弁護士より02
次の日、シナリオ通りに証拠を持った後輩弁護士を送り込みました。
「ご覧の通り、あの部屋にはもう1台のライブレコーダーがあり、決定的な証拠となります。ついでに言うなら、頑張って指紋をふき取ったようですが、皮膚からも指紋が検出可能なのはご存じなかったようですね。被害者の首からも、指紋もDNAもしっかり検出されました。きっとあなたのですよね?どうしますか?そのまま黙っていても構いませんが、私は反省の色なし、と依頼人に伝えるだけです。自供し、反省を見せて頂ければ、それなりの口添えができるかもしれません。それはあなたが決めてください。もしも弁護士がいないと喋れないというのなら、それも反省していないものと判断いたします。」
たまらずベラベラと喋って、命乞いをする犯人。
わざわざ焚きつけるために、混乱の最中に私は姿を見せ、案の定犯人は私に喚き散らしました。
「そうですか。残念ながら、信頼関係が損なわれたということで、辞任いたします。あなたも私を信頼できないでしょう?後任はご自分でお好きになさってください。」
そう言い残して、私たちは去って行った。
その日のうちに、後輩弁護士が辞任し、私が健司さんの代理弁護人に復帰しました。
その後、犯人には国選弁護人が付いたようですが、後の祭りでした。
最初の裁判の際、被害者の代理人として私が出廷したことで錯乱し、一時休廷となるハプニングもありましたが、だいたい予測できたことなので気にせず私の最後の仕事をしました。
「判決の前に、被害者のご主人からの手紙があります。」
「顔も名も知らぬ犯人へ。
俺の願いはお前を殺すことじゃなかった。二度とお前の被害者を出さないことだった。そのために、お前の改心を確認する必要があった。だから、捕まってもしばらく、お前には一切の証拠の存在を隠してもらった。刑事さんにも自白を促す程度の取り調べをお願いした。取り調べとはこんなもんかと思っただろう?もしも、あの穏やかな取り調べの中で、自ら後悔や自白を口にするようであれば俺に報告を、とお願いしていた。証拠もなしにお前が罪を認め、後悔するようなことがあったなら、俺も求刑を変えていただろう。でも、俺に報告が来ることはなかった。
結果的に俺も殺人犯になる覚悟ができた。お前を世に放つくらいなら、俺が殺す。また被害者を生む可能性があったから、俺がその危険を消した。そうやって無理矢理にでも正当化して俺は生きていく。
お前の行動がお前の死刑を決めたんだよ。お前は執行までの期間を後悔するといい。」
「以上、依頼人の強い要望に従い、代理人として死刑を求刑致します。また、代理人の明確な要望が判決に反映されない場合、控訴・上告もやむなしと考えます。」
準ハンムラビ法が成立後、証拠の出揃った裁判は形だけとなり、被害者の意志による求刑こそ判決でした。覆す証拠もなく無意味な控訴は時間稼ぎにもならず、すぐ棄却されました。
こうして死刑が確定しました。そして法定通り、6か月以内に執行されました。
美香さんは息子を守りながら殺され、心のどこかで息子も同じ運命を辿ることが浮かんでいたかもしれません。それでも、もしかしたらという望みを捨てずに、息子を落とさず大切に抱え続けたのでしょう。
どんな思いだったのか、どれほどの恐怖があったのか、想像もできません。
ちなみに、余談ではありますが、他国の前例、死刑囚の手記、私が犯人と行った面談内容から「どんな収監状態で、どの程度の期間を空けてから死刑執行することが最も苦痛と後悔を与えられるか」を心理学者とともに考察し、その結果を、執行機関関係者と雑談しました。
偶然にも執行がその通りの期間で行われました。
また、証拠品からは犯行に関わるものをすべて抜き取り、ご遺族へ返却しました。抜き取ったデータはご希望があるまで、私の方で保管致しております。