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ファースト・インプレッション

 ソレは特殊な容器に入れられていた。

 筒状で、人の背丈はあろうかという大きさ。たっぷりと入った緑色の液体が、収容物を保護している。

 中身は微かに揺らいでいるのが見える。うっすらとしか窺えない。

 しかしてその全容を知る者たちは、喜びに満ちた表情でそれを見ていた。


「我々は世界を導くのだ。平和へと」


 知る者たち――白衣の人々は代表者の一声で歓声を上げた。すぐに重武装の兵士たちが室内へと入ってくる。

 パワードメイルセンチネルG型。青色を基調とした管理局支給のパワードスーツ。

 現代版の騎士。丸みを帯びた装甲が特徴的だ。

 装備に身を包んだ兵士たちは荷物を受け取り、基地内を進んだ。

 トレーラーに積み込む。輸送班の隊長が指示を飛ばす。


「これよりパッケージを輸送する。任務開始」


 号令と共にトレーラーが動き出し、白い建物の外へと出る。

 駐車場内を進む。周辺には厳戒態勢のセンチネルたち。

 軍用強化鎧の群れは、トレーラーの周囲を随伴して進んでいた。

 爆発が、起きるまでは。

 ただの爆発ではない。仕組みが違う。

 爆発自体は一般的な爆弾のそれと大差はない。

 しかし、それが何の前触れもなく。

 なんらかの爆発物を介して行われたものでないとしたら。


「応戦開始! レジスタンスだ!」


 隊長は怯むことなくアサルトライフルを撃ち始めた。

 部下たちも命令に応じる。

 多数の弾丸が敷地内の民間人に放たれる。

 レジスタンスの工作員へと。


「ぐはッ」


 悲鳴と共に青年の身体に無数の穴が開いた。同時に。


「トレーラーが!」


 輸送車が宙を舞う。


「ジャミングが効いていない!」


 基地内に設置されているジャマーが発動していない。どうやらレジスタンスの手で破壊工作が行われていたらしい。

 そう隊員たちが自覚した頃にはトレーラーが敷地内へと運ばれていく。


「急げ! 発生源を特定しろ!」


 隊長が叫ぶ。あれを奪われることはあってはならない。

 しかし、隊長とは反対の意思を持つ者も基地内には多数潜入していた。

 隣の隊員が燃え出す。

 隊長はセンチネルGの脚力を用いて跳躍。周辺スキャンにより粒子反応を検知し、その位置へ銃口を向けた。


「急ぐんだ! 平和を奪われるぞ!」


 銃口と同じくらいに声を張り上げて。サイレンに負けないように、指示を飛ばした。



 ※※※



「手に入れました。予定通り近くの森へ移します」

「どうやら裏切り者の気配もない。愚者を相手にするのは楽でいい」


 レジスタンスコマンダーは、森林浴を楽しみながらワインを呷っていた。

 今回の作戦は一度立案されたもの。それを持たざる者が、却下したのだ。

 しかし、有能であるコマンダーストリフからしてみれば愚策の極みだ。


「して、どうやって本部に持ち帰ります?」

「本部に? なぜ? 君はバカか?」


 銀の長髪を手ですくい、ストリフは部下に聞き返した。

 部下は瞠目している。


「裏切るので?」

「人聞きの悪い。ただ、頂く。それだけのこと」

「しかしあれは戦術核以上の代物ですよ。まさに最高の兵器」

「豚に真珠ということわざは知っているだろう」

「確かに、あの男が評議会に加わっていることは見過ごせないですが」

「そしてあの男を徴用する評議会も同罪。これは然るべき……選ばれし者の手になければ」

「それがあなただと?」

「無論。そして君もだよ」

「なら、異論はないですがね」


 ストリフは笑みを浮かべる。もちろん、全てことが済めば独占するつもりだ。

 しかしあれの力を最大限に活用するためには設備が必要。

 使える内に使えるものを利用する。ただそれだけのこと――。


「お待ちを! ロケット弾!」

「何ッ!」


 空飛ぶトレーラーに対戦車ロケット弾が来襲。優雅なひと時を過ごしていたストリフは咄嗟に手を翳した。

 鋭く大きなトゲが出現し、弾頭を撃ち抜く。


「フッ、造作もないこと」

「流石ストリフ様でぇあ」


 間の抜けた声を漏らした部下は。

 頭から血を流して斃れた。


「狙撃――噂の奴か?」


 ストリフは周囲を警戒する。自分の身可愛さに。

 ゆえに、何が起きたのかを一瞬忘れてしまった。


「しまった! パッケージ!」


 トレーラーが投下ポイントとはズレた位置に落着する。


「急いで向かえ! 奪われる前に!」



 ※※※



 田舎の森に似合う緑のピックアップトラック。

 運転席のシートで眠る男は、助手席のドアが開くと身を起こした。

 狙撃銃を抱えた男が不服そうな顔で乗り込む。緑色の服装。


「なんで寝てる」

「暇だったからな」

「首尾は?」

「言う必要があるか?」

「お前の自慢話に付き合う気はないぞ加藤」

「私は加藤ではなっ! ふざけるな暮人!」


 黒のミリタリーキャップを被り、ジャケットを着る男は車を急発進させる。

 暮人と呼ばれた男だ。


「戯言にも付き合わんぜ」


 目的地は決まっている。特に妨害なく辿り着けた。しかしグズグズしている暇はない。


「さっさとパッケージを積み込むぞ」


 トレーラーは木を薙ぎ倒して横転していた。加藤という名の男がイヤーモニターへと手を当てる。


「カタ」

『了解』


 聞こえてきた返事と共にロックが解除される。

 加藤が中の状態を確かめながら乗り込んだ瞬間、

 

