この世界のことについて
「警察も、管理局も! 奴らの関心はサイキッカーにしかねぇ! 誰も! お前のことになんか興味はぐべら」
「八人目! ったく、近所迷惑なんだよ!」
苛立ちながら、ホームレス狩りを行おうとした男を気絶させる。
治安が悪いのはどこも同じだが、ここは田舎だ。警察の能力もさほど高くないのだろう。
そしてそんな地域にパッケージが隠されているなど、普通なら想像もつかないはずだ。
というのが管理局の目論見だったようだが、無残に崩れ果てた。
「まだいるか?」
「今ので最後。ここの犯罪検知システムはお粗末の一言」
「ありがたいことだ」
いや、そのせいで騒音が響いているのだから、あまりありがたくないか。
暮人は端末をチェックする。
カタが検出した脱出ルートが表示されている。
「戻るとするか」
超能力者だけでなく、人間にも睡眠は大切だ。
※※※
「それであては?」
「さてな。最終確認地点に行くのもありだが」
チームは次の目的地を決めかねていた。
全員中堅のランカーで、攻撃型だ。
正直バランスはよくない。
……私が頑張らないといけないかもしれなかった。
「リリウム君に頑張ってもらうのはどうだ?」
リーダー格の男、トラバがにんまりと笑う。
「え? あはは……やれることはやれますけど」
船を降りて本土に上陸してからこっち、闇雲に動き回っている。
正体不明の組織がパッケージを入手、管理局の部隊と交戦し、それを退けた。
その後の動向は不明。敵についての情報は一切なし。
けれど、私なら。
「もしかすると何か読めるかもしれません」
「おっとリリウムちゃん割と乗り気? でもEランだよね」
「そう言ってやるな。実際、手掛かりは何もないんだ」
トラバが若い男を諫める。
ただ、申し訳ないことに私は嘘をついている。
もしかはしない。
確実に、私は読めるのだけれど。
「ここでもたもたしても仕方ない。出発しようぜ」
チームの一人がそう提案して、皆歩き始めた。
出発前に集めていた情報で、管理局と謎の組織が交戦した地点は割り出し済み。
だが、障害があった。管理局だ。
近隣の部隊が最終確認地点に集結している。もちろん、謎の組織が戻ってくることなど期待していないだろう。
狙いは私たちだ。平和を手に入れるためにのこのこやってきた蛾を燃やし尽くすために。
「みたいな、ことを考えてるようです」
昏倒した管理局兵士からの情報ではそうだった。報告を聞いて、トラバは顔をしかめた。
「ゴミ共にはうんざりするな」
呟きにチーム全体が同意する。が、こういう空気は苦手だ。
なんとか表情に出さないようにして、遠くにある爆撃地を見つめる。
「今日は休んで英気を養おう。決行は明日だ」
少し驚く。このまま攻め込むのだと思っていたが。
意外と堅実な戦い方を好むのかもしれない。自信家が多いレジスタンスには珍しいことだ。
「英気って、おいトラバ……このままやらないのか?」
「その前に、だ。何が起こるかわからないだろう?」
「何って……ああ、そういうこと」
若い男がなぜか私をちらりと見た。
「いいぜ、休もう。楽しもうぜ」
チームにそれ以上の異論は出ず、近場の森へ移動した。
※※※
「ふぁふ」
可愛らしいあくびが漏れる。コスモは年齢より少し幼い仕草で、目をこすっていた。
「あざとい処女だな」
片菜の呟きにもコスモの反応は曖昧だ。暮人曰く騒音は止まっているはずだ。
そもそもこのトレーラーの防音設備――ジャミングは完璧だ。中にいる限り自分たちの声しか聞こえないのだから、眠りを妨げるものはない。
とはいえ。
「一度気になったら眠れない、か」
その気持ちはわからなくない。片菜はタブレットを取り出すと眠い目のコスモに渡した。
「暮人が戻るまで寝ないつもりだろ。だったら学んでおくといい。あたしが知る限り一番わかりやすい動画だ」
コスモが画面をのぞき込む。現れたのは白髪の愛らしいアニメチックな美少女だ。
『マジカルエンジェルピスタちゃん! 今日も始まるよー!』
「え?」
コスモが目を丸くするが、片菜は平常運転だ。
