表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
相反せしモノたちが紡ぐ異世界記  作者: 夢屋将仁
第四章 陰の蠢き
58/81

一人目ー第四章 8話 ふけることなき夜

 夜。依頼を受けた修太郎は一応カスミに話を通した。これまで彼女を通した形で動いていた以上、無断で動くのはまずいと判断してのことだった。

 キューゲンペグはアレフスに対して敵対姿勢を見せている。だから、あまりいい顔はされないと思っていたのだが修太郎の予想に反してカスミの反応はあっさりとしたものだった。訝しがる修太郎だったが、カスミ曰く――。


『何も問題はありません。私の聞いた話が正しければ、その集落はコンフリクト地区に向かう上で障害になります。ならば、早々にその芽を摘んでおいた方がいいでしょう』


 だそうだ。できれば四地区を回りたい修太郎としては、そう言われては何も言えなかった。よって、明日から集落潰しに精を出すことにした。というより、したかった(・・・・・)



 その後、何となく夜風に当たりたくなった修太郎は旅館を出て、街の外れにある公園に来ていた。夜に街灯一つということもあって相当暗かったが修太郎にはちょうどよかった。

 公園のベンチに腰かける彼の頭にあったのは明日から遂行する予定の依頼ではない。帰ってすぐに旅館の浴室前の休憩室で出くわした朸との会話のことだった。


『聞いた? ……今日の昼、桐石くんが殺されたらしいよ』


 声を潜めて続けられた言葉に自分が息を()んだのが分かった。朸はそんな彼の様子にわずかに目を細めながらも話を続ける。


『第一発見者は近くを散歩してたおじさんで見つけたのは正午過ぎ。今回は殺されてから発見されるまでの時間が短かったということもあって、かなり正確に死亡推定時刻を割り出せたらしくてね。それによると十一時頃に殺されたみたいだ』


 十一時。ちょうど修太郎が意識を失っていた時間帯だ。いや、それだけではない。その時間は修太郎が意識を失って間もない時間帯だ。

 さすがに今日のことくらいは覚えている。去り際に時計を見たが、確かに十一時少し前を指していたはずだ。つまり、あの直後に研は殺されたことになる。別にありえないわけではない。修太郎は犯人を目撃していないが、あの工場に行くことができるルートは修太郎の通った道だけではない。それ以外の道を通って、研を襲撃したとも考えられる。

 けれど、修太郎は工場を抜けてすぐに意識を失った。そして、その意識のない間に偶然にも研は殺された。香奈や真梨奈と同じようなやり方で。



 ――本当に偶然なのか?



 さすがに三人も殺されたとなると少しは対策を打たなくてはまずい。この状況で楽観視することはできない。しかし、もし修太郎がやっていたとしてどう対策を打つというのか。

 特典を使用して意識を絶対に失わないようにしろとでも言うのか? だが、その設定は制限の適用範囲内だ。修太郎が違う対象に特典を使えば瞬く間に効力を失ってしまう。これでは何の対抗策にもならない。


「何が起こってるんだ……」


 その言葉が修太郎の胸中を占めている。勝喜から聞かされた裏切り者の話。その直後に流れたノイズまみれの理解不能な映像。そして、その後二度に渡って起こった謎の意識消失発作。あまりにもおかしなことが起こりすぎている。



 そして、修太郎視点犯人不明の香奈、真梨奈、研の三名が殺害された事件。いずれも刃物のようなもので殺害されているという。手口は全く同じ。つまり、同一人物による犯行の可能性が高いということだ。


「…………やめだ。これ以上考えても推測の域を越えることはねえ」


 修太郎はそう呟くとベンチから立ち上がって、街の方へと向かうことにした。



 変に考え込んでしまったせいで逆に気分が沈んでしまった修太郎は今度こそ気晴らしをするべく、適当に街をぶらついていた。この周辺はいわゆる夜の街というらしく居酒屋から賭博場や風俗店まで何でもあった。おまけにこっちの世界では時代錯誤に感じる毒々しいネオンで建物が照らされており、夜なのに眩しいくらいだった。

