一人目ー第五章 2話 鬱陶しい連中
なかなかいい風呂だった。湯加減はちょうどよく、効能もかなりのものだったのだろう。集落潰しでクラスメイトと連戦した疲れが嘘のように取れた。
それに加え、混浴だったおかげで、セレナともそれなりに交流を持つことができたのは嬉しい誤算だった。今の修太郎は四大名家とはアレフスとしか繋がりを持っていない状態だ。キューゲンペグの血族である彼女と交流できたことで四大名家との繋がりをいくらかは強固にできたと言っていい。さすがにこの国を牛耳る四大名家とのコネクションがアレフスだけというのは心許ないにもほどがある。谷崎との繋がりは望めない以上、キューゲンペグやシュードとも可能な限り繋がりを持っておきたかった。もっとも、どこまでできるかは分からないけれど。
修太郎はため息をついた。湯上がりの軽い散歩のつもりだったのだが、空気の読めない馬鹿もいるものだ。自分を殺意のこもった目で睨みつけてくる赤髪の青年を一瞥し、修太郎は頭を掻く。
「貴様が集落を潰した犯人だな?」
青年は修太郎の態度に苛立ちながらも問う。修太郎はめんどくさそうに首肯する。青年は深呼吸をし、口を開く。
「俺はユーテントジ・サーベルト。貴様が潰した集落の出の人間だ」
その言葉に修太郎は少しも驚かない。集落にいた人物に関しては一人の漏れもなく皆殺しにしたとはいえ、修太郎は集落に住む人間全員を把握しているわけではない。ならば、たまたま集落にいなかったことで生き残りがいてもおかしくはないだろう。
けど、それがどうした? 修太郎は心底面倒くさそうな表情で首を右手で掻く。
「ああ。てめえ、集落潰しに間に合わなかった負け犬クンか。キャンキャンうるせえから何だと思ったぜ」
「貴様!」
そこでサーベルトの怒りが頂点に達する。生まれ育った場所を滅茶苦茶にされ、それをやった犯人は微塵の反省も見せない。これで怒るなという方が無理な注文だ。
だから、これは仕方のないことなのだ。サーベルトが怒りに身を任せて、懐から短刀を取り出して修太郎に斬りかかることも、それを片手でいなして修太郎に顔面を殴り潰されることも、仕方のないことなのだ。
ここで怒りに身を委ねたサーベルトを笑うのは酷というものだろう。たとえ、あの場で我慢できていたとしても結果は変わらなかった。集落の仇を討とうと修太郎の前に立った時点で彼の命運は尽きていたのだ。
邪魔者を消したところで修太郎は再び歩きはじめようとする。そこで目の前の路地裏から一人の女性が現れる。修太郎は女性の姿に一瞬目を見開くが、すぐに盛大にため息をついて、呆れた表情になる。
「やれやれ。次から次へと鬱陶しい連中だぜ。俺ぁ疲れてんだから、少しは休ませてくれよ。お袋」
修太郎の眼前に経つのは修太郎の遺伝子上の母親、櫛山秀美だった。四十代とは思えないほどの美人ではあったが、その腐りきった性根を知っている修太郎からすれば路傍に落ちている生ゴミと何ら変わらなかった。
それは向こうも同じようで汚いものを見るような目で我が子を睨みつける。
「お袋なんて呼ばないで。あんたなんか産みたくて産んだんじゃないんだから」
「奇遇だな。俺もあんたを母親とは呼びたくねえよ。尻軽クソババア」
「口を慎みなさい。あんたなんか……ごふっ!」
これ以上会話をするのも疲れるので修太郎は地面に落ちていた石で秀美の額に風穴を空けて殺す。こんな性病まみれの淫乱女など触れたくもなかったので飛び道具を使った形だ。
なぜ秀美がここにいるのか。そんなことは考えるまでもない。どうせ、キサラかハカリの仕業だ。
クラスを召喚したキサラは元より、ハカリも瀬戸巧という青年をこちらの世界に呼び寄せた奴だ。現実の世界からこちらの世界に人を転移させることなど造作もないだろう。
