我思う。そして、他者も思う
「何だッ! くッ!」
ピースメーカーのシステムメッセージが警鐘を鳴らしている。
背部のジャマーが破壊された、と。
「加藤! お前が外すなんて――」
予期せぬフレンドリーファイアには驚きを隠せない。
しかしそれ以上の驚愕が脳裏を上書きした。
暮人は拳を繰り出す。だが、それを隊長は左に避けて、カウンターを放ってくる。
「こいつは……」
ことはなかった。
「何……ッ」
センチネルSが後ろへよろめく。カウンターへのカウンターをもらったからだ。
隊長がすかさず蹴りを放つ。暮人は足で防ぎ、右拳がオレンジ色の頭部へ向かう。
隊長はその勢いを利用して暮人を投げ飛ばす。
が、暮人は受け身を取り、拳銃を抜き撃ちした。
苦悶の声が出力される。オレンジの装甲に火花が散った。
「なるほど……」
「理解が早いな」
立ち上がる暮人は感心する。判断が早い。間違いなく強敵だ。
『うまくいったようだな、暮人』
「次は一声掛けろよ加藤」
ジャマーを破壊して、少女とのテレパスを繋ぐなんてことは。
未来予知を突破するもう一つの方法。
それは同じ未来を共有すること。
隊長と暮人の思考は繋がっていた。
『どうやら、敵も似たようなことをやっていたようだな』
『一人だけ動かない敵がいる。恐らくそいつもテレパス持ち』
「それだけじゃなさそうだぜ」
こいつの強さは。
隊長は拳銃を引き抜く。だが未来は見えない。
躊躇うことなく予知能力を切った。
向かい合って銃弾を交わす。互いに寸前で躱し、直撃する場合は同時だった。
だが、結果は違う。オレンジ色のパーツが弾け飛んだ。隊長が膝を突く。
瞬間、脳裏にたくさんの声が響いてくる。
隊長隊長隊長いますぐ援護を早く行け救護ドローンを要請しろカミナ動け!
「潮時だな」
『トドメは?』
センチネルSは中破していた。まだ動けるだろうが、倒すには絶好の機会に違いない。
「いやいい。無駄に時間を食いそうだ」
トレーラーが発進する。暮人は開いた後部ハッチに飛び乗った。ジャミング機能付きの煙幕が散布され、トレーラーは何処かへ消えていく。
※※※
「やられたな」
勝利を得たというのに、暮人は悔しそうだった。加藤も、カタも。
その理由が脳内に流れ込んでくる。
最後の銃撃はこっちの装甲データを得るためのものだ。あの男、タダでは負けない性分らしい。暮人の付随情報。
「殺すか、大怪我ぐらいは負わせておけばよかった」
「そうしたいのは山々だったがな」
カタに言い返した暮人は私を見てくる。
「助かったぜ。いろんな意味でな」
私も似たようなことを感じていた。あの隊長は生かした方がいい気がしたのだ。
だから、暮人はとどめを刺さなかった。有能であり、障害になり得るとわかっていても。
「あそこで時間を取られていたら大変だったと思うぜ。敵の上層部が今度こそなりふり構わなかったかもしれん」
「ふん。これだから童貞共は」
カタは部下を使い捨てにした敵上層部に憤りを感じている。そしてそれを戦略に組み込んだあの隊長にも関心を寄せていた。
タフな敵は少ない方がいい、というのが本音のようだ。
「管理局はそういうものだ。能力使用にも制限があったようだしな」
「だからこそチャンスだったのでは」
「過ぎたことを言ってもしょうがないだろう」
加藤がカタを諫めようとする。
「言い訳にしか聞こえない。ジャマーが壊れたんだが? スイッチオフにすればいいだけだったんだが? 特別パーツだから、しばらく修理できないんだが?」
「……今はやめてくれ」
加藤は目を逸らす。その視線の先には私がいる。
そうだ。話題転換しよう。加藤の情報。
「自己紹介ができていなかった。君なら情報取得は終わっていると思うが、あえて言わせてもらおう。私はプロフェッサー」
「加藤。加藤啓介」
私は加藤を指でさす。次にカタ。
「立花片菜――」
「カタだ」
「えっ、えと」
それぞれの思念から得た情報では、カタの愛称で知られるこのクールな女性の名前は立花片菜のはず。けれど響いてくる心の声はとても大きい。
