一人目ー第五章 5話 先貝気吏也、登場
ざっと読んでみたところ、紙束に載っていたのは以下の情報だった。
・魔王の側近にはハカリがいる。
・魔王は幼い少女の見た目をしているが、実際は相当な年数を生きている。
・魔王は全知全能の力を持っているとされている。
・ハカリの正体は不明だが人ではないかと言われている。
・魔王は国に唯一存在するコンフリクト地区の湖の先にある異空間にいると言われている。
要約するとこんな感じだ。グレノンとの接見で大して期待していなかったが、予想以上の収穫がこの紙束にあった。ハカリのことや魔王の見た目などすでに知っている情報もあったが、魔王が現在いる場所が記されているのは大収穫だ。もちろん、この情報が本当かどうか精査する必要はあるだろうが、もし、正しければこちらから仕掛けることもできる。
「とはいっても、どうやって勝つかを考えねーとな」
魔王には修太郎の特典は通用しない。それは境の街での交戦で分かっている。特典を補助にして使っても無駄だった以上、他の手段を考える必要がある。それにこの情報を過信するのもまずい。この情報はキューゲンペグから受け取ったものだ。キューゲンペグもシュードと同じ四大名家である以上、全ての情報が本物であるという保証はない。
「……ここはカスミの言葉を信じて、やってみるべきか? いや、しかし……」
修太郎の頭にあったのは昨日、カスミに告げられた言葉だ。アレが本当ならば魔王に対して有効打を与えられる手段になり得るかもしれない。けれど、忘れてはいけない。カスミも四大名家の一つ、アレフス家の息女なのだ。他家の人間同様嘘をついている可能性は否定できない。
「直感は問題ないと言っているが、これも万能ではない。状況が状況なだけに勘を盲信するのはキツい。けど……」
それで上手くいく保証はない。そもそも、安全策でどうこうできる相手ならば、とっくに他のクラスメイトが魔王を殺しているはずだ。つまり、堅実にいったところで成功確率が低いのは変えようのない事実だ。それに安全策に走るのは修太郎の信条に反する。ならば……。
「虎穴に入らずんば……ってやつか。仕方ねえ。一か八か、やってみるしかねえ」
修太郎はカスミの言葉を信じることにした。彼女とはそれなりの付き合いだ。それだけで信じられるほど人は甘くないが、状況が状況だ。片っ端から人を疑ってかかっては破滅への時間を早めるだけだ。ならば、ここは信じてみるのも一興だ。
たとえ、それに直感が理解不能な反応を示していたとしても。
ある程度方針を固めた修太郎は気晴らしに外を歩くことにした。こういう時は散歩するに限る。この周辺の地形はまだ覚えられていないが、気の赴くままに歩くのも悪くはない。渋谷に会う可能性もあるが、その時はその時だ。今さら、彼を殺したところでどうということはない。この力があれば、天音など怖くはない。
そんなことを考えていたからか。修太郎は再び向こうの世界の知り合いと遭遇する。といっても、渋谷ではなかったが。
「あれ? 修太郎じゃないか」
聞き覚えのある声。喧噪に満ちた街中でも充分聞こえるほどに透き通った声を聞いて、修太郎は振り向く。そこには予想通りの人物がいた。
「キリさんか」
「よぉ。久しぶりだな。修太郎」
再会を心底喜ぶような顔で先貝気吏也は修太郎に笑いかけた。修太郎はその顔を見て、無意識の内に力の入っていた肩の力を抜く。
「積もる話をしたいところだが、ここじゃ、何だ。場所を移さないか」
「いいけど、どこ行くんだ? この近辺のことなんて、ほとんど知らないぜ。俺」
「心配するな。少し歩いたところに、ちょうどいいところがあるんだ」
気吏也はそう言って歩き出す。その後を修太郎は迷いない足取りでついていく。そのまま五分も歩くと、街を抜けて街灯一つない寂れた公園のようなところまで案内される。
中に入って少ししたところで、古い街灯が三つ設置されている広場に着く。気吏也は近くのベンチに座ると修太郎に隣に座るよう促す。ベンチに座ると、気吏也はどこか困ったような笑みを浮かべて、話を切り出す。
「驚かないんだな。俺がこっちにいること……」
「まぁ、貞男にあんたがこっちに来ていることは聞いてたからな。ついでに俺のお袋と渋谷のおっさんがこっちに来てることもな」
「そうか。すでに貞男に会ってたのか……」
気吏也はどこか納得した表情で頷く。まぁ、修太郎と貞男は仲のいい従兄弟だ。異世界に強制的に転移させられたことを心配した貞男が真っ先に会いに行っても何らおかしくない。
修太郎は知らないことだが、現実世界と異世界の時間の流れは同じだ。つまり、かれこれ一月近く現実世界からクラス全員が姿を消したことになる。一月も行方不明になっていたのなら、なおさら最初に会いに行こうとするだろう。
「そういえば、秀美さん……お前の母親と連絡がつかないんだが、お前は何か知らねえか?」
「あの売女なら俺がぶっ殺した。会った途端にピーピー騒ぎ出したんで、うざったくなってつい、ってところだな」
修太郎の言葉に気吏也はひどく驚いた顔をする。修太郎は彼の考えていることを何となく察しながらも、あえて何も答えない。
「驚いたな。仕事でも一人も殺したことのないお前が人を殺すとは……どういう心境の変化だ?」
「別に……。こっちに来てから、ずっと、こうだよ。もう人を殺さずに再起不能にすることにこだわりを持てなくなっちまったんでな」
狩野を殺してから、殺人に対してどこか存在していた忌避感がなくなった。いや、あるいは元々殺人へ躊躇する理性などなかったのかもしれない。殺人をしてはまずいと無意識の内に思っていただけなのかもしれない。
