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壊れる日常

・・・無くならない凶悪犯罪。

薬物や精神異常を理由に、加害者の人権は保護され、その度に法改正を訴える被害者の会は増えていく。結局、反省してるのは裁判の時だけで、再犯率も下がらない。

「加害者の心からの反省と更生、被害者救済」を目指して、通称・準ハンムラビ法と呼ばれる法律が施行された。

以下、要約。

一、一部の場合を除き、同害報復を上限とし、被害者総意にて求刑される

二、被害者が未成年の際は、親権者との総意にて求刑される

三、性犯罪等、報復が困難あるいは意味をなさない場合、被害者に陪審員を加え、相応の刑罰を考慮

   するものとする。その際、被害者からの要求により、陪審員を被害者と同性とすることができる。

四、被害者の提出した証拠に虚偽・偽造・改竄があった場合、求刑決定権を剥奪する

五、加害者の提出した証拠・供述に虚偽・偽造・改竄があった場合、求刑再考権を被害者に与える

六、被害者・加害者は共に3回まで嘘発見器での診断を要求できる。また、加害者に拒否権はない。

七、嘘発見器の内容は証拠ではなく、被害者の求刑の判断材料とする

八、民事・刑事ともに、金銭被害の請求は被害額の150%までとし、弁済が30日以上滞った際に、

   被害者は刑務所での強制労働を請求できる。


その他、詳細は準ハンムラビ法に基づく。


準ハンムラビ法の公布と共に、「被害者になった時の証拠保全と、訴えられた時の冤罪証明のため証拠」としてライブレコーダーと呼ばれる、映像記憶装置が普及。これは眼鏡やペンダント、タイピンのように邪魔にならずに装着可能な、自分の行動を記録できる装置である。


残業を終え、会社を出た。もう21時過ぎなのに、クーラーの効いた部屋に慣れた体に、外はあまりに蒸し暑く、車に急いだ。エンジンをかけ、クーラーをつける。

「あ~気持ち~」

 独り言を言いながら、家に向かい車を発進させた。いつもの通勤路だ。信号のない横断歩道の場所は覚えていて、横断歩道に近付いたらアクセルから足を離し、一応ブレーキの上に足を移動し、踏む準備。なぜなら、準ハンムラビ法の施行とともに、慰謝料目的の横断歩道での飛び出し行為が増え、今となっては運転者にとって「信号のない横断歩道」は最も注意すべき場所となってしまったからだ。

しかし、自分も世の中も明らかに安全運転となり、しっかり前は見るし、止まれないようなスピードも出さない。黄色信号で当然のようにブレーキランプが光る世の中が来るとは、数年前まで思ってもみなかった。通勤時間は増えてしまったが、家族のことを思えば「いい世の中になったのかも」と思えるようになってきた。

 信号待ちで、妻に帰宅連絡するのを忘れていたことを思い出し、ついでにCMで見た新発売のビールの味見もしたくなって、コンビニに寄ることにした。

「今から帰るよ。コンビニ寄ってるけど、何か買い物ある?」

と、メッセージを送り、店内に入る。なんとなくグルっと店内を周り、お目当てのビールを見つけて、妻からのおつかいの返信がないか確認したが、既読すらつかなかった。

「寝ちゃったかな?」

そう思ってビールを買って、家に向かう。

買ったビールをまだ冷たいうちに味見がしたくて、他の車の「安全過ぎる運転」にイラついてしまう。


家に着くと、玄関の電気も消えていた。

「またか~」

最近子供の夜泣きがひどくなり、妻は眠れる時にできるだけ寝るようにしていた。

「玄関くらい点けといてくれてもいいじゃ~ん??」

そんなことをつぶやきながら、寝ている妻を起こさないように電気も点けず、暗いままの玄関にそっと入る。やっぱり開いていた寝室への扉をそっと閉めて、リビングの電気をつけた。

