狐面と林檎飴
魂魄、という言葉がある。
陰陽や道教で使用される言葉で、魂は陰陽で言うところの陽に属し、魄は陰に属する。世界の終末を呼んだ大戦の後、生まれた特異能力者は、これらを操り武器を取ることで戦うようになった。即ち、得物の中枢に魂を込め、刃を魄で覆い、練り上げるのである。陽を中枢に、陰で包むことは、人の身体における魂魄のありようと酷似している。戦う時、得物は主の分身となるのである。
強いな、と思い、深優は魂魄をコントロールする。双剣の刃を魄で包む。透明の見えない膜は双剣の強度を倍加以上に高める。
そして深優と向き合う金の巻き毛の少年の赤い剣もまた、魂魄で強靭に錬成されていた。
得物に注入された魂魄の強弱は、そのまま持ち手の実力を語る。
赤く美しい刃は、少年の相当の実力を如実に表わしていた。
「朝治君。下がっていろ。良いか。決してそこから動くな」
朝治が硬直しながらも頷くのが気配で解る。
その一瞬後。
少年の刃と深優の刃が交差した。
細身の外見からは予測出来ない膂力で、少年の赤い剣は深優の双剣を圧する。
一旦、すり流し、返す刃で少年の右肩を狙う。刃は浅くかすっただけで、朱線は細い。だが少年が忌々しそうに顔を歪めた。軽く跳躍して後退し、深優から間合いを取る。揺れる、首から下がる木の板。金箔を使っているらしく、ちらちらと陽光を受けて煌めく。
いつの間にか深優も少年も、脚を清流に浸していた。
「娯楽羅刹」
形の良い唇から、発された言霊は、少年の剣を鬼の手のような奇形に変化させた。大きく赤い鬼の腕だ。爪は長く鋭い。それが深優目掛けて殺到する。
「散り果てる花」
深優の言葉に鬼の手が爆ぜる。だがそれは太い手首の一箇所を破損したに過ぎない。今度は深優から仕掛けた。一際高く跳躍し、交差させた双剣を少年の頭部目掛けて振り下ろす。
金髪が数本、舞った。
持久戦になるのはまずい。
深優の異能力は体力を大幅に消耗する。恐らく規格外の少年の異能力も同様だろうが、彼の体力の限界を深優は知らない。極力、双剣だけで応戦したい。
二人が再び正面から向き合った時、場違いな声が安閑と響いた。
「コーン、コーン」
深優が首を巡らせると、朽ちた橋脚の上に、緑の縞の着流しを着た、狐面の男が立っていた。腰には今時珍しい、本格的な日本刀を刷いている。
面がずれて湾曲を描く目元と口が見えた。
首から下がる木の板。「神の目」だ。
亜麻色の柔らかそうな髪が微風に靡いた。
最悪なタイミングだ、と深優は思う。
今、少年の相手でさえ苦戦しているのに、新手まで加わると、本当に自分一人では処しきれない。更に他の橋脚の上を見て、ぎょっとする。そこにも新たな人影があったのだ。
小柄で黒い髪を後ろで一つにくくった少年は、やはり「神の目」を表わす木の板を首に下げ、橙色の上衣に黒い袴を合わせた恰好をして呑気そうに林檎飴を齧っている。背中に背負った剣がなければ、祭りにでもいそうな出で立ちだ。
「コーン。苦戦してるねえ、葉摺」
「何の用だよ。僕の持ち場だぞ」
「の、割に手こずってらあ」
狐面の男に、金髪の少年が言い返せば、林檎飴を齧る男がけらけらと笑い茶々を入れる。深優は絶望的な展開に半ば茫然としていた。
「勧誘だよ」
「勧誘だ」
狐面の男の声とやまびこのように林檎飴を持つ少年が言う。
「お嬢さん。神の目に入る積もりはないかな?」
狐面を取り外した男の顔立ちを見て、深優は驚愕した。
彼の顔は、宝と瓜二つだったのだ。