どちらにせよ、修太郎はこちらに来てから変わった。いや、感覚的には戻った気すらしている。それほどまでに修太郎は今の自分の状態に馴染んでいた。
「こっちに来て、いろいろあったということだけ分かった。ま、いい傾向だ」
「……頼むから俺を標的にするのはやめてくれよ?」
「さて、どうしたもんかな。いくらか熟したのなら、お前と戦ってみたいという気持ちがないわけでもない。ただでさえ、お前は村の中でも特殊なポジションだしな」
「おいおい。勘弁してくれよ」
これがこの男の数少ない気に食わないところだ。修太郎の一つ年上のこの男は基本的に強敵との戦闘以外に興味がない。その代わり、この男自身は凄まじい戦闘力を持っている。修太郎も特典をフルに駆使して勝てるかどうか分からないというのが本音だった。
気吏也は仕事を選り好みするため天音から嫌われ、五大戦力に名を連ねてはいないものの、闇天では屈指の実力者だ。まぁ、修太郎にはどうでもいいことだが。
「それで? どうして、あんたらが揃いも揃ってこっちに来たんだ?」
「貞男から聞いてないのか?」
「聞く前にいろいろとハプニングがあってな」
「なるほどな。つっても、俺も大して聞かされてるわけじゃない。確か闇天の本懐を果たせとか言っていたな。俺には何のことだか、さっぱりだったが……」
「あー。そういや、昔、あのババアがごちゃごちゃ言ってたな。もうほとんど忘れちまったけど」
そう言いながらも修太郎は天音の言葉を思い出そうとする。この期に及んでこの異世界と天音が無関係であるとは思えない。ならば、その言葉に何かしらのヒントが残されているはずだ。
確か彼女はこう言っていた。二つの世界を切り離す。それこそが我々の使命だと。
意味はさっぱりだが、どう考えても重要な言葉だ。二つの世界。それは今の状況を考えれば、どう考えても現実の世界と異世界のことを指す言葉としか思えない。
天女のことといい、なぜ自分はこんな重要なことを忘れてしまうのか。単純に興味がなかったと言われればそれまでだが。
だが、どっちにしても天音たち村側に疑惑の視線を向けるには充分な情報だ。この情報が確かならば、村の人間はこの世界のことを知っていたことになる。となれば、彼らが何らかの目的で修太郎たちクラスを転移させたと見ることもできなくはない。
「なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「研の奴はどうしてる? 昨日の朝にこっちに来て、顔が見たくて探してるんだが、見つからなくてな」
「……あいつなら死んだよ」
極めて無表情かつ無感動に言う修太郎に気吏也の目が大きく見開かれる。
「それは本当か」
「ああ。おまけに犯人は不明。ただ最近クラスメイト殺しが頻発しててな。その実行犯がやったんじゃないかと俺は思ってる」
「何てことだ……」
頭を抱えて気吏也は嘆く。修太郎はそれを冷めた目で見つめる。気吏也の本心など分かりきっているからだ。
修太郎の考えたとおり、気吏也はすぐに顔を上げると、好戦的な笑みを浮かべ、口を開く。
「だが、それはそれでアリかもしれんな。研を殺したほどの男だ。そいつと戦えば至極の愉しみが味わえるかもしれん」
「……あんたも揺らがねえな。まぁ、研の死に少しでも悲しんだ様子を見せただけマシってところか」
あれを悲しんだと言えるかどうかは微妙だが、この際どっちでもよかった。別に修太郎も研とそこまで仲がよかったわけではない。研と親しかった気吏也が彼の死を悼んでいなかったとしても、何とも思わない。
「それで、今、何人生き残ってるんだ?」
「知らねえよ。多分十人もいないんじゃねえか?」
「そんなにやられてるのか……」
「特典なんて滅茶苦茶強いのを与えられてるのに情けねえ連中だよ」
言いながら、修太郎はあえてクラスの中に裏切り者がいる可能性を言わなかった。比較的マシな部類ではあるが、気吏也も村の人間だ。この男も今回のクラス転移とクラスメイト殺しに完全に無関係とは言い切れない。
そもそも、この男が本当に昨日来たとは限らない。ひょっとしたら、もっと前に来て、クラスメイトを殺して回っている線も否定しきれない。何せ、この男の強さは尋常ではない。
確かに修太郎や正馬もクラスメイトを殺してはいるが、殺した覚えのない連中が数多く殺されている以上、迂闊に心を許すわけにはいかなかった。
もっとも、その前提自体が間違っている可能性は大いにあるのだが。
「ま、そういうわけだからあんたも気を付けろよ。この世界には四大名家ってのがいるんだが、どうもそいつらが胡散臭くてな。ひょっとしたら、あんたに牙をむく奴も出てくるかもしれない」
「そいつは楽しみだ」
「……ま、とにかく忠告したからな。夜も更けてきたし、俺はもう行くぜ」
「おう。またな」
気吏也の別れの挨拶に修太郎は右手を上げて答える。ちなみに四大名家のことについて警告したのは彼の目を四大名家に向けさせるためだ。連中では修太郎や気吏也の脅威にはならないが、それを差し引いてもあまりに胡散臭すぎる。少なくとも、このコンフリクト地区に魔王がいないと言っていたグレノンは信用できない。
「杞憂だといいんだがな」
正直これ以上怪しいところを増やしてほしくないというのが本音だ。ただでさえ、状況がよく分かっていないのだ。クラスメイトといい、四大名家といい、もはやどこを疑えばいいのか分からない。
「とりあえず、カスミたちを信じてみるか」
修太郎はそう呟き、足音もなく闇夜に消えていった。その先に何が待ち受けているかも分からないまま……。