「わかりやすい、と言っただろ。下手なニュースよりかは、な」
画面の中では翼の生えた美少女が笑顔を振りまいている。
『さてさて、今日はお真面目系ピスタだよ! 早速いきなり唐突に! 今の世の中をサクサクっと説き明かしていくね!』
ピスタちゃんマジエンジェル。
片菜はよく、表情が希薄で冷たい印象を与えがちだ。
だから、誤解されやすい。
加藤の言葉を鵜呑みにすれば、コスモはそのような感情や気持ちを情報として理解することができるという。
(しかし残念だな。あたしは明鏡止水の領域に片足を踏み込んでる)
だからコスモもそのうち、自分を誤解するかもしれない。こんな風に過ごせるのも今だけだ。
「おふっ」
コスモから珍妙な息が漏れた。この処女は時折こんな反応をする。
「それで少しは学べ。今、この世界がどんな状態なのか」
『さてさて、今、世界は大雑把に言って二つに分かたれています! 人間と再キッカー! でもでも、昔はそこまで両極端ではありませんでした。こんなことになったのも、すべてはあいつのせいなのです! 十年前、突如として現れた――』
※※※
簡素な野営地の中で、チームは宴会していた。私も参加するようにしていたが、どうにもあの空気感はなじめない。
結構過激な人たちなのかもしれない。人を人と思っていないタイプだ。
けれど、私を連れ出してくれたのは事実だし。
テントの中に入り、水を飲もうとする。
「あちゃ」
うっかり水をこぼしてしまう。私の右腕と敷布団を濡らしてしまった。拭くために手袋を外してシーツに触れさぁあの役立たずをようやく利用する時だ一体どうするまず最初は俺が頂くたっぷり楽しんだ後に連中を皆殺しにしてやろう。
「え……?」
理解が追い付かない。情報咀嚼に時間がかかる。
心音が早鐘のようになり、嫌な汗が背中から流れる。
逃げないと。
ようやく行動指針が決まった時には。
「おい」
「……ひっ!」
出すつもりのない声が出た。手が背中に触れている。指がゆっくりと背中をなぞり、首の後ろに触れてなるほど低ランクでもサイコメトラーか俺たちの情報を覗いたんだろだったらお前の秘密を覗いてもいいよなぁ。
「うあッ!」
トラバに投げ飛ばされる。焚火の前に放り出された。どうにか態勢を立て直そうとして目が合う。
ここまで旅を共にした人たち。
その瞳は変わっていない。
最初から、これが目的で私を連れてきたのだ。
「嫌ッ!」
その拒否を誰も受け入れない。
「来ないで!」
その要請を誰も聞いてくれない。
「誰か!」
その助けは、誰の耳にも届かない。
違う私はこんなところで会いに行かなきゃいけないのに!
助けなきゃいけない人がいるのに!
コスモ……コスモ……!
※※※
「なんだ?」
帰還した暮人は意外な光景を訝しんだ。簡易テーブルの上で突っ伏しているそれは、すうすうと寝息を立てている。
「暮人が帰ってくるまで起きるって言って夢の中へ」
「待ってる必要なかったんだがな」
「律儀な処女じゃないか」
「加藤に怒られるぞ」
幼馴染の変な癖はいつまで経っても抜けない。加藤は休憩スペースで寝ているはずだ。そろそろ交代時間となる。
「何見せてたんだ?」
「ピス」
「なるほど」
カタはクールどころか無感情のように見えて、多感である。趣味も多い。初対面の人間には意外と思われるようだが。
「あいつの言った通り、世界の常識すら知らなかった。大変だぞ、教育が」
「ま、いいんじゃないか。どうせやりたいこともないしな」
「お前は昔からそうだな」
「カタもな」
暮人はコスモを抱きかかえると、カタ用の寝室に運んでいく。
「適当に寝かせておけ」
「ああ」
コスモをベッドの上に寝かせると、暮人は休憩室に眠る我らがリーダーを起こしに向かった。
静かで安全な夜更けだった。
※※※
虫の鳴き声と、美しい星明り。
パチパチ響く焚火の音。
そして、男たちの笑顔。
「やめ、やめて……!」
私は必死に抵抗するが、数の暴力には勝てない。むしろそうやって抗うほどに男たちは喜んでいるようだった。
服を一枚、また一枚と剥ぎ取られていく。
どうする……? どうしたらいい?
