一人目ー第一章 5話 アレフス家での生活
豪勢な晩御飯を振る舞ってもらった修太郎は自分にあてがわれた部屋を見て、どこか諦めたようにため息をつく。
「あの……。もしかして、お気に召しませんでしたか?」
不安げな表情で尋ねてくるカスミに修太郎は困ったような笑みを浮かべて答える。
「まさか。あまりの広さに少々圧倒されただけだよ。別にこんな立派な部屋じゃなくてもいいんだが」
「そういうわけにはいきません。修太郎は大事なお客様なのですから!」
「さいですか……」
修太郎は自分が遠い目をしていることが分かった。無理もない。これは現実逃避の一つもしたくなるというものだ。
部屋は三十畳は楽にあった。普通に現実世界で自分が住んでいる家よりも広いかもしれない。いや、間違いなく広い。こんなだだっ広い部屋をどう使えというのか……。
だが、せっかくのご厚意だ。甘んじて受け入れよう。どうせ、部屋の広さなどに意味はない。何せ、修太郎の物はこの世界にはほとんどないのだから。
「今日はもう遅いですし、ゆっくりとお休みください。部屋の中の物は好きに使っていただいて構いませんから」
「分かった。いろいろとありがとう」
「とんでもありません。これも我々の務めです。それでは、私はこれで失礼します」
カスミは一礼をして立ち去っていく。修太郎はその後ろ姿を横目で見送りながら、再び目の前の部屋を見る。
「改めて見ると、本当に広いな」
正直それ以外の感想は出てこなかった。ベッドや机、椅子に本棚と生活に必要な家具に加え、テレビや冷蔵庫などの家電も揃えられていた。電化製品をよく見ると、結構な最新型で修太郎はこの世界のことがよく分からなくなった。街並みは中世で服装や技術が現代的という不可解な光景を見ると、この世界の産業がどのようになっているのか少し興味が出てくるが、今はそれに構っている余裕はない。
まずは部屋の確認をする。出入り口以外にも扉が三つあり、そのうちの一つはトイレだった。ちなみに洋式だが修太郎はツッコむことを放棄した。そのすぐ隣には風呂もあった。残る扉はいわゆるウォークインクローゼットだった。これもかなりの広さを持っており、住むには十分なスペースがあった。その中にはいくつもの男物の服がある。制服しか持ち合わせていない修太郎にとってはありがたかった。
そして、出入り口の反対側には窓があり、そこから十五畳ほどの広さを持つベランダに出ることができた。ベランダの手すりに手を置いて外の景色を見ると、なかなかに美しい夜の街の姿を見ることができた。これだけでも十分すぎるほどの贅沢をしている気分になれる。
修太郎は一通り夜景を堪能すると、部屋の方を向いて背を手すりに預ける。そして、大きな大きな息を吐く。
「まだ始まったばかりだ。いや……。ここからが、本当の始まりだ」
自分に言い聞かせるように修太郎は呟く。その声は誰にも聞き取られることはなかった。
○○○○○
翌朝。修太郎はいつもの習慣で朝の六時に目を覚ます。これくらいの時間に起きなければ高校には間に合わないからだ。
部屋に備えつけられたアンティークの時計を見るといつもと変わらない時間に起きられたことを確認し、一つあくびをする。この世界でも元の世界と全く同じ方法で時間を表しているので分かりやすくてありがたい。
一つ難点があるとすれば、あまりにもベッドがふかふかで柔らかいということだ。枕も相当な柔らかさを誇り、普段の枕で寝ている修太郎にとっては若干違和感を感じる。もちろん、向こうで使っているのもそこまでひどい粗悪品というわけではないのだが、これはあまりに別格すぎる。比べるだけ失礼というレベルだ。これを客人に用意できるとはさすがは大金持ちといったところだろう。
だが、今は自分の待遇のことよりも自分の置かれている立場を把握しておくことの方が大切だ。とりあえず、今日はできることならばアレフス家のことについて聞いておきたかった。現状、分かっていることはほとんどなく由緒ある名家だという推測を立てるに留まっている。別に完璧に知る必要はないが、ある程度はこの家のことについて知っておかなくてはいろいろと不都合も出てくるだろう。そう考えた修太郎は身だしなみを整え、部屋に用意されていた服に着替えるとこの家の人間が食事を取っている部屋へと向かう。
すでに来ていたらしいカスミは修太郎が入ってきたのを見ると椅子から立ち上がり恭しくお辞儀をする。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「ああ、おはよう。もちろん、最高の寝心地だったよ」
「そうですか。それはよかったです」