「動くな……」


 背後からの警告。血だらけの運転手が銃を握って脅してきた。が、彼が何かをする前に、暮人は身を翻し拳銃を抜き撃ちした。


「寝てた方が幸せだったぜ」

「全く、周辺警戒を怠るなよ」

「それは俺のセリフだ」


 周辺に敵がいないことを確認し、暮人も荷台に乗り込む。内装はシンプルだった。モニタリング用の機材がいくつかと、中央に寝かせられた筒状のパッケージ。


「これか?」

「そうだ。これが奴らが血眼になって探している平和ピース……」

「運び出すのか?」

「無論だ。こいつを持って……ぐお」


 加藤が筒を持とうとしたが、びくりとも動かない。


「手伝え!」

「仕方ないな……っ、これは」


 二人がかりで運ぼうとする。が、とてつもなく重い。二人は失念していた。

 パッケージを積み込んだのはパワーアシストを利かせたパワードメイルだ。


「ダメだなこれは」

「くそっ、どうしてこんなに重いのを使ってる……! 以前使用していたものはここまででは」

「こうやって、盗み出されるのを防ぐためだろうな。どうするんだ」

「ちっ、こうなったら……仕方ない」


 加藤は項垂れた。


「諦めよう」


 諦観の念を、醸し出して。



 ※※※



「我々が一番乗りではなさそうです」


 運転手らしき死体をサーチした部下が報告する。


「何番目でも構わない。パッケージが無事ならば。どうだ?」


 ストリフは部下にトレーラー内部を確認させる。すぐに吉報が届いた。


「無事のようです」

「行くぞ。パスワードは?」

「ここで開けるので?」

「中身の無事を確かめたい。保護システムは働いているだろうが……」

「コードは入手しています。お待ちを」


 部下が端末からコードを入力。すぐに空気が漏れる音が聞こえ、蓋がゆっくりと上がり出す。

 ストリフは高揚していた。人生で一番だと言い切っていい。

 これで平和が。

 世界が、手に入る。

 そう確信し、中身を見つめて。


「これは?」


 部下が怪訝な表情をする。保護液に浸かっていたのは黒い箱のようなものだった。

 予想していたものとは違う。

 そして反応が遅れた部下たちとは違い、ストリフは即座にその正体を見破る。


「爆だ――!」


 派手な爆発が起きた。



 ※※※



 その一部始終をドローンで眺めていた紫髪の女性が呟く。青いシャツを着用し、端末の前で椅子に座っている。


「童貞には刺激強めだったな」

『カタ、問題は?』

「言う必要あるのか、加藤」

『だから俺は加藤でっ』


 ブツリと通信が切れる。厳密には切った。

 あいつの戯言に付き合っている暇はない。


「まだいるか。童貞野郎ども」


 カタ――片奈はキーボードを叩く。


「一応、準備しとくか」


 部屋の壁際に設置されているソレを眺める。

 いつでも、役目を果たせるように。



 ※※※



 喜怒哀楽。

 幸福不幸。

 希望絶望。

 悲哀憤怒喜楽。


「君こそは人類を救う救世主となる」


「お前こそ、世界平和のピースだ」


「あなたには、人の為に生きる義務がある」


「貴殿は、神が人間に与えた贈り物だ」


 どこへ逃げたあっちだいや待て管理局だ応戦しろ。

 パッケージを渡すな平和を手に入れろくそったれビリーが死んだ仇を撃て。

 なんだ戦闘か怖いよママ逃げるぞおい待て俺たちは無関係だよせ殺すな。

 殺すな殺すなやめろうわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。


「ああああああああッ!」

「いきなりどうした?」

「……?」


 反応がある。いや、これはどちらから?

 耳から?

 それとも、頭の中から?


「聞こえてるか?」

「よせ、暮人。お前には無理だ」


 目の前に男が二人いる。どこかの、誰かの視点でなければ。

 一人は自信ありげ。

 もう一人はどこか他人事のようだ。


「まずは自己紹介から始めよう。私の名前はプロフェッサーK」

「プロ、フェッサー」


 教授実験特殊装置世界を手に入れる誰もが手にしたことのない恒久平和をそのための犠牲に君がなるのだ。


「……っ」


 そうか。怯えてしまうか。仕方のないことだ。

 教授から言われた通りだ。だからこそ。

 落ち着いてくれ。まずは話を聞いてくれ。


「……?」


 情報の洪水が起きない。異常事態。

 いつもとは違うこと。プロフェッサーと名乗った男をまじまじと見つめる。


「やっぱお前じゃダメだ加藤」


 だから私の名前は加藤などというありきたりなものではない!

 

 少しだけびくりとする。情報の大きさに。

 プロフェッサー加藤|(仮称)を押しのけて黒い服装の男が座り込んだ。


「平気か? こんなうさん臭い奴を見たらショックを受けるのもわかるが」


 ふざけるな暮人。私ほど人畜無害な紳士はいない!


