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一人目ー第五章 4話 シュードとの接見

 翌日。セーザツが指定した時間にシュードの本邸を訪れると門の中から使用人らしき人物が出てくる。

 黒いスーツに白のラインが入った黒いネクタイ。黒髪をオールバックにし、右眼にモノクルをつけた知性的な印象を与える長身の青年。服装からして、シュードが雇っている執事だろうか?



 そんなことをぼんやりと考えていると向こうから声をかけてくる。


「櫛山様ですね。お待ちしておりました。どうぞ、お入りください」


「……お邪魔します」


 修太郎は一礼すると敷地の中に入る。執事らしき人物に連れられ、洋館の中に入る。シュードの本邸はアレフスのそれと似ているものだった。といっても、アレフスの屋敷のように玄関に十字架が掲げられているということはなかったが。

 赤いカーペットが敷かれた長い廊下を歩いていると執事らしき人物が話しかけてくる。


「今日は遠方からご足労いただき申し訳ありませんでした」


「ああ、いや。こっちから言い出したことですし、むしろ、礼を言うのはこっちの方ですよ」


「そう言っていただけると助かります」


 そこで執事らしき人物がああ、と声を上げ、立ち止まる。修太郎は怪訝そうな表情になりながらも、止まる。執事らしき人物は修太郎の方に向き直り、一礼する。


「申し遅れました。私は現当主グレノン・シュードの弟のザワク・シュードです。以後、お見知りおきを」


 そう言ってザワクは丁寧な所作でお辞儀する。修太郎はその言葉に目を丸くする。先ほどまでザワクをシュードが雇っている執事だと思っていたのだ。まさか、シュードの血縁だとは夢にも思っていなかった。

 そんな心情を読み取ったのかザワクは苦笑しながらも言葉を紡ぐ。


「ああ。私は使用人ではありません。今回はかの名高い櫛山様をお迎えするということで失礼のないように私が出迎えをさせていただいた次第です」


 急に立ち止まって申し訳ありません、と一言断り、ザワクは再び歩きはじめる。その後を歩きながらも修太郎はカスミの言葉を思い出していた。彼女は修太郎の力を利用しようと、彼に便宜を図っていると言っていた。これもその一環ということか。

 なかなかどうして偉い立場になってしまったものである。その方が事を運ぶには都合がいいとはいえ、いいことばかりではない。力を知られるということは必然的にその力を利用しようと害虫どもが群がってくるということだ。その危険性は歴史が証明している。今の状況にあぐらをかいているのはまずいだろう。



 だが、修太郎はそれよりもさらに気になることがあった。それは前を歩く青年のことだった。このザワクという男。一見すると、礼儀正しい好青年のように見える。しかし、修太郎は彼から底知れない何かを感じていた。

 確証はない。確信も持てていないが修太郎の予感が目の前の男の危険性を知らせていた。アデワデ地区で遭遇したネメノグ・ブレナントスなどとは比べものにならないほどの凶悪性をザワクは秘めている。



 しかし、だからといって今の修太郎にできることはない。ザワクからは修太郎に対する悪意を一切感じない。それを秘めているだけという可能性もあるが、この状況で無意味に修太郎を策謀に嵌める意味もない。もっとも、ザワクがある程度の常識を持ち合わせているという前提条件が崩れていれば話は別だが。



 そこでザワクはある扉の前で立ち止まる。そして、やや大きなめな音で扉を三回ノックする。


「姉上。櫛山様をお連れしました」


「入ってもらってください」


「御意」


 扉越しに女性の声で指示されたザワクは静かに扉を開け、修太郎に入室を促す。扉の中に入ると青髪の美しい女性が立っていた。修太郎は瞬時に彼女がシュード家の当主、グレノン・シュードだと理解した。


「ようこそおいでなさいました。私がシュード家の当主を務めているグレノン・シュードです」


 そう言ってシュードは優美な所作でお辞儀をしてくる。修太郎はそれに頭を下げ返す。どうやら、先ほどの考えは杞憂だったようだ。ザワクはきちんとグレノンの下に案内してくれた。



 グレノンは修太郎に視線を合わせると、申し訳なさそうに眉を下げる。


「本日はご足労いただき誠に申し訳ありませんでした。本来ならば、こちらから出向くのが礼儀なのでしょうが……」


「いや。無理を言ったのはこっちです。こちらこそ、僕のためにわざわざ時間を割いていただいてありがとうございます」


 右手を頭にやりつつ、修太郎は再度頭を下げる。


「遠距離でお疲れでしょう。どうぞ、おかけください。よろしければ、体力回復に効能のある果実をお出ししましょうか?」


「お構いなく。昨日のうちにコンフリクトの境の街まで来てたんで、そこまで疲れてませんし」


 そう言いながら修太郎は部屋のソファに腰かける。グレノンはそれを見て、修太郎の対面側に腰を下ろす。ザワクは座る気はないらしく、グレノンの背後に控える。そして、修太郎の方を見て口を開く。