カスミは嬉しそうに笑うと再度椅子に腰をかける。修太郎は一瞬その笑顔に見とれるが、すぐに気を取り直して食事が用意されている彼女の隣の椅子に手をかけて、カスミに確認する。
「えっと……。ここでいいのか?」
「はい。遠慮なさらずにどうぞおかけになってください」
修太郎は椅子を引くと、そのまま座る。そして、目の前に並べられた食事を見る。こんがりときつね色に焼けたパンが皿に置かれ、その横にはエビをメインに白いクリームソースとトマトで彩った皿がある。間違いなくこれがおかずだ。そして、さらにコーンポタージュらしきスープもある。修太郎は料理に関してはあまり詳しくないが、ヨーロッパのどこかの朝食だろうと考える。
そこでドアが開き、シャイナが中に入ってくる。シャイナは二人に一礼する。
「おはようございます。カスミ様、修太郎様。どうぞお召し上がりください」
「ありがとう、シャイナ。いただきます」
「……いただきます」
カスミに続いて手を合わせると、修太郎は食事に手をつける。食事の作法など必要最低限しか知らない修太郎は昨夜同様適当に食べ物を口に運んでいく。最初に口に入れたエビは言うまでもなく美味だった。
朝食を取った後、出されたナプキンで口を拭いた修太郎は隣に座るカスミに話しかける。
「不躾なことを聞くようで悪いんだが、一つ聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
「この家では何か面倒ごとでも抱えているのか?」
無礼な質問だということは分かっている。それでも、修太郎の考えが正しければ聞いておかなくてはならない。でなければ、面倒や厄介ではすまないことになる可能性もある。
修太郎の問いにカスミは一瞬表情を強ばらせる。だが、すぐに取り繕うと笑みを浮かべながら言う。
「いえ、とくにありませんが……」
「それならいいんだが……」
「どうして、そのように思われたのですか?」
「昨日、あのシャイナという使用人が、今、この家が大変なことになってるって言ってたのを思いだしたからだな。それと街の雰囲気からも何となくな」
あの闘技場のような建物から飛び出して、初めて街を目に入れたとき、人々にどこか覇気がないように見受けられたのだ。その時は魔物によるものだと解釈し、魔物を倒せば取り入る隙もできるかもしれない、などと考えたが今にして思えば違うことで悩んでいたのではないかという風にも考えられるのだ。
「そうですか……」
「別に何もないならそれでいい。無事に勝る有事などありはしないんだからな」
これは偽りのない本音だ。百の楽しいことよりも何もない平常の方がずっと価値があると心底思っている。そして、それは修太郎の望みでもあるのだ。
修太郎の言葉を受けてか、カスミは息を吐くと意を決したかのように口を開く。
「……分かりました。お話ししましょう」
「別に無理しなくてもいいぞ?」
「いえ、私も隠し事がそう得意な方ではありませんし、隠すほどのことでもありません。いずれ分かるでしょう。ですから、今のうちに話しておきます」
「そうか。それなら助かる」
修太郎としてはこの流れはありがたかった。聞き出したかったのは事実だが、無理に聞き出そうとして不興を買っては意味がない。可能なら彼女の口から自然に言わせたかった。
押してダメなら引いてみろ。それが成功したということだ。といっても、修太郎には押した記憶は一切ないが。
「実は最近この周辺で魔物による不可解な被害が多発しているんです」
「魔物による不可解な被害?」
「ええ。といっても、魔物に襲われるなどというものではありません。それはどこも同じですから。そうではなく、この周辺で不審死が多発しているんです。いずれも外傷などはなく、内蔵や四肢などが衰弱していたことから自然死としか言いようのない状態でした」
「それがどうして魔物と関係があると?」
「その不審死が魔力により引き起こされたということが分かったからです。ご存じのように魔物は魔力というものを持っています。それは我々人間にも存在し、魔物はその魔力を求めて人々を襲っています」
「ああ、それが?」
あたかも知っているという装いで返答したが、実際は初耳だった。特典を確認すると同時に見た情報の中には載ってなかった。だが、別段知らなくても問題はなかったので、とりあえず話の続きに耳を傾ける。
「ですが、今回の事件では被害に遭った方々の魔力に手をつけた痕跡が一切ないのです」
「魔力を奪おうとした痕跡がない?」