 最初に訪れた街から離れる度にいかにカザシ地区が時に取り残されているかが分かる。まぁ、歴史を大切にしていると言ってやるのが正しいのだろうが。


「ん?」


 修太郎は妙な音に気付く。この時間でも周辺は騒がしかったが、それでも充分聞き取れるほど異常な轟音。そちらの方に耳を傾けてみると何か言い争っているようにも見える。周囲の人間も音の発信源が気になるらしく、チラチラと一方向に目を向けている。


「酔っ払いの喧嘩か?」


 それにしては先ほどの轟音は異様だ。とくにすることもなかった修太郎は何の気なしに騒ぎの中心へと歩いていく。特典で身体能力を強化した修太郎にとって、人混みをかき分けて最前線まで進むことは容易だった。



 そこにいたのは十数人の男女。どうやら、二つのグループが揉めているらしい。片方は若年層ばかりで、ピアスや刺青を彫るなどいかにも不良集団といった風体のグループ。もう片方は体格がいい者もチラホラいるが、年齢層がバラバラなよく分からないグループ。だが、修太郎は後者の中心人物らしき少年に見覚えがあった。



 その少年を見て何をやっているんだと呆れながらも修太郎は事の推移を見守ることにした。よく分からないグループ側の中年の女性が額に脂汗をかきながらも叫ぶ。


「だから、いつまでもこんなところに留まってないでどこか行ってください! 通行の迷惑なんです!」


「あぁんっ!? オレらがどこで何しようが自由だろうがよ!」


「もっとわきまえろと言ってるんだ。自由とは身勝手を許すという意味ではない」


「んだと! てめえ!!」


 不良集団はそう言って凄むが少年はまるで動じない。少年の言葉は正論だ。けれど、正論が通じない馬鹿というのはいる。おまけにあの不良たちは明らかに粋がってるだけの馬鹿だった。少年に図星をつかれても胸ぐらを掴むことすらせず怒鳴るだけに留めてるのがいい証拠だ。見た目と大声以外に能がない雑魚。喧嘩の腕に関しては境の街の自警団を名乗っていたゴロツキにも遠く及ばない。そんなことは渦中にいる少年も当然気付いているだろう。



 修太郎は思わずため息をついてしまった。それをリーダー格の少年は耳ざとく聞きつけたらしく、修太郎の方を見て顔を明るくさせる。


「櫛山! 元気そうだな!!」


「ああ。できれば、こんな形で再会したくはなかったよ。炎崎」


 修太郎は肩をすくめて言う。そして、同時に思う。どうして、この状況で声をかけたのだと。少年――炎崎龍河は正義感が強い少年ではあるのだが、たまによく分からないことをするのが玉に瑕だ。善継が彼の単独行動を許したのはこういうところがあるからではないかと邪推してしまう。



 案の定、修太郎に関心が向いている。こうなれば、この後の展開など馬鹿でも読めるというものだ。


「何だ! てめえ! こいつらの仲間か!」


 不良グループの一人が騒ぎ立てる。あまりの音量に修太郎は顔をしかめる。


「うるせえな。怒鳴るしか能のねえ分際でギャーギャー叫ぶな。ウジ虫が」


「んだ……っ!」


 言葉は――否、怒鳴り声は最後まで続かなかった。なぜなら、不良集団の主格と思わしき金髪の青年の顔面に修太郎の拳が寸止めされていたからだ。


「ひ……っ!」


 金髪の青年は尻もちをつく。やはり、修太郎の見立て通りだった。こいつらに他人と喧嘩できるだけの度胸はない。



 修太郎は分かりやすく盛大なため息をつく。それに不良集団は体をびくつかせる。龍河が率いていたグループも他の群衆も修太郎の動向を固唾を飲んで見守っている。龍河も口を出す気はないらしく、黙って修太郎を見ている。



 彼らの様子に心中で呆れながらも修太郎は冷めた目を不良集団に向ける。そして、それ以上に冷めた声でドスを利かせながら警告するように言う。


「今のはこいつらに対する俺なりの礼儀ってやつだ。てめえらに対して配慮したわけじゃねえ。もし、やろうってんなら、その汚え顔面――原型を留めていられると思うなよ」


「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 不良集団たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃亡する。人混みにぶつかりながらも、必死に逃げるその様は笑えるほどに滑稽だった。