あたしはカタだカタと呼べカタカタカタカタ。
「カタ、さん」
「そうだ。カタ、だ」
こいつは名前があまり好きじゃないんだ。暮人の情報。
最後に視たのは暮人の方だった。
「あなたは暮人。日影暮人」
「暮人でいい。カタのことはカタと。そして、あいつのことは加藤と」
「私はプロフェッサーKなのだが」
「いいじゃないか加藤。実に庶民的で、平凡だ」
あたしはいつでも名字を加藤にしていいぞ、という情報は聞かなかったことにして。
「勝手に聞いて……ごめんなさい」
「処女は好奇心旺盛なもの。仕方ない」
「だからやめろと。君の心を正常に保つためにも、トレーニングしていくといい」
カタは言動こそ妙だが、心の波長はとても優しい。加藤に裏表はない。
暮人は関心がないと言えば聞こえは悪いが、気にしていないのだ。
優しい気分になる。こんな気持ちはいつ以来だっけ。
「で、名前は?」
暮人が興味を示したのは私についてだった。
「名前……」
私の名前。平和。パッケージ。ナンバー0567489……。
「あ」
不意に思い当たる。そうだ。そうだった。
私に名前はなかった。だから。
つけてくれた人がいたのだ。その名前で呼んでくれた人は少なかったけれど。
「私の名前、名前はね――」
※※※
その報告を聞いて、私は浮足立っていた。多くの人たちもそうだ。
彼らにとってその報告は希望だったはずだ。それがよくわからない流れ者の手に渡ったと聞いても、その笑顔が途切れることはないと思う。
ずっと手を出せないところにあった平和が、手出し可能な場所に現れた。
前線基地でもみんなが慌ただしく動き回っている。
「平和を手に入れるチャンスが巡ってきた!」
「これで我々は勝利できる! 管理局に。忌々しい人類に!」
いつもなら怖いな、と思う発言も、今の私は聞き流せる。るんるん気分で指示された位置に品物を運ぼうとする。だが、手袋が滑って上手く持てない。仕方なく手袋を外し、くそったれいつまで俺たちゃ運搬業務をやってりゃいいんだ上位ランカーにこき使われるだけじゃねえかくそが死ね死ね死ね。
「ひえっ」
怨嗟まみれの情報が脳内を駆け巡る。この箱を私に引き継いだ人は鬱憤が溜まっていたらしい。
けれど、それも仕方ないこと。能力が低かったり、役に立ちそうにない人はこんな風に雑用をこなしていくしかない。
「滑り止めつけないと」
うっかり能力を発動してしまった。気をつけないといけない。
前線とか怖くて行けないし。
戦闘跡の情報収集とか気絶必須レベルですし。
「よいしょっと」
箱を所定の位置まで運ぶ。足取りを羽根のように軽くして。
「ふうーっ」
箱を置き、一息。
割り当てられた仕事には一区切りがついた。
となれば、うかうかしていられない。
足早に歩く。方法は思いつかないが、なんとかしなければならない。
「で? どうするんだ?」
休憩室の扉から、同ランクたちの会話が聞こえてくる。
「どうも何も、手が届く範囲しか透視できないアタシが活躍できるわけないじゃん。見送り見送り」
「くそっ。せめて戦闘向きなら俺もな」
「放っておく放っておく。危険なことは危険な奴らにやらせて、全て終わった後の平和を享受する。それがベストに決まってんじゃん。アタシ、平和になったらまた手品で一儲けするんだ」
「サイキッカー主導の世界になっても、手品って流行るのか……?」
やっぱりみんな見送るらしい。そりゃそうだ。敵も味方もみんな必死だ。
戦い慣れしていない者が奪おうとしたって、何もしない方がいい結果に終わるに決まっている。
「むうぅ」
私は唸ると、部屋に戻った。難しいことはとりあえず先延ばしにして、準備だけは整えよう。
それでいつも散々な目に遭っている気がするが、この性分だけは変えられない。
鏡の前に、立つ。
制服か私服かですごく悩んだが、私服にした。丈夫そうな茶色のコートなら、長旅になっても安心だろう。ズボンは利便性を考えて、同じく茶色のカーゴパンツにしてある。
ただ、少し硬直的なスタイルだろうか、と心配になる。これでうまく紛れこめるか……?
