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一人目ー第五章 10話 無意味な考察

 カスミから聞いた四大名家の当主たち及び生き残っていた数少ないクラスメイトたちの死体に関する正確な情報。それは修太郎の混乱をさらに深めるには充分すぎるものだった。



 四大名家の当主が全滅した。すでに亡くなっている谷崎啓也を除く全員の死亡が確認されたのだ。理解できない事態だった。もし、裏切り者が魔王に与していると仮定するならば四大名家の当主を壊滅させる理由などない。

 つい先ほど自分を抹殺せんとシュードの当主から刺客が送られてきていた。魔王を倒そうとする自分が邪魔になって始末しようと考えての行動であることは間違いない。ならば、四大名家の当主たちは魔王側の立場の人間のはずなのだ。



 なのに、四大名家の当主たちは壊滅させられた。すなわち、裏切り者は魔王に与した人間ではないということになる。そして、同時に修太郎が密かに立てていた仮説の一つが完全に粉砕されたことになる。



 修太郎はクラスの中に四大名家の手先がいるのではないかと考えていた。その人物が魔王打倒のために呼び出されたクラスメイトたちから魔王を守るためにクラスメイトのフリをして、次々と同胞を殺していったのだと、そう考えていた。それならば辻褄は合う。そう考えても問題ないほどにあからさまな態度をグレノンは取っていた。



 しかし、その説はこの皆殺し事件で完全にありえなくなった。いや、まだ四大名家と裏切り者の仲間割れという線は残ってはいるが、それは考えづらい。なぜなら、四大名家の当主たちは一番最後に殺されたとされる創、勝喜、南美の三人よりも前に殺されていたからだ。仲間割れをして四大名家の当主たちを皆殺しにしたというならば、創たちを手にかける理由はないはずだ。



 どれほど、考察したところで意味などありはしない。それを知りながら、修太郎はなおも考え続ける。



 修太郎は考える。勝喜の言っていたクラスの裏切り者は本当に相生唯なのかと。

 あの状況では唯以外に考えようがないが、実はクラスの中で三人行方が分かっていない人間がいる。陰見善継と唐住真、そして、レナート・カルレクルフだ。善継に関しては修太郎もある程度は彼のことを認めているが、それを鑑みても彼は危険な男だ。場合によっては彼が今回の事件の下手人である可能性もある。

 そして、唐住真も極めて危険な人物だ。彼の本質は修太郎自身未だに掴めていない。いや、彼の凶暴な本性がどれほどのものなのか未だに分かっていないと言うべきか。だが、異常者であることに疑いの余地はない。レナートに至っては語るまでもない。どちらにせよ、三名の誰か、あるいは複数が下手人である可能性は充分ある。



 いや、それだけではない。まだもう一つ可能性があるはずだ。目を(そむ)けたくて(そむ)けたくて仕方のない、あまりにも突拍子がなくて、残酷な可能性が。

 それは修太郎自身がクラスメイト殺しをやっている可能性だ。はっきり言ってこれを否定することは今の修太郎にはできなかった。



 勝喜に裏切り者の件について聞かされてからどうもおかしい。具体的には香奈と接触した直後あたりからところどころで意識が飛ぶのだ。そして、気付けば変なところに立っていたというのがちょくちょくあった。



 その間、何をしているのかがよく分からない。それが怖かった。自分は何をしているのか。そして、何よりも問題にするべきなのはその間に殺人が起こっているということだ。

 今回もそうだ。夢を見ていたと考えられる時間と殺人が起こった時間はほとんど一致していた。もしかしたら、あの夢はリアルタイムで自分が犯した殺人を第三者視点から見ていたものなのではないか? そんな荒唐無稽な仮説が頭をよぎる。



 もちろん、そんな仮説が現実であるはずがないことくらいは分かっている。しかし、数多のクラスメイトたちを殺害した謎の影。人であることは間違いないが顔どころか姿すら見えない。だが、見えないのは自分の行動を俯瞰的に見つめていたからだとしたらどうだ? 自分の姿など鏡を見ない限りそうそう分かるものではない。ならば、その時の自分の姿や表情を客観的に見ることができないのは道理。もし、それが理由で姿形を見ることができなかったのだとしたら……。



 裏切り者とは自分のことなのか?



 ――違う! 本質を見失うな! 裏切り者が誰であろうと関係ない。真に考えるべきは修太郎が自分自身を制御しきれていないということだ。

 制御できないということは自分が何をしているか分からないということ。これを放置すれば、いつか致命的という言葉すら生温いほどの事態に陥りかねない。この問題を解決することが何よりも優先すべき事態のはずだ。



 修太郎は頭を抱えながらも、ひたすら歩き続ける。その足取りは死体を発見する前以上にひどいものだった。足下がおぼつかず、まともに歩けていない。カスミからも心配されるほど顔色が悪かったが、修太郎は無理を言って一人行動している。けれど、それもどこまで保つか分からない状態だった。



