説明と決意
弁護士や両親と日程を合わせ、説明に来てもらった。
要は、刑罰は俺の求刑によってほぼ決まり、それを決めていくために証拠映像の確認、嘘発見器での質問内容を追加、などが可能。また、冤罪の可能性がない場合(2点以上の明確な証拠)、容疑者の勾留期間に制限はなく、その代わりに逮捕後15日以内の求刑の決定もできない。これは安易に決定しないための、被害者保護の観点によるものだそうだ。
最後に、自分では決めかねる場合には求刑権の放棄をして、警察と裁判官に一任することができ、この場合は判例に基づいた判決がなされ、一度放棄すると、求刑権は復活しない。ハンムラビ法が成立してからは、「その恐ろしさ」「普及したライブレコーダーの証拠能力の高さ」故に「すぐ自供して、ただただ被害者への懺悔」を表し、求刑権の放棄に一筋の望みをかける容疑者が多いという。単純にそれが最も軽い刑罰になるからだ。
細かいことは弁護士とまた話してほしいということで説明を終え、大まかな捜査状況が伝えられた。
「すでに容疑者を勾留しておりますが、ご遺族が求刑を決めるうえで参考になるかと思い、証拠の存在を隠している状態で供述の記録を取っています。希望があれば、取り調べてほしい事、嘘発見器での質問内容をまとめてください。」
聞きたいことか・・・何を聞いても、妻と子が帰ってくるわけでもない。1日だけ出勤し、同僚に引き継ぎを済ませてきたので仕事はない、だから時間はある。どうせろくに眠れない。あまりに突然の出来事に何も考えることも、悲しむこともできない。刑事さんの話では、俺が家に着いた時には、すでに死後数時間が経ち、俺にはなす術がなかったとのことだ。それを聞いてからは、何を悔やんでいいかもわからなくなった。
腹も減らず、このまま体重が減れば、1か月程度で倒れて入院予定らしい。だから、半ばムリヤリ家族に食べさせられた。
そんな半分死んでいるような俺にやることができた。犯人を裁く準備。そしてその覚悟を決めること。
俺に何ができるのか。復讐はすっきりするのか。虚しくなるだけなのか。妻は、子は、望むのだろうか。結局答えのない事ばかり浮かんでくる。浮かんでは消えてしまう考えを、ひたすらノートに書き留める。今はどんな親しい人に話すより、自分の思いを書いてみて、そうカウンセラーにも言われた。何年振りだろう、ノートなんて書き込むのは。
そんなことを数日続けて、ある答えにたどり着いた。
それは「俺が殺されていたなら、妻にどうしてほしいか」で考えること。
そう考えたとき、真っ先に思い浮かんだこと。
一つ目は「残された者の無事」だった。俺が殺されたなら、絶対に妻と子に危険があってはならない。これ以上被害者を出してはならない。
この瞬間、犯人の死刑が揺るがないものとなった。別に復讐と思われても構わない。
実はこの時、別の案もあったのだが、「あまりに残酷で、通らないだろう」とのことだった。でも、「あまりに残酷」と言われたのは心外だった。死刑を回避するために最大限の譲歩をしたつもりだった。単純に「生かす」代わりに「絶対逃げられないように、誰も傷つけないように、自分の意志で指一本動かせないようにすること。そして世話は税金なんて使わず、死刑回避を嘆願した者が容疑者が死ぬまで世話をする。そして延命は世話人がいる間。つまり、誰も嘆願しないなら死刑しかない。」俺は壊れてしまったのだろうか?俺は未だに「残酷」と言われた意味が分からずにいる。私は妻がそのような状態でも生きていてほしかったから。もっと話したかった。もっと、もっと・・・。
そして二つ目。「妻子に犯人を見てほしくない」そんな奴の顔を、できたら名前も記憶に残してほしくない。だから、俺も見ない。見たいさ。でも、見ない。残された者が、似た顔や似た名前を見る度に、フラッシュバックに襲われる。残された者にそんな思いはして欲しくない。俺が殺されたならそう思う。そして、妻もそう思ってくれると信じてる。だから、絶対に見ないと決めた。
これはとてつもなく異例だったようだ。俺は証拠の映像もすら見ずに求刑するのだから。でも「どんなふうに殺されたか」なんて、これ以上知ってしまったなら、それこそ復讐に駆られてしまいそうだった。
他にも「経済的に困ってほしくない」「早く乗り越えて、いっそ忘れて幸せに」次々浮かぶが、犯人への断罪で解決できることばかりではないことに気付く。むしろどうしようもない事ばかりだ。
そしてこれは「自分が殺されたと思って」ではないことだが、記録と前例を作ろう。どうしても無くならない凶悪犯罪の一被害者として、同害報復をなした時、その後、後悔するのか、どういう心境になるのか、なっていくのか。どんな形になるかわからないが、この法律を考案・成立させた人のため、これからの被害者の参考のため、きっと誰かのためになると願って。
これらを実行するにあたって、担当した弁護士さんに多大なる負担をかけてしまった。犯人の情報を知りたくない俺は、犯行の状況などを弁護士さんに確認してもらい、可能な限り相手に再現、いや報復してもらった。結局、専門知識がなければできなかったことなので、俺本人では成しえなかったことでもある。
例えば、犯人が妻を殺すときに、
「騒がなければ、何もしない」
と言っていたならば、同じように希望を持たせてから、絶望に突き落とす、というようなことだ。被害者優先の法律とは言え、人権がないわけではなく、面と向かって
「○○すれば死刑にはしない」
などと言えば、契約になってしまうことがあり、迂闊なことは言えない。「同害報復」で片付く「かも」とは言っていたが、確実ではないのだ。