一人目ー第一章 7話 捜査
アレフス家に戻るまでに修太郎はさらに詳細な情報を聞き出すことに成功した。全ての事件のどのようなところが不自然だったかということと、もう一つが手口は一貫しているが、被害者の特徴に関してはバラバラだということだ。最初に殺されたのは老婦人だったが、その次は若い少年。さらにその次は中年の女性と見事なまでに統一性がない。これも重要な手がかりになりそうではあった。
警察を調べるといってもむやみに調べて回るわけにはいかない。もう少し条件を絞る必要がある。そこで修太郎が思いついたのはアレフス家へ恨みを持つ警察官による犯行ではないかということだ。
これだけのことをすれば、アレフス家に疑いがむくことは分かっているはず。ならば、それを狙っての犯行ではないのかと考えたのだ。被害者に統一性が全くないのもそれに拍車をかけている。被害者に恨みがあるのではなく、アレフスを陥れるために仕掛けたと考えれば辻褄は合わなくはない。もっとも、この推理も大概無理がある気はするが、アレフスがこの街一番の名家なら、絶対にありえないとも言いがたい。そういう家ほどどこで恨みを買っているか分からないからだ。少なくとも、修太郎の知る限り、最低一人は恨みを買っていると見て間違いない。
とはいえ、その情報を調べるのも相当難しい。条件が条件なだけにアレフスに頼るのも難しそうだ。そう考えていたのだが、屋敷の居間に戻って椅子に座るやいなや、カスミの方からいきなり切り出してくる。
「あの……。修太郎」
「どうした?」
「入り用の物があれば何でも仰ってください。たとえ、我がアレフス家にとって不都合な物でも用意させましょう」
机に手を置いて身を乗り出し、目を輝かせてそんなことを言ってくるカスミに修太郎は思わずのけぞる。どうやら、彼女も修太郎の考えていることがある程度分かっているようだ。適当にはぐらかすこともできなくはないが、力になりたいと考えている彼女の厚意を無下にすることは修太郎にはできなかった。
「じゃあ、このアレフスに恨みを持っている警察官についての情報をくれないか? これだけ被害者がバラバラってことは無差別殺人でない限り、アレフスに真っ先に疑いがかかるよう仕向けたとしか考えられないからな」
「そうですね。突拍子もない発想ではありますが、否定はしきれませんからね」
やはり、カスミも同じことを考えていたようだ。この事件、普通に考えればアレフスに疑いがかかると踏んである程度計画を立てた上で犯行を重ねている無差別殺人鬼の仕業と考えるのが自然だ。実際、そちらの方が可能性としては高いだろう。先刻の現場検証で何もなければ、修太郎もその可能性を考えていた。
だが、それもある人物の登場で一気に吹き飛んだ。
「やはり、修太郎はあの男を……」
「まぁ、あくまで可能性の一つだがな」
修太郎が疑っているのは狩野だ。彼のカスミに対する敵愾心は半端ではなかった。いくら、アレフスに一番疑いがかかっているからといってあそこまで食ってかかるだろうか。とてもではないが、正義感から来るものとは思えない。少なくとも、あの男は正義感や使命感で動くような玉ではない。
それだけではない。彼にはどこか底知れない闇がある。さっきの会話でそう感じた。
単純にアレフスが気に食わなかったという線もあるが、それならそれで気に食わないだけの理由があるということだ。つまり、アレフスを陥れる動機がある。それだけで疑うには十分だ。
「ああ。そういえばカスミは彼と何か関係があるんだったか? それなら、彼を疑ってかかられると怒ってしまうか?」
修太郎の言葉にカスミはけたたましく音を立てて、立ち上がる。
「まさか! あの男が犯人だというのならば容赦はいりません。もし、あの男が犯人だという確たる証拠を得られたのなら抹殺していただいても構いません!」
「そ、そうか……」
