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一人目ー第五章 12話 選択の時

 中に入るとすぐに修太郎たちを襲う五人の影が現れる。いずれも人間ではない。一目で人型の魔物だと分かる怪物だった。彼らはそれぞれ刀を振りかざし、修太郎へと斬りかかっている。その速さは人間に至れる領域をとうに踏み越えているレベルだった。常人どころか達人ですら反応できないだろう。


「が……っ!」


 だが、今の修太郎にとっては無意味だった。以前ならば苦戦していた可能性のある彼らを修太郎は右腕を横に薙ぎ払うだけで消し飛ばしてみせる。


「つまらねえ歓迎だ。雑魚共なんかよこさずにてめえで来いよ! 魔王様よぉ!!」


 修太郎は名乗りを上げるように叫ぶと悠然と歩む。もはや、今の彼に警戒の二文字など存在していなかった。かといって油断しているわけでもない。ただただ自然体の状態で動いていた。その風格はまさしく王者のそれと比しても圧倒するほどのものだ。


「強い……!」


「これなら……!」


 カスミたちもそんな修太郎を期待に満ちた目で見る。今の彼は無敵だ。リョウセの滝での試練を突破して見せた彼を止めるのはほぼ不可能に等しい。修太郎はある場所を踏むことで作動するタイプのトラップ――踏んだ対象を左右から挟むように高速で放たれる猛毒の塗られた矢――を掴み取り、投げ返す。その一投は、矢を放った二つの発射装置を容易に破壊する。



 しばらく歩くと目の前に階段があるのを確認する。修太郎は特典で階段に仕掛けられたトラップを即座に無効化し、カスミたちを伴って階段を上がる。



 修太郎はその後の刺客や罠を無傷で突破し、無効化し、それどころかカスミたちに汚れ一つつけさせることすらなく、城の最上階へと至る。



 巨大な赤い扉を開くと中は広い部屋になっていた。中心には赤いカーペットが縦に敷かれており、その先には十段ほどの階段があり、その全てがカーペットで覆われている。その階段の上に一人の少女がいた。



 魔王はその身の丈に不釣り合いなほど巨大で、全てが金でできた豪華な玉座に足を組んで座っていた。白と黒を基調にしたフリルがあしらわれた可愛らしいドレスを身に纏っており、何も知らない者から見ればどこかの王女様のように見える。



 けれど、その威圧感だけは異常だった。少女は笑みを浮かべているというのに近付きたくなくなるような迫力。並の人間ならば下手をすれば卒倒しているかもしれない。それを修太郎は涼しい顔で受け流し、


「よぅ。機嫌はどうだ? 魔王様」


 などと話しかける。それを見た魔王はなぜか表情を緩め、先刻まであった威圧感も霧散させる。


「悪ぅない。お主の顔を見て、あやつの忌々しい顔が吹き飛んだわ」


「そうかい」


 修太郎は一瞬笑い、次の瞬間魔王との間合いを一瞬で詰めていた。修太郎はそのまま拳を魔王の顔面めがけて振るう。魔王はそれを座った状態から凄まじい跳躍力を見せ、宙返りをしながらかわす。修太郎は着地の瞬間を狙って左アッパーを叩き込もうとするが魔王は右腕一本でそれを受け流し、悠々と着地してみせる。



 その身のこなしを見て、修太郎は笑みを深める。


「はっ……。なかなかいい動きをしやがる。見た目に反して、結構な武闘派ってことか」


 そう言う修太郎の表情に驚愕の色は見えなかった。分かりきっていたことだからだ。前回は彼女の言う通り、まるで戦いになっていなかった。だが、魔王のわずかな動きだけで修太郎は彼女が格闘戦においても相当な実力を有するということを見抜いていた。だから、この程度は驚くに値しないのだ。


「ふむ。前回は戦闘どころかワシに攻撃することすらできなかったというのに、この短い期間で随分と腕を上げたようじゃの」


「まあな!」


 修太郎はさらなる追撃を加えるべく、再度殴りかかる。単純な左ストレート。魔王はそれを顔をわずかに動かすだけでかわそうとする。だが、修太郎は口元をわずかに歪めると寸前で拳を止め、右膝を魔王の腹に叩き込もうとする。魔王はそれに目を見開くが即座に左腕で受け止める。右手で修太郎の足を掴もうとするが修太郎は左手でそれを払い、右足を下ろすと同時に左足を魔王の右脇腹へと振り抜く。魔王はとっさに右腕で受け止めようとするが受けきれずに吹き飛ばされる。魔王は右手から青色の光線を放つが修太郎はそれを左手で叩き消してみせる。



 その全てが一瞬で行われたことであり、カスミたちは一切目で追えていなかった。常人離れ――否、人間離れした二人の戦いにカスミたちは呆然とすることしかできない。けれど、その口元には確かに笑みが浮かんでいた。それに修太郎は気付かぬまま、再度魔王へと突っ込んでいく。



 打ち合いが百を超えた頃、両者ともに突然動きを止める。あまりに突然のことにカスミたちは怪訝そうに眉をひそめる。だが、すぐにその理由を察する。



 二人が動きを止めたのは、なぜか。魔王が突如胸を押さえて苦しみだしたからだ。


「ぐ……あぁぁ……!」


「何だぁ……?」


 修太郎は怪訝そうに目を細めながらも構えを解かない。異常事態。明らかに魔王は苦しんでいる。だが、それが修太郎を油断させるための演技(ブラフ)ではないという保証がどこにある?



 魔王は圧倒的な力を持つ超越者だ。初戦で人型を倒せる修太郎が手も足も出なかったことからもそれは明らかだ。そして、そういう者ほど自身と互角に渡り合える相手と出会ったときに顕著な反応を見せる。



 その反応は大きく分けて三つ。自身と互角の実力者を見て戦闘本能が刺激され歓喜するか、自身と比肩しかねない相手に恐怖を覚えるか、あるいはその状況でなお何の反応も見せないか。



 魔王の中にある感情が二つ目であった場合、これが演技(ブラフ)である可能性が極めて高くなる。自分と同等の力を相手が有しているということを認めることができず、どんな手を使ってでも相手を倒そうとすることがある。


「……くだらねえ。何を馬鹿なことを考えてる?」


 修太郎は小さく息を吐いて、悠然と魔王に近付いていく。魔王は無防備に近付いてくる彼に何の反応も示さない。修太郎は直感で理解していた。魔王は罠ではなく、本当に苦しんでいるのだと。



 魔王は胸を押さえながらうつ伏せに倒れ、やがて仰向けになる。息を荒げながら、魔王は修太郎をジロリと睨み上げる。


「はぁ……はぁ……殺せ……」


「………………」


 とても瀕死にまで追い込められているとは思えないほど堂々とした態度だった。下から見下ろされるような感覚に陥る。神秘的、退廃的な雰囲気(オーラ)を身に纏っていると言っていい。修太郎は退廃的な雰囲気(諦観しきった)を放ち続けている(表情をしている)魔王を静かに見下ろしていた。



 この先どうするか。実はかなり重要な分岐点に修太郎は立っていた。



 ここでの選択が大きな分岐点となる。それを彼は知る由もなく……。静かに目を閉じ、選択した。

next――『一人目 エピローグ』

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