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相反せしモノたちが紡ぐ異世界記  作者: 夢屋将仁
第一章 僥倖の連続殺人
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一人目ー第一章 8話 捜査2

 夕飯を済ませた修太郎は自室に戻り服を着替えていた。

 修太郎はウォークインクローゼットにある服の中で、できる限り派手な色の服を選ぶ。普段は地味な色の服を好んでいるにもかかわらずだ。



 なぜ、そのようなことをするかといえば、変装するためだ。いくら、接触することが簡単でも修太郎のことを相手に印象づけてしまってはまずい。ただでさえ、アレフス家と関わりがあることが向こうにバレているのだ。そんな状態で自分の腹心の部下に接触したと知られれば、狩野につけ込む隙を与えてしまいかねない。それは極力避けたかった。

 顔が割れるのをどうしても避けたいのなら代理人に頼むという選択肢もあったが、ここは直接聞く必要がある。この三人は狩野の言いなりだが、馬鹿とは限らない。ひょっとしたら、予想外の展開へと事が運ぶ可能性がある。そういったときに臨機応変に対応するためにも自分自身が行った方がいいと判断したのだ。



 今回会うべき標的は木更津剛、神薙(かんなぎ)真昼(まひる)恵比寿(えびす)(りょう)の三名。修太郎は恵比寿、神薙、木更津の順に会うことにした。理由は接触しやすくするためだ。

 恵比寿と最初に接触することにしたのは単純にこの曜日のこの時間帯によく行く場所がアレフス家から一番近いからだ。その次に近いのが木更津だが、彼は後回しにした。おそらく、木更津は相当な切れ者だ。そうでなくとも、狩野とは比較的良好な関係を築けている可能性が高い。午前中の狩野たちとの邂逅でそう感じた。



 あとはできるなら間隔を空けて接触したかった。たとえ変装していても短時間に三人に接触すれば怪しまれる。アレフスへの包囲網がどれほど狭まっているか分からない以上あまり悠長にはしていられないが、急いては事を仕損じるという言葉もある。数日の間隔を空けるのは難しくても、せめて違う日に服装を変えて接触していきたい。



 まぁ、どのみち怪しまれるとは思うが一長一短だ。今日中に接触してしまえば向こうに何の対策も打たれることなく全員に警戒されずに接触することができるが、その代わりに接触者の服装が同じになってしまうために相手に同一人物だと印象づけられやすい。

 逆に日を変えて接触すれば向こうに情報が回って警戒される可能性はあるが、服装を変えられるために違う人物が動いているように思わせることができる。



 修太郎はあえてリスクの小さい方を選んだ。これだと得られるであろう情報は少なくなってしまうが、修太郎にたどりつくのは難しくなる。現状狩野が関与している証拠は何もないのだ。多少慎重なくらいでちょうどいいだろう。



 それでも時間をかけることはできない。そういう意味では一気に勝負を仕掛けるべきだという意見もあるかもしれないが修太郎はそうは思わない。それに相手の嗜好に合わせることのできるこちらの方がかえって得られる情報が多くなるかもしれない。もっとも、それを演じきれるだけの演技力が修太郎になくては話にならないけれど。外面だけ模倣したところで、内面もしっかりしていなければ効果は薄い。

 焦ると危険だが、短期決戦でいかなくては面倒なことになる。この相反した二つの事象を一度に満たさなくてはならないことに修太郎は思わずため息をついてしまいそうになる。だが、そんなことに意味はない。今、彼がやるべきことは少しでも先に進むことだ。

 そう意気込んだところで扉をノックされる。


『修太郎。もう準備はできましたか?』


 ドア越しにカスミの声が聞こえてくる。修太郎は答えるついでに戸に近付いて開く。


「出る準備はできたんだが、策をもう少し練っておきたい。今しばらく待っていてくれないか?」


「……!」


「ん? どうした?」


「い、いえ……。いつもと印象が違うので、少々戸惑ってしまっただけです」


「印象ねぇ。眼鏡をかけて髪型を変えただけなんだけどな」


 修太郎は前髪をいじる。今の修太郎は白のシャツに赤の半袖ジャケットを上に着て、下は紺のジーンズという出で立ちをしている。そして、普段はほったらかしにしている髪に備えつけられたワックスをつけてミディアムロングに整えた上で赤渕の伊達眼鏡をかけている。普段の修太郎とはだいぶ印象が違っており、これなら彼だと一目では分からないだろう。