私にはやらなければいけないことがある。
そこは外せない。このままだと最悪な展開を迎えてしまうが。
下手に抵抗してあの子に会えなくなるほうが。
一番、最悪だから……。
私は抵抗をやめた。男たちの喜びが最高潮に達する。
そして私は、男たちにいいように蹂躙されて。
「ほう、獲物探しの道中におかしな光景と出くわしてしまったな」
その独り言は全員の耳に届いた。男たちが一斉に振り返る。
私にも男たちの間からその姿が見えた。
一人の男だ。
黒いコートに身を包み、頭には同色のハットを被っている。
左腕には銀色のトランクケース。
背中には長物が入った鞘。
「なんだお前?」
若い男が苛立つ。いいところを邪魔されたせいだ。
そして、これだけの人数を前に一欠けらも恐れを感じないせいだ。
「私の見立てが誤りでなければ、その子は嫌がっているように見えるのだが」
「こっちの質問に答えやがれよ!」
若い男の威嚇に黒い男は動じない。
その間に私を犯そうとしていた男が会話をしている。
「こいつ、人間じゃねえか?」
「予行演習にもならなそうだが」
「気分を害した罰を与えなければな」
意見がまとまり、トラバが若い男にハンドサインを示す。
にんまりとした笑みを黒い男に向けた。
対して、男の表情は先ほどと変わらない穏やかなもののままだ。
「俺たちの邪魔をしたのが運の尽きだぜ人間。今からお前は地獄を」
その轟音に私の身体が小さく跳ねる。
男はいつの間にか右手に銃を構えていた。
散弾銃のようだが、特殊な改造が施してある。特徴的なのは銃口付近に装備されている刃だ。
それよりも目を引くのは。
大量の血を首から流して斃れた若い男だ。
「ベント!」
男たちがざわめく。黒い男は何事もなかったかのように地面に置いたケースへ目を移した。
「ふむ……君たちにはやりすぎか」
「何言ってんだてめえ!」
火が噴く。パイロキネシスが黒い男を襲う。
が、男は顔色一つ変えずにゆったりとした動作で避けた。銃口が男に向けられる。
銃声と共に、血が飛び散る。
男たちから余裕が消える。統制なき動きで、黒い男を葬ろうとする。
一人の男が視界から消える。透明化、高速移動、瞬間移動。私がどれか悩む間に、男の死体ができあがっていた。死神めいた男は、消えた瞬間に躊躇いなく銃を横になぎ、先端に装備された刃でその首を裂いている。
別の男が距離を取ろうとするが、その背中は穴だらけになる。
男がフォアエンドを動かし、引き金を引く。その単調な動作で、超能力者の命がいとも容易く奪われる。
死神男は無傷はおろか、汗一つ掻いていない。来た時と何ら変わっていない。
対してトラバたちは激変していた。もはや二人しか残っていない。
そして、男が生み出した剣で死神を切り殺そうとして、
「弾が切れたか」
「死ね! 死ね死ね!」
剣が空を裂く音。死神はリロードしていた。ゆっくりとした動作で。
なのに、剣は男を捉えられない。最低限度の回避が、素早い斬撃を無意味なものとしている。
そして、銃声。
残るはトラバだけだ。
「俺は……ヘラクレスだ」
トラバがか細く呟く。ヘラクレスとでも名乗らせてもらう。彼はそう言っていた。
超能力者はなぜか神話の登場人物を名乗りたがる。特別な力を持っている証として。
けれど、聞いたことがある。
アキレウスの異名を持つ超能力者は。
決して、自ら名乗ったわけではないと。
「俺はヘラクレスなんぎゃ」
死神は英雄を名乗る男に死を与えた。
「平気そうかな」
超能力者たちを殺戮した男は優しく声をかける。
いや、最初から声音は変わっていない。
そもそもこの人は私しか見ていなかったような気がする。
「……ありがとう……ございます……?」
何が正解かわからない。この人は同類じゃない。
さっきトラバたちが人間をゴミ呼ばわりしていたように、超能力者を嫌悪する人間は存在する。
この人もそうなのだろうか? だとすればワンテンポで殺すのか?
