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槍と剣

 昔は滋賀と呼ばれた区域に入った。

 皮肉なことに人の世が荒廃してからこちら、琵琶湖の水は澄んで清らかになった。

 陽光を受けて湖が(あお)にきらきら光る。速歩を止め、深優たちは、昼食を摂ることにした。昨晩、宿とさせてもらった花泊の家で提供された心尽くしの弁当だ。胡麻塩お握りとたくあん。それから、水筒に入ったほうじ茶。ご馳走である。つまりは、それだけ深優たちへの期待が高いという証だ。湖の見える、大樹の下に座り、めいめい、お握りを頬張る。深優の足元を、大きな蟻が行列を成していた。米粒が落ちたら、彼らは狂喜乱舞して群がるのだろう。


 一行が昼食で一息ついていた時、ふと人の気配を感じた。皆、食べることを止めてそれぞれの得物を手にする。油断は命取りだ。

 見れば隆起(りゅうき)したコンクリートに、小柄な人影が立っている。

 風になびく漆黒の髪。それは彼女の後頭部高くに結い上げられていた。まだ若い少女が深優たちを睥睨(へいげい)している。深優よりやや年少だろうか、左目の眼帯が痛々しい。フードつきのマントが揺れて、彼女の腰に差した剣の柄が垣間見えた。色白の、大きな目の少し吊り上がった美少女だ。


「誰だ」


 代表して遼が誰何(すいか)すると、少女の赤い唇が動いた。


「花泊の一行とお見受けした」

如何(いか)にも」

「九州遠征に行かれるのか?」

「そうだ」


 遼は槍から手を離さずに答える。すると不意に、少女が片膝をついた。


「私の名は美咲(みさき)。ご一行の、末席(まっせき)に加えてはいただけないだろうか」


 遣える、ということは、美咲の挙動から窺い知れた。力ある者は力ある者を知る。


「花泊に名を連ねているのか」

「いや」

「志は買うが一般人は巻き込めない」

「能力なら持っている。剣技も、貴方がたに引けを取らないだろう」

「ほう」


 次の瞬間、遼と美咲の双方が地を蹴っていた。

 槍と、瞬息で抜刀された刃が交差する。間合いの長い槍のほうが有利なのはセオリーだ。

 だが、遼の巧みな槍捌きをかいくぐり、美咲は遼に肉迫するとその肩を薙いだ。

 そのように見えた。実際は、絶妙なタイミングで身を引いた遼に、剣先はかわされた。

 槍先が右に左に揺れる。美咲を惑乱し、且つ防御する為だ。

  美咲はとん、と間合いを取る。


饗場(えんば)


 青白い鋭利な炎が遼目掛けて飛来する。

 数にしておよそ十数本。遼もまたすぐに間合いを取ると、炎を避け、或いは槍先で叩き落した。続いて美咲が繰り出した刺突を受けたのは、深優の双剣だった。


「それまでだ。貴方の実力は十分に解った」

「……邪魔立ては無粋だ」

「あのままだったら、貴方は死んでいた」


 美咲の大きな目が更に見開かれる。


「貴方は実力者だが、遼には及ばない。あと数年は研鑽(けんさん)を積む必要がある」


 美咲は唇を噛み締める。彼女もまた、察するところではあったのだ。

 しかし深優は美咲の心意気を買いたいと思った。


「遼。人手は多いほうが良いだろう。彼女にも来てもらおう」

「花泊の仕事だ。彼女は花泊ではない」

「審査ならあとで手順を踏んで行おう。今は、戦力が少しでも欲しいところだ。違うか?」

「遼。俺も深優に賛成だ」

「宝」


 遼は首を巡らせて京香を見る。京香もまた、頷いた。

 道行が四人から五人に増えた。



挿絵(By みてみん)





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