「何か変か? 一応、身近な奴を参考にしてみたんだが……」


「い、いえ……! そのようなことはありません! 私、先に玄関に行っていますね! どうか、ゆっくりとお考えください!」


 カスミは顔を赤らめてパタパタと走り去っていく。修太郎はそれにわずかに首をかしげながらも、都合のいい展開に持ち込むために木更津たちとの接触方法について詰めることにした。



 修太郎が玄関に向かうと、カスミとシャイナが玄関に置かれた椅子に座って待っていた。



 今のカスミの格好は平時とはかなり変わった装いだ。普段は至って清楚なお嬢様風といった感じなのだが、修太郎を参考にしたのか黒のタンクトップに赤色のカーディガンを羽織り、下は紺のショートパンツと黒のニーソックスとかなり派手な格好をしていた。

 シャイナは普通に水色のノースリーブワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織り、髪はポニーテールでひとまとめにし、ひまわり帽子を目深に被ったごく普通の私服姿だ。



 一応二人の普段の格好から判断すれば変装はできていると言える。シャイナはやや普通すぎるが、許容範囲だ。どうせ彼女は標的と直接接触することはないのだからそれで充分といえる。問題はカスミの方だ。

 確かに服装は普段とまるで違う。よく見るとうっすらと化粧もしており、だいぶ印象は変わって見える。しかし、それでも彼女の薄ピンクの髪は目立つ。

 修太郎は思わず頭を抱えそうになったが、カスミの髪色は目立つので仕方ないかと諦めた。とはいえ……。


「なぁ、カスミ。髪の色変えるのは無理でも、せめて、黒い髪のカツラ被るくらいはできないか?」


 そう。それだけは何とかしてほしい。それさえクリアできれば何も問題はないのだ。しかし、カスミは首をかしげると不思議そうに尋ねてくる。


「それは構いませんがそんなことをする必要があるのですか? 私と同じ髪色の者などいくらでもいますが……」


「は?」


 修太郎はポカンとした表情になる。その様子にカスミは頭に疑問符を浮かべている。シャイナは怪訝そうな表情になりながら口を開く。


「まさかご存じないというわけではありませんよね? この世界では黒や茶髪や金髪(ブロンド)以外の髪色を持つ者など腐るほど存在しているということを」


「あ、ああ。もちろん知っているさ。だが、髪色を変えておいた方が印象が変わるかと思っただけの話だよ」


 とっさに誤魔化すが修太郎はこの世界と自分の中にある常識のズレについて痛感させられることになった。どんなに似ていようとも、やはり異世界。元いた世界とはだいぶ違っているようだ。

 しかし、そんなことは分かりきっていることだ。気をつける必要はあるが、そこまで神経質になることもない。


「そうですね。確かに多少変えた方がいいかもしれません。シャイナ。髪紐を」


「は」


 シャイナは即座に懐から赤い髪紐を取り出す。カスミはそれを受け取ると即座に自身の髪を左側にまとめる。


「私はこの髪型を人前でしたことはありません。これなら印象も変わってくるでしょう?」


 カスミは両手を広げて言ってくる。それを見て修太郎は諦めのため息をつく。


「ああ、もうそれでいい」


 できれば劇的に変えて欲しかったがもう何も言わないことにする。それに彼女の言う通り、髪を片方にまとめただけでもだいぶ印象が変わっている。これなら、一応条件はクリアしている。ならば、これ以上の贅沢は言うまい。


「それじゃあ、行くか」


「それは構いませんが、どなたから行かれるのです?」


「恵比寿という男から会おうと思っている。何か問題はあるか?」


「いえ。何もありません。では、参りましょうか」


「ああ」


 修太郎たちは玄関の扉を開けて外に出る。扉を閉めると三人は街へと繰り出していった。






 ○○○○○


 もう夜だというのに外はまだまだ暑かった。時間は夜の八時。比較的早い時間ということもあってか、多くの人が街を行き交っていた。


「なかなかの人だな」


「ええ。あまり人混みは好きではないのですが」


 カスミは眉をひそめながら、周囲を通り過ぎていく大勢の人々を見つめる。


「ご安心ください。この人混みに紛れてカスミ様に不埒なことをしようとする輩は一人残らず私が始末します」


「始末するのは結構だが、できるだけ目立たない方法で頼んでもいいか?」


「言われずとも心得ております」


「そうかい」


 修太郎は適当に話しながら、恵比寿に会えるであろう場所を探していた。一応二人にも聞いてはみたのだが、こういった場所には普段行かないらしく、大まかな場所以外は分かっていなかった。まぁ、二人がこんなところに来るはずもないかと修太郎は仕方なく自分で探すことにしたのだ。



