一人目ー第四章 10話 真人からの刺客
ふと光一のことを思い出した。思い出したくもない男を思い出してしまった。
けれど、何となく気になってしまったのだ。安城光一の最期の振る舞い方が。
修太郎とて光一のことをそれほど知っているわけじゃない。あんな男を好き好んで知りたいとは思わなかった。だけど、どこか気になったのだ。あの男の最期の振る舞い方。何かがおかしかったように思える。何かが引っかかる。それが何なのかまでは分からないけれど。
しかし、それも今となっては知りようのないことだ。そして、知る必要もない。光一のことなど、この先のことに微塵も関係ない。
それよりも目先のことだ。あの夢は現実だった。昨晩の夜、修太郎は夢と全く同じ光景を現実で目の当たりにした。龍河もその取り巻きも免グループの三人も修太郎が夢に見た通りの手法と場所で殺されていたのだ。
彼らの死体を目の当たりにしたとき修太郎は我が目を疑った。龍河はともかく免は五大戦力の一人。特典がなくとも高い戦闘能力を誇っていた。それに加えて、数理が寝込んでいたとはいえ、免グループ勢揃いの状態だったのだ。これで三人全員を殺害するなど並大抵の実力では不可能だ。
下手人は相当な実力者。それは間違いない。ならば、その正体は誰だ?
考えるまでもなく、修太郎の頭に三人の人物が浮かぶ。一人は朸。もう一人が唯。そして、最後の一人が――。
「ふぅ……。マジで俺がクラスメイトを殺して回ってる可能性が高いな。いや、二人は絶対に殺してるんだけどよ」
しかし、そうなるとまずい。何がまずいかと言われれば裏切り者が自分である可能性が高くなるからだ。
当然修太郎にクラスを異世界に連れてくる動機などない。だが、ときどき意識を失っている以上、反駁としてはあまりにも弱かった。
「どっちにしても、これで動かないのはさすがにまずいな」
正直数人でも放置するのは好手ではないのだ。それが十人以上になったら、いくらクラスメイトをどうでもいいと思っている修太郎でも動かざるを得ない。
なぜなら、クラスメイト殺しの下手人が修太郎を狙ってくる可能性が極めて高い。もし、そいつが魔王のように特典を封じるような力を持っていたとしたら極めて危険だ。もうクラスメイトが減って、鬱陶しくなるなどと言っていられない。
まぁ、これは修太郎が下手人でなければの話ではあるが、少なくとも影浦、重藤、桐石の三人を殺した記憶がない以上修太郎以外が下手人であると考えるのが自然だろう。無理があるのは自分でも承知してはいるが。
「とはいえ、現状どうしようもないか」
この一件はあまりにも謎が多い。加えて、昨晩の夢のこともある。アレが現実であったことは疑いようがない。となれば、修太郎が下手人である可能性は高くなるのだがそれにしては妙なところもある。
夢で四人を殺した人物はなぜ龍河や免たちの居場所を知っていたのかということだ。どう考えても彼らを探している人間の動きではなかった。勘で行動していたのだとしても二連続でピンポイントで相手の居場所を当てるのはいささか不自然だ。ありえないとは言わないが、それにしてはいささか確信に満ちていたように思える。
当然修太郎はあの時点での四人の居場所など知らなかった。特典を使えば調べられるがそんな痕跡はなかった。つまり、特典で四人の居場所を特定したわけではない。ならば、どうやって彼らの居場所を知ったのか。
「……ダメだ。わけわかんねー。こりゃ、いつまで考えても埒が明かねえな」
修太郎はため息をつく。元より考えることは得意ではない。こんな理解不能な事態ならなおさらだ。しかし、だからといって思考停止するわけにもいかない。必要最低限の対応策くらいは考えなくては致命的な事態は免れない。
「やれやれ。理解不能なことが多すぎてどうすればいいのか分かんなくなったな。仕方ねえ。散歩にでも行ってくるか」
修太郎は部屋着のまま部屋の外に出る。考えすぎて知恵熱が出そうだ。こういうときは適当にぶらついて頭を休めるに限る。
真夏の日中ということもあって外は暑かった。だが、この程度の暑さは慣れっこだ。修太郎が生まれ育った村――天女村の夏はこんなものではない。とはいえ……。