「横から口を挟む形になり申し訳ありませんが、それはなかなかの距離では?」


 ザワクは若干呆れた表情で言ってくる。確かに境の街からこの邸宅まで歩けば数時間ではきかないだろう。だが、修太郎は途中まで馬車で来ていたのだ。そして、この近くに予約した旅館まで歩かずに来た。そして、その旅館からこの邸宅までは二十分も歩けば着く。大した労力ではないというのは嘘ではないのだ。


「まぁ、僕も体力には相当自信がありますんでね」


 とはいえ、それを詳しく話すつもりはなかった。これは修太郎の意ではない。カスミの要望だ。彼女に旅館の場所までは教えないでほしいと言われたので、修太郎は適当にお茶を濁す。

 ザワクははぁ、と気の抜けた声を返しつつもそれ以上追及してくることはなかった。代わりにグレノンが口を開く。


「本日は私にお話があると伺ってますが……どのようなご用件でしょうか?」


「そうですね。お忙しいでしょうし、単刀直入にお伺いしましょう。この世界に蔓延る魔王はこのコンフリクト地区にいますか?」


 修太郎の問いにグレノンは目に見えて狼狽する。ザワクも表情こそ変えないが、右手をわずかに強く握りしめる。修太郎はそれを顔色一つ変えずに観察する。

 グレノンは頬に冷や汗をかきながらも、力ない声で言葉を返す。


「それは、どういう……」


「質問を変えましょうか。魔王はこのコンフリクト地区のどこにいますか?」


 グレノンはその目を大きく見開く。その反応で修太郎は自分の考えが間違っていなかったことに気付く。グレノンは当惑した表情を見せながらも、かすれ声で問うてくる。


「あなたはまさか……」


「はい。俺は魔王を倒すつもりでいます」


 そして、それはこの世界の住民のためではなく百パーセント私欲のためだ。修太郎は自分のために魔王を討とうとしているのだ。

 裏切り者は魔王かハカリと繋がりを持つ人物。そう考えるならば、下手にクラスの内部を疑うよりもさっさと魔王とハカリを倒した方が手っ取り早い。

 マヤは言っていた。人型は強力であるために確認され次第、四地区全てに情報が出回ると。ならば、その人型たちの親玉である魔王についてもある程度の情報を持ち得ているはずなのだ。



 しかし、そこで一つ疑問が出てくる。それはなぜ四大名家がこれまで一度も魔王を倒してくれと言ってこなかったかだ。



 最初に召喚された時のキサラの言葉を信じるならば、魔王は魔物たちを統括する元締めのはずだ。そして、魔王がよく思われていないのは境の街でマヤたちが迫害されていたことからも明らかだ。にもかかわらず、なぜ四大名家の当主たちは一人も魔王討伐の依頼どころか魔王への罵倒すら口にしないのか。



 修太郎が思いついた可能性は二つ。一つ目は修太郎では魔王を倒せないと判断した可能性。そして、二つ目が魔王を倒されると何か困る理由があるという可能性だ。

 二つ目の可能性はあまりにも突拍子がなさすぎると思った。だが、街を歩いてみて、町衆と当主の態度にいささか差があるように思えてならなかった。



 もちろん、何の根拠もない当て推量だ。違っている可能性の方が遥かに高い。けれど、目の前で未だに答えられずにいるグレノンを見て、その推測もあながち間違いではないことを確信する。少なくとも、当たらずとも遠からず程度には真実に近付いているはずだ。


「……そうですか。どうやら、俺の考えは見当違いだったようですね」


「ええ。申し訳ありませんが魔王の根城はこのコンフリクト地区にはありません」


 ならば、これ以上追及する理由もない。修太郎は適当に切り上げることにした。グレノンにとってもそちらの方が都合がいいらしく、修太郎の白々しい言葉に何のためらいもなく乗ってくる。


「すいません。俺も最近いろいろと魔王に困らされてましてね。四大名家の当主なら何かしら知ってるんじゃないかと思って、ついついアポを頼んじまったんですわ。余計な時間取らせてすんませんでした」


「いえ。こちらこそ、お力になれず申し訳ありません」


 グレノンは申し訳なさそうに眉を下げて、頭を下げる。修太郎はそれに苦笑しつつも両手を横に振って、頭を上げるように言う。


「まぁ、一応手間取らせちまった形ですし、できることなら助力しますよ」


「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけで充分です。わざわざお越しいただいたのに、私は何も教えられなかったのですから」


 互いに頭を下げ合う形でグレノンとの会合は終了した。結局、何の収穫も得られなかったわけだが修太郎は悲観していなかった。元々そう簡単にいくとは思っていなかったのだ。この程度で気落ちすることはない。



 その日の夜。セーザツから魔王に関する情報が届いた。修太郎は大した期待もせずに、机の上に置かれた紙束を手に取った。 

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