いや、今のは果たして殺しと呼べるのだろうか。
それこそ、まるで、定められた死。
処刑、のような……。
「混乱してしまっているようだね。無理もない。私は君の敵ではないつもりだよ。とにかく、着替えるといい」
「あっ……は、はい!」
私は服を着なおした。
それで、どうする? どうすればいい?
「もし良ければ……」
「ここにいたのか旦那! すっかり朝だぜ」
声のほうへ振り向くと、太陽で目が眩んだ。いつの間にか日が昇り始めている。
女性のシルエットが見えた。右腕がない。
「ん? なんだいその嬢ちゃんは」
「偶然通りかかってね」
「ふうん……」
金髪の、自分より少し年上の少女が値踏みするような目で見る。
「おお、ご同類」
「そのようだ」
「……っ」
見抜かれていた。しかし、これは……どうなんだろう。
超能力者の知り合いがいるということは、少なくとも無条件に嫌悪を抱くことはなさそうだけれど。
「何にしても朝飯だぜ旦那」
「そうだね。行こうかトリア」
二人は歩き出した。私は茫然としている。
すると。
「おい、ついて来ないのか嬢ちゃん」
「ええと」
「ああ、安心しな。危険はない。この旦那はよ、かつて世界中を騒がせた最強のサイキッカーを倒した御仁だからな」
「えっ」
驚きに呑まれる。
私が理解する前に、状況は前進していく。
昔、せんせいは私に、私たちに世界のあらましをざっくりと教えた。
特別なあの子はいつも授業に参加していなかったが、せんせいはみんなが等しく理解できるようにひとりひとり丁寧に対応してくれた。
私が人を人というだけで嫌悪を抱かないのは、ひとえにせんせいのおかげだろう。
「残念なことに、これだけ世界に亀裂が走ったのは、あの事件のせいだろうね。世界大戦を彷彿とさせるほどの衝撃を、あの存在は世界に与えたんだ」
最強の超能力者。そのように呼ばれる存在が、突如として現れた。
それは、嵐のように、噴火のように、地震のように、洪水のように。
まさに、天災の如く。あらゆる国を、人を、破壊しつくして回った。
「結局、彼が何を目的としていたのかはわからなかった」
とせんせいは語ったが。
なぜか奇妙な感想を抱いたのを私は覚えている。
教科書には、それは破壊を愉しんでいたと書かれていた。
なのに、せんせいはわからないという。
そのあべこべが、奇妙だった。
「あの事件をきっかけに、人とサイキッカーの対立が激化した。もっとも、全ての元凶だとは言えないがね。いずれそうなる機運はあった。ただ、早まってしまったのは事実だ。争いは避けられなくとも、血の少ない構造にできただろうに」
国家、民族、人種、思想の対立は、あれよあれよという内に人と超能力者間のものへと変質。国家の枠組みを超えて管理局が生み出され、多くの超能力者は管理という名目で弾圧され始め、異を唱える超能力者たちの手によってレジスタンスが生まれた。
そして、超能力主要研究機関が集結する日本が、主戦場となっている。
「今の世界を……ある意味、作り出した存在を、あなたが?」
案内された小屋の中、私は振舞われた食事に手をつける暇もなく、質問を投げていた。
名前のわからない男。死神のようで、私を助けてくれた人に。
「あまり期待しないで欲しいな。私はただ、あれの寝こみを襲っただけに過ぎないからね」
「どの口が言ってるんだか」
呆れた様子のトリアが私の前に牛乳入りのコップを置いた。
「嬢ちゃんもまず飯を食いな。それと、この御仁を言葉で理解しようたって無理な話だ。いっしょにいる俺でもよくわかんねえんだから」
