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Dungeon & Girl punk  作者: 井蛙阿声
13/25

殺人者の影 一

 



 地面が揺れている。

 何も見えない。

 柔らかい何かに顔が埋もれて息苦しい。

 起き上がろうとすると、ひどい頭痛に襲われた。

 寝ている場合ではないと、痛みを無視して体を起こした。


「あ、起きた」


 呑気な声が聞こえる。

 眩しすぎてよく見えない。何かに乗っているのか、地面が揺れている。頭上から機械の作動音がしてうるさい。

 だんだんと光が見慣れていく。

 そこはゴンドラの中だった。

 いつのまにか照明が灯る12時を過ぎていたのか、すでに明るくなっている。

 そこに全員の顔があることを確認して、ほっと胸を撫で下ろした。


「みんな、怪我は?」天地がひっくり返るような目眩を感じながらわたしは言った。

「ミオだけだよ。安静にしてて」


 疲労の色が濃い面々の中、セツナだけが元気な声をだす。

 クラクラが治らないので再び横になった。痛みのする頭の後ろを触ってみると見事にたんこぶが出来ている。

 これでは頭を下にして眠れない。キャンプ用の枕を顎の下に乗せてうつ伏せになった。

 楽な姿勢になりながら、自分が倒れるまでの記憶を整理する。


「やられる前までのことは思い出せる。あれから何があった?」


 紅羽は俯いて座り込んでいる。ムシャはゴンドラの窓から周囲を警戒しているのか、返事をしない。再びセツナが答えた。


「えーっと、あたしに起きたことを説明すると」


 セツナとムシャの二人は、わたしたちが九層に降りた時点で、あとは見物に回ろうと撤収作業を進めていたらしい。

 ムシャは使われなかったトラップの解除に、セツナは拠点にしていた部屋の中で銃器の点検をしていた。

 作業の折、とつぜんセツナのいる部屋の扉がひとりでに閉まったのだという。


「その時は何とも思わなかったんだけどさ、いざ出ようとしたら鍵がかかったみたいに開けられなくなって」

「あの男が閉めたの?」

「たぶん、そうなんじゃない? ガチャガチャしたけど出れないから蹴り破ったんだけど、今度はムシャの姿が見当たらないのよ。近くを探しても見つかんないし、連絡にも出ないし。なーんか嫌な感じがして。非常用のアラーム送ったんだけど、ミオの方にはちゃんと届いた?」

「届いた。おかげで助かった」


 あの音がなければ紅羽の首が飛んでいただろう。


「それで?」

「アラームのするとこに行ったら、ミオが倒れるとこだった。敵だって思ったから良いタイミングで変なお面の男を撃ったんだけど、あっさり避けられて逃げられちゃった。ミオは直接戦ったんでしょ? どうだった?」