顔へと目を移す。病的なほどに白い顔は、最近になってようやく肌色がついてきた。燻んだ灰の瞳には、やる気が漲っている。
「よし」
ベージュの髪を後ろで結ぶ。部屋の中に転がっていた灰のハンチング帽を被って完成だ。
「荷物……」
バックパックには必要そうな物を手あたり次第に詰め込んだ。と言っても、戦いに使えそうな物はほとんどないが。ブーツも丈夫そうな奴にして、部屋を後にする。
前に、一つの写真に気付いた。あそこから抜け出した時に、唯一持ち出せた物。
同時に、持っていけなかった物。
ツーショット写真。
「今度こそ、必ず」
決意を固めて部屋を出る。ブリーフィングルームに行けばなんとかなるかも。
と、通路を歩くグループとぶつかりそうになって慌てて避ける。
「すみません」
反射的に謝る。男が片手をあげて通り過ぎていった。
「で、どうするんだ?」
「決まっている。行くさ。これでトップランカーだ」
「あのアキレウスもようやくお役目御免か?」
「手に入れた暁にはヘラクレスと名乗らせてもらう」
「俺たちなら楽勝だぜ」
彼らが何について話しているのか。今なら容易に想像がつく。
「すみません!」
「ん? いいよもう気にしてない――」
彼らは勘違いをしている。
今度のすみませんは、謝罪ではなく。
「私も、一緒に連れてってください!」
「は?」
提案に、男たちが呆ける。しかし、このチャンスは逃せない。
「いきなりですみません! けれど、私は、どうしても、行きたいんです」
「いやしかしね。それに君、戦闘タイプには見えないけど」
「私は触れた物の情報を読み取れます! それに、それにできることはなんでもしますから!」
「なんでも、か。面白い」
リーダー格の男が歩み出る。
「君、名前は」
「リリウムです」
「いいだろう。ついてこい」
「ありがとうございます!」
天は私に味方をした。ようやくツキが回ってきたように感じる。
これから大変だろう。けれど、あの子に比べれば大したことはない。
「おい、いいのか?」
「いいじゃないか。なんでもやる。結構なことじゃあないか……」
待っててね。絶対に迎えに行くから。今度はその手を掴むから。
――コスモ。
※※※
「コスモですか? しかし、それは……名に縛られているように感じますが」
「早とちることはないよ、加藤君。あれは、彼女たちが自分でつけたものだ」
「と言うと?」
「何のことはない。たまたま与えた図鑑で、あの子が気に入ったのが、コスモスだったというだけの話さ。だが、いずれ上はその名すらも封じるだろう。だから、君は覚えてやってくれ」
「忘れることはないと思いますが」
「そうだろうとも。加藤君」
「はい?」
「君がいてくれてよかったよ」
デジタル化が当たり前になっても、残る風習というものは存在する。
加藤は寝台に置かれた写真立てを眺めていた。
「相変わらずわかりませんね、あなたのことは」
恩師に思いを馳せ、自動扉をくぐる。
「メシ」
「ったく」
カタがモニターを凝視したまま食事を所望する。キッチンルームに足を運び、材料を見つめて献立を思案する。
「よしチャーハンに――」
『却下。もっと凝ったの作れ童貞』
あちこちに設置されたスピーカーからカタの声が響いてくる。
「お前なぁ……」
『ハンバーガー、ステーキ、海鮮丼、ピザ、マーボーラーメン……懐かしいな。もう二度と食べに行けないが。誰かさんに付き合ったせいで』
「善処しよう……」
加藤はレシピを漁り始めた。料理の腕前はあまりよくないのだが。
「なあおい」
『暮人たちは外で星眺めてる。ロマンチストな処女だな』
加藤はため息をつく。この幼馴染はずっとそうだ。
