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ピースメーカー計画

 ピースメーカー計画。

 平和を手に入れるための最大にして最後の計画。

 その名前を耳にしたことは何度もあった。

 だって。

 他ならぬ、私についてのことだったから。


「君は、一言で言えば……部品だ。君に備わる高精度、広範囲の精神感応テレパシーを用いた全人類統括計画……それがピースメーカー計画の第一段階」

「そこはただの事前準備。だろう? 加藤」


 カタに呼び名を間違われても、加藤は何も言わない。


「そうだ。この計画の肝は、全人類を繋げた後だ。人々の意識共有が済み次第、第二段階――コードの送信を行う」

「コード……平和……」

「平和ねぇ。みんなの頭に平和の二文字を植え付けるか?」


 暮人の皮肉に加藤が応じる。今の彼は真摯だった。


「そんなことで平和になったら誰も苦労はしない。平和という単語は、言葉は、よほど特殊な環境下にいない限り誰もが一度は耳にしているはずだからな。言語プログラムの入力……思考認識の調整……わかりやすく言えば、巨大な洗脳装置を用いた意識の上書きだ」

「結局のところ、洗脳……。力業で世界を纏めるぐらいしか、あいつらじゃ考えつかないんだな」


 加藤のバカげた考えの方がよっぽどマシだな、というカタの情報には賛成だった。


「問題は、その方向だ。洗脳できるとして、どうする? 平和とは? 管理局が何を考えているのか。その推測は容易だ」



 ※



「まず、ありきたりなところとしてサイキッカーの強制排除。その場で自害せよ、という命令コードを放てば、人間側に平和が訪れます。もちろん、あなた方も例外なく」


 エストの説明にカミナやカイルなどの若い隊員は拒否反応を示した。


「次もあるだろう?」


 ファルコンに促されて、エストは続ける。


「奴隷化ですね。サイキッカーは人間の道具として生きる。実際はサイキッカーのみならず全人類が奴隷化と言って等しい状況になりますので、誤差の範囲ではありますが」

「その計画を遂行するために、我々は管理局に協力を?」

「そのようになります」


 パトリックの質問を、エストは肯定した。



 ※



「そして、レジスタンスとしても似たことをするだろう。残念ながら、彼女の能力とその運用方法について情報統制はできなかったからね」

「仕方ありませんよ、ヘクトール様。これはあなたのせいではありません」

「そう言ってくれると嬉しいよ、パル君」


 ヘクトールの異名を持つ男は秘書であるパルに、説明を続ける。


「人類殲滅或いは奴隷化……結局のところ、無闇に争うのは同種の人間のみ、か。レジスタンス運営のためには、紛い物とはいえ希望が必要だ。パッケージの存在は、戦士たちの燃料として機能している。だが、その火は熱すぎる。何の対策もなく近づけば、その炎に燃やされるだけだと、多くの人間は気づいていない。それに……裏に、ついても」

「裏? あの? わかりやすく説明してくれるのはとても、とてもありがたいんですけど、知っての通り私はバカですので、もう少し噛み砕いていただけると……」

「僕は君の存在にだいぶ救われているよ、パル君」

「……あの? バカにされちゃってます? いや、バカだからいいんですけど」


 ヘクトールは穏笑を絶やさなかった。



 ※




「そういえば、もう一つ、かの計画には選択肢があるね」

「どういうことだい、旦那」


 気持ち的には、私もトリアと同じだ。抹殺か隷属か。その二択しかないと思っていたあの子の使い道に、この処刑人と呼ばれる不可思議な人は気づいているらしい。


「何、難しいことではない。繋げて、放っておくのさ」

「それカオスもいいとこじゃ?」

「そのカオスこそを、求める者もいるだろう。全人類が、言わば一つの生命体へと昇華する。ある意味、それも平和だろうね。誰かが誰かを殺そうとすれば、それは別の誰かに感じ取られる。即座に救いの手が現れるだろう。コミュニケーションも円滑だ。表面上の言葉では伝わらない、誤解をされてしまう想いも、瞬時に理解できる。言葉という出力システムを用いらずとも、感情を、思考を共有できる」