「すごい手練れ。たぶんだけど、プロハッカーだと思う」

「プロがなんであたしたちを狙うの?」

「考えられるとしたらブロッサムチームを殺したヤツか、それとも」

「おれの不始末だ。わるい」


 不意に、ムシャが謝罪を口にした。


「ムシャもそいつにやられたの?」

「いつやられたのかもわからん。気がついたら目隠しされた上に体が拘束されてた。めちゃくちゃにもがいてやったら、偶然ロッカーの蓋が開いて外に出られた」

「そうそう。ミオを担いで拠点に戻ったら、放置プレイみたいなムシャが転がってたのよね」

「そっからあんま時間が経ってねぇよ。奇襲を警戒しながらミオをここまで運んだ」

「リニアの方は使えなかったの?」

「都合よく停車してるとも限らないしやめた」

「それもそうか」

「もう心配ないって。明るくなったし大丈夫っしょ」


 セツナは気楽な調子で言う。


「またいつもの勘か?」

「それもあるけど、ムシャは拘束されるだけで、結果だけ言うならミオもトドメを刺されなかったでしょ?」

「ああ、見逃されてたって言いたいのか?」

「そうそう」

「いや、それは」


 紅羽を狙った一閃を思い出す。絶対にあれは殺すための凶刃だった。


「……紅羽が、紅羽だけが目的だったんだと思います」


 紅羽がここに来て初めて口を開く。


「まだそうと決まったわけじゃねぇだろ」

「いえ、絶対に。あの男の人は、紅羽だけを殺そうとしていました。紅羽が、ドラゴンの血を引いているから、殺そうとしたんです」


 紅羽は立ち上がり、わたしたちに深々と頭を下げる。


「ごめんなさい」

「……いったい何の真似だ?」ムシャが感情の籠らない声で言う。

「本当に、ご迷惑をおかけしました」

「やめろ」

「身の程を弁えればよかった。紅羽がダンジョンハックなんて」

「やめろって言ってんだろ!」


 ムシャの怒鳴り声でビリビリと空気が振動する。

 沈黙が降りた。

 ムシャは感情を抑えこむように繰り返し息を吐き出す。


「……下手人の狙いがおまえだったとしても、んなことは承知の上なんだよ」

「でも」

「くどい」


 ムシャはぴしゃりと告げて、それ以上の会話を拒否するように顔をそっぽに向ける。


「狙われるにしても、早すぎないかな」


 思いつきが声になって漏れた。わたしの言葉に、三人の視線が集まる。

 自分の言葉にはっとした。そうだ、あまりにも早い。

 紅羽というクオータードラゴンの存在はまだ公になっていない。

 彼女を殺そうとしていたのだとしたら、相手はいったい、どこでそれを知ったのだろうか。


「ラドのどこからか漏洩していたんじゃないのか?」ムシャが可能性の一つを挙げる。


『それはないよ』第三者の声が即座に否定した。


 その声に、皆が体を跳ねさせるように驚く。

 浮いているドローンから声がした。


「麗華社長ですか?」

『その通り』ドローンが肯定する。


 突然のハーフドラゴンの登場に、誰も口を開けようとしない。

 先ほどとはまた違った沈黙が降りた。

 誰もなにも言わなくなってしまったので、仕方がなくわたしが質問する。


「それはない、というのは本当ですか?」

『ああ。少なくともこちらの不手際ではないね。紅羽のことは一部の社員しか知らないし、身元を引き受けてからもそう時間が経ってない。兄のところにいた時のことは知らないが、それも考え難い。あの人が不手際をするとは思えないから』

「それならどうして?」

『あの仮面の男が紅羽をクオータードラゴンだと知って、その命だけを狙っていたと仮定するなら……そうだな。三日前の外出。何か気になることはなかったかい?』


 そう言われて、四人で顔を見合わせる。


「……特には」

「思いつかねぇな」

「あたしもわかんない」


 紅羽も首を横に振った。


『そうか。あの男に関してはこちらでも調べてみよう。これが映像を残しているし、調べてみればなにかは出てくるだろう。ひとまず、その正体がわかるまで結論を急ぐ必要はない』

「でも、紅羽は……」

「紅羽」


 わたしは、あの時繋げなかった右手を伸ばす。


「ここで決断しよう」

「どう、どうしてですか? なんで、まだ、チームに誘うんですか? またきっと、襲われてしまうのに」

「殺されるのがこわいの?」


 彼女は首を横に振った。


「紅羽のせいで、誰かが死ぬのは嫌です」

「みんないつかは死ぬよ」

「それとこれとは違う」

「どう違うの?」


 紅羽はわたしを見た。


「そもそも、ダンジョンに立ち向かっている時点で、わたしたちは命を放り出している。いまさら一人二人刺客が増えようが大差ないよ。何も甘い考えで紅羽を引き止めてるわけじゃないんだ。敵が増えることを加味しても、紅羽には来てもらいたいと思ってる」