荒々しい口調の端々に優しさが含まれている。トリアはそういう女性のようだ。
「これは心外だね」
「片腕だと片付けるの面倒なんだよ。さっさと食べて、やらせてくれ」
「すみません……」
「いや、だからと言って喉詰まらせるんじゃねえよ? 誤嚥もばかにできねえしな」
「はい……」
むせないように、しかし急いで私は朝食を終えた。
外に出て、朝日を浴びる。
気持ちのいい朝だ。
昨日、あんなことがあったのが、信じられないくらいに。
「日向ぼっこか?」
「少し考え事を」
「ま、嬢ちゃんぐらいの年頃ならそういうこともあるわな」
あまり年は離れていないような気がするのだが。
「ま、悩まなくなったらそこで人生終わりってね。悩むくらいがちょうどいいのよ」
「そうですかね……」
もしそうだとするならば、悩みの種類ぐらい選ばせて欲しいけれど。
「とりあえず、あの御仁といれば、後悔とはおさらばだぜ」
「そんなにすごい人なんですか……」
「ぶっちゃけ、人って呼んでいいのかわからんレベルだし。実は人の皮を被った化け物的な」
「ええ……」
「一度戦ってみりゃわかるって。いやもう、気づいたら腕なくなってたし」
「え」
私は固まる。今、とんでもないことをこの人は言わなかったか。
「自業自得だからしょうがないんだけどさぁ。というか、うん。戦いって表現は語弊があったな。あんなの、戦いとは呼べない。突然、腕が取れた。そんな感じだなぁ」
「ど、どどどういう」
「みんな、悩むし、黒歴史があるってことよ」
「え、え?」
自分の手を奪った人と一緒に、この人は旅をしている?
理解が追い付かない。名前もわからないあの人もそうだが、この人もよくわからない。
「存分に悩みな、嬢ちゃん。ただ、悩む場所は選ぶんだぜ? 世の中物騒なのはよく知ってるだろ。その点、旦那のところなら絶対安心だから」
「け、けど、わかりません……名前だって知らないのに」
自己紹介はしておらず、されてもいない。最初から聞く気もなければ、言う気もないようだった。そんな人の元に、いていいのだろうか。もうすべてがわからない。
「あー、名前。名前ねぇ……」
トリアは遠い目をして。
「実のところ俺も知らねえ」
開いた口が塞がらない。
「面白い顔してるな嬢ちゃん」
「有り得ないでしょう! 有り得ないですよ!」
「しょーがねえじゃん。聞いても教えてくれないしさ。というか、めっちゃ聞きづらいし。そのうち、名前なんかどうでもよくねって感じで」
私なんかどうしても名前が欲しくて、自分で考えたというのに! 世界はわからないことが多すぎる。
ただ、とトリアは続けた。
「流石にそれじゃ不便だから、いわゆる呼び名、みたいのはあるぜ。通り名って奴。これがしっくりくるんだなぁ」
「なんて、言うんですか?」
トリアはにやりと笑う。
「処刑人、だってさ」
※※※
「これでいいか?」
「どうだかな」
暮人はモニターを見ながら険しい表情で悩んでいた。表示されているのは一つの銃。アサルトライフルに分類されるものだ。
「お前のオーダー面倒だ。面倒な童貞は嫌われるぞ」
「どうせ作るならずっと使える奴がいいだろ」
暮人はトレーラーの奥で直立しているそれを見る。
ピースメーカー用の装備を開発しているところだった。
「開発プランに全体的な遅れがみられる。というか、あたしらの、もっと言えば加藤の計画が乱れすぎだ。コスモの回収もこんなに早いはずじゃなかったのに」
