一人目 true end
仰向けに倒れている魔王を見下ろしながら修太郎は一人考える。
今が絶好のチャンスだ。無防備になっている彼女を倒すのは容易い。赤子の手をひねるように魔王討伐を為すことができるだろう。迷っている暇などない。
この機を逃せば、圧倒的な実力を有する魔王を倒す機会を永遠に失ってしまうかもしれない。思考している最中に上体を起こしたようだが、まるで脅威にならない。倒すならばこのタイミングしかない。
だが、実行に移せない。修太郎の脳内にあるのはいつの間にか魔王を倒すことではなく、魔王を倒したらどうなるかということに変わっていた。自分でもなぜこんな考えに至ったのかよく分からないが、それでも納得できる部分もあるにはあった。
冷静に考えるまでもなくおかしいのだ。カスミもセレナも四大名家の直系だ。魔王を倒すことをよしとしていない四大名家の血を受け継ぐ彼女たちが魔王を倒そうとすることははたして自然なことなのか。
それに対する反論は容易だ。カスミやセレナは四大名家の意向に反した考えを持っている。とくにカスミはそれが顕著だ。でなければ、わざわざ修太郎をリョウセの滝に連れていって、魔王に対抗できるだけの力を身につけさせたりなどしない。
そうとも。何もおかしいことなどない。なぜ、これをおかしいと思ったのか。自分でもよく分からない。納得した理由も全く見当がつかない。
いつもの訳の分からない迷走だろうと結論づけ、魔王を倒すべく動こうとしたところで不意に修太郎の頭の中にとある仮説がよぎる。
そもそもカスミたちは本当に自分の味方なのだろうか?
その言葉が頭に流れた瞬間修太郎は動いていた。修太郎は拳を強く握る。そして、その拳を魔王ではなく、彼の背後で戦いに巻き込まれないように隠れていたカスミたちに向ける。
「え……?」
それは誰の声だったか分からない。ただカスミたち七人は修太郎の速く、鋭く、重い連続攻撃の前に為す術なくその肢体を砕かれていた。胸を抉られ、四肢を消し飛ばされたカスミたちは何が起こったか分からないという表情で糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちる。
「何を……」
「魔王よ。俺はお前を生かす。俺はお前を救いたいと願う者たちの意志を尊重する。だから、俺の望みを叶えてくれ」
「!」
確信に満ちた修太郎の言葉に魔王は大きく目を見開き、そして、小さく笑う。
「……よかろう。お主の望み、叶えてやる」
そう言って魔王は震えながらも右手を自身の顔の前まで持ち上げ、小さく指を鳴らす。すると、修太郎はその場から消え去る。
「……ふん。最後の最後まで奇特な奴じゃな」
魔王は自嘲するように笑い、やがて、自身の周囲の空間が世界ごと崩壊するのを身動き一つせずに見送った。
○○○○○
暗い。
寒い。
冷たい。
痛い。
何もない。
修太郎は一切の感情を感じさせない顔でただ機械的に周囲を見渡していた。
「ふん。これが俺の望んだものか」
結局どうすることもできなかった。これ以外にやるべきことが見当たらなかった。やはり、自分はつくづく救えないと修太郎は一人笑う。
裏切りの果てに得たのは静寂だった。周りには何もない。人も誰一人として存在していない。彼が望んで止まない文字通り何もない孤独だ。欲しくて欲しくて仕方がなかったものを得たはずなのに彼の心は空虚に満ちていた。
「くそ……。何だこれは……」
修太郎は拳を振るう。だが、それは無を殴るだけで音も手ごたえも何も存在しない。それに修太郎は舌打ちをする。
「くそっ! くそっ!」
修太郎は拳を振るい続ける。それが無駄なことだと分かっていながら何度も何度も振るう。胸の奥からこみ上げる不快感を拭い去るために。
彼にはどうしても分からないことがあった。それは今なお、彼を苦しめ続けている。
――シュ……さ……ウ……ま……!
頭に響くような声。それが不快で不快で仕方がなかった。
この不快な声を修太郎は消し去りたかった。同時に永遠に聞いていたいとも思っていた。このちぐはぐな気持ちに修太郎はずっとイラつき続けている。
誰の声であろうとどうでもいい。いや、むしろ知りたくない。だが、どうしても知りたい。相反する感情を持て余した修太郎は飽きることなく拳を振るい続ける。
けれど、どれほど振るっても無駄だった。どれだけ拳を振るってもその声の主が修太郎にはワカラナカッタ。
next――『二人目 光陰編』




