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第一話「虹の彼方に」(2)

「ここがイイとこ!?」


俺は、思わず声を上げた。

目の前のアニマはニタニタとほくそ笑んでこちらを見ている。

だってなんでこんなことになるんだよ……。


「じゃ、さっそくお願いね」

って突然知らないおばさんに斧を持たされる。


俺はアニマに連れられて、この異世界にもなぜかある「銭湯」に連れてこられた。

そこまではいい。


汗でも流せるのかと思いきや、ここの仕事を手伝えと言うのだ。

アニマは店のおばさんと仲が良い様子で、俺を無視したまま事が進んでいた。

店のおばさんも、不審者を見るような目で俺をなめるように見てくる。

確かに俺はこの世界じゃ不審者かもしれないけど……。

そんなこんなで俺は銭湯の裏庭で、湯を沸かすための薪割りをすることになったのだ。


「風呂入れないの!?」

「何かを手に入れるには何かをやらなきゃ」

舌を出してこちらを見てるアニマの笑顔は本当に小悪魔に思える。


「巻き割りなんてしたことないよ」

俺の目の前には、テレビなんかでよく見る巻き割りの台があって、

傍らにはたくさんの木材が置かれている。


これを割っていくのか……


「じゃあとはよろしくね」

「アニマは手伝わないの?」

「私は別のことを手伝うの!」


訳知り顔でアニマは、店の中に入っていく。

なにが別の仕事だよ。

俺に仕事押し付けて、自分は風呂に入るつもりだろ。

斧を手にした俺は、目の前の木材を見つめて途方に暮れる。

「早くしな!」

おばさんの怒鳴り声が聞こえてビビる俺は、意を決して初めて斧を振り下ろす。

テレビで見たようにやればきっと……


「イテェーーーー」

俺の叫び声は、銭湯内のアニマのもとにも聞こえたようだ。

「ちょっと大丈夫?」

アニマが飛び出てきて、一応俺の心配をしてくれる……

わけなかった。

「斧壊さないでよ。お金もらってるんだから」

俺の心配より、斧の心配かよ……

俺の中の異世界美少女ハーレム幻想がどんどんと消えていく……

異世界ってもっといいところじゃなかったの?


「貸して!」

アニマは俺が持っていた斧を奪い取ると、

木材をセットして振り下ろす。パカっと綺麗に割れた薪が転がり落ちる。

「持ってみて」

俺に再び斧を持たせると、持ち方がなってない腰の位置がおかしいなど言いたい放題。

「今までどうやって生きてきたの?」

なんて完全に侮辱してる。

「ともかくお昼までなんだから早くして」

そう言い残すとアニマは再び銭湯の中へ消えていった。


取り残された俺は、不本意ながらも、アニマの言う通りに持ち方や腰の位置、

目線を気にしながら目の前の木材に向かって斧を振り下ろす。

するとアニマほどではないがどうにか薪が割れたのだ。

アレ、俺やれるじゃん……そんな気がしてきて次こそは綺麗に割ろう、

欲が出始めた!


それから数時間がたっただろうか。太陽が天の真上に君臨している。

俺は手を突き指しながらも、それなりに薪が割れるようになっていた。

「初めてにしては上出来じゃん」

悦に浸りながら割った薪を見つめ、改めてこの銭湯を振り返ってみる。


銭湯には、オズランドの人々が老若男女訪れていた。

こんな世界にも銭湯ってあるんだ……。

現世の銭湯ほど広くもなく、簡単な脱衣所に、

いくつかの風呂桶が並んでいる。そこに一人ずつ入っているようだ。

人々は日々の疲れをいやそうと、くつろぎながら風呂に使っている様子だ。

それは現世と何も変わらないように思えた。


「覗いてたでしょ!」

アニマがふいに現れて、俺を窘めてくる。


「覗いてません(ホントは見えないか試したけど)」


「これだけあれば大丈夫だ。今日の仕事はこれでいいよ」

おばさんの声が聞こえて、俺は安堵する。


「あんたらも汗かいただろ。風呂入っていきな」

「やったー」と飛び上がり喜ぶアニマを見ていると、

小悪魔の中の無邪気さを垣間見た気がした。


「絶対に覗かないでね」

「覗くか!」


こうして俺たちは、休憩時間にお風呂に入った。

死ぬ前からすれば三日ぶりの風呂だ。

服を脱いで体を見渡すと、怪我の跡はない。そういえばメガネも直ってる。

ここは天国なんだろうか。

いや、でも働かされてるなら蜘蛛の糸の犍陀多と思えば地獄だろうか。


風呂の窓から、少しだけこのオズランドの景色が見えた。

決してきれいではないが、それでも人が生きづいている。

この街を行き交う人々は、懸命にその日を暮らし、この風呂で体を休めるのだろう。


それがこの世界なんだ……


銭湯に来るまでの道すがらを思い出す。

この世界の人々はとても疲れているように見えた。

機械文明でもないようで、中世ヨーロッパくらいなのだろうか……

魔法があった世界とは思えないほど、皆力仕事に勤しんでいる。

男も女も関係なく荷馬車で食料や材木を運んでいる。

荷馬車のない者はその腕や肩、背中で荷物を背負い行き交う。

路地裏では酒に酔った男が荒ぶり、女はそんな男たちを餌に生きている。

盗みを働く子供もいた。家のない者は道端に倒れるしかない。


でも一番驚いたのは、アニマの存在だった。

街の人はアニマのことを知っているようで

「魔法は使えるようになったかい?」と通り過ぎるアニマを嘲笑っていた。

どうするのか心配した俺だったが、その心配はまるで無用だった。

アニマはそんな嘲笑に顔色一つ変えることなく、ただ歩き続けていた。

一体あの子は何なんだ……


「あーあ、また大きくなってる」


板の向こうの女風呂からアニマの声が聞こえる。

ラブコメの定番、風呂場の隙間から女子風呂を除くなんて

現世じゃダメだけど異世界ならOKだよね

ってことで隙間を探す俺。

やっぱあるよねー

ここから覗けば……


ノゾキアナから目を凝らして見てみると、

突然、横からバシャっとお湯が飛んでくる。


「なんだよ!」

横を向くと、桶を持った店のおばさんが俺を睨んでいる。

「あの……これは……」

おばさんは睨み続けたまま風呂場を後にする。

なんで男風呂に入って来てんだよ!


「ノボル、どうかしたの?」

「なんでもない! なんでもない!」

「ノボルってホントに違う世界にいたの?」

「そう言っただろ」

「そう……その世界は素晴らしいところだった?」

「それは……どうかな?」

「私、今はこの世界が好きじゃない」

「魔法が使えないから?」

「わかんない……でも、そうかも」

「昔は魔法が使えたんだろ」

「子供の頃ね。もう10年くらい前」

「何かあったの?」

「バカなことよ」

「バカなこと?」

「魔法が使えればお母さんだって……」

アニマの声がかぼそく聞こえた気がした。


「アニマ?」

「早く上がらなきゃ! 次の仕事次の仕事」

「まだ仕事させるの!?」

「当然でしょ。それに、そこに行けばこのオズランドのことわかるかも」

「どんな場所だよ!」

「この世界の総てがわかる場所」

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