 少し探すと案外あっさりと見つかった。恵比寿の行きつけは遊戯場だ。ここは修太郎の世界でいうゲームセンターのような場所だった。もっとも、筐体のようなものは一切なかったが。彼は仕事終わりによくここで気晴らしをしているらしい。

 姿を探すとすぐに見つかった。お目当ての男は一人でビリヤードに興じている。黒髪のいかにもまじめそうな灰色の半袖シャツを着た若い男。彼が恵比寿良だ。修太郎は彼に何のためらいもなく近付いていく。



 近くに来たことで気付いたのか恵比寿は怪訝そうな表情で修太郎を見つめる。修太郎はビリヤードのキューを手に取ると、恵比寿の遊んでいる台の横に行く。


「ここ、いいかい?」


「何だ? 君は……」


「俺はただの通りすがりだよ」


 修太郎はキューを手で弄びながら、恵比寿の方を見る。


「どうだ? 一勝負しないか?」


「それは別に構わないが、ルールは知っているのか?」


「もちろん。無難にナインボールと洒落込もうじゃねえか。俺、アレがビリヤードで一番好きなんだよ」


「いいだろう。ただし、何かを賭けるのは禁止だ。俺はこれでも警察官だからな」


「構わねえよ。どうせ、こっちも時間潰しのつもりだったしな」


「そうか」


 明らかな嘘だが恵比寿は信じたようだ。これで条件は整ったというわけだ。別にこのゲームの勝敗はどうなっても構わない。情報さえ得られればそれでいい。

 修太郎は恵比寿に気付かれないようにさりげなく何もしないようカスミたちに目配せする。そして、キューを持って勝負を挑んだ。



 結果的には修太郎が勝利した。といっても、六番のボールがたまたま九番に当たり諸共入ったというだけの話だが。狙ったとはいえ、あまりビリヤードを得意としていない修太郎としては幸運と呼べる勝ち方だった。もっとも、ここで勝っても仕方のないことなのだが、そういうときに限って上手くいくものである。


「負けたよ。強いんだな、君は」


「たまたまだよ。あそこで入るとは思ってなかった」


「そう謙遜するな。普通ならボールを突くのすら一苦労なんだぞ」


「さすがにそれは俺を馬鹿にしすぎだろ」


 さすがに玉を突けずにビリヤードで勝負は仕掛けないだろうと修太郎は非難のまなざしで恵比寿を見る。恵比寿は頭を掻きながら苦笑する。


「悪い悪い。馬鹿にしたつもりはないんだ。ただ俺の同僚や上司たちはボールが突けなくてね。実を言うとビリヤードで勝負をしたのは家族以外ではこれが初めてなんだ」


「そりゃまあ、随分と寂しい人生を送っているようで」


「そうだな。あながち否定はできない」


 そこで恵比寿の顔が曇る。さっきの意趣返しのつもりで放った言葉を肯定されるとは思っていなかった修太郎は眉をひそめて恵比寿を見る。


「おいおい。冗談のつもりだったんだが、マジだったのかよ」


「まあね。いろいろとあるんだ」


「よかったら、話してみろよ。少しは楽になるかもしれないぜ? まぁ、話せねーっつんなら強要はしねえがな」


「いや。ここで会ったのも何かの縁だ。愚痴になるが少しだけ聞いてくれないか?」


 少々面食らったがこれは都合がいい。修太郎は聞き役に徹し、恵比寿から狩野の情報を引き出そうとする。


「実はな。俺の上司。狩野さんっていうんだけど。その人と俺は馬が合わなくてね」


「ああ。よくある話だな」


「まぁ、確かに馬が合わないだけならよくある話なんだろうが、ちょっとその人は違ってね。場合によってはこの街の人々にも危害が及びかねないようなことを平気でやるような人なんだ」


