刺繍師
それから数日を異形の残党狩りに費やし、深優たちは帰途に就いた。いつの日かこの地に、再び水と緑が満ちる日を祈り、里穂たちに別れを告げる。途中、大阪と呼ばれていた土地に寄った。花泊の着る衣服は特別な刺繍が施されている。呪術師の末端である刺繍師は、施す刺繍を護符とすることが出来る。九州の砂漠の地とは打って代わり、煩雑に建物が林立する界隈を、深優たちは歩く。目当ての刺繍師の家まで来て呼び鈴を鳴らすと、はあいと明るい声がした。
深優たちを出迎えてくれたのは金髪をおさげにして、昔で言うところのゴシックロリータの服を着た妙齢の女性だった。綺麗と言うより可愛いと称したほうが似合うその女性は、深優たちを見ると笑み崩れた。
「深優さん。宝さんたちも。こんにちは」
「こんにちは、あゆみさん。刺繍の綻びを、修繕してくれますか。それから彼女に」
そう言い、美咲を振り返る。
「衣装をお願いします。色は」
「灰色でお願いします」
美咲の選んだ色彩に、深優は内心、軽く小首を傾げたが、あゆみに向かって頷いた。九州遠征を終え、遼たちと話し合い、正式に美咲を花泊の一員として仁に推薦することにしたのだ。あゆみはその若さに似合わず、刺繍師たちのまとめ役でもある。
「せやったら、二、三日、頂きますけど」
「構いません」
あゆみの住む家には本が所狭しと並べられ、或いは床に置かれている。無限彩色の糸がとりどりに棚に納まっていて、目に楽しい空間だ。
「銀糸が切れてるな」
あゆみが深優の青い服を一瞥して断じる。
「ちっさい破損やけど、繕いましょ」
「お手数かけます」
「宝さんも遼さんも京香さんも。繕うさかい、隣の部屋で着替えたってや」
「はい」
異口同音にあゆみの指示に頷き、仕切りのある隣室で男女に分かれて着替えた。それから美咲はあゆみに採寸され、あゆみはぶつぶつ小声で何事かを言いながらメモに書き込んでいく。時に金髪に鉛筆の頭を差してかりかり掻いて、納得したように何度か頷く。
その夜は酒宴になだれ込み、あゆみ手製の唐揚げをビールでご馳走になった。
この近辺ではまだ異形出没の報せがないゆえに、「花泊」の寛ぐ貴重なひと時だった。仁による命令が順調にこなせたこともあり、深優たちは笑いながらこの時間に浸った。
やがて来る崩壊の序曲が、彼女らに迫っていることも知らずに。
なつのあゆみさんに友情出演していただきました。