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第一話「虹の彼方に」(1) アバンタイトル

ハラハラと 舞い落ちりしは 紙の雪


そんな一句をしたためるほど、

俺にはその光景がスローモーションに見えていた。

割れたメガネの視界の先に、絵の描かれた何百枚もの紙が、

夜の杉並の街に舞っている。


ふと視線をずらすと、電信柱にぶつかって白い煙を上げた車が見える。

ボンネットはひしゃげ、バックミラーにぶら下げた「井草神社」のお守りも儚く揺れていた。

よくみれば車は横を向いて倒れているじゃないか。

車の下ってあんなふうになっているんだ……

なんてどうでもいいことを考えてしまう。


一体どうなったのだろう。

記憶がない。

寒い、ぶるっと寒気が……いや寒くない。

冬のはずなのに、全然寒くない。

そうか。もう何も感じなくなっているのか……。

あの時の俺も確かに意識が朦朧としていた。


「井草!聞いてんのか!」


俺の名前が聞こえる。

耳元のインカムからくそムカつく怒鳴り声の主は俺の上司だ。

あいつの名前は……アレ、なんだっけ?


そんなことより、俺は夜の杉並の道路を車で走っていたはず。

車の後部座席には、何百枚もの絵が積まれていた。

俗にいう原画というやつだ。

アニメを作るときに、専用の紙にアニメーターと呼ばれる絵描きが

一枚一枚丁寧に動くパラパラマンガを描いているような紙。


煽り文句は上等の某アニメ専門学校を2年前に卒業した俺は、

いつか人気の監督か脚本家になって『世間をあっと言わせるアニメを作る!』

それが会社の面接での自己PRだったことは今は一番に忘れたい記憶だった。


そのまま車さえ運転できれば誰でも受かるようなアニメ会社で、

『制作進行』というテレビ業界で言うところのADのような使いっぱしりの仕事をしている。

前やってたアニメ会社が舞台の主人公もそうだったっけ?

あんなにたくさんの美少女、業界にいたら楽しいだろうけどねー


制作進行の仕事は、ようは雑用だ。

上司である設定制作やデスク、プロデューサーの指示に従い仕事をする。

車でアニメーターの家や、動画スタジオ、背景会社などからアニメの原画や背景を回収し

会社に戻り演出や監督たちのチェックも受ける。

最近はデジタル原画やCGも増えたけど、うちはまだ昔気質だ。

原画だけじゃない。たまには監督や演出を編集室やらアフレコスタジオに連れていくこともある。

まさに『運び屋』だ。


しかもうちの会社は超ブラックで徹夜続き、家に帰れるのは二週間に一度。

気が付けばヒゲもボーボーで、汗臭いシャツや靴下を着まわしている。

「こんなんじゃ女の子と付き合うなんてムリだよねー」

と現実逃避にひとりマスマス精が出る。

(ホワイトの会社もあるかもしれないかもかもだけどたぶん)


今日も二日徹夜で、原画回収やら美術回収

監督の説教や演出家の愚痴

癖の強いアニメーターのご機嫌取りにいそしんでいた。

だから頭が混乱していたのだ、きっと。


免許更新で見せられた講習ビデオでも言われたじゃないか!

眠い時は休憩しなさいって……

でももうすぐ放送が近づいてるんだ!

ツイ〇ターやらまとめサイトで作画崩壊なんて言われたら商売あがったり。

原画という命の運び屋としては任務を果たすはずだった。


しかし、すべては後の祭り。

一度瞑った眼は、一瞬でも一瞬じゃない。

意識を失った俺は、車ごと電信柱にぶつかり

なぜか俺も原画も放り出されたのだと推測する。

シートベルトは?とかどうやって放り出されたか……

法則的にありえない、なんて今は考えられない

これが俺にとっては現実なのだから


眠い

あぁ人ってこうやって死んでいくのか……

死にたいと思った時もあったけど今がその時じゃないんだよなぁ

いろいろやりたいことあったよなぁ


自分のアニメを作りたい

有名監督や脚本家になって雑誌のインタビューに答える

アニメ会社に入ったのは夢を搾取されるためじゃない!はずなのに……

原画あんなになってアニメーターに申し訳ないなぁ

でもそんなことよりやっぱ女の子とお台場デートして、

夕飯にハンバーグつくってもらいたかったなぁ……

アレ俺、女の子と一度も……

とうさ……かあさ……






――「ちょっとあんた大丈夫?」


女子の声がする。少し鼻にかかったような強気な赤い髪をしてそうな

ツンデレ系テンプレラノベヒロインのひとりのようだ。


あれ?死んだはずじゃ


まさか、お決まりの……


「ダイジョブかって聞いてんの」

と突然体に痛みが走る。

眼を覚ますと、そこには本当に赤毛の女の子がいるじゃないか!

ちょっとしたトンガリ帽に、強調された胸元、コルセットを巻いたようなしゅっとしたウエスト。

なぜかミニなスカートから見える生足がエロい。

でも肝心なとこはここからじゃ……でもあともう少し顔をズラせば……

「ちょっと!聞いてんの!」

赤毛ヒロインの蹴りが再び、俺の腹をえぐる。

ウッとなって我に返る。

ってアレ、ここは朝?


「やっと起きた」

赤毛ヒロインがこちらを見て笑っている。

「ここはどこ、君は誰?」

目の前に広がる世界は、まるでラノベ小説の異世界のような中世の街並みだった。

おまけに誰もいない街の外れである。


「そっちこそ誰?そんな恰好しちゃって」

「俺は、ノボル……井草ノボル。変な恰好って。あれ?なんだこの格好」

よく見てみると中世のモブ兵士が来てるような格好になっている。


「ノボルか。この格好からすると下級兵士だね」

「下級兵士!?」

「使いっぱしりってこと。隊長に眠る暇もないほどこき使われて倒れたんでしょ」

「(それは確かにそうだけど)じゃあ君は何なんだよ」

「私?見てわかんない?魔法使い」

「魔法使い!? 魔法少女!!」

「魔法少女って言い方は初めて聞いたけど……。

 そうね。この世界に魔法を復活させるため日夜活動している魔法使い」

「魔法を復活させる?」

「あんたも私が変人だって言う口?」

「いやまぁ、それは誰だって」

「あーあ、助けてやって損した。こんな下級兵士のたれ死んでもよかったのに」

「いやいやそれって魔法少女のセリフ?」

「うっさい。ってか臭い。お風呂入ってないの?」

「そんな時間なかったんだよ!早く原画を!って……ここはどこなんだ……車は!」

「本当に頭打ったんだね。忘れたのこのオズランドを」

「オズランド?」

「一夜にして魔法を失った魔法のない国」

「魔法のない国……」


その時、地平線の向こうから太陽が昇り始めた。

赤毛のヒロインは太陽を見つめはじめる。

彼女の瞳は昇る太陽のせいか、乱反射したように潤んで見えた。


「君の名前は?」

「アニマリア・オプティーク。アニマって呼ばれてる」

「アニマ……」

「あんた私と似てるかもね」

「どこが?」

「路地裏の猫みたいなとこ」

「?」


正直、アニマにそう言われて複雑な気持ちだった。

でも、昇る太陽に照らされた強気なアニマの佇まいは

なぜかどこか朧気で、今にも儚く消え入りそうで、それ以上何も言えなかった。


これが俺、井草ノボルと、アニマとの最初の出会いだった。


「そうだ! ノボルをイイとこに連れて行ってやるよ」

「イイとこ!?」

「とびっきりイイとこ」

フラグのようなアニマの笑顔が悪魔の微笑みだということを、

この時の俺は知る由もなかった。



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