修太郎は眉をひそめる。今までこの世界で得た情報と統括するとこういうことだ。魔力とは人と魔物が持っている力であり、おそらく修太郎が特典で得たあの電撃の能力もそれを利用している。そして、その魔力を魔物は人から奪うことを目的とし、その魔力を一定以上奪うと進化することができる。確たる情報がないため推測だが、大体こんな感じで合っているはずだ。そう考えれば、確かに魔物が力を奪おうとしないのはおかしい。自らの進化の機会をみすみす逃す理由とは一体何なのか。
「それが原因で町衆の方にも不安が広がっておりまして。魔力を使える人間の仕業ではないのかという噂も流れているくらいです」
「まぁ、確かに魔力が奪われてないんじゃ、そう言われても仕方がないんだろうが」
「ですが、この街でこれだけの規模の殺戮を行える魔力と手段を持つ者は我がアレフス家をおいて他にないのです。もちろん、町衆の中にも魔力を持つ者は数多くおりますが、これほど大きな事件を引き起こすとなると、やはりアレフスに疑惑が向いてしまうのです」
その町衆の中に犯人がいるのではないのかと思ったが、大量殺人を行うとなると厳しいかと思いとどまる。
しかし、不可能ではない。実際、単独犯でも多くの人々を殺した凶悪犯は修太郎がいた世界にも山ほど存在している。というか、身近で約一名そういう人物を知っている。戦争が頻繁に起こっていた大昔なら、数十人くらい平気で殺した猛者も腐るほどいただろう。だから、一人で大量殺人を行うのは決して不可能ではないし、何ならやろうと思えば誰でもやれるだろう。
だが、それはあくまで長時間逃げ切ることを考えなければの話だ。それだけの人を殺せば当然足がつきやすくなる。戦争云々はあくまで敵兵を殺していたから見逃されていただけだ。そんなことを何の大義もなくやれば、現場に残された多くの痕跡からあっという間に捕まってしまうだろう。そうなると、確かにこういう大きな家に矛先が向いてしまうのも無理はないのかもしれない。
「なるほど。それでこの家が窮地に陥ってるってわけだ」
「はい。我々アレフス家は古くから魔物を殺し、この街を守ってきた名門。しかし、この件を放っておけば長年培ってきたその地位もあっという間に失墜しましょう」
「そいつは難儀な話だな」
相槌を打つと同時に修太郎は納得した。なぜ、ユキヒコが修太郎をあっさりとこの家に泊めたのか。それは獣型の魔物をあっさりと倒した修太郎の力を借りたかったからではないのか。
ユキヒコとてこの事件を放置するつもりはないのだろう。そんなことをしては、せっかく得た名誉も地位もふいにしてしまう。それだけは避けたいはずだ。
けれど、彼にはそれに対抗するだけの策が思いつかなかった。八方ふさがりに陥っていた中で修太郎は一筋の光明だったのではないか。そう修太郎は考えた。
ならば、この事件を解決できればこの家で確固たる立場を得ることができる。何としても、このチャンスを逃してはならない。
そうと決まれば善は急げだ。修太郎は詳細な話を聞くことにした。
「よかったら、詳しく話してくれないか? 俺も力になりたい」
「いえ、修太郎の手をわずらわせるわけには……」
「いいんだよ。俺がやりたくてやってるんだから。それとも、何か不都合でもあるのか?」
「とんでもない。あなたが力を貸していただけるのならば百人力です!」
カスミは嬉しそうに微笑むとあっさりと事件の詳細を話しはじめる。
「そうは言っても分かっていることは少ないんです。分かっているのは殺害に魔力を使っているということ。日が変わってから明け方までの間に起きているということ。そして、必ず路地裏で死体が見つかっていること。それだけです。亡骸から得られる情報があまりに少なくて、おそらく意図的に魔力による痕跡を残しているのだろうというのがアレフス家の医療団の見解です」
「なるほど」
確かにこれはなかなか厄介そうだ。まず分かっている情報があまりに少なすぎる。これではいつどこで次の事件が起こるか分からない。見た限り、この街は結構広い。全域を人海戦術で張るのは無理があるだろう。
芽があるとすれば、次の事件が起こったときか。そこで上手いこと死体を調べることができれば何かしらの手がかりを掴めるかもしれない。医者が何も分かっていない時点で望み薄ではあるが。
事件が起こるのを待ってもいいが、それでは確実性がない。ここは攻めていくしかない。
「なぁ、カスミ」
「はい」
「俺を事件現場まで案内してくれないか? できれば、一番最近のやつがいい」
「……分かりました。ですが、少々お待ちください。こちらで十分に準備をした上でご案内します」
「了解した」
これは賭けだ。何もない可能性の方が高いだろうが、うまくいけばこの事件解決の突破口が開ける。
修太郎は何としても手がかりを掴むべく、気を引き締めた。




