一人目ー第四章 15話 余興は饗宴へと移ろう
集落潰しが終わり、改めて考えてみると、いかに現状がおかしなことになっているかがよく分かる。もう思考放棄してしまいたいところだがそれは敗北と同義だ。まだ諦めるのは早いと自分に言い聞かせ、冷静に状況を整理していく。
まずは龍河や免たちを殺して回ったあの不可解な夢だ。結論から言えば、やはり、あれは現実だった。目が覚めた修太郎が記憶を頼りにその場所に行くと、夢と全く同じ光景が目の前に広がっていた。龍河もその取り巻きも免グループの三人も修太郎が夢に見た通りの手法と場所で殺されていたのだ。
ここまで来ると夢遊病を疑ってしまう。いや、修太郎も夢遊病にそこまで詳しいわけではないが、あそこまで明晰に夢を見た挙句にその光景が現実に広がっている以上、あの夢がただの夢などとは思えない。何らかの関連があるのは明らかだ。
しかし、そうなると免たちを殺したのは自分であって、裏切り者ではないのか?
その疑問が頭に浮かぶと同時に一つの単語が胸にすっと入ってくる。裏切り者。未だに気になっている単語だ。その単語が頭から離れてくれない。その事実から逃げるなと予感が告げている。しかし、考えたところで何も分かる気がしなかった。
仮に勝喜の言う通り、クラスの中に裏切り者がいたとしてその人物の目的は何なのか。前は天女にまつわる噂から何らかの願望を叶えようとしているのではないかと推測したが何か違う気がした。いや、間違ってはいないのだろうが、根本的に何かを勘違いしている感じだ。
それに免が言っていた三十二人目のクラスメイトというのも気になる。もちろん、その人物を裏切り者だと断定するのはあまりに早計だ。修太郎はその人物に心当たりはないし、裏切り者の情報を提供してきた勝喜も知らないはずだ。仮に知っていたとしてもその人物を裏切り者などと呼ぶとは思えない。裏切り者とは普通は味方のフリをして実際は敵側の陣営に属している者を指す言葉だ。クラスに一切姿を見せたことがないはずの三十二人目を裏切り者とは呼ぶまい。つまり、彼の言う裏切り者は修太郎の知る三十一人のクラスメイトの中にいると考えるべきだろう。
問題なのは自分がその裏切り者の可能性が高いということだ。現状、他に怪しい人物が朸と唯というのもそれに拍車をかけている。天女村に何の縁もないにもかかわらず魔力を問題なく扱えているというくらいしか怪しい点のない朸と違い、唯は魔王の側近であるハカリと密会していた。おまけに修太郎同様、あの怪物のお気に入りだ。村の人間が魔力を扱えていると聞いた時点で、この異世界転移とあの怪物との間に関係があると確信している修太郎としては自分を除けば、現状唯がもっとも怪しいと睨んでいる。その理屈だと創も怪しくなりそうだが、彼については今のところ放置しておく。
「いや……」
確かにハカリと密会していたからといって唯だけに容疑を絞るのは安直だ。他に怪しい人物がいないわけではない。何なら、今、生き残っているクラスメイト全員が怪しいと言ってもいいくらいだ。
そこでふと思考が揺れ戻る。確かに唯が裏切り者だと考えるのは拙速だ。だが、朸はどうだ?