「……」


 自己主張が強い。


「黙ったままだろ。お前の顔がうるさいから」

「顔がうるさいとはどういう意味だ。……恐らくだが、範囲が定まっていないのだろう」

「範囲?」

「受信範囲が広すぎるんだ。そのための調整を受けていたからな。仕方ないが」

「流石元研究畑だ」

「今でも現役だぞ」

「学会から追放されてるがな」

「私の研究を見ようともしない奴らなど願い下げだ」

「おっと、落ち着いたんじゃないか?」

「そのようだ」


 大した話はしていないんだが。

 聞こえてくる声に、心の中で相槌を打つ。

 この人たちは大した話をしていない。

 私について話していた。

 私の中身、ではなく。力ではなく。

 私という個体について。


「あ……う……」


 言葉の話し方。

 口の動かし方。

 発声に、手間取る。


「喋れないのか?」

「ずっと会話をしなかった人間と同じだ」

「お前みたいにか?」

「私のどこが」

「ふすっ」


 変な空気が口から漏れ出て、咄嗟に抑える。

 今のはなんだったっけ。どういう感情表現だっけ……。


「ちょっと笑ったか?」

「お前のつまらない話にもようやく意義が出てきたな」 


 笑ったらしい。

 そうだ。笑うとはこういうことだったのかも。


「落ち着いたのなら移動するぞ。申し訳ないが私たちについてきてくれ。君は――」


 標的を捕捉――突入までカウント五、四――。


「あ、ぶ」

「加藤!」

「チッ!」


 暮人と呼ばれた男が拳銃を抜く。ようやく視界が安定し始めた。

 ここはどこかの部屋の中だ。二人は逃走途中に退避した。

 私を連れて。そして。

 部屋の壁が爆発。

 突入! パッケージを探せこちらです隊長なんとしても奪え敵は一人も生かすな撃て撃て撃て。


「ッ!」


 情報洪水。総数三十二。直近脳波数五。

 付随情報――今のうちだ挟撃するぞ。


「くそっ」


 暮人が銃撃する。付随情報――拳銃弾では難しいか。


「死ねッぐわ!」


 悲鳴が聞こえたのは部屋――マンションの一室の入り口からだった。突入しようとした敵がトラップに引っかかったのだ。

 付随情報――流石カタお手製の罠だ。


「加藤!」

「わかってる!」


 室内に突入したセンチネルGの頭部に穴が開く。加藤が狙撃銃で頭を撃ち抜いたのだ。しかもただ頭部を狙っただけではない。

 暮人が足を銃撃し怯ませたところで、撃った。

 そこに明確な情報共有がない。はっきりとした思考、音声伝達をなしに自然に成した連携技。

 強い信頼。絆。


「うくっ」


 私の身体が持ち上がる。暮人が抱きかかえた。

 敵の銃撃が鈍る。付随情報――パッケージに当たる!

 二人はアイコンタクトを交わして窓へと躊躇いなく走り出す。