修太郎が引いていることに気付いたのかカスミはハッとした顔になると頬を赤らめて謝罪する。
「も、申し訳ありません。取り乱しました」
「いや、構わねえよ。じゃあ、そういうことなら遠慮なく頼もうか」
「分かりました。狩野惣一郎についての情報を取り揃えればよろしいのですね」
「ついでに狩野と親しい人物……。たとえば、あの木更津って男についても調べてほしい。共犯者がいる可能性も否定できないからな」
「かしこまりました。狩野と彼が親しくしている人間についての調査ですね。おそらく今日の五時頃には調査結果を出せると思います」
修太郎はその言葉にギョッとする。今は昼前。いくらなんでも、五時間ちょっとで調べるのは無理があるのではないか。
「いや、そんなに急がなくてもいいんだが……」
「いいんです。こちらにとっても此度の連続不審死事件は早急に解決すべき事案。その糸口となるのならば、喜んで調査いたします」
カスミは一礼をすると立ち上がり、足早に部屋を出ていく。修太郎は頭を掻きながらその背を見送る。
アレフス家の調査力がどの程度かは知らないが、本気を出せば五時間で調べ上げるなど造作もないことなのだろう。
「ここはお手並み拝見と行きますか」
どこか偉そうな口調で修太郎は呟く。両腕を上げて軽く伸びをすると、あてがわれた部屋へと戻っていった。
五時になった。外はまだまだ明るい。向こうの世界とこちらの世界の暦は同じらしく、今日は七月に入って間もない日付だ。夏至からそんなに時間が経っていないこともあって、日が沈むのはあと一、二時間は後だろう。
カスミの言葉を信じるのならば、そろそろ調査結果が届く頃だ。
その予感通り、ドアの外からパタパタと足音が聞こえてきて、ドアの前で止まる。そして、扉がノックされる。修太郎が入室を促すと両手に紙束を抱えたカスミが入ってくる。
「お待たせしました」
「ああ。待ってたぜ」
「全てとは言いませんが狩野とその周囲について可能な限り調査した結果がこちらです」
「すまねえな」
「いえ。私にはこれくらいしかできませんから」
そう言って、カスミは紙束を机の上に置く。それは相当な量だった。とても五時間で調べたとは思えない。それほどまでにこの家の調査能力が優れていたのか、それとも……。
そんなことを考えながら、ホッチキスでいくつかに分けられている束のうち、一番上の物を手に取る。十枚ほどに束ねられたそこには狩野についての情報が載せられていた。
しばらく閲覧しているとカスミがこっちを凝視していることに気付く。
「何か分かりましたか?」
「そうだな第一印象からアレだったが、これを読んでると余計に胸糞悪くなってくる」
紙束から読み取れる情報を見て、修太郎は思わず顔をしかめていた。最初から印象は最悪だったが、調査結果を見て余計に気分が悪くなる。
狩野惣一郎は典型的な手柄重視の刑事だった。手柄を手に入れるためならば手段を選ばない、誰もが嫌うであろうタイプだ。
そのやり口は部下を扱き使って手柄を奪い取るにとどまらず、自白の強要や暴行、恐喝など犯罪行為にも平気で手を染めている。まさしく外道だ。
そんなわけで狩野の警察内部での評判は極めて低い。そして、彼の部下にあたる刑事たちはそれに渋々従っているというのが周囲の印象のようだ。
「それにしても、たった五時間でよく調べ上げたな」
「ええ。まぁ……狩野は我々にとっては因縁の相手ですから」
「なるほどな」
どうやら、狩野がアレフスと因縁があるというのはほぼ確定のようだ。そうなると、余計に黒さは増した。
だが、狩野が犯人だとして、いくら手の内を熟知していても不自然な点をわざと残しながら十六人も殺せるとは思えない。まず間違いなく協力者がいる。いや、下手をすれば狩野本人は手を汚さずに部下たちに強要している可能性すらある。そうなれば、事件解決は極めて面倒だ。