「そううまくいきますか?」

「さてね。それを言うなら他の選択肢も同様だよ。できるかもしれない、というのが重要なのだよ。それにね、リリウム。その手の発想をする輩が、自分のことを棚に上げないと思うかね?」

「あ……」


 つまりピースメーカー計画は、みんなが思っている以上のものではない。けれど、かもしれない……可能性がある限り、誰も止まらない悪魔の計画ってこと。


「それに、この手の計画には、必ずいるのだよ。最低限の介入で、利益を得ようとする存在が。やはり、表は裏ほど美しくないな」

「……表?」


 処刑人は、コーヒーを飲んで笑った。



 ※



「計画のことはわかった。……あのメイルについては」


 パトリックに頷き返し、エストはさらなる情報を開示した。


「名前は、ご存じの通りピースメーカー。現在、世界中で起きている平和争奪戦において、その保護及び敵対勢力の殲滅を目的として開発されました」

「保護って言っても物理的な意味で、でしょう。最悪じゃないですか」

「平和を守ることは一苦労ですので。装置が完成し、起動したとしても洗脳から逃れる者はいるでしょう。そういう存在の排除も予定されていました」

「だが、今は別の者の手に」

「青薔薇の会。そのように名乗っているようです」


 エストの生真面目なセリフに一同が固まる。


「青薔薇……?」「なぜ薔薇?」


 サーシャとミリノラが顔を見合わせている。


「青い薔薇ってあれだろ? 不可能を可能にするっていう花言葉の」

「つまり、何か深い意味がある名前、というわけですか。カミナ、納得し」

「名称に意味はないようですが」

「てません! 意味わかんないですねあいつら!」


 カミナとは意味合いが違えど、確かに疑問は尽きない。

 彼らはなんなのか。

 なぜ、ピースメーカーという極秘裏に開発された鎧を奪取し。

 世界中から狙われている平和を手に入れたのか。


「そして、ここからが裏の話です」

「裏、とは」


 エストはポケットから一枚のコインを取り出した。


「ピースメーカー計画には、表と裏がありました。この、コインのようにね」



 ※



「加藤君。後は任せる」

「大丈夫です。離脱できます!」

「重要なのは私じゃなくて君なのだ。真のピースメーカー計画にとって」

「しかし教授!」

「私は汚い人間だ。だが、君は違う。道を踏み外すことはない」

「あなたのスキルは必要です。ですから諦めずに」

「世界にとって私は不要だ。行け――ぐおッ」

「ゼネラル教授、くそ! 大丈夫ですか!」

「これで説得の手間が省けたな……君なら、大丈夫だ」

「く、くそ!」

「そうだ、そうやって……他者の痛みに敏感だ。敵を殺す時も……そうしなくていい方法を模索している……だから、君なのだ。死体を連れていく余裕はないだろう」

「……わかりました」

「加藤君」

「教授」

「あの子に……コスモに、よろしくな」



「私も知らされたのは当日だった。教授に、渡したいものがあると言われてな」

「教授……」


 せんせい。私に優しくしてくれた人。

 とても悲しそうだった人。


「教授は最初から、計画に協力する気などなかった。……命を懸けてもいい。信じてくれ、とは言わないが……あの人は、優れた人だった」

「信じ、ます……加藤」

「ありがとう」


 心の底からの感謝を、加藤は口にする。


「お前のせいで人生を棒に振ったあたしらにも感謝して欲しいものだが」

「言語化は無理だ。してもしきれない」

「……ふん」


 私は思わず鼻を押さえた。暮人がため息をつく。

 カタの情報をどうにか抑え込んで、呟く。


「せんせいと加藤は知り合い……だった」

「隠していたつもりはないが、いろいろと説明が遅れた。すまない」

「お前はいつも遅れてる」

「そう言うな」


 あたしはお前からの告白を何年も待っているんだが。

 という声は極力無視する。


「教授からあれを託された私は、仲間たちと共に計画を練った」

「正直、練らない方がましな計画だったがな」


 暮人の言葉は酷い……ように聞こえるが、付随してきた失敗したいくつかの計画の情報でそんな気持ちは吹き飛んだ。

 ほぼほぼ、アドリブ。計画通りに進んだ試しがないようだ。


「計画ってのは予定通りにいかないものだ。とにかく! 私は青薔薇の会を結成し、君を強奪した。……世界的に見ればテロリストだ。君の存在は一般公開されていない。私も、教授を通して話を聞いていたに過ぎない。私は君をよく知らない。君も、私たちを知らない。それでも、ついて来てくれている」