「発言に気をつけろと。ま、あの子になら誤解されることもなさそうだが」
『別に誤解されてたってあたしは構わない』
「俺が構う。昔からそうだろ」
スピーカーが沈黙する。
「どうした? 何か問題か?」
『……別に。外も安全。暮人は加藤よりも優秀だし』
その発言は否定せざるを得ない。
「私はプロフェッサーKだが?」
『はいはい』
加藤は魚を焼き始めた。チャーハンよりはマシなはずだ。
※※※
「宇宙が好きなのか?」
こくり、とコスモと名乗った少女は頷いた。
「大きい、から」
「どういう理由なんだそれは」
「コスモスも好きだし……宇宙も好きです」
「まぁ、好き物なんてそんなものか」
「ふふ」
とコスモが笑ったのは、暮人の心を読んだからだろう。
聞こえたのだ。超能力の時代とか言って科学者になった幼馴染のことが。
「仲、いいんですね」
「定義によるな。腐れ縁だ」
「全然、腐ってません……」
「どうかな」
このまま腐り果て、骨すら残らず塵になりそうなものだが。
コスモは嬉しそうだった。無邪気な少女だ。
そんな邪念なき顔が、曇った。こめかみを押さえる。
「う」
「なんだ?」
反射的に暮人は周囲を見渡す。静かなものだった。虫の鳴き声しか聞こえない。
「大丈夫です……」
「ふむ」
言の葉と表情の不一致。コスモは大丈夫ではなさそうだ。
その原因について考える。思い出すのは昼間のことだ。
敵との戦闘時、コスモとの情報共有にて。
やり手の隊長をダウンさせた時、部下たちの思念が脳裏を駆け巡った。
「となると……」
暮人はスマホを取り出す。相手は秒で反応した。
『メシならできてるぞ。恐ろしくまずいのが』
「カタ、周囲のスキャンできるか?」
『朝飯前。今食べてるのはくそまずい夕飯だけど』
『いちいち言わんでいい。というか、まずいなら食べるな』
加藤のことは無視して、カタがキーボードを叩く。
『で?』
「犯罪起こすなら絶好の場所」
『近くの町ならこんな感じ』
スマホに地図が表示される。赤い点は複数あった。
『犯罪者予備軍のリストあるか』
「ほら」
表示されたデータを、苦しそうなコスモに見せる。
「これは」
「見覚えある奴、いるか?」
コスモは迷いなく一人の男を指した。
「んじゃ、ちょっと出かけてくるぜ」
『リスク管理が面倒なんだが?』
「仕方ないだろ。騒音が酷いなら、苦情を出さなきゃな」
※※※
男は、愉しんでいた。この状況を。この時を。
地下の涼しさすら吹き飛ばしてしまうほどの熱量を帯びて。
対照的なのは眼下に転がる少女だ。酷く怯え、震えている。
その姿が、男の嗜虐心をくすぐる。高揚を、加速させる。
「ここなら誰の邪魔も入らない。完全犯罪だ。もし、仮に俺が捕まるとしても、へへ、お前はもうこの世にいないだろうなぁ」
その一言が少女の精神を崩さんと迫る。まともじゃない状況が、彼女の心を軋ませ、口から悲鳴を、目から涙をこぼさせた。
「存分に鳴け。俺を楽しませるためによぉ――」
「全くしょうがない奴だな」
男が後ろへ振り替える。呼んでいない客が立っている。
黒のキャップ帽を被り、黒いジャケットを羽織る男。
「何者だお前!」
男がナイフを引き抜く。女を切り刻むために用意したものだが、刃には性別も年齢も関係ない。
「なんでお前に名乗らなきゃならん」
「どうしてここがわかった? 警察か? しかし、なんだ? なんなんだ?」
「警察じゃない。ある意味、お前とご同類……」
黒づくめの男が、冷たいコンクリートに寝かせられている女を見る。
「いや、いっしょは勘弁だ」
「パーティーに参加しに来たのか?」
「俺はそういうの苦手でね。ここには苦情を言いに来た」
「苦情?」
「うるさいんだよ。その子がね」