彼を疑うのは気が進まないが、朸が裏切り者ではないと安易に切り捨てるのは間違っていると予感が告げている。クラスで唯一のよそ者でありながら魔力を自在に操れるのもそうだが、何か違和感があるのだ。
そこで修太郎はあることに気付く。
「そういえば、あいつ……最初はクラスに戻ってこいって言っておきながら、その次に会ったときはそんなことを一切言わなかったよな。それどころか、光一に会わないようにあいつなりに便宜を図っていた……」
あの時点でクラスに戻るのであれば光一との接触は必要不可欠だったはずだ。真人や免、善継たちのように好き勝手やってる連中もいたようだが、それを差し引いても光一と会わないようにするのは若干違和感がある。不自然ではあるが疑惑を向けるにはあまりにも小さな矛盾。だけど、修太郎はこれを見逃すことはできなかった。
「……いや……やめとこう。これ以上考えても変な方向に思考がブレるだけだ」
クラスメイトに裏切り者がいる。予感が告げている以上、おそらくその事実に間違いはないのだろう。実際、クラスメイトの多くが謎の人物に殺害されている。
だが、それを何の情報もない状態で考えても答えが出るとは思えなかった。思考放棄はまずいだろうが、この状況で考えても何の益もない。こういうときは一度思考をリセットするべきだ。
そうなると考えるべきは修太郎の特典についてだろう。特典は修太郎がこの異世界を生き抜いていく上での生命線だ。確かに現実世界でもそこそこ喧嘩の経験を積むことはできたが、そんなものはここでは何の役にも立たない。ある程度の経験を持ち得た上でのチート能力。それがこの魔物が跋扈する世界を生き抜く上での絶対条件だ。
とりあえず、龍戦で判明した時間制限については要観察だ。まだいろいろと分からないことがある。たとえば、特典によってもたらされた結果に対してはどうなるのか。
龍に対して暗示を仕掛けるより前に修太郎は狩野を殺害している。殺害に使用したのは拳銃だったが、修太郎は特典で身体能力を強化することで反動を無効化した。それにより命中精度は大幅に上がり、狩野を一発で仕留めた。つまり、特典による恩恵で殺害したということだ。もし、特典に時間制限があるのであれば狩野はすでに蘇生していてもおかしくはない。
だが、狩野が生き返ったのであれば神薙はあんなことを言わないはずだ。つまり、言い方はおかしくなるが狩野は未だに死んでいるということになる。まぁ、今の狩野の状態を知らないだけの可能性もあるが。
もし、狩野が死んだままだというのであれば特典によってもたらされた結果には時間制限はないことになる。しかし、その一方で疑問もある。狩野を殺害した際に使用した拳銃は修太郎が特典で出現させたものではなく、カスミが持ち込んだ物だ。全てが特典によるものでなければ時間制限は無効化されるという場合、この考察が間違いであることも考えられる。完全に特典頼りで結果を得た場合にのみ、時間制限が課せられる可能性があるからだ。
いずれにしても、自分を対象にして特典を行使した場合、対象を変えると効果が消失するという制限も数多くの例外があるのだ。時間制限にも抜け道がある可能性は高い。
「……結論を出すのは早計か。ひとまず、あと数日待ってから木更津や喜々野たちの様子を見るべきだな」
木更津や喜々野、正馬、真人、その他諸々は特典頼みで殺害した。これらに時間制限が適用されるかどうかは彼らを見てから判断するべきだろう。
「やれやれ。こいつもつくづく意味不明だよな。これだけ使ってんのに、どういう制約があるのか未だに分からん」
修太郎は肩をすくめる。けれど、しっかりと確認しておかなくてはならない。龍に対してやったような暗示にだけ時間制限が適用されるのか、それとも他にも適用されるものがあるのか。それを確かめなくては、今後命取りになりかねない。いや、実際になりかけている。
どちらにせよ、実験は必須だ。毎朝の散歩で可能な限りさまざまな条件で特典を行使してきたが、ここからは長い目を見て動く必要がある。といっても、どれほどの時間が残されているかは分からないが。