「頭を冷やすために出たつもりだったが、かえって悪化しそうだな。けど、これはこれでちょうどいいか。心頭を滅却すれば火もまた涼しってやつだ」
修太郎はそう独りごちながらあてもなくさまよう。行きたい場所などない。気晴らしにそんなものは必要ない。
こういうときは無心だ。ひたすら無心になって、思うがままに動くのが一番だ。
「あん?」
修太郎はふと立ち止まる。歩道のど真ん中で仁王立ちする女性。最初は気にしていなかったが、途中でその女性の顔に見覚えがあることに気付いたからだ。
「あんたは……」
「久しぶりね。坊や」
目の前に立ちはだかったのは神薙真昼だった。彼女の顔を見て修太郎は心底呆れた表情で首の後ろを掻く。
「何してんだ? そんなとこで……。通行人の邪魔になってんぞ」
修太郎は周囲を見て言う。彼らは何も言わないが、こちらをチラチラと見ている。その中には負の感情を込めてこちらを睨んでくる者もいる。歩道の真ん中で立ち話をしている彼らが邪魔になっているのは明白だった。
「関係ないわ」
「いや、関係なくはねーだろ」
「関係ないわよ。これから死ぬあなたにはね」
その発言に修太郎はわずかに目を細める。だが、それだけだった。臨戦態勢すら取ろうとしない。そんなことをする意味があるほどの実力を目の前の女から感じないからだ。
自分を見下しきっている態度を隠そうともしない修太郎に苛立ちを覚えた神薙は額に青筋を立てる。
「何を余裕ぶってるのよ! その余裕……すぐに消し去ってやるわ!」
神薙は全身から魔力を放出し、一瞬で水に変換する。群衆はそれに悲鳴を上げるが、修太郎は動かない。それどころか、鼻で笑って肩をすくめてみせる。
「こんな大勢の前で襲うなんざ、正気とは思えねえな」
修太郎の明らかに馬鹿にした発言に神薙は唇を噛む。そして、ひどく醜い形相で修太郎を睨みつける。
「……何回も言わせないで。関係ないって言ってるでしょ!」
神薙は自身の周囲に浮かせた水を波のようにうねらせて、修太郎へと放つ。それは通行人たちを巻き込んで修太郎へと襲いかかる。
修太郎は跳躍することでかわす。攻撃後の水にも何か細工がされている可能性を考え、念のために街灯の上に着地すると間髪入れずに二撃目が修太郎へと放たれる。
修太郎は街灯や建物の屋根に降り立ちながら、極力地上に立たないようにする。その間に特典を用いて真昼の使っている水の分析を進める。
そこそこ警戒して臨んだが、分析はごく短時間で終わった。もういつでも終わらせられる。
「水を使って波を連続で放つ文字通りの波状攻撃! あなたに凌ぎきれるかしら!?」
自信満々に言い放つ神薙の連続攻撃を修太郎は悠々とかわしていく。その過程で足下に残った水を踏むが、それには何も仕掛けがされていないことはもう分かっている。
明らかに何の脅威にもならない児戯。だが、何を勘違いしたのか神薙は邪悪な笑みを浮かべる。
「ほらほら! 防戦一方じゃない! ……あんたはただでは殺さないわ。狩野さんや剛を奪ったあんただけは絶対許さない。アタシから大切なものを奪った罪を償わせてから無様に死なせてあげる」
神薙のトンチンカンな言葉に修太郎は思わず頭を抱えそうになる。正直抱えても何の問題もないだろう。これ以上続けても時間を浪費するだけだ。そう判断した修太郎は連続攻撃が十五に達したところでつまらなそうな顔のまま動く。
「くだらねえ」
突如立ち止まった修太郎は軽く右腕を振るう。それだけで波は消える。波を象っていた水は蒸発し、その場には巻き添えで殺された通行人の遺体と攻撃による破壊の跡だけが残された。
「な……!」
神薙は呆然とする。あまりに一瞬だったために何が起こったか理解できていない。修太郎は隙だらけの神薙の顔面を殴り潰して、戦いを終わらせる。
「はっ。退屈しのぎにもならねえな」
所詮この程度だ。警察などというものに縋り付いてるだけの馬鹿女に一矢報いることができるほど修太郎は甘くない。修太郎は右手についた血を左手で払う。神薙のおかげで目撃者は全員死亡している。監視カメラはすでに細工済みだ。ここで何が起こったのかをすぐに解明するのは難しいだろう。今はこれでいい。
そのままその場から離れようとすると、新たな障壁が立ちはだかる。
「へぇ。結構強そうな女だったのに息一つ乱さずに倒すとは、なかなかやるな」