 リョウセの滝から一番近い工業地帯。といっても、その全ては廃工場であり、工業地帯とは名ばかりだ。人気もなく、昼間だというのに薄暗い。あちこちに蜘蛛の巣が張られており、カラスが不気味に鳴く。どう考えてもあまりよろしくない場所だが、今の修太郎にとっては安息地に近かった。今は少しでもこういう場所で気を休めたかった。



 しかし、それは無理な話だった。ここで休ませてくれるほど天は甘くなかった。適当に入った廃工場の中で修太郎は呆然と立ち尽くす。


「貞男……キリさん……」


 彼の眼前にあったのは薬田貞男と先貝気吏也の惨殺死体だった。修太郎は混乱しながらも二人の遺体に近付く。遺体を調べるためだ。先ほどまでと違い、即座に動いた自身の体に違和感を覚えながらも修太郎は調査する。



 いずれも刃物で頸動脈を斬られたことによる大量出血死であることは明らかだった。そして、遺体はまだ暖かく、死後硬直も始まっていないことから、死んでから大した時間を経っていないことも分かった。



 そして、状況からして二人はかなりあっさりと殺されている。大量の血液が辺りに撒き散らされているために目立たないが、二人の体には首以外に目立った外傷がなかった。つまり、一撃で二人とも殺されたということだ。ならば、油断があったと見るべきだ。今さらだが、この二人が面識のある人物に殺されたと見るのが妥当だろう。



 修太郎はこの世界に来るまで人を殺したことはなかったが、人の死体なら見慣れていた。ゆえにある程度の検死の知識もあった。といっても、素人に毛が生えた程度ではあるが今はこれで充分だった。


「……もし、仮にあいつが裏切り者だとして、この二人をこうもあっけなく殺せるものか?」


 修太郎は一瞬考え、すぐに切り捨てる。この二人は手練れだ。とくに気吏也は他と一線を画す怪物だ。たとえ、不意をつかれたとしても生半可な攻撃ならばたやすく防ぎ、瞬く間に相手を仕留めてしまうだろう。

 そんな彼を一撃で殺すのは容易ではない。少なくとも、修太郎が考えている人物ができる芸当ではない。



 小さく鼻を鳴らすと、修太郎はその場を去る。今さら誰かに知らせようとは思わない。そんな考えが頭に浮かばないほどに彼は混濁していた。ただでさえ、破綻していた修太郎の常識や理性は今や完全に崩壊してしまっていた。



 やれやれ。どうして、こうなってしまったのか。

 最初はクラス転移と聞いて喜んだものだ。よくあるテンプレに従って、クラスから離脱し、ハーレムを作る。当初はそれを実行するつもりだった。

 だが、そんなものは夢物語でしかなかった。こんな訳の分からない事態に見舞われ、苦手な思考を強制される。ハーレムらしきものは作れているが、あんなものはハーレムなどではない。もう何もかもがグダグダだった。



 自分の本質が災いしたということなのだろう。だからこそ、こんなことになってしまっている。



 そう考えれば裏切り者の件も納得がいく気がした。クラスメイトたちを次々と人知れず殺した裏切り者。それは自分だ。少なくとも、正馬たちは自分が殺した。ならば、もう自分は立派な裏切り者だ。



 そして……。


「ったく、ここに来て得た力を実感するとはな……」


 修太郎はどこか呆れた表情で肩をすくめる。今の彼は先刻までとは変わっていた。見る者全てを屈服させかねないほど荘厳で威厳に満ちた虹のオーラを身に纏っていたのだ。


「まあいい。とりあえず、カスミあたりと合流して今日中にでも魔王を討ちに行くか」


 修太郎はそう呟き、今、彼が泊まっている旅館へと歩いていく。カスミたちがそこにいると修太郎は確信していた。もはや、常識や倫理に基づいて考えていては意味がない。とうにそんな状況ではなくなってしまっている。



 何の意味もない。何の価値もないのだ。もう終わりに向かって進むしかない。何もかもが手遅れなのだ。彼の手に握られているのは終わり方を決める選択権。それだけだ。































 ○○○○○


 某所。空気の綺麗な山の麓の温泉街の近く。そこには花畑があり、もう夏だというのにカーネーションが咲き誇っている。いや、あるいはこの時期に咲く花なのかもしれない。世界の常識など、ありとあらゆる条件が揃って初めて機能する極めて脆弱なものだ。異常気象という言葉があるようにデータや経験、知識という人が持つ武器が意味をなさない事象を自然は平気で引き起こす。



 その中心にハカリは両手を広げ、佇んでいた。その仮面の裏では微笑を(たた)えていた。目の前に広がる正気を疑う光景をその目に捉えながら、ハカリは静かに口を開く。


「さて、これで邪魔者たちは全部消した。あとは君の思うがままに動くといい。我が絶望の化身よ」


 ハカリの背後には両手を組まれカーネーションの花畑の中心で目を閉じて横たわる唯の姿と、畑の端で一列に並べられた三つの白い十字架に磔にされたまま息絶えた善継と真、レナートの姿があった。



 この結末が理解されることはない。きっと、誰にも理解できないだろう。それは無理もないことだ。何せ、それは全ての終わりではないのだから――。

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