何にしても実行犯を突き止めなくてはならない。別にこれ以上の被害を食い止めるなどという立派な心構えなど持ち合わせていないが、放置したところで修太郎にメリットなど何もない。ここはこの事件を解決して恩を売ることを考えるべきだ。
「にしても、狩野がアレフスに恨みを持つに足る何らかの過去があると踏んでたんだが、そうでもないんだな」
「ええ。我々は狩野に対して自発的に何かをしたことはありません。彼が我々に恨みを持っているとしたら、それは逆恨みです」
「逆恨みねぇ。まぁ、あいつの性格なら充分あり得るか」
相槌を打ちながらも修太郎は完全にカスミの言葉を鵜呑みにはしていなかった。カスミの言葉が本当ならば、狩野がアレフスに何かをしでかして、その報復を受けた結果逆恨みしているというのが妥当なところだ。それ自体に何らおかしいところはない。筋は通っている。
だが、そうと決めつけるのは時期尚早だ。なぜなら、どうして狩野がアレフスに逆恨みの感情を抱くようになったのか。それがこの調査記録には一切書かれていないからである。もちろん、他人には知らせることができないほどのことをやった可能性は高い。しかし、その一方でアレフスが本当に狩野に対して何らかの害を及ぼした可能性も否定しきれない。
狩野の肩を持つ気は一切ない。だが、感情に任せればこういうのは失敗を招く。まぁ、クラスと行動を共にするのがいやだという理由で考えなしに外に飛び出した修太郎が言えた台詞ではないのだろうが。
安全な方法を取って、安定した結果を得る。それに対してあまりいい感情を抱いていないのは事実だ。しかし、ここはさすがに堅実に動いておかないとまずい。
「とりあえず、まずは外堀から埋めていくか。今日晩飯を食べた後にでも出向いてみるか」
「それでしたら、私もお供します」
「いや、さすがに夜に若い女が――それも名家の令嬢が出歩くのはまずいんじゃねえのか?」
「シャイナを護衛として同行させます。彼女は見た目こそ華奢ですが腕は確かです」
「……分かったよ」
修太郎は仕方なく折れる。本当はよくないと思うのだが、カスミがいいと言っているのならいいのだろうと自分を納得させる。
それに彼女たちについてきてもらった方が都合がいいのも確かだ。というのも、修太郎はこの周辺の地理をまるで把握できていない。
カスミから渡された情報には名前、年齢、住所、経歴といったものから行動範囲、趣味、嗜好に至るまでの細やかな情報まで載っていた。これならば、狩野と親しくしている人間――部下に接触するのも容易だろう。だが、それには彼らの居場所に到着できることが最低条件だ。
修太郎自身方向音痴の自覚はないし、客観的に見ても彼は方向音痴ではない。だが、それは地図があればの話だ。見知った場所ならともかく、見知らぬ場所を地図なしで動き回ることはさすがにできない。それなら、この街の地図を要求するのが最善なのだろうが、ここまで気合いが入っているカスミに水を差すことはできない。
意志が弱いように見えるかもしれないが、修太郎としてはできれば美少女には嫌われたくないのだ。リスク計算をすっ飛ばすくらいにはこの男はどうしようもない女好きだ。
「それでは、夜に備えてしばし休息としましょう。修太郎も無理をしてはいけませんよ?」
「心配しなくても無理しようがねえよ」
騙し討ちをして、あえてこのタイミングで一人で向かうというのがベタな展開だが、それができるだけの地の利を修太郎は持ち得ていない。迅速と拙速は違う。無謀は時には役に立つが、拙速は害にしかならない。それに外堀を埋めるにしてもある程度の策謀は必要だ。
標的は三人。一人は木更津剛。そして、残り二人は知らない人物。
誰から接触するか。どのように接触するか。どんな話運びにするか。それらを目の前にある情報を元に組み立てていく。
頭を使うのが苦手でも、こういうのを考えるのは得意だ。そうしなくては生きていけなかった。修太郎はどうするのが最善か時間を最大限使って考え抜いた。