「知りたい、から」


 素直な気持ちを言う。初めてのことかもしれない。

 いや、回数は僅かであれど、何度かあった。こういうことは。

 自分であの子を友達にした時と。

 あの子といっしょに名前を考えた時。


「私は……教授は。君に、一人の人間として生きて欲しいと願った。青薔薇の会は君をサポートする。遠慮せずに、希望を言ってくれ」

「だからと言ってあまり変なこと言われても困るがな。遊園地に行きたいとか」


 加藤とデートしたくてしょうがないんだがなんとかならんか追手を全滅させればワンチャンあるか……?


「まずは、付き合わないと……」

「なんだって?」


 加藤に聞き返されて私は全力で首を横に振る。


「なんでもないです。あ……」


 希望することが一つだけあった。


「友達に……」


 あの子に、もう一度。


「友達に、会いたいです」



 ※



「幸いにして、青薔薇の会の構成員については面が割れている」

「ふぇ? そんな報告聞いてませんのですけど」


 戸惑うパルと、微笑みを湛えるヘクトール。


「特に、そのリーダー格……加藤啓介に関しては、彼の同僚がよく話してくれた。曰く、目立ちたがり屋で名前にコンプレックスがあり、研究内容は平凡。誰もが思いつくことを、誰よりも早く言う。頭の回転は速いが、天才肌というわけではない……のだそうだ」

「ほぼ悪口じゃないですか。相当嫌われてたんですねその人」

「いやいや。彼女はとても嬉しそうだったよ」

「ふにゃ?」


 理解に精いっぱいで、パルはまともな声も出せなくなってきている。


「そして、戦いに長けている、とも。養父が原因だそうだ。かつて世界を渡り歩いた傭兵を育ての親に持ち、戦闘技能はプロの兵士をいとも簡単に戦闘不能にできるほど、とね」

「えっと、科学者ですよね?」

「超能力研究はその性質上危険がつきものだからね。腕に覚えがあっても不思議ではないさ」

「まぁ、それを言うならあなたもですけどね、ヘクトール様」

「いや、僕は武芸者というわけではないよ?」

「は……?」


 一瞬呆けたマリが、手を横に振る。


「いやいや。いやいやいやいやいや」



 ※




「次に厄介なのが、この女です。名前を立花片菜」


 表示されたのは黒髪の女性だ。クールな印象を与える。

 ちょうど、エストと同種のイメージだ。


「天才的ハッカーとして情報収集を行い、また機械工作にも長けています」

「えーと……私もハッキングの天才とか言われてきたんですけども」


 ミリノラが小さい声で呟く。エストは一度考え直し、


「超人的ハッカーとして――」

「いいです私凡人枠で! 実際ぼろ負けでしたしね! 役立たず、でしたしね……」

「では、戻します」


 無情なエストに縮こまるミリノラ。カミナがその背中を優しくあやす。


「電子戦では負け知らずです。彼らを捕捉できないのは、彼女の功績が大きいかと」

「逆に言えば、その子を潰せばオッケーってことかな。女の子を口説くのは得意だぜ」


 飄々な態度のノマドに、エストは事務的に応じる。


「あれはそんな女ではありません」

「家族を、攫っちゃうとかはどうですかね」

「ノマドさんそういうことする……」


 汚い大人に辟易とするカイル。だがそんなやり取りはファルコンの驚きでかき消された。


「おい待て立花って……あの立花か?」

「ええ、あの立花です」

「何か知っているのですか?」


 ファルコンは難儀な表情で説明を始めた。


「立花家さ。日ノ本に核いらずと言わしめた男だ。管理局が設立される前、国家間での戦争があった頃、核抑止という戦争抑止論があってな。核を撃てば世界が滅ぶ。だから誰も戦争できない、というくそったれ理論だったが、そこに核と同等に扱われていた男がいたんだ」