 せめて粋がるならこれくらいしてくれないと話にならない。これでようやく群衆が馬鹿にする社会のごみまでいけるというものだ。怒鳴るだけで直接手を出すことすらためらい、あまつさえいざ殴りかかられたら怯えて逃げ惑うなど腰抜け以外の何物でもない。



 修太郎は無様に逃げる彼らを見て嘲笑し、それから龍河たちの方に体を向ける。龍河以外のグループの人間は体を震わせるが、龍河は修太郎をジッと見る。その視線を受けて修太郎は頭を掻きながら謝罪する。


「悪いな。邪魔しちまって」


「いや。今のは俺が悪い。俺が声をかけたせいでお前が絡まれたのは事実だからな」


「そうか」


 まぁ、確かにあの場面で修太郎に話しかける必要はなかっただろうな、と修太郎は思う。せめて、全てが終わってからにしてほしかった。

 話しかけてくれたおかげで修太郎に注目が集まってしまった。おかげで龍河たちだけで解決できたはずの案件に首を突っ込む羽目になってしまった。だが、ああなってしまっては退く選択肢はない。あんなカスに頭を下げるのはさすがにプライドがなさすぎる。



 ひとまず気を取り直して、修太郎は後ろの集団について尋ねることにする。


「んで? その後ろの人たちは一体何だ?」


「ああ。この人たちは俺の正義に共感してくれた勇気ある人々だ。俺は今のところは彼らと治安維持のためにこの近辺の巡回や揉め事の解決なんかをやってる」


「なるほど。陰見から離れてそんなことしてたんだな」


「まあな。活動を重ねていくうちに志を共にする人がどんどん増えて、今は『天誅(てんちゅう)同盟』なんて名乗ってる。……っと、一応皆にもお前のことを紹介しておいた方がいいか?」


「いや、いい。自分のことは自分で言うさ。どうも。櫛山修太郎です。以後お見知りおきを」


 修太郎が軽く頭を下げると後ろの集団も慌てて頭を下げる。だが、明らかに集団がどよめいている。同時に後ろの群衆からもざわつきが聞こえてくる。修太郎は怪訝そうに眉根を寄せるが、その答えになりそうな言葉を集団の一人が口にする。


「もしかして、第八の境の街に蔓延ってたというゴロツキたちを一掃したのは……」


「あー……。多分俺っすね」


 結構離れているはずだが、どうやら、ここまで噂は流れているようだ。正直あんな連中をぶちのめしたくらいでこんな遠くまで話が伝わるものなのかというのが本音だけれど。それとも、流言蜚語(りゅうげんひご)が嘘から出た真に成り代わっただけということなのか?



 あるいは龍が関係しているのかもしれない。あの恵比寿龍と名乗った青年は普段はアデワデ地区で活動していると言っていた。彼の口から情報が流れた可能性もある。まぁ、どちらでも構わないが。


「まぁ、頑張れよ。俺も陰ながら応援してるからよ」


「ああ。見ててくれ。俺は必ずこの世界に希望をもたらしてみせる!」


「おう。その意気だ」


 胸を張って言う龍河に修太郎は思わず鼻で笑ってしまいそうになる。けれど、正馬と違って彼を否定する理由など修太郎にはない。だから、適当ながらも彼を応援するようなことを口にする。他意はない。



