬の隙を突いて、パトリックが肉薄してくる。拳を腕で受け止め、


「何ッ」


 切れず、打撃を左肩に受ける。

 今度は少年兵の銃撃。避けた瞬間に狙撃が左腕を掠った。


「ぐッ! しまッ」


 ファルコンという名の飛行タイプの突撃を食らう。中心部への直撃は避けたが、左側に衝撃を受け、ライフルを落としてしまった。ハンドガンを引き抜こうとして、銃弾が複数方向から飛んでくる。あえて何発か右腕で受け、膝をつき、次の一手に備えようとした瞬間、強力な銃弾が胸部装甲にさく裂した。

 隊長の大型拳銃による射撃だ。

 苦悶の声を漏らし、ピースメーカーが倒れる。


「まずいぞ、こいつは」


 ヘルムの中で、ぼやかずにはいられない。

 ピースメーカーの弱点を、敵は見抜いている。



 ※※※



「作戦要項について、当方が説明します」


 作戦室に招集された虜囚部隊ナンバー7は、今作戦について消極的傾向が見られた。

 それを、パトリック・ミューラーは覆い隠すことなくエストに伝えてくる。


「俺個人としては賛成できない。彼らは民間人を救出していた」

「今の話、オドヴィール上級管理官が聞いたら憤慨するでしょう」


 しかしエストは違う。特務遂行管理官だ。

 有能な人間を旧体系的なしがらみで排除することは愚策である。


「ピースメーカーは本来、管理局のメイルです。当方はその回収を命じられています。パッケージについても同様です。あなた方にはその専任に当たって頂きます」

「あなたもサイキッカーを洗脳したいクチなのですか」


 半信半疑にカミナが問う。信頼と不信の岐路に自分が立たされていると感じる。

 エストは指揮官として説明責任を果たすことにした。


「当方としては、人間もサイキッカーも関係ありません。使えるものは使う。必要なことは行う。青薔薇の会は極めて有能な人材で構成された組織ですが、小規模です。どれだけ質が良くても、何かが起きれば量に負ける。その時に我々がその二つを確保できなければ、敗北です。最悪の場合、世界が終わってしまうケースもあり得ます。ゆえに」


 今回の作戦は必要不可欠である。

 カミナやカイルなどはこれ以上口を挟まなかった。


「まぁ、実際、この作戦で倒せるようだったらそれまでってことですぜ。むしろ俺たちが倒してやれば、まだ彼らにもチャンスを与えられるってことで。それで、よろしいんじゃないですかい? 隊長」


 ファルコンの仲裁に、パトリックは異議を唱えない。

 理解が早い人間をエストは好んでいた。無駄話は好まない。時間は有限だ。


「って言っても、そこがネックですよねぇ。前回はノーカンとして、前々回は勝てなかったでしょ俺たち。データは揃っているって言っても、詳細なカタログスペックを眺めたわけじゃあないんですし」

「立花がいる限り、後方支援も潰せません。正面から戦っても、勝ち目はないんじゃないでしょうか」


 ノマドとサーシャの率直な意見をエストは受け入れる。


「もちろん、当方にはそれらを突破する策があります」

「聞かせてもらおう」

「では説明に入ります」


 エストは隊長の首肯に応じ、モニターにピースメーカーの詳細図を表示した。

 灰と銀の鎧は、あらゆる敵との戦闘を想定して開発されている。


「まずピースメーカーには特別なシステムが搭載されています。その名はイコライズシステム。敵対象と性能を同等イコライズにするシステムです。これにより、性能差での敗北が理論上なくなります」

「無茶苦茶だな。けどやっぱり、デメリットにもなる」

「対等になると言えば聞こえはいいですが、その分、相手にもピースメーカーを攻略する糸口を与えてしまいます。純粋な実力勝負で決着がつきますから。その欠点を補うには、装着者には相応の実力が必要となります」