 ガラスが割れて宙を舞う。

 ここは三階だった。

 だけど、私は安心している。

 流れてきた情報の通り、真下には車が停車してあった。


「車は無理だ!」


 暮人の一声で加藤はコンパクトサイズの爆弾を車に投げつけた。

 車体から飛び降り、路地へと向かう。背後で爆発。敵の後続が出遅れた。

 正面には敵がいるが、私の口から言葉が出ない。

 そして、心に向けて声を放つこともできなかった。


「来るぞ」


 物陰に隠れていた伏兵が私を抱える暮人へ殴り掛かる。銃撃よりも安全だと考えたのだ。

 だが、暮人たちは予測していた。

 敵意が暮人に向いた一瞬を加藤は見逃さない。

 敵の頭部装甲に穴が開く。


「計画では戦わずに済んだはずだが」


 走りながら加藤がぼやく。


「お前の計画が上手くいったことがあるか」


 という暮人の言葉に続いた付随情報……計画通りにいけばこの資源を何の問題なく確保できるはずだ→くそっ、まさかパトロールが寝坊するとはな! 予期せぬ邂逅だ!

 似たようなイメージをいくつか受信。


「とにかく合流地点まで逃げて――」

「アレを使ったらどうだ?」

「それはない。アレは最後の切り札だ。無闇には――」


 見つけたぞ。平和を返せ……。


「う、あ」

「おっと!」


 加藤が横に飛ぶ。彼がいた位置に銃弾の雨が降る。建物の上に一人の男が立っていた。

 執念が見える。平和を手に入れるという強い意志。


「隊長だな」

「寄越せ……!」


 隊長がライフルの照準を加藤に合わせる。

 が、その指が動くことはなかった。

 持たざる者が邪魔をするな、という怨嗟が響いてきたからだ。

 次に見えたのは串刺し。

 隊長の装甲が貫かれていた。

 そして、トゲ。


「うおっと!」


 暮人は避ける。トゲの雨。

 私は選ばれた者だ!

 言葉といっしょにトゲが飛んでくる。


「動きは単調だが……!」


 暮人の言葉の続きが脳内に流れてくる。

 この子を抱えたままでは厳しいか。


「こいつはどういう能力だ?」

「さてな! トゲトゲマシーンとかだろ」


 危機的状況であるというのに、どこかユーモアを感じさせるセリフ。だが、それは敵にとって侮蔑と嘲笑の意味になってしまう。


「貴様ら持たざる者には理解できないだろう! 我が能力の美しさが! 私のように――選ばれた超能力者サイキッカーでなければ!」


 トゲが散発的に飛んできて二人は回避を余儀なくされた。建物に影に隠れる。

 だが二人からは焦りが見えた。彼らが意識しているのは目の前の敵もそうだが、周辺の敵だ。

 それと、時間。


「囲まれるぞ。乱戦になるのは避けたい」

「……ちっ」


 舌打ちと共に注がれる加藤の想い。

 アレを、使うしかないか……!


