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セカンド・インプレッション

 右手に触れた感触は硬質的で、ひんやりとしている。しばらく考えて、それが飲み物であると気付いた。

 そして、自分がそれを飲める、ということも。

 私は様々なことを忘れている。そして、忘れていることも忘れてしまっている。


「むっ……」


 味が口の中に広がる。甘い、感触……。

 口で何かを飲むという行為は久しぶりだった。

 よくわからないな。

 暮人から聞こえてくる情報。私が飲むことにすら手間取っている事実に疑問を感じている。


「えと……」


 うまい説明が口から出ない。

 しかし果たされた。スピーカーから聞こえる音声で。


『研究所にいた頃に食事を摂ることはなかっただろう。あの子が入っていた液体の中には酸素や栄養素など様々な物質が混ぜられていた』

「なのに話せるし、飲めるのか?」


 人が使っていない機能は徐々に減退していくはずだが。暮人の疑問。


『……身体機能の低下は精神、能力値に影響を及ぼすと上層部に訴えた人がいたのだ。同年代の人間よりは低下しているだろうが、日常生活を送る上で支障ないはずだ』

「便利な世の中だ」


 女性が呟く。聞こえてくる付随情報は……何かの間違いかもしれない。

 もしかすると調子が万全ではないのかも。外に出たのは何年ぶりなのか。

 頭にインプットされている知識の使いどころは間違っていないか。


『とりあえず安全地点を算出してくれカタ。マイク越しじゃ話辛い』

「あたしにこれ以上仕事を増やすのか。死ぬべきだな童貞」

『そういう言葉遣いは止めておけ。子どもの前だ』

「年は十八歳。違うか?」

『人生経験は一桁と変わりない』

「ふん」


 カタと呼ばれた女性は鼻を鳴らして不機嫌そうな顔を作る。が、また間違った声が聞こえてきた。

 一体どういうことなのだろうか。

 頬を叩く。痛い。


「マークした」

『了解』


 しばらくすると車の動きが止まった。前方の扉が開き加藤が出てくる。

 そして肩をびくりと震わせた。脳内に響いてきた情報量がとても大きい。


「お前の話なんぞ聞いても迷惑だろうがな」

「そう言うなカタ」


 私は思わず頭に触れた。違和感がものすごい。


「ほら見ろ。お前のせいで」

「うん、そうか?」


 加藤が不思議そうな顔を作る。私も不思議だ。


「全く本当にお前という奴は」


 本当の本当に――。


「ダメダメだな」


 今日もカッコいいな好き。愛してる。


「???」

「どうしたんだ?」


 首を傾げる私に暮人が聞く。だが答えを得る前に、加藤が話し始めた。


「混乱しているんだろう。無理もない。何が起きているのか、理解する暇もなかったはずだ」


 加藤の誠実な言葉は、表裏一体。本当に彼は私のことを案じてくれている。

 が、隣の。カタから聞こえてくる情報がだいぶうるさい。


「でお前が混乱を解きほぐすと? うまくいくか見物だな」


 いたいけな処女に優しくするか。実にクールだ。


「話が進まないから黙っていてくれないか」

「酷い男だな。人をこき使っておきながら」


 ふっ怒られるのも悪くない素晴らしいぞ。


「うぅ……」


 混乱が収まらない。加藤の心配とは違う意味で。


「とにかくだ。我々は……そうだな。有り体に言えば君を誘拐したことになる」


 あたしも誘拐されてみたいものだお前に。カタの情報。


「むぅ……」


 心の声は耳を塞ぐように簡単にはいかない。

 特に想いが強いものは。この場にいる中で一番カタの想念が強い。


「私としては本意ではないが、この形にするしかなかった。君が移送されるという情報を入手してね」

「主にあたしがな」


 そら褒めろ加藤あたしを。


「お前の働きには感謝しているから少し待ってくれ」


 ひゅーやったぞ褒められた。

 ……加藤は何を話しているんだったっけ。私が複数の人と話している時、たまにこういうことが起きてしまう。一人から二つの声が響いてくるのだ。


「最初に言っておくが私は、我々は君の能力を目当てとしていない。君を利用しようとした誘拐でないことはわかってくれ。そしてまた、君の保護を主眼に置いているわけでもない」