「日影暮人には相応の力量がある」


 パトリックの分析はまさしくその通りだった。ただし、そう上手くことが運ばないのが現実というもの。理論は理論だ。現実とは乖離がある。


「しかしパトリック隊長と、日影の実力は紙一重。対等ならばどちらが勝利しても不思議ではありません。それに加えて、こちらは部隊です。数的有利があります」

「そのうえで、どうする?」


 パトリックはもう気づいているようだ。エストはあえて作戦の肝を告げる。


「イコライズシステムを逆手に取ります。当方の権限で、部隊のメイルを改造、強化を行います。性能を個別に調整したメイルをそれぞれに分配します」

「すごく強い奴、強い奴、まぁまぁ強い奴、弱い奴……って感じですか?」


 カイルへエストは捕捉を加える。


「イコライズシステムは、単体相手に作用します。同調はリアルタイムで行われ、性能値は常に変化しています。あなた方は低性能かつ性能値が僅差なメイルを複数運用していたため、これまで大きな差は生じていませんでした。今作戦では、かのシステムをこちらでコントロールします」

「そしたら当然、隊長型は一番強い奴ですね!」


 カミナの嬉しそうな発言に口を挟む隊員は存在しない。


「ファルコン隊員には隊長型より一段階性能を落としたものを。ノマド隊員とサーシャ隊員には二段階。カイル隊員とカミナ隊員には三段階性能を落としたものを配備します。そして、性能違いのメイルによる同時攻撃で、対象をダウンさせます」

「これでピースメーカー攻略作戦は完了、ですか。しかし問題はあの狙撃手と」

「あのハッカーですよね」


 サーシャとミリノラの危惧は当然だ。

 しかしエストにはそれをクリアする準備がある。


「そちらについては当方にお任せを。特に、立花の方は」

「自信があるんですか?」

「当方だけでは難しいでしょう」

「ほらやっぱりあいつ頭おかしいですから――」

「実力的には五分五分ですから、拮抗してしまいます」

「ふへっ」


 ミリノラが固まる。エストは涼しい表情で続ける。


「そこであなたの出番です。ミリノラ隊員。あなたは立花の足元程度のハッカーですが、当方と同時に仕掛けることで、ダメージを与えることができます。先手を打つことでトレーラーのシステムをダウンさせ、予備戦力の起動も阻止できます。そうなれば、加藤はトレーラーの護衛に専念せざるを得ず、日影もまた安全確保のため囮行動を始めるはずです。そうすれば、先ほど説明した戦術で、ピースメーカーを無力化可能です」

「い、いや待った待った! そもそもどうやって捕捉するんですか! まさかあなたはリアルタイムで青薔薇の位置を特定できるとか言いませんよね?」

「それは不可能です。あのトレーラー自体がステルス仕様ですから」

「ほーらやっぱ」

「しかし幸いなことに……偶発的要因によって、当方の監視網にあの女が引っかかりました。位置の推測は容易。ゆえに、この作戦を提言しました」


 唖然とするミリノラの背中をサーシャが優しく擦り、その頭をカミナがよしよしと撫で始めた。


「何か質問はありますか?」


 手を挙げたのは一人だけ。


「もしこの作戦がうまくいき、ピースメーカーとコスモを確保できたとして。君はどうするんだ?」


 パトリックの問いかけに、エストは事務的な口調で応じる。


「当方は、命じられるままに動くまでです」





 作戦開始から順調にフェイズは移行している。第一フェイズトレーラーの無力化、第二フェイズピースメーカーの誘き出し、第三フェイズピースメーカーの確保。

 第四フェイズ、パッケージの確保及び青薔薇構成員の捕縛。


「第三段階も間もなく終了ですか」


 二つの画面を同時に見ながら手は片時も休めない。立花相手に油断は禁物だ。優勢である今も、彼女は諦めていない。抵抗をしているのみならず、隙あらばこちらを切り殺そうとしている。

 キーボード越しに殴り合いをしているようなものだ。本来なら互角であるその拳も、ミリノラ隊員の存在で僅かにこちらが上回っている。

 ミリノラ隊員は立花の足元に及ぶハッカーだ。第七部隊は優秀だった。

 青薔薇も有能だが、時間が足りなかった、としか言えない。


(開発段階は三分の一程度。しかし、そんな言い訳はしない奴らですか)