『こればかりはしょうがないだろう。移送に便乗する作戦だ。こっちで仕掛けられるものじゃない』
「あれだって事前に教えてくれれば」
カタが例の鎧を指し示す。
『私だって、突然だったからな』
「ピースメーカー計画か……」
暮人は動画を見ているコスモを見た。あの子を中心に据えた平和計画。
『教授の考えを、完璧に理解できているとは言えない。だが、これだけは言える。私は、自分の信じた道を進む』
「言われなくてもわかってるんだが?」
カタがうんざりした顔を作る。
「確かにな」
『お前たちなぁ……』
暮人はパーツの吟味を再開した。
ピースメーカー計画の表と裏。そのどちらにも、あの鎧が関わっていることに違いはないのだから。
『レジスタンスはどうしてる?』
「ん。今向かってる拠点近辺にはいないが」
トレーラーが停車した。加藤が運転席から出てくる。
「周辺を確かめてくれ」
「面倒な童貞どもだ」
カタが索敵範囲を広げる。すると、地図に赤いマークが表示された。
「少し離れた街で暴れてる奴がいる」
「ふぅー」
加藤が息を吐いた。安堵のものではない。
「私たちを探している途中で痺れを切らした、ということか」
「いいことじゃないか。管理局の目を眩ませられる」
「そういうことを――」
加藤がカタ諫めようとするが、
「とはいえ、だ。どうしても性能試験をやりたいというのなら、あたしに止める理由はないが」
「お前の面倒くささも大概だぞ、カタ。……静かなところを通り過ぎるってのも問題だ。たまに意味不明なことをして、敵をかく乱しなきゃな」
それが詭弁であるとはわかっている。
だからこそ、加藤は、そしてカタは暮人の友人なのだ。
「お前たちといっしょだと、本当に飽きんね。準備してくれ」
「ふふっ」
暮人たちを見ていたコスモが、笑みを見せた。
※※※
標的の追跡は困難、いや不可能と言えた。どれだけ探しても見つからない。
痕跡を辿るのも命がけ。そして、ようやく跡を見つけたとしても、その先はぷっつりと途切れていた。
だから、探すのは諦めた。
しかし、そこでは終われない。
「憂さ晴らしをさせてもらわないとなぁ!」
理不尽な弾圧に晒される超能力者たちを守るべく設立されたレジスタンス。
その戦士たちが、無抵抗な市民たちを虐殺していた。
「やめて! ぎゃ!」
やめてと言った若い男が突風で空を舞う。悲鳴と共に、地面へ落下した。
無残な姿になり果てて。
隣では、女性を感電させて子供が遊んでいた。嬲っているのだ。
このような光景がこの町のあちこちで繰り広げられている。
「呪うんなら自分の生まれを呪えよ。劣等種に生まれた自分をな!」
高笑いしながら男は進む。と、二人の子供を抱えて逃げ惑う母親が目に入った。
いいおもちゃを見つけた。風で母親を転倒させる。
「やめて、子供は……!」
「そう言われるとやりたくなっちまうよな」
風が吹く。二つの小さな命を攫って。
母親の絶叫と。
肉の潰れる音。
「全く、酷いことしやがるぜ」
その代わりに、鋼鉄が地面を鳴らす音が響いた。
「誰だ貴ざッ」
風使いの男を弾丸が貫く。
鋼鉄の鎧は救出した子どもを母親に返した。
「このまままっすぐ走れ。敵はいない」
「ありが」
「礼はいい。ただのデータ収集だしな」
母親は戸惑いながらも逃げていく。
「行くぞ、加藤。準備はいいか?」
『私はプロフェッサーKだと何度』
「テスト開始だ」
ピースメーカーが、響き渡る悲鳴の上書きを始めた。