仮面はいくつ
「ん。驚いてるね、お嬢さん。ねえ、輝。僕の今の顔、どんな感じ?」
狐面の、宝に酷似した顔の男が林檎飴を齧る少年に尋ねると、輝と呼ばれた少年は肩を竦めた。
「いつも通り、胡散臭いイケメン。醤油顔な。でもおじょーさんには、そうは見えてねえだろ」
震える息を吸い込んで、深優は双剣を握る手に力を込めた。
「どういうことだ。何の悪ふざけだ、宝」
「ああ、宝って言うのか。お嬢さんの想い人は」
「な……」
「これね、明鏡止水って僕の能力の一つ。相対する者の、心の中枢にいる人物の顔を映し出すっていう。改めて名乗ろう。僕の名は雁金。そこの金髪は葉摺。黒髪は輝。僕は神の目を束ねる始祖の右腕。輝も六大幹部の一人だ。さあ、お嬢さん。そこで問題だ。そんな敵のお偉方が、君に会いに遠路はるばるやってきた。それもこれも君一人を勧誘する為に。なぜだか解るかい?」
解る筈がない。
深優が今、認識出来たことは、「神の目」上層部の、恐らくは相当の戦力を有する男たちと対峙せざるを得ないという現状だ。
亜麻色の髪、宝と同じ顔をした男が微笑する。
「母上がお待ちです。深優様」
雁金の告げた言葉の意味が、深優には解りかねた。彼女の頭の中には混乱と、それでも尚、朝治を守らねばという念があった。葉摺はまだ赤い刃を見せている。
「退くよ、葉摺」
「けどさ」
「僕の命令が聴けないのかい?」
葉摺が険しい渋面を作り、反りの深い剣を鞘に納める。ぷ、と食べ終えた林檎飴の木の棒を輝が水面に吐き、身軽に河原に着地する。雁金もまた、同様に。
「また相まみえますこと、祈念いたします。それでは」
「待て――――」
「深優っ」
恭しく一礼した雁金が、立ち去るのを引き留めようとした深優の耳に、正真正銘の宝の声が届く。黒に銀色の刺繍。白髪に赤い双眼。大刀を手にした宝。
ぽーんと、宙で回転し、輝がその眼前に着地する。白い札を両手にぱん、と挟んだ。白い八重歯が覗く。
「気焔」
突如、上がった焔に怯んだ宝と深優の隙を突いて、彼らは去った。
「……神の目か」
「うん」
朝治の異形を生みそうな気配に気づいていたらしい宝は、深優の戻りが遅いことを心配して追ってきたのだ。
「神の目」の頭目については謎に包まれている。ひとたび会えば虜となるという、まことしやかな噂が囁かれている。その、中枢にごく近しい男たちが、なぜ深優を勧誘になどしに来たのか。実力を買うならば、京香でも宝でも良い筈だ。若年の女性ということに付け込もうとしたのか。そして母が待つと言った謎の言葉。深優の母は、異形に喰われて既に鬼籍にいる。
宝の赤い目を見つめる。
先程の、雁金の紛い物の目にはなかった、深優を純粋に案じる色。
それが恋慕ゆえであったならどんなに。
「朝治君。戻ろう。私たちと。……戻ってくれるな?」
朝治がぎこちなく頷く。異形の気配は、今では薄弱になっている。これならば「神の目」のように先走る必要もない。深優はほっとした。同時に、次々と疑念が湧いた。
「宝。総帥は今、本拠地か?」
「そうだろう。なぜ?」
「いや、何でもない」
宿とする朝治の家に戻る道中、宝は探るような目で深優を見ていた。張り詰めた二人の空気に、朝治が物怖じしている。深優は唇を引き結んでいた。敵から誘いを受けたことを明かして、宝に嫌われたくなかった。仁にも、訊かねばならないことが少なからずある。