 準備不足だから負けた、などという言い訳はしない。

 諦めもしない。最後の最後まで。

 ダウンしたピースメーカーへ、ノマド隊員とカイル隊員がゆっくりと近づいている。

 こちらはまだ優勢だ。下手に刺激しない方がいい。

 その判断を伝えようとした瞬間、扉が開いた。


「貴様ら何をしている! 能力制限はどうした! 私はお前らのそんざ――」

「ひっ!」


 ミリノラが悲鳴を上げる。理解が及ばない。


「手を止めないでください」

「えっ、でも、え……?」

「放っておいて構いません。今は作戦に集中を」


 エストはミリノラを注意する。

 自らの拳銃の抜き撃ちによって葬った、オドヴィール上級管理官の死体は無視しろと。

 そして、次なるフェイズに移行するべきか逡巡した刹那。


「失敗ですか……」

「え? 何が? へっ?」


 困惑するミリノラ。

 エストはレーダーに新しく表示された反応を注視している。



 ※※※



(さて、どうするかね)


 仰向けに倒れて、天を仰ぎ見る。空には飛行タイプが滑空している。獲物を狙うトンビのように。

 別方向から二体のオレンジ色が迫っていた。

 パトリックはこちらを注視している。

 通信兵も健在。

 ビルの窓からは狙撃兵が見えている。

 彼らが無能なら、切り抜ける方法はいくつもある。

 だが、有能だった。下手な行動は確実な敗北に繋がる。

 体力的にも装甲値にも余裕はあるが、打開策がない。同じことを繰り返しているだけでは、ただの時間稼ぎにしかならないだろう。

 カタの挽回を期待して動く手もあるが。


(捕まった後を見越すべきか? しかし参ったねこれは)


 ここまで押されたのはいつ以来か。

 しかしまだ、諦めてはいない。

 加藤の親父さんが言っていた。勝ち負けを決めるのは他人ではなく自分だと。

 

(無難に行くとするか)


 ここでは捕まらずに抵抗。多少の時間稼ぎを行い、カタと加藤の援護を待つ。それでも難しい場合はあえて敵に捕縛され、次の機会を待つ。

 とにかく、コスモだけは逃がす。なんとしても。彼女が無事ならどうとでもなる。

 行動指針を決め、不意を打とうとしたその時。


(なんだ?)


 何かが上空から迫ってきた。応戦した飛行タイプは回避を余儀なくされている。


「チッ!」


 敵に囲まれていると知りながらも、回避を選択する。高速で降りてきた白い何かは剣のようなものを振りかざし、一目散に飛行した。

 少女兵に向けて。それをパトリックが銃撃する。


「隊長!」

「下がれカミナ! 全員だ!」


 パトリックは瞬時に部下を下がらせる。いい判断だ。

 虜囚部隊を後退させた何かが、ピースメーカーの前に降り立った。


「味方……って気があんまりしないな」


 一言で表すなら、純白の天使。

 もう少し詳細を語るなら、機械仕掛けの少女。

 背中から翼が生え、装甲を装着している。だが、部分部分が抜け落ちている。

 胸部は装甲で守られているが、腹部は剥き出し。壊れかけたスカートのようなパーツを腰回りに巻いている。

 右腕は白い機械の鎧で守られているが、左腕はそのまま。左目はバイザーで見えないが、右の赤い瞳はよく見える。口元も露出していた。白い長髪が風に揺れている。

 身体に掛けられた白色の布が、服の代わりのようだ。


「何者だ?」


 虜囚部隊の動きを伺いながら、謎の天使に問いかける。


「きみ、つまらない音だね。空虚で、空白で、空っぽ」

「自分に音が流れている事実に驚きだぜ」


 と応じながらも、この得体のしれない少女を図りかねている。

 右腕に持っている剣は刃がチェーンソーのようになっている。

 切られたら痛そうだ。

 そんな風に思っていると。


「いい音、奏でてくれる?」

「生憎と音楽はからきしでね!」


 機械仕掛けの天使が、ピースメーカーへと突撃する。

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