「あ、れ……?」


 それがなんなのか、漠然としたイメージしか流れて来ない。

 人だ。灰色の人。


「加藤」

「わかった、承認する! 切り札の使用を許可する! 行け!」

「了解」


 暮人が走り出して、私は加藤と二人になった。いや、三人。

 ……それ以上。

 管理局の兵士とレジスタンスが周辺に集っている。

 私たちは事態の中心だった。

 いつも、そうだった。みんな私を中心に物事を考えているように感じる。

 加藤も、たぶん。そうだ。


「ちょっと待ってくれ」


 加藤は遮蔽物から身を乗り出して銃を撃つ。敵は攻撃を中断した。

 ――付随情報。やはり小心者だな。時間さえあれば……。

 加藤は状況自体を不利とは考えていない。しかし、念頭にあるのは時間。

 タイムリミット。


「お、く……」

「おく? 奥か?」


 加藤は前方を注視する。しかし状況に変わりはない。

 レジスタンスのサイキッカーがいるだけだ。周りにいる敵はじわりじわりとこちらに迫ってきている。

 管理局とレジスタンスがうまい具合に鉢合わせしてくれたおかげで、まだ追いついていないだけ。


「何かあるのか?」


 私は首を横に振る。違うから。

 伝えたいことが伝わらない。もう一度発音する。


「置いて」

「む?」

「置いてって……」


 と言った傍から、加藤は私を抱きかかえた。先程より巨大なトゲが建物の壁を貫く。咄嗟な回避で加藤はライフルを落とした。

 私のせいだ。また私の知らない人が私のせいで酷い目に合う。


「落ち着け。そんな顔しなくていい」


 加藤は私をお姫様抱っこの要領で抱えて、走り出す。だが、そちらには敵がいる……戦場の真っ只中。

 丸腰で、お荷物を抱えていくようなところではない。


「私は心配していないからな。なぜなら私はプロフェッサー――ふおっと!」


 トゲが加藤の口上の邪魔をする。あまりよくわからなかった。

 彼がプロフェッサーであることと、心配しないことは同じ意味なのだろうか。


「それにな、あいつは――」


 加藤は走る。敵がいる場所を避けるため、思い通りに進めない。

 さらには背後から迫るトゲのせいでさらに逃走経路が狭められていた。

 そして、聞こえてくる笑い声。

 所詮この程度……お前たちはもう終わりだ。

 目に入ったのは、行き止まり。

 頭だけではなく耳からも、敵の笑い声が響き出した。


「私を出し抜けると思ったのか? 人間。それを寄越せ」


 加藤は私を抱えたまま振り返った。不敵な笑みで。


「人のことをそれ呼ばわりとは。あまり頭は良くないようだな」

「くだらん」


 トゲが飛んでくる。加藤の顔を掠めたが、彼の笑みは止まらない。

 たった一言で憤怒に顔を染めた敵とは対照的に。


「お前の能力は把握した。物質構成とそれを移動させる力……防御や自身の移動に転用するのは不得意のようだ。トゲの威力は絶大だが、空気抵抗の影響を受けている。軌道を予測することは容易く、生身での回避も可能だ。戦闘能力としては銃に劣る」