「……なんて?」


 カミナがぽかんと口を開けている。

 しかし立花家の話は、パトリックも聞いたことがあった。


「無念無想、剣極の立花十兵衛……」

「日本に軍隊はない。立花がいるからだ。日本に戦争はない。立花がいるからだ。日本に核はいらない。立花がいるからだ」

「十兵衛の孫娘、それが立花片菜です」

「では、剣の達人というわけですかい?」

「さて。かの御老人は他所の道にかまけていたせいで極みには届かず、と嘆いていたようですが」

「とはいえだ。誰かしら引っかけられませんかねぇ」

「あなたと似た考えを持った組織はいたようですね」


 うげえ、と顔を引きつらせるカイルと、嬉しそうなノマド。


「ほらやっぱり」

「立花家屋敷に部隊が突入。即座に音信不通となり、支援部隊が乗り込むと、縁側に部隊全員の首が並べられていたようです。達筆の手紙が隊長の頭に張り付けられており、もしこれ以上手を出すならば首を取る、と」

「うげえええ」


 カイルはますます顔を渋くさせた。


「でも諦めるタチじゃないでしょ?」

「そうですね。彼らは諦めません。二度と」

「それって……」


 部屋が静まる。


「立花家は無理だ。絶対にな。他のアプローチはないですかい?」

「ふむ……。一つだけ、あると言えば、ありますが……」



 ※※※

 


「つまり、そのテロリストさん? が、パッケージを誘拐していると……」

「そこは解釈次第だがね」


 処刑人は私に説明しながら、森の中を進んでいた。明確な目標を持っていないようで、何かしらの意図を感じる歩み。トリアはと言えば、口笛を吹きながら腕を頭の後ろに回している。なるようになれ、という感じだ。