 謙虚極めり。しかしこの控えめな性格のせいで進展しないのはどうにかして欲しい。

 大事そうな話がカタの心声で上書きされていく。


「えっと……」


 私は挙手した。質問する生徒みたいだな、というのは暮人の情報。

 とてもじゃないがカタの声が大きすぎて集中できない。カタが悪いわけではない。悪いのは常に私だけれど、ちょっとどうにかしないと。


「あの、その……ええっと……」


 うまい具合に説明しないといけない。だがどう言うべきなんだろう。

 困る私を加藤はじっと待ってくれている。付随情報も同様だ。

 だが、傍から響く情報が。

 カタの、声が。常人には聞こえない心の内が。


 本当なら今頃あたしと加藤は付き合って結婚して子どももいてもおかしくなかったはずだそう子どもだ加藤は何人欲しいか知らないが早いうちにやることやらないと作るの大変なのにあたしはいつでも準備万端だ具体的には。


「ごふぉ」


 私の鼻から大量の赤い液体が漏れて、視界が暗転した。



 ※※※



「これはあってはいけない……あってはいけないことなのだ!」


 会議室の中で響く怒号には多くの士官たちが辟易としている。だが、彼の怒りは共有できていた。

 焦燥も。苛立ちも。満場一致ではある。

 耳障りなのはその声だけだ。


「平和を奪われた! この事態の重さを諸君は理解できているかね!?」


 黒いスーツに身を包むオドヴィール上級管理官は同じ話題を繰り返しながら、むざむざと平和を奪われてしまった部下たちに叱責を加えている。ある程度怒鳴った彼は椅子に踏ん反り返った。


「当然、追撃部隊は編制済み……いや、もう出撃しておろうな」

「それが……」


 青ざめた様子で返答したのは青い制服の超能力取締官だ。


「ご存知の通り、ここはあくまで隠れ蓑。先刻の襲撃もあります。当基地に追撃を放つほどの余裕は……。本部より増援を願い出たく」

「そんなことはわかっておるわ。隠れ蓑もばれてしまえばただの燃えカスか」

「もしどうしてもとおっしゃるならば……彼らが、いますが」

「彼ら……彼らとは誰だね」


 オドヴィールはあからさまに不機嫌になる。


「以前説明しましたが」

「過去に説明されたことは覚えておる! あれは彼らと形容するものでもないだろう!」

「しかし本部よりバックアップ要員として派遣された有能な」

「失礼します」


 おもむろに自動扉が開く。入ってきた男の視線に全員が釘付けとなった。

 オレンジ色の制服に映える茶髪。碧眼の瞳からは、多くの人間が誠実そうだという印象を受けるだろう。

 心の内に色眼鏡を掛けていなければの話だが。 


「誰が入室を許可した。虜囚如きが」


 オドヴィールの悪意。しかし虜囚呼ばわりされた男は。


「敵の位置を特定しました。既に攻撃準備を整えています」

「何を言って」

「あなたのお期待に添えられるよう尽力いたします」


 オドヴィールが罵倒を放つより早く、男は跪く。忠誠を誓う騎士のように。

 矢継ぎ早にオドヴィールが望むことを行う。


「我々は道具です。すなわち勝利は使い手のもの。……あなたのもの」

「ちっ。さっさと取り返せ」

「了解しました」


 男は足早に去っていく。全て理解していたように。

 毒気を抜かれたオドヴィールは忌々しく吐き捨てた。


「汚らしいサイキッカーめ」



 ※※※



「なんで鼻血を出して倒れたんだ?」

「わからん……何かに中てられたか?」


 加藤とカタが困惑しているさまを見て、暮人はため息を吐いた。

 まだまともに自己紹介もしていない。こんな出だしで大丈夫か……。

 いや、いつものことだ。


「そろそろ動いた方がいいんじゃないか」

「それもそうだな。説明はセーフポイントでいいか」

「またお前のせいで時間を無駄にしたぞ加藤」

「私のせいか? いや、私のせいでいい……」


 諦めた様子の加藤も、いつも通りだ。

 普段と違う要素は目を回して気絶している。

 計画の要だと以前から口酸っぱく言っていたはずなのだが。

 暮人はもう一度息を吐き出し、少女を寝かせた。


「先が思いやられるぜ。まぁ、それもいつものことか」


 暮人は室内の奥を見つめた。


「俺たちで良かったのか? 本当に」


 ピースメーカーは答えることなく、直立していた。

 




