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分厚い手紙

作者: 歩共あるま

じりじりと焼けつくような日差しと、蒸されるような暑さが和らぐ頃、僕らは手紙を書く。息子が中学生になったとか、近所の◯◯さんが結婚したとか、他愛もない話をたくさん書く。


毎年その日になると、学校も会社も全部が休みになって、皆で風船を膨らませる。風船にはペンで相手の名前と、自分の名前と住所を書いて、それぞれ色んな模様を描く。画家が側にいたらラッキーだ。何ヵ月もかかるような絵が風船に描かれていて、何時間でも見ていられる程に色んな物語が絵の中に散りばめられている。それこそ理解するのに一年くらいはかかるに違いない。


そうして、夕暮れになると皆が外に出てきて、サイレンの音に合わせて一斉に空へと飛ばすのだ。それぞれが行くべき場所へと向かうように、それることなく一直線に空へ上がっていく。風船のおしりについた紐はひらひらと揺れながら手紙を空へと連れていく。


この風船は死んだ人のところへと行って、手紙を届けるのだと言う。これは「文送り」と呼ばれ、僕が生まれる何年も前から欠かさず行われてきた。僕がおじいちゃんに書いた手紙も今届いてるのだろうか。


今年の分が終わって、風船が雲に隠れて見えなくなってから僕は気がついた。僕も一緒に飛んでいけばおじいちゃんに会えるのではないか、と。


その話は親戚中に広まった。反対されるかと思ったが、驚くことに皆乗り気だった。次の文送りの日まで、親戚皆が僕に力を貸してくれ、文送りを目前にした頃、僕を一緒に飛ばすための気球が完成した。




「心配だから俺が一緒に乗っていく」


海外で何度も気球に乗ったことがあるおじさんがそう言ってぼくに僕にウインクした。僕と一緒になにかをするときはいつだっておじさんはウインクする。にやりと口角をあげながら。


そうして文送りの時がやってくると、僕らは大きな気球に乗って、風船と共に空へと繰り出した。


どんどん気球は高さを増して、下でウキウキする皆が小さくなっていく。夕焼けがきれいで、風船が赤く燃えるように見えた。



さっきまではなかったのに、急に僕らは薄い雲のようなものに包み込まれた。いつの間にか隣にいたおじさんがいなくなっていて、僕は心細くなってキョロキョロ見回した。その時、ふと視界に何か不思議なものを捉えた。


雲の中にできた大きな光の輪の中に、たくさんの人達がいるのだ。手紙をそれぞれが手にとって楽しそうに風船から手紙を受け取って、読んでいるのだ。その中には亡くなったおじいちゃんとおばあちゃんの姿もあった。おばあちゃんは嬉しそうにおじいちゃんに手紙を見せつけてにやにやしている。花柄の手紙はいとこの女の子が用意していた手紙だ。


「見てちょうだいよ、じいさん。大好きだって書いてあるわい。モテモテも困るのぉ」


「ばあさん、それわしのじゃ」


そして別のところでは見知らぬおじいさんがおばあさんに手紙を見せている。


「あの孫、わしのことエロじじいって書いとるわ」


「間違ってはないでしょうが」


楽し気な雰囲気がそこには広がっていた。


「おじいちゃん!」


僕はたまらなくなって大声を出した。その声に、その場にいた全員が僕を見た。まるでお化けでも見たような顔をして、誰もが絶句している。


「な、直木、なんでお前ここにおるんじゃ?」


おじいちゃんは驚きのあまりよろついて歩いてきた。光の輪の側までやってくる。


「文送りの日にここに一緒にあがってきたら会えるんじゃないかと思って、おじさんと一緒に来たんだ!でも、おじさんいなくなっちゃって」


そこまで聞いて、おじいちゃんは焦ったように回りを見て、それから必死で自分を落ち着かせながら言った。


「いいか直木、よく聞けよ。わしらの世界と直木の世界は別物なんじゃ。この光の輪はわしらの世界。ここに入ってきたら直木もわしらの世界から出られなくなってしまう。おじさんの姿が見えないのは、この光の輪に近づきすぎてしまったからなんじゃ。直木は一人でこっちの世界に入ってしまいそうになってるんじゃ!」


