二人目 プロローグ
今話より主人公が櫛山修太郎から安城光一へと変わります
操り人形。あるいは設計者の意の通りにしか動かないロボット。俺――安城光一を端的に表すとしたらそのあたりの単語が相応しいだろう。
俺は天女村にある大病院に勤務する医師、安城光磨とその妻、一乃の間に生まれた。俺は生まれたときから、優秀な後継者となるべく、父から厳しく育てられてきた。
物心つく前からさまざまな勉強をさせられてきたし、運動も無理矢理させられてきた。父の提示したノルマを達成できなかったら殴られるなんていうのは当然のことだった。
それに嫌にならなかったことがないと言えば嘘になる。幼い子供というのは得てして自身の欲望に忠実なモノだ。俺とて例外ではなく、父の教育についていけずに泣いてワガママを言ったこともある。父はそんな俺を叩き、殴り、蹴って、無理矢理言うことを聞かせた。当然俺にそれに抗う術などあるはずもなく、父に恐怖を覚えながらも渋々父に従った。父は俺に言うことを聞かせるためならば手段を一切選ばなかった。物心がついてしばらくした頃には、もう父に抗う気力もなかったと記憶している。
母は何もしてくれなかった。ただ父のやること全てを肯定し、客観的に見て明らかに異常と分かる父の教育も反対するどころかむしろ手助けさえしていた。
そんな俺の唯一の救いは保育園だった。四六時中勉強や運動をさせられていたわけではなく保育園の中では両親も深く干渉してこなかったので、やりたくてもできなかったことができた。友達もたくさん作ったし、遊べるだけ遊び尽くした。まぁ、結論を言ってしまえば父の腰巾着の子供たちを周りに侍らせてばかりだったが、後の友人作りとその付き合い方のノウハウはここで学べたと思っている。
どちらにせよ、その当時は保育園に行っているときが一番楽しかったのは事実だ。腰巾着たちに囲まれるのは内心辟易していた部分も密かにあったりしたのだが、それでも家などより遥かに気が休まった。俺にとって保育園こそが楽園だった。
五歳の時に俺は初恋をした。一つ年下の可愛らしい女の子だ。一目惚れだった。俺はすぐに彼女と仲良くなって、一緒に遊んだ。コミュニケーション能力は独学である程度身につけていたので彼女と親密になるのはそう難しいことではなかった。まぁ、思春期のしの字も入っていない当時にそんなものは必要なかったと言われれば否定はできないが。
ある時、俺と彼女は保育園を抜け出し、二人でこっそりと景色の綺麗な丘に向かった。よく晴れた晴天ということもあり、最高に近い状態の景色を展望できた。他に人もいなかったので絶景を俺たちで独占することができた。
幼いながらにいい雰囲気になったと認識した俺はちょっとした願望を彼女に話すことにした。それがどれほど軽率だったかも分からずに……。
「ねぇ、よっちゃん」
「何?」
「もし、大人になったら結婚しよう」
「……うん!」
深い意味があったわけじゃない。所詮は子供――それも五歳という幼子が交わす口約束だ。その場面を見たところで大多数の人間がませた子供たちだという感想しか抱かないだろう。そんなものでどうこうなるなどと当時の自分ですら思っていなかった。ただそういう言葉を言ってみたくなっただけの話なんだ。
だけど、これがまずかった。いや、まずくはなかった。ただ不運だった。父の目に彼女のことが入ってしまったのだ。
そこまでならまだよかった。別にその程度ならば、俺に纏わり付く蝿として認識し、かるく追っ払う程度ですんだだろう。だが、父は見てしまったのだ。俺と彼女が結婚の約束をしているところを。
俺と彼女の結婚を反対した父は迷うことなく彼女を殺害した。子供のじゃれ合いすら、父は否定した。
もちろん、俺は泣いて父を責めた。だけど、父は謝るどころか俺を殴り、監禁すらした。そこから地獄の日々が始まった。
父はこの世界の全てだ。父は世界の誰よりも偉く優れた人間だ。だから、父の言動、行動の全てが絶対的な正義に基づいた物であり、異を唱えることなど許さない。そんな者がいたら、罰として父の欲望を満たさなくてはならない。当然例外など一人もいない。俺も父を邪魔したりすれば、処罰の対象になる。
俺はそう何度も何度も頭の中に刷り込まれた。泣き叫ぼうが、泣き喚こうが、来る日も来る日もずっと刷り込まれ続けた。基本的には言葉でそう告げられ続けた。時には父の部下に俺を取り囲ませて一斉に先述の言葉を俺にぶつけさせるなんてこともやられた。
俺は必死に耐えようとした。だが、結局俺の人格は完全に壊れてしまった。いや、元々そんなものは存在していなかったのかもしれない。ただ今の俺を形作ったのは間違いなくこの一連の出来事がきっかけだ。それだけは確かだ。
もはや、俺に思考などというものは存在しなくなった。それまでひた隠しにし続けていた父に反抗する俺の心はもうどこにも存在しなくなってしまったのだ。
父は絶対だ。父の言うこと、やること、その全ては絶対的に正しいものだ。そして、そんな父の血を受け継いだ俺は何があろうとも正しい。
そんな救いようのない絵空事を俺は今もなお、信じ続けている――。