 それよりも、あの不良集団を追い払ったせいで不要な注目を浴びてしまった。これ以上ここにいる意味はない。明日からの集落潰しに影響が出たら元も子もない。


「じゃあ、俺はもう行くわ。またな」


 それだけ言って修太郎はさっさとその場から去っていく。後ろから制止の声が聞こえてくるが無視だ。

 街から抜けて人目の少ない路地裏まで立ち止まることなく歩いてきた。修太郎はそこでようやく歩く足を休め、手近なドラム缶にもたれかかる。



 思わずこぼれるため息。だが、それは先ほどの騒動に対するものではない。修太郎は天を仰ぐ。


「くだらねえ茶番。くだらねえ寸劇……か。なぁ、てめえはどう思うよ? 名も知らぬ恩人よ」


 修太郎はどこかもの寂しげな表情でそう呟いた。まるで、この後に起こる惨劇を憂えるかのように――。


























 ○○○○○


 (くら)(くら)い夜。何もない、されど騒々しい夜。真夜中の街を歩いていて真っ先に思ったことだ。

 毒々しいネオンを尻目に笑う。こんなものは紛い物の光にすぎない。紛い物は剥がされるが道理。そして、剥がされてしまえば実像はつまらないものだ。そう考えてしまえばひどく退屈なものだが、こういう夜こそ食らうのに相応しい。



 さぁ、今日の獲物はどうしようか。そこらで歩いている有象無象を標的にしようか? それとも、そこで先ほど肝を冷やす思いをしたにもかかわらず未だに粋がっている不良集団でも殺してみようか。



 そこまで考えたところで口元を歪める。自分の無意味な思考に街中にもかかわらず、思わず噴き出しそうになる。


「そんなものは決まっている」


 そう呟き、街を歩く。自分でも禍々しい笑みを浮かべていることが分かる。その証拠に周囲の人間は怯えた表情で道を開ける。こういうのを食らうのも悪くはないが、今は放置だ。



 何となく河原を降りて、橋の下に入っていくとおあつらえ向きのものを見つけた。本丸には及ばないが前座としては申し分ない。表情を一瞬で人のいい笑みに変えて、獲物へと近付いていく。



 視線の先にいたのは龍河と奴に群がるコバンザメどもだ。龍河の側にいてどんな利益があるのかは知らないし、興味もない。だが、今宵の水端(みずはな)にはちょうどいい。


「おっ!」


 龍河はこちらを見てニコリと笑う。人のいい笑み。こちらを一切疑っていない屈託のない笑み。それがあまりにも滑稽すぎて、思わず笑い返してしまう。


「どうしたんだ? こんなところで」


 気安く話しかける龍河の態度を見て他の連中もなぜか戸惑いの表情を見せる。だが、烏合の衆などどうでもいい。それよりもこの赤髪の少年だ。龍河は何か話しながらこちらに近付いてくる。しかし、それを最後まで聞いてやるつもりはない。というより、一言も聞くつもりはない。

 無手の状態だった右手に刀を出現させ、何のためらいもなく龍河に振るう。隙だらけだった龍河は一瞬で斬り殺される。その勢いのまま他の連中も殺害する。



 あまりにも突然すぎて彼らは我が身に何が起きたか理解できていないだろう。連中は大量の血を流し、呆然とした表情でその場にくずおれる。これで一丁上がりだ。だが、こんなものではまだまだ足りない。


「つぎは、あいつダナ」


 血みどろの惨状を背に嗤いながら立ち去る。狙うは奴らだ。あいつらを始末することが当夜の使命だ。



 服や顔についた返り血は当然消した。これは移動に邪魔だ。余計なものに絡まれても面倒だ。



 今は一刻でも早くあいつらを見つけることだ。望めば叶う、何事も。どこかで聞いた言葉だったが、これは真理だ。なぜなら、先ほどのお楽しみから十分と経たずに標的を見つけ出すことができたのだから。



 そこにいたのは三人。一人はパジャマ姿でベッドに横になっている。残った二人も部屋着でそいつの側にいる。見たままを言うならば、寝ている一人を他の二人が看病しているといったところか?

 考えていても仕方がない。とりあえず、話しかけてみることにする。


「――――」


 声をかけると体を跳ねさせ、驚いた顔でこちらを見てくる。何を驚くことがあるのだろうか? 確かに不法侵入の形にはなったが、きちんと正面から声をかけた。文句を言われる筋合いはないはずだ。

 だが、三人の内二人がこちらを睨んでくる。残った一人は顔色が悪い。かわいそうに、何か恐ろしい物でも見てしまったのだろうか。


「てめえ。何のつもりだ?」


 リーダー格の少年がこちらを睨めつける。さすがは最強の実行部隊、闇天の五大戦力の一人。相当な迫力だ。寝たきりになっていない少女もその見た目からは想像がつかないほどの怜悧な瞳をこちらに向けてくる。