「そいつは、また……なかなかのツワモノだな」


 修太郎は引くフリをしながらも狩野の情報を聞き出すべくさらに会話を重ねる。


「しかしまあ、よくもあんたはそんな奴の下に甘んじてられるよな。見た感じ、そういうタイプには見えねえけど」


「いろいろと事情って奴があるんだ。それにしたって、我慢の限界ってものはあるけどな」


「そいつは芳しくねえな」


「ああ。本来なら話すべきではないんだろうが、ここだけの話。あの人は――今もそうだが――過去にいろいろとやってきたらしくてね。とくにこの街一番の名家と言われているアレフス家にも昔、とんでもないことをやらかしたらしい」


「とんでもないこと?」


 修太郎はオウム返しをしながら、内心冷や汗をかく。本音を言えば、何をやらかしたのかを聞いてみたいが、今はすぐそこにアレフスの令嬢であるカスミがいる。恵比寿はカスミがいることには気付いていないようだが、彼女の前でそれを聞くのはさすがに憚られた。


「ああ。その結果、アレフス家にいろいろと報復されて逆恨みをしてるって話だけどね。その件に関して、今ごろ何か動いてる節もある。まぁ、どっちにしても俺には関係ない話さ。それよりも、いい加減俺もはっきりさせないといけない頃だ」


「そうか。まぁ、時には勇敢さも必要だしな」


「そう言ってくれると嬉しいよ。本当どうしてこうなってしまったんだろうな。俺はただ自分の正義を貫きたくて刑事を志したというのに……」


恵比寿はどこか寂しげな表情になって言う。彼は一つ小さくため息をつくと、修太郎の方に笑いかけてくる。


「今日は話を聞いてくれて助かった。言うまでもないと思うけど、さっきの話はオフレコにしておいてくれよ」


「分かってるよ」


「それは何より。じゃあな。今日は会えてよかった。また縁があったら会おう」


 恵比寿は片手を振って立ち去っていく。修太郎は手を振り返して見送る。そして、恵比寿の姿が見えなくなったところでカスミとシャイナが近付いてくる。



 修太郎はキューを片付けながら背中越しに二人に話しかける。


「大収穫だな。一人目から大当たりだ。これでほとんど確定した」


「ええ。やはり、あの男が……」


「直接やってるかどうかは分からないが、少なくとも関わってるのは確かだ。奴も狩野がアレフスに何か仕掛けようとしていると言っていたしな」


 この情報を引き出せただけでも大成功だ。彼を一番最初にしたのは大正解だった。

 紙に書かれた情報を見ただけで直接会っていない修太郎には恵比寿と神薙の性格は分からなかった。だから、距離の近い順にしたのだがそれは結果として大正解だった。

 恵比寿は正義漢の強い男だ。内心手柄にしか興味がない狩野をよく思っていなかったのだろう。彼に最初に会えたことで警戒されることなく情報を得ることができた。これは幸運以外の何物でもない。



 そう考えているとシャイナが感心したような顔つきで修太郎を見ていた。


「最初に聞いたときは半信半疑でしたが、今は凄いという気持ちしか持てませんね。まさか、あれだけ痕跡が残されていない難事件の手がかりをこうもあっさり掴むとは」


「偶然だ。他でもないあの馬鹿が自分から馬脚を晒してくれたおかげで目星をつけられたんだ」


 そう。これは強運だ。別に修太郎の捜査手腕が優れていたわけではない。だが、結果的にその幸運のおかげで捜査がだいぶ進んだのも確かだ。



 しかし、その一方で修太郎は言い知れない胸騒ぎを感じていた。確かに強運はいいことだ。運がいいことで事がうまく運ぶ。それに関して何も文句は言えない。



 けれど、人生とは必ずしもいいことばかりではない。悪いことも必ず襲いかかってくる。突然この世界に転移させられたのも見方によっては悪いことだ。

 そこまで考えたところで修太郎は胸騒ぎの正体に気付く。先ほど、恵比寿ははっきりさせないといけないと言っていた。それは何をはっきりさせないといけないのか。



 修太郎はしばらく熟考し、やがて思考を放棄する。それに意味がないと悟ったからだ。


(……考えすぎとは言えないが、だからといってできることはない。いや、あることはあるが、わざわざそこまでしてやる義理はない)


 非情なようだがこれが最善だ。仮に自分の考える最悪のことが現実になったとしても、それをチャンスとして捉えるより他にない。そう割り切って修太郎は二人を連れてアレフス家へと引き上げていく。



 そして、恵比寿良が死体となって発見されたと知ったのは翌朝のことだった。

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