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硝子戸

 入念な旅支度をして、深優と宝、京香と遼は九州へと旅立った。あらゆる交通機関は麻痺し、移動するにおいて陸路は徒歩で、海路は漁船に乗る。速歩(そくほ)、という、独特の歩行法を用いて進むが、それでも九州までの道のりは遠く、三日は要する。夜は、花泊の拠点に身を寄せる。秋の風が爽やかさを過ぎ、冷えて感じられる頃である。野宿しないで済むのはありがたい。深優らは花泊の内でも高い地位にあると目されており、いずれの拠点でも手厚いもてなしを受けた。

 酒を供されることもままあったが、任務に万一、支障が出てはいけないので、常より少量を、舐める程度に呑んだ。


「どう、宝とは」


 京香と同室で休むことになった夜、深優はそう訊かれ、曖昧に頷いた。


「上手くやっています」

「そういうことじゃなくて。もう、想いを確認し合ったの?」


 深優は狼狽する。そんな彼女を、妹を見るような優しい目で、京香は微笑んだ。


「貴方、宝が好きでしょう」

「…………そう、だと思います」

「あら、中途半端な答えね」

「解らないんです、京香さん。宝を好きと思って良いのかどうか。私たちは明日をも知れぬ身です」

「私は士郎(しろう)への想いが、戦うことへの大きな力になっているわ」

「……知っています」


 京香と、その恋人である士郎は深優から見ても理想的な一対であり、互いに力を補い合っているように見える。自分も、宝とそのようであれたらと、深優は憧れずにいられない。宝の体温を感じて戦闘への糧とすること。もしそれが可能であれば、深優は宝に想いを告げている。寝床から立ち上がった京香が障子と硝子(がらす)()を開けると、寒いくらいの清冽な風が室内に吹き込んだ。京香のセミロングの髪が風になびく。今夜は月が雲に隠れ、薄暗い夜である。そんな中、京香の輪郭が仄かに白く浮き上がっている。


「宝は深優が好きよ」

「知っています。妹のように思われていることも」

「莫迦ね。違うわ。女性としてよ」

「――――まさか」

「当事者には解らないでしょうけど、傍から見たら一目瞭然だわ」


 そうなのだろうか。それが事実であれば、深優にとっては至福だが。冷たい風は深優の短い髪をも撫でて揺らした。京香が硝子戸を閉める。障子も閉めて、寝床に戻ると、横たわっていた深優の手を握った。温かな手だった。


「後悔しないように今を生きなさい。明日をも知れぬ身だと思うのであれば、尚更」


 瑠璃色が紺に滲むような夜に京香の凛とした声が響く。


「幸せになりなさい。でなければ私が許さない」


 言霊が深優の魂を緩く縛る。物言いは柔らかで、慈愛に満ちている。

 許さないという単語の厳しさや強さはまるで反映されない。

 だから深優は手を握り返した。首肯する代わりに。


 幼い頃に亡くした母を思い出す。京香は母と言うより姉のような存在だが、今の彼女は母性に満ちている。

 明日は解らない。

 未来は深優にとって難解なパズルのようだ。

 (まぶた)を閉じると、宝の顔が浮かんで、消えた。






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