「――――――」


 だが、この程度では何の恐怖も感じない。ニヤニヤと笑いながら適当なことを口走る余裕すらある。


「まともに話す気はねえか。なら……」


 少年は右手に本を取り出す。表紙に何も書かれていない無地の真っ白な本。それが徐々に赤く染まっていく。


「ちょうどいい。新しく練った演劇の実験体になってもらうぜ」


 少年の言葉と同時に体に異変が起こる。着ていた服が変質し、変貌していく。どうやら、こいつの特典は周囲に影響を与えるタイプのもののようだ。

 だが、それだけだ。そんなものは何の障礙にもならない。


「ぐはっ!」


 自分に起こった変化を瞬時に無効化し、左手に出現させた刀で逆袈裟に少年の体を切り裂く。両断された少年の体は二つに分かれる形で崩れ落ちる。この時点ですでに少年の目に光はなかった。


「免!」


 それに二人の少女が動揺し、座りながら臨戦態勢を取っていた方が叫ぶ。その隙を逃さずに二つの斬撃をほぼ同時に放つ。それは二人の首をはねるには充分すぎた。



 純真無垢のシーツが敷かれたベッドは全てが紅色に染まっている。死体がなければ大量の赤ワインをベッドにばらまいてしまったように見える。だが、死体がある以上その表現は不適切以外の何物でもない。



 くだらない。いずれにしても、殺したかった奴ら――免、陽葵、数理の三人を殺した。とにかく、本命は殺せたのだ。今日はこれで終わりだ。



 最初の頃は興奮もあったというのに今となってはそれもない。まぁ、こうもあっけなく終わってしまっては無理からぬことか。最初から分かりきっていたことだ。だが、せめてもう少し歯ごたえというものが欲しいというのが本音だ。ここまで、ほぼ不意打ちで殺してきてる人間が言っても説得力はないだろうが。

 さて、ではそろそろ戻るとしよう。もう何もすることもない。時間を無為に過ごすだけだ。



 もう一度三人の亡骸を見下ろすと、静かに元来た道へと戻る。この先は特筆することなど何もない。亡霊のようにゆらゆらと揺れるように歩きながら、意識は静かに宵闇に消えていく――。







 ――そこで目が覚めた。修太郎は息を激しく乱しながら上体を起こす。


「今のは……夢か……?」


 修太郎は呆然と呟く。印象に残る悪夢。だが、あのシューゴと名乗る謎の少年と遭遇した日の夜に見たものとは違う。あれは十年前――過去に体験した追想。これは身に覚えのない殺人の夢。似ても似つかぬ夢。しかし、修太郎はあの夢とこの夢は無関係ではないと直感で感じていた。



 殺人を犯す夢。まるでスナッフフィルムのような悪夢。だが、あれはただの夢ではない。それ以上のことが分からないことにもどかしさを覚える。


「くそっ!」


 修太郎は枕を殴る。鈍い音がする。カバーが破けて中のクッションが露わになる。けれど、修太郎にとってそんなことはどうでもよかった。



 この期に及んで殺人を唾棄すべき悪行だなどと言うつもりはない。そんな綺麗事をほざくには彼の手はあまりに(あか)く染まりすぎた。だが、たとえ修太郎が救いようのない悪人だとしても、この夢は見過ごせなかった。



 見過ごしてはいけない。見逃してはいけない。看過してはいけない。これは予感ではない。れっきとした事実だった。


「……もう一度寝る気にはなれねえな」


 修太郎は舌打ち混じりに言う。今の時間は三時を少し回ったところだった。起きるにはあまりに早すぎる時間だったが、二度寝をする気も起きない。ならば、少し気分転換でもした方がいいだろう。


「もののついでだ。一応、確かめておくか」


 先ほどの夢が現実なのかどうか。正直、現実でも虚構でもどちらでもよかった。どうせ、どちらでも大差はない。



 そう。違いなどどこにもないのだ。彼が生きていく限り、周りの人間に起こる出来事は些細なものでしかない。それだけは決して忘れてはならない。彼が本当に貫くつもりなのであれば。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