「悪い人たち、ですかね」

「それも、見方によるね」


 処刑人は言葉を濁す。というか、この人はなんでいろいろと事情通なのだろうか。気にはなるが、聞けない。聞いたところでちゃんと答えてくれそうにない。

 それに、だ。彼は処刑人だから。その一言で納得してしまいそうになる。


「というか、いったいどこへ……あっ」


 辿り着いたのは、汚れた鉄の扉と、くすんだ白色の建物。

 錆びた看板には、超能力児童保護施設と書かれている。

 扉は開け放たれており、青い車……管理局の装甲車が何台か停まっていた。


「ここは……」

「大した能力のないサイキッカーの保護施設だ」


 トリアの声音には憤りが含まれている。処刑人は躊躇いなく敷地内へ進んでいく。

 しばらく進むとすすりなく声が聞こえてきた。子供の声だ。

 せんせい、せんせい、せんせい……。

 そして、パワードメイルの駆動音。


「あ、あの……!」


 囁き声で制止するが、二人は止まらない。

 子供たちが外に並べられている。その前で倒れているのは女の人。

 それを囲うようにして管理局の兵士が立っている。


「これ……」


 気持ち悪くなった。

 吐き気が込み上げてきた。

 女の人は傷だらけだった。私が想像もつかないような暴行を受けたようだ。

 服はあちこちが破れている。

 見せしめ、という言葉が脳裏をよぎったが、私が状況を呑み込む前に。


「くそ共が!」


 トリアが駆け出していた。目の前に立っていた兵士を殴り飛ばす。別の男をダウンさせる。強化鎧越しに。トリアの超能力は力を増幅させること。

 以前、彼女から聞いていた。まさに鬼神の如く。子供の周囲に集っていた兵士を即座に殴り倒していた。

 そして、膝をついて左腕を挙げる。


「すまねえ、旦那。我慢できなかった。一思いにやってくれ」


 はたと気づく。トリアは処刑されようとしていた。処刑人は銃鞘から散弾銃を引き抜き、


「この子たちとリリウム君を頼むよ」


 トリアの横を素通りしていく。だぁー、とトリアが息を吐いた。


「セーフだったか。いやあ、俺としたことがまだまだだな」

「い、今のは……」

「そういう、約束だからさ」


 含みのある言い方でトリアは笑う。さてと、彼女は立ち上がり、


「酷い目ついたみたいだな、ガキ共」


 子供たちは震えている。女の人は……もう死んでしまっているようだ。


「まぁ、少なくともだ。こっから先に恐怖はない。何せあの御仁は――」


 施設内で何発か銃声がしたが、全てあの散弾銃のものだった。

 処刑人が戻ってくる。悲鳴を上げる男を引きずりながら。


「さて、誰の命令でこんな憂さ晴らしをしたのかな」

「お前たちわがああああああ!」


 男の足が散弾銃で撃ち抜かれた。トリアが忠告する。


「聞かれたことだけ答えないと」

「しっ、指揮官は向こうの町の……支所の中に……」

「ありがとう」

「わ、わかっているのか……我々を敵に回せばうわああああ止せ止せ止せご」


 彼はもう悲鳴を上げることはなくなった。


「処刑……」

「そっちこそわかってねえなぁ。旦那を敵に回せばどうなるか」


 トリアはどこか得意げだ。処刑人は子供たちに近づく。

 先ほどのやり取りを見ていた子供たちは怯えている。


「これに、助けてと言えばいい」


 渡したのは通信機だった。一番年上の子供が恐る恐る受け取る。


「では行こうか」

「いいんですか?」

「彼は凄まじく速いからね。ゆっくりしていると鉢合わせてしまう」

「彼……?」

「それに獲物に逃げられても困る」

「あの、あの……?」


 疑問は尽きない。だから、質問を投げる。


「そもそも、どうしてここがこんなことになってるって」

「そう難しいことではないよ。近くの町でレジスタンスによる暴動があっただろう?」

「はい」

「すると管理局はどうしてレジスタンスが暴れたかを考える。偶然暴れただけか? それとも何者かによる手引きがあったのか。そして、手引きをしたとするなら……」

「サイキッカーの手によるもの。でも、子供でしたし、それに」

「そこらへんは関係ないのだよ。当たり外れさえも。要は気に入らない連中を始末するための言い分があればいい」

「無茶苦茶な。酷いです」


 理不尽すぎる。しかも、彼らは無害だったはずだ。

 そして、殺された職員はおそらくただの人間だろう。

 超能力者に協力的というだけで、あのように残酷な殺され方をした。


「まぁくそったれはどこにでもいるってことさ。少し数は減りそうだがな」


 トリアの予言は的中した。歩いて行って処刑した。

 起きた事実はその一言で語りつくせる。

 処刑人の前では、対超能力者用に開発された強化鎧もただの紙屑同然。

 いや、最初から裸で丸腰で、その場に突っ立っているのと同じだった。


「管理局を敵に回す……愚かな」

「いやいや。愚かなのはあんただって。この御仁を敵に回すとかあほの極みよ?」


 虫の息の指揮官にトリアが語り掛ける。支所の中は死体だらけだ。ただ、盲目的に皆殺しといったわけではない。何人か逃がしていた。処刑人は会話したわけでも、端末で情報を見たわけでもない。

 一目見ただけで誰を処刑するべきか理解できる。

 そうとしか説明できない。あのようにスムーズに人を判別できる存在を私は知らない。

 近いと言えば、せんせい……ゼネラル、せんせい。


「何をバカな……数百数千数万の軍勢と戦っても」

「だからさぁ。旦那はそもそも誰かと戦ったことなんてないし。狙った獲物を逃がしたこともないんだよ」

「ふざけ」


 るな、までは言わせてもらえなかった。言葉の代わりに大量の血と脳症をまき散らして男は処刑された。付近での管理局は機能不全に陥るだろう。それが良かったことなのかはわからない。

 そもそも管理局がまともに機能しているところを見たことがないけれど。


「世の中には酷い人たちがたくさんいる……」


 既に何度も味わっている。いい人はいる。

 だけど、都合よくそんな人に出会えるとは限らない。

 私は幸運の部類だ。酷いこともたくさんされたが、私を救ってくれた人もいる。

 ではあの子は?