 セーフポイント到着まで後少しというところで、小さな呻き声が漏れる。

 少女が目を覚ましていた。そう、未だ少女だ。

 まだ名前を知らない。データにも彼女の名前は載っていないのだ。

 皆彼女のことは平和か、パッケージか。

 物、或いはシステム扱いをしていた。


「起きたか」

「は、い……」


 鼻に軽く触れた少女は寝ていた寝台の上に座った。


「このトレーラーにはジャマーが搭載してある。外の声に触れることはなさそうだが……」


 つまり俺たちの声に中てられたのか? という疑問を抱いた暮人に、


「そ、その……はい」


 返答が来る。心の声への。


「今のがテレパシーか」


 他人の思考を読む超能力。加藤曰く、読むだけでなく発信することもできるとか。


「読むんじゃなくて……聴く」

「声で聞こえるのか。それはうるさそうだな」


 何気なくキーボードを叩いているカタを見る。あいつは絶対にうるさそうだ。

 などと一人胸に抱いた想像に少女はこくこくと首を縦に振っていた。


「まぁ、悪い奴じゃない……なんて俺が言う必要もないだろうが」


 つまり彼女は声に出す必要がない。だから、スムーズに会話ができなかった。


「奴の説明なんていらんな」

「会話」

「ん?」

「会話の、方が……いいです」

「そういうものか? まぁ、好きにすればいいさ」


 暮人はなんでもいい。すると、意外なものを見る目で少女が見てきた。


「どうした」

「どうでも、いいの……?」

「加藤に任せてある。それにあいつも君の能力目当てじゃないと言っていただろう」


 少女はしばらく考え込む。悩んでいる、というよりは思い出しているという感じに。


「覚えてないのか」

「……ごめんなさい」

「ま、あいつの話なんて話半分で聞いてれば――」

『聞こえているぞ暮人』

「わかってるよ」

『だったらもっと配慮しろ! 全くお前は』


 といういつものやり取りがスピーカーを通して始まると思ったが。


「暮人!」

「チッ!」


 カタの一声で暮人は少女を抱えると、壁に設置してある手すりを掴んだ。

 身体が前にもっていかれそうになる。だが、体勢を整えていたので転ばずに済んだ。


「十人くらいいる」

「使うか?」

「その方がいい……ごめん」


 カタが謝罪する。彼女は自分が悪いと思う時は素直に謝るタイプだ。

 だが、運転席から加藤が現れて一蹴した。


「違うな。カタのミスじゃない」

「加藤」

「加藤じゃないが、今はいい。何らかの能力によるものだろう」

「能、力……」


 少女が呟く。


「もちろん、君のせいでもない。このバカが言っただろう。このトレーラーは生体情報を遮断する。道路の真ん中に立っている男、オレンジ色のスーツを着ていた」

「管理局の虜囚部隊か。くそ童貞ども」

「任務の重要度を鑑みるに、エース級か。少し情報を精査する。暮人」

「よし」


 暮人は右手を軽く上げるとそのまま格納エリアに向かう。壁際に直立している鋼鉄の鎧が、主を待ち構えていた。

 鎧の前に立つ。自動でアームが動き、両足、胴体、両腕と装甲が装着していく。

 最後に、頭部パーツが暮人の顔を覆った。V字のバイザーに隠された双眸が煌き消えた。


「ピースメーカー、出るぞ。銃声が聞こえないが」

『こいつの防弾性能は折り紙付きだが……牽制射撃でトレーラーの動きを止めただけってのは妙だな』


 カタの疑念に応えるのはあいつだ。


『わかっているんだろう。無駄であると。トレーラーに不用意に接近しないのもそのためだ』

『近づいてくれれば電磁パルスで無力化できたが。妙に勘のいい童貞だ』

「女かもしれないだろ」


 トレーラーの壁が開き出す。街中を走るには巨大なトレーラーは、ホログラムで大きめの輸送トラックに偽装されていた。だが、もはやその偽装も剥がれてしまっている。その後部ハッチが開き、暮人は歩み出た。