おばあちゃんも他の人も光の輪の側までやってきて口々に声をあげた。


「早く戻らないと、帰れなくなる!」


「死んでしまう!」


「早く戻りなさい!」


その声は皆一心に直木のことを思ってくれる声だった。


「直木、会えて嬉しいが、直木がこっちの世界に来ると言うことはわしと同じように死んでしまうと言うことだ。お母さんもお父さんも、友達も皆悲しむことになってしまう。だからとにかく帰るんじゃ!」


「でも、僕気球の動かし方知らないんだ」


そう言った途端、強い風が気球にぶつかってきた。僕と気球はなすすべなく光の輪に向かって飛ばされていく。


「来ちゃいかん!」


「じーさん、これ使おうぜ!」


耳にピアスをつけた金髪のお兄さんが巨大な葉っぱのうちわをもって駆けてきた。


「これは、閻魔様のお気に入りうちわじゃぞ!」


「あのいかついじーさんにはこんなシャレてるもの似合わねんだって文句言われたら言い返しとくわ。手入れしとけって押し付けてきたんだからいいんだよ、今回くらい! ほら、全員であの気球止めるぞ! 早くしろ!」


おじいちゃんもおばあちゃんも、その場にいた人達全員がうちわに群がった。うちわは人が増えると大きさを増して、それはそれは巨大なうちわへと成長した。視界を覆いつくしかねないほどの巨大なうちわは、皆の掛け声と共にゆっくりと大きく左右に揺れる。


「せーの! せーの!」


遅れて、僕が乗っている気球は凄まじい突風に襲われた。風が体当たりしてくるようで、目を開けていられない。僕は顔を腕で隠すようにしながらなんとか皆を見ようとする。


「直木、皆によろしく伝えておいてくれ!」


僕は出せる限りの声で皆に言った。


「ありがとう! 来年も手紙楽しみにしててね!」


雲の中にかすれていくおじいちゃんたちは皆大きく手を振っていた。そこにやってきた天狗のように鼻の長いジャージ姿の巨人がうちわをひったくった。


「取りに来たよ~んって、わしのうちわ勝手に使ってんじゃん。何してくれちゃってんのよほんと。指紋つくでしょーが」


「うるせー! 文句あんなら自分で手入れしろや! おめーの指紋で遥かにベッタベタだったわ! 手入れの前に手汗ケアしろ!」


「まぁまぁ二人とも、抑えて抑えて」


抱えるようにして大事そうに撫でている巨人に、金髪のお兄さんは文句を言っている。そしてその二人を宥める周りの人達。少しずつその声は遠ざかり、雲にかすれて見えなくなっていく。


あれが、閻魔様? なんだか、思ってたのと違うなぁ。


僕がふふっと笑うと同時に、突風が襲った。咄嗟に気球に掴まって目を閉じていた僕は、体を揺する大きな手に気がついた。


「大丈夫か?」


目を開けてみれば、そこにいたのはおじさんだ。先ほどまでの光の輪も、おじいちゃんたちも、どこを見ても姿は無い。あるのは晴れた空と、眼下に広がる小さくなった大地だった。


「ダメだったなぁ」


残念そうに言うおじさんだが、僕は思い出すだけで笑ってしまいそうだった。皆あんな風に手紙を楽しみにしているんだと。僕はおじさんを見上げた。


「皆がよろしくって、言ってたよ」


目をぱちくりさせるおじさんに、僕は笑った。




 次の文送りが来ると、皆の手紙は去年の何倍も量が多くなっていた。風船にくっつけて飛ばすと、手紙の重みからか、よいしょという声が聞こえてきそうなほどゆっくりと風船は大空へと上がっていく。


ゆっくりと、ゆっくりと。


僕はその風船がやがて雲の中へと消えていくのを見ると、ふふっと笑った。


「来年も楽しみにしててね。僕の分厚い手紙」


空から笑い声が聞こえてくるような気がした。


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