「なんだと……?」


 加藤は挑発を続ける。彼の言葉のせいで、敵の怒りは増大していく。

 出力が上がったのは感情だけではなく能力もだ。

 無数のトゲが生成されようとしていた。加藤を串刺しにするビジョンが見える。


「かと……」

「言っただろう? 私は心配していない。なぜなら」


 加藤は身動き一つせず。


「あいつが来るからな」


 背後の壁が打ち破られた。

 粉塵と共に誰かが疾走してくる。

 見えたのは灰色。

 そして、鋼鉄。


「何だこいつは!」


 生み出したトゲが走る人を襲う。だが、全て避けた。あっという間に敵へと肉薄し、その顔を思いっきり殴り飛ばす。

 だけど、それが誰なのかはわからない。情報取得……聞こえないし見えない。


「遅いぞ」

「間に合っただろう?」

「無駄に汗を掻いた」

「それはお前の作戦のせいだ」


 声が聞こえて、ようやくわかる。

 この人は、さっきの人だと。

 付随情報――暮人、見せてやれ。

 ピースメーカーの力を。



 ※※※




『こいつはレジスタンスの一員、ストリフとかいう奴だ。能力に関してはさっき加藤が言ってた通り。はっきり言ってクソ雑魚。どうして生きてるのか不思議だな』


 辛辣なカタの評価に暮人は同意見だった。


「こいつが追い詰められてなかったら瞬殺できたんだがな」


 暮人は加藤に呆れる。鋼鉄……ピースメーカーの内側で。

 基本色はグレーだが、装甲の一部が銀色。

 頭部が丸みを帯びているセンチネルシリーズとは違い、目元にはブレード状のバイザーがついている。先端が上に伸びているため、正面から見ればV字のように見えなくもない。

 灰と銀の機械腕を暮人は動かす。その右手が掴んだのは腰のベルトに下げられている自動拳銃だ。

 強化鎧の使用を想定しているため、ゴツイ。バレルの下には解析装置が装着されている。

 暮人は慣れた手つきでセーフティーを解除すると撃鉄を起こした。


「終わりだぜ」


 ストリフが動く前に引き金を引いて。

 カチリ、という音に訝しむ。


「あ?」

『パスコードの更新時間です。新規コードを入力してください』


 ヘルメット内に表示されたのは赤文字と。

 飛んでくるトゲだ。ピースメーカーの脚力なら避けられるものの。


「使えないんだが?」

『あー……そんな時間だったな』

「どういうことだ」

『クラック対策。一定周期でパスコードが自動更新される』

「いいからコードを書き換えてくれ」


 会話している合間もトゲは飛来し続けている。躱すのは簡単だが、気がかりなのは加藤と少女だ。ストリフは一度殴り飛ばしたせいで警戒し、距離を取っている。下手に近づけば加藤たちに危害が及ぶ。


(あいつなら別に心配いらないが……)


 バイザーに隠されるピースメーカーの眼光が射抜くのは水色髪の少女。


「カタ、早くしてくれ」

『妨害対策と情報収集とパスコード更新を並列でやってるが、何か言うことあるか』

「……なる早で頼むぜ」


 やはり敵の攻撃は避けやすい。ゆえに、焦りが出そうになる。

 そして敵はそれを狙っている。誘っているのだ。なるほど、運のいい奴だ。

 加藤はストリフの隣に立っていた部下を狙撃し、見逃した。

 カタの爆弾は恐らく部下を盾にして生き残った。

 そして今、奴はパスコードの更新によって健在である。


「だが、その強運もここまでだ」


 暮人は水道管のパイプを掴んでねじ切る。ストリフに向けて投げた。

 それをストリフは能力で撃ち落す。

 避けない。わざわざ能力を使う。

 否、避けられないから、能力で防いだ。


「能力頼りは敵じゃない。加藤」

「五分だ」

「わかった」


 傍目からでは理解できないやり取り。だが、二人は躊躇いなく動き出す。


「見捨てるのか、矮小な!」


 駆け出すピースメーカー。確かに、守りを放棄したと思えるだろう。

 だが、加藤は五分と言った。


「よそ見している暇はないぜ」


 暮人は跳躍し雑居ビルの壁を走る。トゲは走るだけで十分に避けられる。慌てて加藤の方へとトゲを飛ばすストリフだが、加藤の方も避けていた。


「何ッ!」


 逃げ出すストリフ。暮人は地面に着地すると同時に転がっていた空き瓶を投げつけた。


「チッ!」


 トゲが瓶を貫くが、その対応をしている間にピースメーカーが迫る。


「ったく、銃さえ使えればな」

『嫌味か?』

「すまんなカタ。そういうつもりじゃない」


 ストリフの逃げ足だけは評価できる。超能力者はよく異名を用いることが多い。奴にも何かあるのだろう。脱兎のストリフだとか。


「お前にうさぎは似合わない」

「貴様……おがッ!」


 ようやく肉薄した暮人はストリフの顔面を殴る。格闘術には長けていないようだ。反射的に繰り出された殴打を暮人は上半身を逸らすことで避け、腹部に打撃。蹴りを腕で受け止めて、蹴り返す。


「サイキッカーである私を、持たざる者が殴るなどと!」

「あんたがサイキッカーだから殴ってるんじゃない」


 打撃音と悲鳴。鮮血と憤怒。


「クソ野郎だからだ」


 ストリフを殴り飛ばす。思いのほか固い男だ。服の裂け目から見えるのは肉体補強デバイス。パワードアーマーの供給が不十分なレジスタンスは、二軍以下の兵士に間に合わせの補助デバイスを支給している。