「まぐれでしょ」
こちらを馬鹿にするような態度で絡んでくる二人組を見て修太郎はため息をつく。
今日はどうも懐かしい相手に会う。いや、懐かしいと言っても最後に会ってから一月も経っていないのだが。
これまでの日々があまりに濃密すぎて何となく懐かしく感じてしまう。もっとも、それに何の意味もないのだが。
「……ふん。まさか、ここでてめえらと会うとはな。竜王。時山」
修太郎は二人を睨みすえた。竜王は不敵な笑みを浮かべ、時山は敵意のこもった目で修太郎を睨み返す。
須臾、竜王が殴りかかってくる。その速度は極めて速い。時速四十キロを誇るとされるプロボクサーのそれと比べても三倍は違うだろう。タイミングも不意打ちとしては完璧だ。普通ならば決まるはずのその攻撃を修太郎は首を傾けるだけで難なくかわす。
「今のを避けるか……!?」
竜王は驚愕で目を見開きながらも、口元を歪めている。どうやら、避けられるとは思っていなかったようだが、大して驚いてもいないようだ。彼の表情からは余裕が窺える。
その余裕を削るために修太郎は鼻で笑って挑発することにする。
「いきなり仕掛けてくるとはな……。随分と小心者じゃねえか」
「あ?」
竜王の顔が険しくなる。しかし、冷静さは失っていないように見える。さすがに神薙と違って、相手のペースにわざわざ乗せられてやるほど馬鹿ではない。けれど、それだけだ。この男も頭は悪くないというだけでプライドの高い救いようのないクズだ。この男の冷静さを奪うことなど造作もない。
もっとも、その前でどうでもいい奴が修太郎の挑発に引っかかったようだが。
「ちょっと、あんた! 何様のつもり!」
「うるせえな。てめえには話してねえだろ。人が話してるときにピーピー喚くなよ、気持ち悪ぃ」
修太郎は蝿でも追い払うかのように右手を振る。その態度に時山はさらに食ってかかろうとする。だが、それを竜王が止める。
「落ち着けよ、葵。安い挑発だ。わざわざ乗ってやる義理はねえ」
「盛高……」
思っていた以上に冷静に物事を見る竜王に修太郎は内心舌打ちする。どうやら、彼に対する認識を改めなくてはならないらしい。さらに挑発してもいいがやめておいた。冷静さを失っていようが、失っていまいが目に見えるほどの違いはない。勝つのは修太郎だ。
「そら、構えろよ。櫛山。そこまで言うんなら、お前の力を見せてみろ。もし口だけだったら……殺すぞ」
最後の一言だけ凄まじく冷たく響く。視線だけで相手を刺し殺してしまいそうなほど鋭い殺意。だが、修太郎はそれに欠伸をする余裕を見せる。
「うるせえなぁ。とっとと来いよ。てめえらごとき、構えるまでもない」
「そうかい!」
竜王は獰猛な笑みを浮かべて、両手を広げる。すると、竜王と時山の周囲に無数の獣型の魔物が出現する。
「魔物の召喚、あるいは創造がお前の特典か」
「名答。てめえの特典はよく分からねえが、こいつらの前では関係ねえ! やれ! お前ら!」
竜王の命令に応じて、三十体もの魔物が一斉に修太郎に襲いかかる。この数は並の能力者では対処不可能だ。いや、熟練の能力者でも厳しいだろう。
だが、修太郎にとっては牽制にもならない。仮にこの群れの一斉攻撃をまともに食らっても蚊ほどのダメージもないだろう。
とはいえ、別に修太郎は被虐趣味があるわけではないので拳と蹴りだけで魔物を二十秒足らずで仕留めてみせる。
「はっ。この程度の数は平気で捌いてみせるか。そう来なくっちゃなぁ!」
心なしか竜王は嬉しそうだ。相手が強ければ強いほど勝利したときの快感は極上になる、とでも考えているのかもしれない。それにイラつきを覚えた修太郎はそのまま竜王に急接近し、竜王の顔面に拳を放つ。
竜王はそれを体を反らすことでかわす。それを見た修太郎は即座に蹴りで金的を狙う。竜王はそこからバク転をして回避に成功する。さすがに中学時代に傍若無人を働いていただけあって、そこそこ喧嘩慣れしている。
ならばと修太郎は真横にいる時山に狙いを定める。竜王と違って荒事になれていない時山に自身の右頬を狙う裏拳を避けることなどできず、モロに食らい、数十メートルほど吹き飛ばされる。
「な、何で……?」
