秘蔵っ子
索敵の能力を、生まれながらに備えている人間が稀にいる。
深優は術によりこれを可能とするが、宝に至っては「五感に引っかかる」、その程度で十分、敵の接近を把握し得た。まだ唐揚げを頬張る深優たちに少し出てくると告げて、外に赴く。宝の気ままな行動と、そして抜きんでた実力は誰もが知るところだったので、仲間はこれを咎めることもなく見送った。宝は既に、あゆみにより繕われた刺繍の黒い衣装を纏っている。君臨する半月が、彼の整った容貌を、陰影をつけて照らし出していた。
すらりと大刀を抜く。
その必要性があったからだ。
「白蓮狂い咲き。姥の背中」
建物が林立する繁華な通りに、人は誰もいない。
そういう術を施したからだ。
異形を囲い込む術を。
異形は、激烈に点滅する赤を内包し、動けずにいることに戸惑いを隠せない。背中には白く大きな羽毛がべたりとへばりつき、地面と己とを繋ぎ留め拘束している。その拘束が、不意に緩んだのは宝の怠慢ではない。異形の持つ鋭い爪が切り裂いたからだ。異形には様々にタイプがあり、中には戦闘に極めて特化した身体能力を持つ者もあった。しかし宝は焦りを見せない。
「白蓮狂い咲き。夜半炙り」
白い炎が異形をぐるりと囲むと、苛烈ではない、まるで子守唄のような炎熱で、異形の表面をじわじわなぶる。宝は始終、無表情だ。
「異形とは言え、苦しいだろう。どうだ? なぶられる気分は。貴様が散々、人々に成してきたことだ」
赤い双眸に、憎しみが猛る。
宝は異形を憎んでいた。誰よりも。比べることの出来るものでもないが、或いは深優のそれよりも勝るとも劣らない深さで。強さで。
とどめを刺すのは、せめてもの慈悲。宝自身には、失笑する程の。もっと苦しめる方法ならいくらでもある。そして宝はそれを知り、行うことが出来る。それをしないのは、花泊としての矜持ゆえだ。
つい、と宝が地を蹴った。
その一瞬後には、異形は両断されていた。舞う砂礫。
「近過ぎだ――――輝」
小柄な影が、ビルの横手から出てくる。年不相応の老練な表情。林檎飴を手にしている。くちゃくちゃと響く咀嚼音。
「たまには親睦を深めようぜ。〝仲間〟だろ? 俺たち」
「馴れ合う積もりはない。必要があればお前も斬る」
「へえ、面白い。やれるもんならやってみな」
からからと輝が笑う。言葉とは裏腹に、宝は大刀を鞘に納めた。
それから少しの沈黙。先に破ったのは宝だった。
「深優は雁金の明鏡止水に誰の顔を見た」
「へえ、気になるんだ。気になるんだね」
輝はねっとりした言い方で繰り返した。
「あんたはさ、自分の役目を果たせば良いんだよ。ねえ、神の目六大幹部の宝。始祖様の秘蔵っ子」