「おっと、おっと!」


 セリフの繰り返しは、タイマーが残り三十秒を切ったせいと、敵がなりふり構わず巨大なトゲを発射したからだ。後転で避けた暮人はしかし距離を取られた。


「面倒な奴だぜ」

「これも、作戦だ、私による、完璧な」

「何が作戦だよ」


 暮人たちが気にしているのはストリフではない。しかし気に入らないのは事実だ。


「お前の思い通りになるのは癪だな」


 暮人は拳銃を再び抜く。


「それ撃てないだろ」

「どうかな」


 暮人は照準をストリフに合わせる。タイマーカウント、五、四、三、二……。


「終わりだ」「貴様がな!」


 ストリフがトゲを放つ。暮人も引き金を引いた。

 一度。

 そして、二度。

 二発の銃弾はストリフが放ったトゲを撃ち砕いて。

 彼の頭部を貫いた。


「流石カタだな。合わせてきたか」

『は? もうとっくに終わってるが』


 一瞬理解が及ばない。


「だったら言って欲しかったんだが」

『忙しいって言ってるはずだが? 離脱時間!』

「そうだったな」


 暮人は背後を振り返る。画面に映るのは二人の姿だ。

 腐れ縁の男と、その男が探していた少女。


「行くぞ加藤」

「まず安全を確かめるとかしろ。それに私は!」

「いいから行くぞ。カタがキレる」

「それはまずいか。……行って、いいかな」

「う……?」


 少女は疑問符を浮かべた。今更何を言っているんだろうという顔だ。

 だが加藤は手を差し出すだけだ。

 少女は助けを求めるように暮人を見る。だが、ピースメーカーにはジャマーが搭載されている。精神系の能力は無効だ。

 だから彼女には暮人が何を考えているのかわからない。


「行、く……」

「よし暮人。俺たちを担いで――おい!」

「お前は自分で走れるだろ。この子はへとへとだぞ」


 肉体疲労度が限界に近い。当然だろう。


「待て、おい、待て――!」


 ピースメーカーの脚力を生かし。

 暮人は少女を抱いて離脱する。急速に疲労がたまったのであろう少女は、気付けば寝息を立てていた。


「しっかりやれよ? 加藤。俺たちをこんなことに巻き込んだんだからな」


 平和を作る者は、問題なく合流地点へ到達した。




 スーツを足、腕、胴、頭の順番に外していく。露わになった視界に映るのは手狭な白い空間と、スーツのメンテナンスカーゴ、カタのコンピューター類。一緒くたにまとまった銃器類。

 くたびれた様子の加藤と、キーボードを鳴らし続けているカタ。

 眠っている少女だった。


「成功か?」

「大成功――」「辛勝」

「……完璧な計画によって」

「不完全な計画による予定変更キメキメで、ロスロスのロス」


 辛辣なカタに加藤もたじたじだ。仰々しい咳払いをして備え付けのソファーから立ち上がる。


「とにかく漁夫の利作戦、成功だ! そうだろう諸君!」

「お前の中ではな、加藤」

「まぁそういうことにしておいてやる」

「お前たちなぁ……」

「いいから運転席に行け。リモートドライブもそろそろ面倒だ」

「いや私はめちゃくちゃ疲れてるのだが……」

「さて問題。この中で一番仕事量が多いのは?」


 暮人はカタを見る。加藤もカタを見た。


「わかった……」


 諦観した加藤は運転席に行く。彼のいた場所へ暮人が座る。


「ほい」

「ん」


 カタから投げられたペットボトルをキャッチして一口。すると、


「おい」

「なんだ?」

「起きてるぞ」

「ん……」


 隣の少女が目を覚まし、困惑した様子で周囲を見渡す。


「ここはトレーラーの中だ」

「トレ、ラー……?」

「詳しい説明は後でする。それよりも、っと」


 カタが今度は缶ジュースを投げてくる。


「あう……?」

「ようこそ、青薔薇の会へ。俺もあいつも、この名前には納得してないがね」


 プルタブを開いて、新入りへと手渡した。

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