 鋼鉄のブーツでアスファルトを踏みしめる。すぐにセンサーが反応する。


「オレンジ色……七人くらいか。小隊だな」


 トレーラーの外に出たが、銃撃はない。加藤の言葉を借りるなら、避けられるとわかっているのか。

 暮人は徒歩でトレーラーの前方へ向かう。敵の狙いを探る。しかしまだ攻撃してこない。

 視界に入ったのは道路の先で道を塞ぐオレンジ色の強化鎧を着る男。


『センチネルS。サイキッカー用に調整されたスペシャル仕様。性能は』

「こいつよりは劣る、だろ。まぁ問題は……」


 彼ら彼女らの実力だ。丸みを帯びた頭部。その中の超能力者の力量。

 眼前に立つ男が隊長。肩部には部隊章らしき鎖が描かれている。


「なるほど、虜囚ね。鮮やかな囚人服だ」


 敵に聞こえるよう音声を外部出力する。だが、返答はない。

 代わりに、左側の建物、その屋上からマズルフラッシュが見えた。


「おっと」


 アサルトライフルによる掃射。しかしピースメーカーには当たらない。暮人はハンドガンを抜く。牽制しようとしたが、


『上』

「一対一とはいかないか」


 カタの助言を聞いて頭上へ射撃を加える。見ずに。

 不意を突かれたフライトユニット搭載型のセンチネルSが回避運動を取った。

 その間、隊長は見ていただけだ。何を考えているのか。


「こいつもテレパシーか?」


 だが、ピースメーカーにもトレーラーにもジャミングが施されている。


『それはないとお前もわかってるだろう。……そして、カタのルートに間違いがあるはずもない』

『ふぐ』

『どうしたんだ処女』


 カタの問いに処女、もとい少女は答えない。

 加藤の思考タイム中も敵は待ってくれない。隠れていた敵が一斉に動き出した。だが、瞬時にわかる。連携の取れた動き。誰かが撃ち、同時に別の誰かが攻撃する。避けられたと思われる攻撃も、次の攻撃に繋がる布石だ。

 銃撃を走って避けた先で、待ち伏せた敵によるナイフの刺突。

 それを殴って応戦する。だが、敵はそれを防いだ。しかし二度目は防げない。それをまるで事前に知っているかのように敵は離れた。


「おっ!? くっ!」


 控えていた別の敵によるグレネード弾。暮人は横っ飛びで避ける。


「街中でそんなもんを使うか」

『近隣住民の避難は完了してる』

「準備がいいことだ」


 つまり敵は念入りに用意していた。カタのルート選出は複雑だ。複数あるルートの中から安全なものをまたいくつか割り出し、吟味したうえで選んでいた。

 それをピンポイントで当てたのだ。運が良かった、では説明がつかない。

 運を司る超能力が存在するなら別だが。


「奴らはホームズ並みに頭がいいのか?」


 暮人は走りながら拳銃を撃つ。周辺の敵に一発ずつ。敵の射撃タイミングをずらし、隙を作り出す。


『つまりお前の出番か? 教授』

『私はモリアーティではないが、わかったぞ。戦闘データを見て気付いた』


 狙いはグレネードランチャーを持つ敵。あれが一番厄介だ。近くの敵に格闘を仕掛ける最中に銃撃を見舞う。不意を突かれた敵は予期せぬ動作をする。それが全体を乱す気流となる。


『暮人、お前はしくじる』

「――マジか!」


 敵が味方などお構いなしにグレネード弾を撃ってくる。暮人は咄嗟にグレネード弾を撃ち壊すが、敵はなんら構うことなく殴ってきた。

 暮人がグレネードを撃ち落とさなければ大ダメージだったはずだ。


「チッ!」


 一撃喰らった。だが、タダではやられない。暮人はカウンターで殴り返す。避ける。だが、掠った。反射的に避けた、という感触ではない。

 そのように動いた、という感覚だ。暮人は腕を右に振り、同時に足払いをする。

 威力は低くくも確実に当たるはずが、まるで予期していたように飛行ユニット搭載型がアンカーで敵を引っ張り上げた。


「おいおいマジかよ」

『やはりな』

「こいつらはなんだ?」

『こいつら、ではない』


 と加藤がもったいぶる間も銃撃は続く。しかし決定打は喰らっていないのが唯一の救いか。


「早く教えてくれると嬉しいね」


 暮人は左足に装着されているローダーデバイスに弾倉を投げ入れ弾薬を補充したが、そのタイミングでステルスモードの敵が奇襲してくる。寸前で避け、リロードを終えると撃って引き離した。