すでに打ち切った話をもう一度蒸し返すのは好きではないが、もう少しだけ思考してみるとしよう。
「もうクラスメイトも残り少ない。俺や正馬以外にクラスメイトをぶっ殺してる奴がいたとして、そいつが魔王側の人間だったとしたら俺も魔王討伐に動かねえとまずい。でねえと、その前に死ぬことになる」
所属も目的も何も分からない以上、裏切り者が何者なのかなど推理しようがない。だが、もし魔王やハカリに与する人間ならば狙いは十中八九魔王たちの脅威になる自分たちの抹殺だろう。そうだとすると、修太郎も当然裏切り者の標的になる。
リスクを承知の上で死ぬなら構わない。そうでなくとも、そこが死に場だと判断したならば遠慮なくこの命を散らそう。けれど、わけも分からず死ぬのだけはご免だった。それくらいなら、こちらから打って出た方がマシだ。
確かに魔王に特典は通用しない。けれど、どれほど人智を超えた力を有していたとしても弱点は必ずある。修太郎の特典に多くの欠陥があるように魔王にも必ず致命的な弱点があるはずだ。
「まぁ、本当に問題なのは身近な人間か、あるいは他でもねえ俺自身が裏切り者なんじゃねえかってことなんだけどな」
この数日に起こった出来事で修太郎は完全に現状が分からなくなってしまった。意識が二度も飛んでることも問題だが、あの正夢も今の修太郎を混乱させている。後日、こっそりと現場を確認してみれば夢と全く同じ光景が目の前に広がっているとなればあれは現実と認めざるを得ない。
何にしても、これ以上後手に回るわけにはいかない。先手を取れるほど相手の状況は分かってはいないが、敵を魔王だと定めるならばまずは魔王かハカリを攻撃するべきだ。
だが、魔王の居場所は未だに掴めていない。四地区のうち三地区を回ったがどこにもそれらしいモノはなかった。つまり、見逃していない限りは魔王の拠点は残されたコンフリクト地区にある可能性が濃厚というわけだ。
だからこそ、修太郎はシュード家の当主との接見を望んだ。だからこそ――。
そこで修太郎の思考が途切れる。そして、突如頭の中に再び映像が流れてくる。袴の人物は出てきていないが、修太郎は前回起こったそれと同質であると瞬時に判断する。今度は前回のような雑音とノイズに満ちた無茶苦茶なものではない。整然としながらも不明瞭な謎に満ちあふれた映像だった。
映像が始まった瞬間、修太郎の眼前に広がっていたのは暗い闇だった。よく見ると、ところどころにロウソクが並べられている。地面には魔方陣のようなものが描かれており、周囲には着物と烏帽子を身につけた男性が数人と陰陽師らしき格好をした人物が数人座っていた。
降霊術の儀式でもやろうとしているのだろうか。見方によっては一昔前の怪しげな宗教に見える。というか、そうとしか思えない。
どうやら、修太郎が見ているのは怪しげな儀式をやろうとしている人物の一人らしい。状況からするとこの儀式を主導している人物のようだが、何の儀式をやろうとしているのかはまるで見当がつかない。
『わ……は……ん……とし……!』
「何だ? 何を言ってる?」
修太郎は耳を澄ませるが聞き取れない。周囲の人間も捲し立てるように何か言っているようだが全く聞こえてこない。ただ何やら放っておいたらまずそうな気配だけがしている。
しかし、どうすることもできない。修太郎にできることは見ることだけだった。修太郎が視点としている人物は己の左手首を匕首のようなもので切り、血を魔方陣の中心部に垂れ流す。それを足袋を履いた自らの足で踏みにじっていく。
そして、突然視点の人物が両手を挙げたかと思えば魔方陣が紫色に光り出す。あまりの眩しさに目がくらむ。何も見えない。
やがて映像は収束し、修太郎の視界が戻る。そこには先ほどと変わらない景色が広がっていた。
「……何だ、今の……」
修太郎は突然流れてきた映像に思わず頭を押さえる。だが、修太郎はこの場面に全く記憶がない。あんな意味不明な儀式をしたことなどないはずだ。それ以前に時代がいくらなんでも違いすぎる。しかし、修太郎はそれが他人事ではないと直感で理解していた。