ただそうなると二人の内のどちらか、あるいは両方が修太郎のことを知っているということになるが、それはあまり深刻に考えることでもない。とくにキサラは間違いなく修太郎たちクラスのことを知っている。免から村の人間が魔力を扱うことに慣れていると聞いた時点で予想がついていたことだ。というより、そうでなければ異世界から来た謎の集団に魔王討伐の望みを賭けることなどできないだろう。
「おい! 櫛山修太郎だな! ブレナントス様を殺した貴様を俺は……」
「うるせえよ」
「あぺっ!」
修太郎は自分に絡んできた少年を一瞥もせずに殴り殺すとそのまま郊外へと向かう。先ほどまでの連続殺人のせいで町衆が騒いでいてうるさいからだ。
こう考えられる時点でだいぶ毒されてしまっていると修太郎は自嘲する。けれど、これも仕方のないことだ。修太郎は自覚している通り、矮小な小物だ。そんな男が好感度の操作などという絶大な力を得ればどうなるかなど分かりきっていることだろう。だから、修太郎は何も悲観していなかった。
開き直るなと叩く人間もいるだろうが、客観的に見ればその人間こそ救いようのない愚物だ。なぜなら、その人物は特殊な力など持っていないのだから。コロンブスの卵と同じだ。していないからこそ、好き勝手言える。自身の狭小な正義感に酔っている人間に限って、絶大な力を有すれば暴走するものだ。倫理観や常識に縛られて批判しているだけの自分のない人間など論外だ。
そこで修太郎は背後から近付いてくる足音に気付く。単純に考えればたまたま自分と同じ方向に進んでいるだけと考えるべきなのだろうが、背中に感じる視線がその可能性を排除する。そもそも修太郎が向かっているのは何もない丘だ。この数日、一度も他の人間を見たことがないあんなところに向かう人間がそうそういるとは思えない。
修太郎は立ち止まり、振り向く。先の三人のように絡んでくるだけならば即行で殺そうと考えながら足音の主を見て、修太郎は動きを止めた。
「やれやれ。再起不能にしても、命は奪わないというのがお前のスタンスだと思ってたんだが、こっちに来てからだいぶ変わってしまったのか?」
「貞男……」
修太郎はその人物の名を力ない声で呟く。彼の名は薬田貞男。修太郎が世話になっている家の次男坊にして、修太郎の従兄弟だった。
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アデワデ地区とコンフリクト地区の境に存在する丘がある。標高こそ五十メートル弱と低めではあるが、極めて重要な場所であり、コンフリクト地区から陸路で他の地区に行くにはここを通らなくてはならないことから、古くからキューゲンペグとシュードによる利権争いに利用されてきた。
そんな丘に一人の少年が立っていた。病的なまでに白い肌に、それに負けず劣らず真っ白な髪。瞳は血よりも薄暗い赤色。少年はコンフリクト地区が一望できる場所で菩薩のような笑みを浮かべていた。
「ふむ。まさか、こうなるとはねぇ。ちょっと、予想外だなぁ……」
少年はそう言って小さく笑う。言葉のわりにその顔に悲壮感は見られない。むしろ、楽しくて楽しくて仕方がないといった顔をしている。少年は左手を顎にやって、笑いながら口を開く。
「にしても、あの櫛山修太郎という少年。なかなかどうして面白い」
少年の頭の中にあったのは修太郎の姿だった。話には聞いていたが、彼は少年から見ても異質に映った。数瞬考える素振りを見せた後、少年は一つ頷く。
「うん。今回は傍観に徹しようかな。その方が面白くなりそうだ」
少年はそう呟くとその場から立ち去る。後には枯れ果てた赤茶色の無数の雑草だけが残されていた。