 狙撃を避けながら。厄介極まりない。


『結論から言うと、奴らは未来を見ている』

「予知能力か……っと!」


 道理で当たるはずの攻撃が当たらないわけだ。敵の狙撃を避ける。狙撃手がいる場所はわかっているが……。


『未来を見てここに来るとわかったのだろう。そして、お前の攻撃も全てお見通しというわけだ』

「それがわかれば簡単だ」


 暮人は動き方を変える。ロジックがわかれば、なんてことはない。

 疾走したピースメーカーは路地に入り、建物と建物の間を壁キックで登り始めた。銃撃が迸ってくるが、多少のダメージを許した上で強引に上りきる。

 屋上に立ち、待つ。すかさず飛行型がやってくる。暮人は敵の動作を待つ。

 しかし、何もしてこない。


「なるほど」


 こいつは外れのようだ。それを証明するかのように飛行型はレーザーのようなものを左腕から射出する。


「当たらんぜ」


 暮人は身体を反らして避けた。建物の屋上に穴が開き屋内が露出する。

 反撃の準備をしたが、来ない。

 負けるとわかっているのだ。それだけ、未来の可能性を潰すことに成功している。


「撃ってこないのか、狙撃手さん」


 音声出力して敵を挑発する。暮人は、開いた穴から敵が狙撃すると予想していた。   

 タイミングを合わせて待機していたステルスモードの敵も突撃してきたはずだ。

 そこで、ベルトに装備されているグレネードを使う予定だった。

 自分ごと。つまりは自爆攻撃。

 ピースメーカーの装甲と暮人の技量があればダメージは最低限。対して、センチネルSの装甲値ではひとたまりもないはずだ。


「来ないのか?」


 彼らの力量とセンチネルSの性能では、未来が見えようとも避けられはしない。

 あまり褒められた戦い方ではないが、長期戦は避けたい。今も、離脱可能時間の限界は近づいてきている。


「だったらこっちから行くぜ」


 暮人はグレネードを地面にたたきつけ、前方へ脚部装甲を動かす。爆発と共に屋上から飛び降りた。周りの敵は慌てて銃を撃つが、爆発による加速のせいで捉えきれない。

 暮人はすかさず本命を探す。先程と変わらない位置に立っていた。


「お前が未来予知者だな!」

 