少女がびくりと身を震わせる。
「安心しろ。すぐに静かになる。……ちょっとだけ、今よりもうるさくなるがなぁ」
「誤解するな」
「誤解? 何が誤解だ?」
「うるさいのはその子だが、原因はお前だ。お前が何もしなければいい」
「そいつは無理な相だぬ」
男が間抜けな声で気絶する。黒ずくめの男による打撃。
「元より期待なんてしてないさ」
黒づくめの男……暮人は、状況を呑み込めない少女を見下ろす。
「交番わかるか? 送りたいところだが、事情があってな」
こくこく、と少女が頷く。
「自分の足で行くといい。こんな奴のことは気にするな。夢の一つや二つあるだろ」
少女はゆっくりと立ち上がる。まだ怯えているが、歩けそうだ。
「ありがとう」
一礼して少女が立ち去る。暮人はカタに連絡を取る。
「これで夜もぐっすりだな。悲鳴に苛まれることもないだろう」
トレーラーに入れば、騒音は遮断できる。が、一度聞こえた助けを求める声は、ずっと頭の中を渦巻くはずだ。
しかし、もうそれはなさそうだ。暮人は帰還しようとしたが、
『待て。コスモに変わる』
『暮人』
「なんだ? 礼ならいい」
『実は、まだある……』
「マジか」
お出かけはまだまだ掛かりそうだった。
※※※
男の視界に飛び込んできたのは、慣れ親しんだ白い天井と、見知った部下たちの顔だった。
「目覚められましたか……」
安堵の表情が並ぶ。身を起こすと、若い少女隊員がコップを差し出した。
「どうぞ」
「いや、大丈夫だ」
性別も年齢も人種もバラバラな六人の部下たち。しかし、全員共通点があった。
超能力者。
超能力保護管理統括局、通称管理局に従う者たち。
所属する部隊名は第7特殊能力運用部隊。
またの名を、虜囚部隊のナンバー7。
「ご無事で何よりですぜ、隊長殿」
年長者であるファルコンが笑みを見せた。短髪で日に焼けた男だ。
「迷惑をかけたようだ」
「迷惑だなんてとんでもない!」
声を荒げたのはカミナ。まだ十代半ばの少女兵で、赤毛が特徴的だ。
「能力使用制限さえなければ勝ってましたし!」
「それはどうでしょうか」
と口をはさんだのは眼鏡をかけた若い女性だ。
「サーシャさん!?」
「いえ、純粋な実力勝負では勝利の余地は十分にあったと考えますが。一番の不明因子を無視することはできないでしょう。例の……」
「新型。あれは厄介だったねぇ」
医務室のソファーでくつろいでいる飄々とした青髪の男がボールで遊んでいる。
宙に浮かせて。
「あれただ装甲が固い、パワーが強いってだけじゃないでしょ」
「ノマドさんの言う通り……ですよ、こほん」
奥手なミリノラが端末をみんなに見せた。
「観測データを検証しましたけど、こほん、数値が変動していまして」
「変動ってなんです」
「攻撃に合わせて適切な装甲に変化するってことかねぇ。もしそれが本当なら、特別もいいとこだな。まず間違いなく俺たちには配備されねぇ」
「貴殿たちには特別な力がある。そのため、その能力に合わせた物資を分配することとなる。通常の部隊に比べて多少性能の落ちたものを配備することになるが、貴殿たちに備わる能力が、その差を挽回すると信じている。でしたっけ? 本当、ふざけてますよねぇ」
タブレット端末で漫画を読み漁る少年兵カイルが、上級管理官の言葉を代弁して見せた。しかし、あの上官の言葉に間違いはない。
実際、他の部隊に比べて7番隊は損耗率はずば抜けて低い。
だが、今回の敵は今まで対峙してきた連中とは違った。一言で言えば。
「真摯だったな」
「へ?」
カミナが目を丸くする。
「真摯だったんだよ、彼らは」
敵を侮っていなかった。蔑んでもいなかった。
ただ、相手をしっかりと見ていた。ただそれだけのことを、できない者は多い。