時山は呆然とした表情で自身の頬をさする。口から血が流れており、鼻血まで出ているその様はかなり痛々しい。
大した力を入れたつもりはなかったが、時山に大ダメージを与えるには充分だったようだ。修太郎はこの隙に奇襲を仕掛けられる可能性を考え、左手を下げ、右手を肩まで上げた左半身の構えを取っている竜王に視線を戻す。どうやら、時山が殴られたことで彼もやる気になったらしい。
「どうして、特典が通用しないの?」
そこで時山がうわごとのように呟く。修太郎は視線を竜王から逸らすことなく、その言葉の意味を考える。時山の特典は竜王のそれと同様完全未知数だ。彼らは光一グループに属していながら、結局特典を明かさなかった。自分が離反した後に明かした可能性もあるが、それは修太郎の知るよしもないことだ。
時山の特典とは何か。気にならないといえば嘘になる。だが、優先順位は低い。通用しないと言っている以上修太郎の脅威になるものではない可能性が高いからだ。
一応ブラフの可能性も視野に入れつつ、修太郎は竜王へと殴りかかる。竜王の特典が魔物を出現させて操るものならば、十中八九中遠距離タイプだ。近接戦には弱い。ならば、魔物を出させる間もなく連続攻撃を仕掛ければ造作もなく倒せるはずだ。
修太郎の拳を竜王は右手の甲で受け流す。そのまま左アッパーでカウンターを狙ってくるが修太郎は一歩左にずれてかわし、竜王の右頬に拳を叩き込む。竜王はわずかに後ずさる。修太郎は反撃の隙を与えないために一気にたたみかけていく。
修太郎の連続攻撃に竜王は徐々に圧倒されていく。体捌きを最大限に駆使して必死に凌いではいるが、光一のときと同じパターンだ。このまま手数に物を言わせれば押し切れる。
修太郎がさらに攻撃の威力と速度を上げようとしたところで竜王が小さく笑う。
「……近距離なら勝てるとでも思ったか?」
「!」
修太郎はとっさに後ろに飛ぶ。すると、修太郎のいた場所を鋭い鎌が通り抜ける。今の攻撃をしたのは竜王が出現させたと思われる左手が鎌と同化した白いゴリラの獣型だった。
「あの攻防の最中に魔物を呼んだのか」
「まあな。確かにお前の体術は厄介だが、防御に徹すりゃ、魔物の一匹や二匹、創造するなんざ朝飯前だ」
竜王は不敵に笑う。とりあえず、これで仕切り直しとなったわけだ。
「さて、ここからはさっきまでのようにはいかねえぞ」
そこで竜王はチラリと時山の方を見る。時山は小さく頷き、その場から離れる。どうやら、戦線から離れたようだが油断はしない方がいいだろう。
もっとも、その前にこちらを潰さなくてはならないのだが。
竜王はまるで小心な小物が相手を威嚇するかのように肩をいからせながら二歩修太郎に近付く。そして、下劣な笑みを浮かべて言う。
「戸北にお前を潰せば美味い日本酒をくれるって言われてな。悪いが、今夜の晩餐のためにお前にゃここで死んでもらうぜ」
「なるほど、やはり、お前らを差し向けたのは戸北か」
「言い方は気に食わねえが、そんなとこだ。本当はあの女と三人で襲う予定だったんだが、あのアバズレ女、とっとと行っちまいやがってな。まぁ、あんな足手まといがいたんじゃ邪魔で仕方ねえから、さっさと殺してくれて助かったっちゃ助かったけどよ」
見事なまでにゲスの言い分だ。神薙を人と思っていない。まぁ、あんな売女を人として扱う方がよほど気持ち悪いが。
「さて、これまでの戦いで中途半端な戦力を差し向けてもお前には通用しねえどころか、かえって危険だってのは分かった。そいつを踏まえた上で……」
竜王は口元を大きく歪め、凶悪な笑みを浮かべる。修太郎はそれを見て、わずかに眉を動かす。だが、動こうとはしない。もうこの時点で妨害は無意味など理解していたからだ。
「この四桁を超える獣型でてめえをぶっ潰してやるよ!!」
竜王の周囲に無数の獣型の魔物が出現する。あまりにも膨大なその数に常人ならば戦意を喪失すること間違いなしだ。しかし、修太郎はそれを心底つまらなそうに見る。
「何がぶっ潰すだ。グブファ・レズスにすら遠く及んでねえじゃねえかよ」
修太郎は右手を魔物の大群に伸ばすと親指に人差し指と中指を添える。そのまま指を軽く鳴らす。
「な……!」
それだけ。ただそれだけで魔物たちは消滅する。竜王は唖然としているが修太郎にとっては分かりきった予定調和だった。