 拳銃を唸らせ、一直線に落下する。頭上からの銃弾雨を隊長は紙一重で避けた。単に未来がわかるだけではできない芸当。しかし暮人は躊躇わず蹴りを放つ。

 左腕で防御された。構わず穿った拳を隊長は叩き落とす。暮人は着地し拳銃を向ける。隊長は構えを解き、自然体のままだ。


『暮人、終わった』


 カタの一声で敵の通信網が破壊されたと理解する。これで予知能力は隊長だけのものになった。敵の練度は高いが、連携が取れなければせいぜい厄介止まりだ。

 隊長をどうにかしてしまえば、問題なく離脱できる。


「君は何がしたい?」


 隊長からの呼びかけだ。声音には純粋な疑問のみが載せられている。


「と言われてもな。俺には特にやりたいこともない」


 暮人は本音を返す。隊長はそうか、と呟いたのみだ。

 男の声。若い。自分と同年代くらいだろうか。


「悪いが、阻止させてもらおう」

「律儀だな。だが遠慮するぜ」


 暮人は拳銃を撃ち切迫する。隊長は回避に徹している。

 暮人は周辺への警戒を強める。部下がまだ何かをする気か。

 しかし何もアクションがない。隊長へと到達し拳を放つ。だが、それらも全て避けられ、そして――。


『避けろ!』

「何ッ!」


 戦場へと降り注いだのは砲弾の嵐だった。

 爆撃の雷鳴が轟く中、暮人はどうにか避ける。

 しかし予期せぬ事態は止まらない。


「何ッ!」


 隊長が殴り掛かってきたのだ。危険を顧みることなく。

 銀の胸部装甲に傷がつく。しかし暮人はダメージを受けるしかない。

 下手に避ければ砲撃が当たる。砲撃を喰らうくらいなら強化鎧の打撃の方がまだマシだ。


『いかれた童貞親父め。敵基地からの砲撃。しびれを切らしたクソ上官が部下ごとあたしらを焼き払うつもりだな』

『その中を躊躇いなく攻撃する。つまりは』

「最初からこれが狙いか……ぐッ!」


 センチネルSの拳は着実にピースメーカーへダメージを与えている。ようやく砲撃が止んだ頃には、装甲値が80パーセントに低下していた。


「まずいな」


 フェイス内部の数値のほとんどが良くない傾向を示している。時間も刻々と減っている。


「くそ……どうする?」


 暮人は自問する。しかし、現状を打破する有効な手立てが思いつかない。




 ※※※



「なんとかしろ加藤」

「と言われてもな」


 加藤は頭を掻く。敵の部隊が動かないのは、トレーラーから援護に出てきた自分たちを拘束ないしは殺害するためだろう。

 そして、それはカタも承知済みだ。その上でなんとかしろと言っている。


(まんまとやられる気はしない。だが、問題はこの子だ)


 加藤はモニターに釘付けになっている少女を一瞥する。

 敵の狙いは自分たちではなく、この少女なのだ。自分たちだけで脱出する手筈はいくつも思いついているし、暮人やカタに言う必要もない。


「とは言え、だな。予備機はまだ動かせないか」

「急だったから無理。お前の計画はいつもその場の思い付きだ」

「準備できなかったからな、すまん」


 加藤は狙撃銃を取りに行こうとする。が一足先に動き出したのは少女だった。


「どうした……?」


 少女は一目散に武器ケースへと走ると、加藤の狙撃銃を持ち出す。


「何をする気だ?」


 加藤の疑問に答えるように、トレーラー左前方外に通じる扉のロックを外した。番号は教えていないが、恐らく心を読み取ったのだろう。

 そして、銃を構えようとしたところを、加藤が手で押さえた。


「う、はな、して……!」

「落ち着け。君では無理だ」


 そもそも弾倉が装填されていないのだから。加藤の心の声が聞こえたのか素直に諦めた。なぜそんな無茶をしようとしたのか。加藤は即座に看破する。


「あれ、か」


 開いた扉の内側から交戦中の二人を見据える。敵の部下たちが不用意に仕掛けてこないのはパッケージの安全を優先しているためだろう。

 そして、信頼の表れでもある。隊長ならどうにかできると。現に敵の部隊は通信を切断されても、取り乱す様子が一切なかった。

 加えて、ピースメーカーはセンチネルSに押されている。攻撃は全て避けられ防がれ、向こうの攻撃は防御しかできない。

 だが、絆の深さならこちらも負けていない。

 加藤はマガジンを装填し、コッキングレバーを引く。

 スコープを覗いて対象を捉える。


(予知能力は使い勝手が悪い能力だ。未来を回避するためには相応の実力が必要だし、予知を制御できなければ、自分が見ているものが現実なのか未来なのかわからなくなる。そして、あの男はそのどちらも兼ね備えている。だが……)


 スコープの中で対象が目まぐるしく入れ変わる。グレー、オレンジ、グレー、オレンジ……。暮人は奮戦しているが、実力はほぼ互角。スーツの性能差によるアドバンテージは未来予知によって奪われている。


(制御しているということは集中している。未来予知と言えども万能ではない。大まかな流れを戦闘前に予習し、細部を戦闘中に整えていたはずだ。だから隊長は当初戦闘に参加しなかった)


 同時にそれは時間稼ぎでもあった。上官が痺れを切らすまでの。


(そして今は暮人の動きに注力している。暮人は強い。押してこそいるが、奴の全神経は暮人が繰り出す攻撃の予知と、それを潜り抜けるために使われている。だが、安易な狙撃は失策だ。不意打ちは奴も予想しているし、危険な未来が横から割り込んできたらそちらへの対処を優先するだろう。部下を侍らせていることにも理由はある。だが、彼女は……)


 加藤は少女に呼び掛ける。


「君はそれでいいのか」

「うん。まだ、よくわからないけど……」


 少女はぎこちない笑顔を作る。


「だから、わかることから始めたい」

「わかった」


 加藤は引き金を絞った。躊躇うことなく。

 弾丸が強化鎧へ吸い込まれる。

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