「次は誰かが死ぬかもしれないのに?」

「第一環境域だと舐めてたわたしたちが悪い。次は油断しない」

「死ぬことが怖くないんですか?」

「怖いと思わないヤツは一年と保たないよ」

「それが余計なリスクだったとしても?」

「余計じゃないと思ったから」

「……」


 しばらく彼女は考え込んだ。

 わたしは手を差し出し続ける。


「……誰も死なせません。紅羽が、皆さんを守ります」


 そう言って、紅羽はわたしの手を取った。


「守ってやるなんて生意気な新人だな」笑いながらムシャがいう。

「本当です。紅羽は、強いですから」

「さすがドラフト1位の選手は言うことが違うわね」とセツナ。


 紅羽の加入を皆で祝福していると、ドローンが余計な茶々を入れてきた。


『君のドラゴンらしいところを初めて見たよ』

「え?」

『まあ、それでも、兄の血は限りなく薄いと言わざるを得ないが』

「お父さんってどんな人なの?」


 セツナがなにも考えてなさそうな顔で言った。


「えーっと……」尋ねられた紅羽は目に見えて動揺する。


『……』ドローンも押し黙ってしまった。よっぽどの話題なのだろう。


 危機察知能力は高いくせに、どうしてこういう地雷を踏み抜いてしまうのか。


「あ、ほら、もう着いたぞ」


 ゴンドラが地上に到着した。


 ◯


 その日の午後からは、療養に当てることにした。

 社宅のベッドに横になりながら歌詞を考えたり、殺竜事件について調べたりして過ごす。

 事件はなにも進展していない。犯人は捕まっていないし、ハーフドラゴンの死因もわからないままだ。

 世界中の人間がその謎を追いかけているのに、まだ誰もわかっていない。

 どうやってドラゴンを殺したのか。

 ドラゴンたちに隷属する前の人類なら、喉から手が出るほどその手段を欲しがっただろう。

 天井を眺めながら考える。

 頭がまだ少し痛んだ。

 想像してみる。

 ドラゴンが牛耳る世界を再び人類が取り戻すという夢。

 具体的なことは何一つ思い浮かばない。

 つまり、同じことなのではないだろうか。

 支配層が、竜か人か、という違いだけで。

 支配されている側からすれば両者になんの違いもない。

 人間の中で多少の優劣は組み変わるかもしれない。けれど、地下の中で生計を立てているようなわたしたちにはまったく関係ないことだ。

 襲ってきた仮面の男のことを思い出す。

 彼は反体制派なのだろうか。

 ダンジョンハッカーの中にそういった政治的な勢力がいるとは思いもしなかった。潜在的にはいるのかもしれないが、活動家のようなことはしないだろうと思っていた。

 彼は、ドラゴン憎しと剣を振るったのか。

 それとも、この世の仕組みが憎いと剣を振るったのか。

 枕の側にある端末が鳴る。

 画面には沖田幸成と表示されていた。

 通話ではなくてチャットルームへの誘いだった。


 あすかどん:まだ潜ってるんじゃないの?

 yusayusa:ただいまって犀川さんの呟きがあったから戻ってはきてるはず

 沖田:そういえば弥生は来てくれそうだったか?

 yusayusa:行かないって

 卍海堂忍卍:残念です

 卍海堂忍卍:わたし、弥生さんのファンなんです

 yusayusa:明日になったら気が変わってるかもしれないし、また聞いてみる

 あすかどん:なあ、海堂の名前の両隣にあるやつって

 みおみお さんが入室しました。

 みおみお:(`·ω·´)

 みおみお:(`·ω·´)ノ卍 これかい?

 沖田:おかえりなさい

 yusayusa:おかー

 あすかどん:なんて読むの?

 みおみお:(`·ω·´)ノ卍 スリケンだぞ

 みおみお:(`·ω·´)シ ミ卍

 卍海堂忍卍:まんじ

 沖田:武井くんは?

 みおみお:しらない

 沖田:明日の討伐はだいじょうぶそうか? 疲労があるなら休んでくれて構わないが

 みおみお:なんじからだっけ

 沖田:10時から18時くらいを予定してる

 みおみお:大丈夫

 あすかどん:おい、出てこねーんだがスリケン

 沖田:ありがとう。今日は打ち合わせのために招待した。このまま話し合いに参加してもらっていいか?

 卍海堂忍卍:まんじ

 みおみお:いいよ

 みおみお:(`·ω·´)シ ミ卍 ミ卍

 yusayusa:これ以降卍禁止ね

 あすかどん:すりけん

 卍海堂忍卍 さんが退室しました。

 あすかどん:おい。禁止とか言うから退室したんじゃないか?

 沖田:また招待送る

 yusayusa:ごめん。これ以降卍解禁ね

 みおみお:(`·ω·´)シ ミ卍 ミ卍 ミ卍

 あすかどん:手裏剣

 卍海堂忍卍 さんが入室しました。

 武井沙那 さんが入室しました。

 武井沙那:真面目にやれよ


 ムシャが来たのであとは任せよう。

 枕に顔を埋める。

 端末の操作も忘れて、そのまま眠りについた。


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