「でも、でもでも! 制限なく、そしてあの鎧の情報さえあれば私たちが!」
「楽観視はできない」
「う、うー!」
「落ち着くんだカミナ」
「ファルコンさぁーん」
ファルコンに泣きつくカミナ。彼女の気持ちはありがたい。自分を、そして仲間が強いと信じているのだ。
「しかしカミナの言うことをそうすっぱりと否定するってことは、久しぶりにやりがいのある獲物、ってことですかい、隊長」
「特別な獲物であるってことは間違いない。とにかく、情報が必要だ」
「敵の実態把握、ですか。やってますけど……」
ミリノラの目が泳ぐ。どうしたんですか、とカイル。
「ノラさんのハッキング技術なら」
「無理でした」
「……本当ですか?」
驚くサーシャ。他の仲間も声には出さないが気持ちは同じだ。
「なんか、すごい、です。こほん。むっちゃすごいハッカーが。なんていうか……サムライみたいな」
「サムライってハッキング技術に関係あるんですかねぇ。俺は知らないけど」
「もう、ズバッて感じ。切って捨てられる。一瞬でも気を抜いたらヤバイ。こっちが攻撃を仕掛けてたはずなのに、いつの間にか逃げ回る感じになってた。しかも、たぶんだけど……別のことやりながら」
「マルチタスクの敵……ってことは、敵さん、そんなに人数多くないのかね」
「おっさんの勘では、間違いない。敵の数は少ないが、超精鋭で纏められている。あれほど優れた人物で行方知れずの奴なら、まぁなじみの情報屋でどうにかなると思いますぜ」
「頼む」
男の一声で全員が動き出す。行動に制限はかけられているが、むしろそのおかげで限られたリソースの有効活用法が煮詰められた。
程よい枷は成長を促す。だが、育ち切っているのなら、そろそろ枷を外さなければならない。
「っていうか、隊長……パトリックさん。いいんですか? パッケージのほうは」
「まずは彼らだ。カミナ。まぁ、一番気になるのは、レジスタンスの動きだが」
七番隊隊長パトリック・ミューラーは考える。
能力を持つ同胞にして、意見を違える者たちのことを。
※※※
「ご報告いたしま――」
「彼女は出て行ってしまったか」
「はえっ!?」
執務机に向かう男の言葉に、当惑する女性。すぐさま、こくこくと首を縦に振った。
「そうです! そうでございます! 我々の保護も一足遅く……!」
「想定内だが、喜べないのはいつものことだね」
「そうです想定外で……へ? 想定内?」
穏笑を携える軍服姿の男に秘書は戸惑いを隠せない。
「何隻出たかな」
「現在確認できるのは15です。まだまだ増えるかと……船を使わずに発進したのも含めると……現状の見積もりでは」
「106人か」
「いえ、93人で――」
秘書の携帯する端末が鳴り響く。通達の中身を確認し、秘書はへなへなと項垂れた。
「106人です……はい……。相変わらずですね」
「そんな難しいことではないよ。ただ、みんな制限をかけているだけさ。少しでもやる気を出せば、誰でもできることだ。超能力とは違ってね」
「そうです……? 本当にそうですか……? ヘクトール様……」
「大げさだね、パル君」
「って今はそれどころじゃ! どうします! いろんな作戦に影響が出てしまいますが……」
「大丈夫だよ。今立案中の作戦、そのほとんどは今回の件を考慮して作られている」
「???」
「しかし久方ぶりだね。予想が外れてほしいと願ったのは」
ヘクトールと呼ばれた男は窓の外を眺めた。広大な海が広がっている。
「当たったほうが嬉しいのではないですか……? 私、いつも賭けで負けがかさむんですが」
秘書の嘆きには応じずに、男は呟く。
「さてはて、ピースメーカー計画。うまくいけばいいが」