先刻の映像。修太郎はそれに覚えがあった。全く同じというわけではない。けれど、十年前に光一に対する破壊衝動が初めて湧いたときに見たものとそっくりだった。そして――。
「がっ……!」
そこで頭に凄まじい痛みが走る。激痛などという生温いものではない。痛みは修太郎の意識を徐々に消していく。
修太郎はとっさに特典で自身の意識を奪われないように抗う。だが、特典は発動しない。それどころか意識を奪われていく速度が上がっていく。
「くそ……。ダメか……」
三回目ゆえにもう少し抗えると思っていた。けれど、無駄だった。修太郎は力なく舌打ちをしながらぼんやりとした視界の中で意識を飛ばした。
○○○○○
未明。朸は一人山の中を歩いていた。極力足音を立てないように歩くその様はなかなかに怪しかった。
ある程度歩いたところで朸は立ち止まる。そして、前方に視線を向けながら小声で独りごちる。
「やれやれ。やっとこの集落の近くまで来れたからなぁ。本当、修太郎さまさまだよ」
そう呟く朸の視界に入ってきたのは今にも崩れそうな洞窟だった。中は暗く、また蝙蝠が騒ぐ不気味なところだったが、朸は平然としている。
ある程度歩いたところで朸は止まる。彼の眼前には鎧武者を彷彿とさせる巨大な像が鎮座していた。
「……あれか」
朸は鎧武者の左手に注目する。その甲にあたる部分に紫色の宝石のようなものが埋め込まれているのが見える。
「善は急げ。罠がある可能性もあるけど、慎重に動く時間もないし、ここは手早く済ませてしまおう」
朸は言い終えるとすぐにすさまじい跳躍力を以て、鎧武者の左手に飛び乗る。そして、紫の宝石を手に取るとすぐに地上に戻る。
「さて、目的は達成した。あとは最後まで油断しないことだな」
朸はそう呟き、来た道を引き返した。
無事に洞窟から出ることのできた朸は丘のようなところでふいに立ち止まる。その視線はある方向に向けられていた。どうやら完全に寝静まった街の景色をぼんやりと見つめているようだが、何か物思いに耽っているようであり、その心中を察することはできない。
そんな彼に近付く一人の人物がいた。朸は物音を聞いて身構えるが、『その人物』の正体に気づくと胸をそっと撫で下ろす。
「びっくりしたぁ。突然現れないでよ」
朸の咎めるような声に『その人物』は謝罪する。冗談めかしたものだったが、朸も怒っているわけではないので街の方に向き直りながら笑って答える。
「いいよ。そんなことより、こんな時間に何をしているの?」
朸の疑問はもっともだ。正確な時間は分からないが、夜も更けてきている。あちこち動き回るにはいささか遅すぎる時間だ。まぁ、こんな時間に出歩いている朸も朸なのであまり強くは言えないのだが。
軽い気持ちで聞いただけなのだが、『その人物』からの返答はなかった。それを不思議に思った朸が『その人物』の方へと振り向くと同時に腹から鈍い音が聞こえる。
「かはっ……!」
何が起きたか理解できなかった。ゆっくりと下の方を見ると、腹に日本刀が刺さっている。そして、その持ち手を握っていたのは自分の知っているクラスメイトだった。
「お、お前……!」
朸は『その人物』の腕を掴もうとする。しかし、『その人物』は致命傷を負ったことで緩慢な動きとなっている朸の右腕を左手で掴み、何のためらいもなくちぎる。研の件から学習しているようだ。
そして、腹に刺した刀を乱暴に抜き、そのまま袈裟斬りの一太刀で朸を切り捨てる。朸は口から血を流し、白目をむいてその場に倒れ、あっけなく絶命した。
『その人物』は懐から懐紙のようなものを取り出すと左手についた血を拭い、その場に投げ捨てる。そして、刀を右手から消すと、朸の懐から件の紫の宝玉を奪い、悠然とその場を後にする。
淀みない足取りで動く『その人物』は歩きながら、小さな声で何やら呟く。
常人では聞き取れないほど小さな声だったが、『その人物』は確かにこう言っていた。
「せいぜい楽しませてくれよ。我が絶望の化身よ」
と。
next――『第五章 孤群』