妨害は無意味だった。それは手遅れという意味ではない。必要がないという意味だ。そんなものをしなくても勝てる。たかだか千匹程度など脅威にはならない。まとめてひとくくりにしてしまえばいいだけの話なのだから。
「できれば今はあんま使いたくなかった手だが、まあいいだろ。これで終いだ」
「どういう……意味だ……!?」
「てめえが知る必要はねえ」
すかさず竜王の懐に入り込むと修太郎は拳を振りかぶり、強烈な左アッパーを竜王の顎めがけて放つ。それは動揺して隙だらけの竜王に綺麗に決まり、竜王は上空に数メートルほど吹き飛ばされた後に地面に叩きつけられる。
「ごはっ!」
血反吐を吐く。それでもなお竜王は憎悪のこもった目で修太郎を睨みつける。修太郎はそれを見て鼻で笑う。
「はっ。この期に及んで戦意を失ってないのは大したもんだが、今のお前に何ができる? さっきの一発は顎に綺麗に決まった。もうまともに動けやしねえよ」
修太郎は左腕を振り上げる。これは止めの意思表示だ。ここで竜王を見逃す選択肢などない。
「終いだ」
言葉を短くまとめ、竜王の息の根を止めるべく拳を振り下ろそうとする。しかし、そこで思わぬ事態が起こる。
その発端は二人の戦いを固唾を呑んで見守っていた時山だった。竜王が出した魔物の大群が蹴散らされたのを見て、時山は彼の敗北を悟った。だが、それを認めるわけにはいかなかった。
思わず時山は口を開いていた。その言葉は今までの彼女からは考えられないほどまっすぐな言葉だった。
「負けないで! 盛高……!」
時山の言葉がきっかけとなった。虫の息で倒れていた竜王は瞬間的に絶大な魔力を解放する。
「があぁぁぁっ!!!」
「何っ!!?」
修太郎はとっさに距離を取る。勢いよく起き上がった竜王は雄叫びを上げて修太郎に突っ込んでくる。その速度は凄まじく速い。修太郎が取った距離を一瞬で詰める。右手には目にも止まらぬ速さで顕現させた蛇を模した獣型の魔物が纏われている。その右腕による一撃は修太郎の顔面に直撃し、吹き飛ばす。
修太郎の体は地面に叩きつけられ、無様に転がっていく。その際に服も顔も泥だらけとなっており、先ほどの攻撃で鼻血まで出ていた。
竜王は肩で激しく息をし、顔面を血まみれにしながらも獰猛な目つきで吹き飛んだ修太郎を睨みつける。
「俺は……誰よりも強い……。誰よりも……強くあらなくちゃ、ならねえ……。てめえごときに……負けるわけにゃ、いかねえんだよぉ!!」
その叫びは彼の心からの本心に聞こえた。荒い息を吐きながらも、さらなる追撃をするべく竜王は仰向けに倒れている修太郎に襲いかかる。竜王の起死回生の反撃に一見絶体絶命のピンチに思える。時山の顔にも喜色が浮かんでいた。だが、ボーナスタイムはここまでだった。
修太郎は冷めた目で竜王の動きを見つめていた。速くも単調な動きは修太郎にとって格好の的だった。振り下ろされる竜王の拳を悠々とかわすと、修太郎は竜王の腕を掴んで足を払う。そのまま竜王を仰向けに倒すとこれまで以上に強化された拳を竜王の顔面に叩き込む。
「ぐはっ!」
勝負ありだった。竜王はあまりの一撃に白目を剥く。瀕死の状態の彼にとってあまりに酷な一撃だった。突如、凄まじい猛攻を見せた竜王はあっけなく絶命した。
「……互いに満身創痍ならともかく、こっちは全然余裕があるんだ。まともに勝負してやるわけねえだろ」
修太郎はつまらなそうに吐き捨てる。そして、時山に視線を向ける。
「……っ!」
時山が声にならない悲鳴を上げる。だが、修太郎の頭に躊躇の文字はない。一瞬で時山の側まで移動すると鳩尾に強烈なパンチを叩き込む。その一撃で時山はあっさりと死んだ。
腹に大穴を空けて倒れる時山を見下ろす修太郎の顔は浮かなかった。竜王の亡骸に一瞬だけ目を移し、小さくため息をつく。
「ふぅ……。同じ特典を与えられてるだけのことはある。さすがに甘く見すぎたか」
修太郎は右手で鼻の下をこする。特典で治癒したので、すでにそこに傷はない。地面を転げたときについた汚れもすでに取り去っている。
「やれやれ。思わぬところで時間を食っちまった。さっさと集落潰しに行くか」
修太郎は右肩をぐるぐると回すと集落の方へと悠然と歩きはじめた。




