青い静脈
朝、目が覚めると今日も生きているということを確認する。
右手を開いて、閉じて。静脈の青に、安堵する。
衣服を着替え、階下に降りると、宝はもう起きて、大刀の手入れをしていた。深優を見ると微笑む。
「おはよう」
「おはよう、宝」
花泊の戦闘員に支給される服は、今では数少ない手工業者の手による物だと聴いている。金糸銀糸の刺繍は、戦闘意欲を鼓舞する演出の一つではあるが、この時代によくこんな贅沢が出来ると、支給された当初、深優は呆れ半分、感心半分だった。
水と味気ない非常食で朝食を済ませる。
庭の紅葉が日光に照り映えている。その様に、深優は双眸を細くした。
「深優。今日は二人行動だ」
「大物相手なのか?」
「ああ。花泊も随分、やられている。総帥からの直々の命令だ」
「解った。場所は」
「B地区の廃墟。別名〝幽霊屋敷〟」
宝の言ったそこは元々、印刷工場があった場所だ。紙媒体が極めて希少になった現在では、廃れて寂れるままになっている。首を吊った経営者の幽霊が出るという専らの噂により、幽霊屋敷といつからか呼ばれるようになった。負の念は異形の好むところであり、そこを大物がねぐらにしたとしても何ら不思議はない。深優も自らの双剣の手入れを入念に行った。
朽ち果てた街中を宝と歩く。殺伐とした状況に不似合いな秋の爽やかな風が髪を揺らす。青を基調とした衣服の深優と黒を基調とした衣服の宝は、その容貌も相まって鑑賞に耐えうる一対だったが、残念ながらそれを愛でる観衆はいない。
やがて、B地区の現場に到着する。
「零の相和」
深優が呟くと、あたりに眩い光が満ちる。
これは深優の有する特異能力の一つで、索敵の役割を果たす。
黒い影が、炙り出されたように滲み出る。
巨大な異形が、深優と宝の前に姿を現した。
一般に、異形の赤い明滅の数が多い程、その異形は強力だとされている。眼前の異形の赤い明滅は、数え切れないほどで、それがこの異形の脅威を物語っていた。
深優も宝も抜刀する。
宝が大刀で異形を串刺してその場に縫い留めると、深優が双剣を振るい異形に斬りつける。
「鬼笑い」
宝が言えば、大刀から煌めきこぼれた光が異形を包んだ。宝の能力の一つだ。深優が高く跳躍する。双剣を交差させ、異形を両断した。
とどめを刺された異形は、砂礫と化す。しかし宝も深優もまだ気を抜かない。最後の最後まで、緊張を保つことこそが戦場で生き残る術だ。異形が完全に滅したことを確認して、ようやくそれぞれの得物を仕舞う。
それまで無音に思えた世界に鳥の囀りが戻る。
深優は異形の残骸である砂礫を見下ろした。蔑視するように、哀れむように。
青い静脈を、お前も持ちたかったのだろうか。