 あの子のそばにいる、テロリストたちは、いい人なのか?


「頑張らなきゃ」


 そんな保証はない。むしろ、あの子は未だ眠ったままかもしれない。

 装置を完成させる部品に意志など必要ないのだ。

 いや、それならまだいい。もっと酷いことをされているかも。


「私が、頑張らなきゃ」


 誰にも聞こえないように、覚悟を呟いた。




 ※※※




「なるほど望み薄だ。そう都合のいい事態が起きるはずもない」


 ファルコンは正論を述べた。パトリックも同意だ。

 仲のいい友人を人質に使い、呼び出す。荒唐無稽にもほどがある。


「レジスタンスの基地から連れ出すとか現実的じゃないし。その子を救いに来る保証もないし。というか奴ら……薔薇ちゃんたち、そんなに善人なんですかねぇ」


 ノマドが疑問点を述べていく。


「それに、その餌を使うとしたら、レジスタンスの方では。あいつらもだいぶくそったれですよね」


 管理局全てが善だとはとても言えないように、レジスタンスも悪の部分は悪だ。

 一枚岩の組織など存在しない。

 ……青薔薇の会は違うかもしれないが。


「だから少数精鋭か」

「隊長?」


 カミナが見返してくる。なんでもない、と手ぶりをし、


「彼については」

「日影暮人のことですか」 


 エストは情報を表示する。しかし、プロフィールはシンプルだ。

 名前、年齢、家族構成と出身校。それと、ささやかな職歴。


「真っ白ですね」


 カイルが驚く。世界に喧嘩を売ったテロリストにしては空白すぎる。


「調査不足か?」

「検証中ですが。彼について、特徴的な経歴は確認されていません。両親は他界。学歴も平凡。仕事に関しては、何度も転職しているようで、職種もバラバラです」


 コンビニのアルバイトに始まり、交通整理、ボディガード、介護職員、配達員、清掃員……一貫性がない。定職にはついていないようだ。


「実は誰にも素性を知られていない凄腕エージェントってことですか」


 サーシャの質問を、エストは肯定も否定もしない。


「まだ不明ですね。目立った交友関係は加藤と立花の二人だけ。年の離れた立花とは、加藤を通して出会ったようです。あの戦闘技術も、加藤の育て親の影響でしょう」

「というか、二十代半ばにしては、転職しすぎじゃないですか? いや、職が固定されている私みたいなサイキッカーが言うのも変ですけど」

「どう思います? 隊長」

「ふむ……」


 カミナの問いに、パトリックは答えあぐねた。

 代わりに別の問いをエストに投げる。


「これで情報は全てか? 表と裏の」

「当方が持ち合わせる資料は以上です」


 エストは端末を操作してミリノラに操作権限を返却し、


「ただ、コインには側面もありますがね」


 目的を終えると退室した。



 ※



「それで、次はどうするんだ?」


 暮人が訊ねると、加藤がいち早く計画を提示する。


「ピースメーカーのアップグレードだな。世界中に狙われている以上、自衛手段を増やしておきたい」

「口だけの奴はお気楽でいいな加藤」

「プロフェッサーK」

「はいはい。そろそろあいつも何かしら入手しているはずだしな。さぁ、運転席に行け加藤」

「私はリーダーなのだが?」

「やることないだろ?」


 カタに言われて加藤はたじたじだ。暮人は昔馴染みの悪友に助け舟を出してやることにした。


「六歳も年下に言い負けるのはどうかと思うぞ加藤。今回は俺が運転する」

「いいのか暮人」

「いいさ。どうせ暇だしな」

「すまんな」

「私に対する扱いが悪すぎないか……」


 加藤はしょんぼりしている。そんな自分たちを見てコスモがにこにこしていた。


「どうしたんだ?」

「楽しそう、だったから」

「どうかな。まぁ、退屈はしない」


 率直に述べると、暮人は運転席へ向かう。


「いいなぁ、友達」


 羨ましそうなコスモの呟きの後に、自動扉が閉じた。

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