「さてさて・・・」

ビールをテーブルに置き、冷蔵庫を開けて、いつも「レンジで温めればいいだけ」になっている夕食を探す。

「あれれ?」・・・いくら探しても見つからない。

「今日そんなに忙しかったのかな?お疲れ様です。」

振り返り、寝室に向かってそっとつぶやく。

夜泣きがひどくなってから、

「耳栓をして寝て。しばらくはとりあえず私がなんとかするから、ケンはちゃんと寝て。」

そんな優しいことを言ってくれる妻に、夕飯がないくらいで怒る俺ではない。


というか、俺はビールにはジャンクフードが一番合うと思っている。いつも健康を気遣ってくれる妻には申し訳ないが、学生の時のようにビールとジャンクフードを堪能できることが楽しみだった。しかも、新発売のビール!妻も寝ているから、こっそりいつものビールと飲み比べもできる!!いつもは1日1本なのに!!!わくわくが止まらない。 買ってきたビールの温度も、前の車の安全運転のせいでぬるくなっているようで気になっていた。せっかくなら最高の状態で飲みたい。

 ボールに氷水を作って、いつものビールと買ってきたビールを突っ込んで、シャワーを浴びに行く。

夏はいつもプールみたいな温度でシャワーを浴びるのだが、今日は冷た~いビールが待っている。熱めのシャワーで汗を流し、冷たいビールを飲みたかった。ゆったり湯舟を溜めながら浴びてもよかったが、夜泣きで妻が起こされてしまったら、元も子もない。

 わくわくしながら熱いシャワーを浴びて、バスタオルのままジャンクなおつまみ用意して、ビールタイム!!

「くぁ~~~」

おっと、熱々の体にビールが染み渡り、思ったより大きな声を出してしまった。。。

大人しく楽しまなければw


至福の時間を過ごし、ゲップを出し切って、歯磨きして、さて寝ましょう。ひどいと言っていた夜泣きは嘘のように静かで、寝るのが遅くなってしまった。電気も消した。起こさないように妻と子供の頭撫でて・・・と。さて寝よう。


「ん??」

酒のせいで俺の体温が高いのか?寝てる人には部屋のクーラー効きすぎてるのか??妻の頭には何とも思わなかったが、乳児のろくに毛のない頭までひんやり感じて、慌ててクーラーのリモコンをいじって、温かい俺が起こさない程度にそっと抱きしめて温めてやろうと、もう一度ベビーベッドへ。

そっと抱きしめようとして、明らかな違和感に気付く。

「体が冷たい・・・いや・・・硬い??」

おでこに手を当ててはっきりと異常を確認して、妻に叫ぶ

「おい、ユウがおかしいぞ!!救急車!!!おい!!!」

叫びながら電気を点けて、リビングのバッグから携帯を手に取り、なかなか起きない妻を揺さぶる…

「おい、美香!!お・・・い・・・?」

妻に触れた手からも異常が伝わってきて、頭が混乱した。妻の額に触る。

「美香も・・・?」

救急車を呼ぼうと携帯を探すが手に持っていた携帯がない。妻にかかっていた毛布を荒らしながら携帯を見つけて救急車を・・・。

「あれ…救急の電話番号って・・・?いや、熱いシャワーでもかけて温めた方が?いや心臓マッサージ?人工呼吸?この場合救急車は2台なのか?」

混乱してどうすべきかも、何からすればいいのかわからない。

「とりあえず救急車、1、1、0、と。」

「はい警察です、事件ですか、事…」

やばい、警察だった。しかも今、俺ガチャ切りしてしまった。いや、そんなこと気にしてる場合ではない。

「えーと、えーと・・・119か!」

混乱して何もできない俺に、電話の先のオペレーターは呼吸や脈の確認を指示しつつ、

「○○分くらいで着きますから、心臓マッサージを~」

と言っているが、脈がないのを確認した直後からそんなことやっている。

「早く!早くきてください!!」

結局、夢中で妻と子を並べて心臓マッサージを続けているうちに救急車が到着。

俺をどけて、おでこの体温測って・・・

「いや、マッサージやめていいのかよ!続けさせろよ!」

叫んでる俺を尻目に、体のあちこちを触ったり、瞼を開かせてライトを当てたり、助けようとしてるのかどうかもわからない行動を始める。

「おい!だから心臓マッサージしろよ!」

そう叫ぶ俺を前から見つめて、両肩をしっかりつかまれる。

「ご主人、残念ですが、亡くなっています。硬直も始まり、瞳孔反応も…本当に申し訳ありませんが警察に引き継がせて頂きます。」

薄々感づいてたことをあまりにはっきり言われ、体から力が抜け崩れ落ちた。

そして、混乱は錯乱に変わった。泣いていたのか、怒っていたのか、何を叫んでいたのか、何をしたのか、よく覚えていない。ただ並んで横たわる妻と子をただただ抱きしめて、揺さぶって、泣き叫んでいた気がする。



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