一人目ー第四章 7話 キューゲンペグ
「はぁ……」
小さくため息をつく修太郎の顔は浮かなかった。当然だ。また意識を失ったのだから。今回は修太郎の記憶が定かならば三時間程度ですんだようだが、短時間であろうと意識がなくなって気分がいいはずがない。おかげで昼食もかなり遅めに取ることになってしまった。
また何かやらかしていないか不安だ。正確に言えば自分にとって不利益なことをやらかしていないかが不安だ。
沈んだ気分のまま旅館までの帰路を歩いていると、真正面から免がやってくる。今回は一人だ。陽葵や数理は連れていない。
だが、修太郎は特に何も思うことなく、その横を通り抜けようとする。だが、あと十数歩というところで免は立ち止まり、こちらに視線を向ける。
「よお」
「ああ」
話しかけられた以上、修太郎は素直に答える。とはいっても、かなり適当な生返事だったが、免はとくに気にした様子もなく続ける。
「元気がないな。何かあったのか?」
「まぁ、いろいろとな」
できれば、あまり深く聞かれたくない修太郎は適当に言葉を濁しながら免の横に視線を移す。
「そう言うお前こそ他の二人はどうしたんだよ?」
「ああ……。陽葵と数理なら今は家で休ませてる」
「休ませてる?」
「どうやら、数理が今日の昼頃に嫌なものを見たらしくてな。夕方に戻ってきたあたりから元気がなくてな。それで陽葵についてもらってるんだ」
嫌なもの。修太郎はそれに妙な違和感を感じる。免が嘘をついているという感じではない。ただその嫌なものに引っかかりを覚えたのだ。何かを感じさせたと言ってもいい。
修太郎は小さくため息をつく。修太郎の内心をある程度悟ったのか免は苦笑する。
「気になるのか?」
「気にならねえと言えば嘘になるな」
「そうか。俺もだ。数理は優しい女だがそこそこ修羅場を潜っている。そんな奴があそこまで怯えるってことは相当とんでもないもんを見ちまったってことだ」
それに修太郎の顔色がわずかに悪くなる。今日の昼頃に数理が見たと思われるとんでもないもの。それが何なのかは分からない。ただ今日の午前十一時に研が殺されていることと何か関係している気がして仕方がなかった。
免は考え込む修太郎を見て肩をすくめる。
「まぁ、証拠も何もない当て推量だ。そこまで深く考えることもない。それにたまにはこういうのも悪くないしな。それよりも悩みがあるんなら、少しくらいは相談に乗ってやろうか? 闇天に共に身を置いてるよしみでな」
この男は名門久我路家の嫡子。そして、あの怪物が直々に指揮する精鋭部隊『闇天』の五大戦力の一つに数えられている英傑だ。その実力はこちらで特典を得る前から裏世界で知られる程度には高い。
まぁ、こいつが裏切り者である確率もあるが今は置いておく。予感が反応していない以上は問題ないだろうという判断だ。もっとも、この予感も絶対ではないが、それでも信憑性は充分だろう。
そう考えた修太郎はとりあえず勝喜の言っていた裏切り者について話すことにした。この男はそちらにおいては修太郎以上の経験と知識を有している男だ。状況が好転する可能性は低くない。
修太郎の話を聞いた免はくつくつと喉を震わせるように笑う。
「裏切り者……怪しい奴……ね。そんなの聞くまでもないんじゃないか?」
免は皮肉混じりの笑みを浮かべながら言う。修太郎はそれに眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「お前は分かっているはずだ。同胞で怪しい人間が誰なのか……」
「…………」
その問いにすぐには返答できなかった。黙り込む修太郎を免は愉快そうに口元を歪めて見つめる。
確かに怪しい人物の目星はついている。だが、それを口にはできなかった。いや、口にしたくなかった。なぜなら、容疑者は修太郎の数少ない友人とおせっかいな幼馴染みだ。彼らを疑うことに、多少なりとも感傷はある。
朸と唯のどちらか、あるいは両方がクラスを裏切っている可能性。それはあってはならない可能性であり、そして、現状そうでなくては訳が分からなくなってしまう可能性でもある。
だが、彼らに目星を付けたところでどうしろと言うのか。仮にあの二人が裏切っているとして、二人の目的は一体何だ? それが分からない以上下手には動けない。
「まぁ、何でもいいがな。あまり無茶はするなよ」
「分かってる」
修太郎は短く答えて、免の横をすり抜けていく。通り過ぎて数メートルほど離れたところで、免が何かを思い出したかのようにああ、と小さな声を上げる。
「ああ。そういえば一つだけ伝え忘れていた」
「……何だ?」
「お前は裏切り者とやらにばかり気を取られているようだが、せいぜい気を付けることだ」
「だから、何にだ?」
苛立ち混じりに修太郎は先を促す。それに免は喉をくつくつと震わせるように笑いながら答える。
「決まっている。三十二人目のクラスメイトにだよ」
「は……?」
あまりにも突拍子もない言葉に修太郎は固まる。三十二人目のクラスメイト。そんなものが存在しているなど聞いたことがない。頭の中に数多くの疑問がよぎるが、それ以上免が言葉を紡ぐことはなかった。免は小さく肩をすくめるとそのまま立ち去る。修太郎は呆然とその背を見送ることしかできなかった。
「三十二人目……だと?」
ありえない。そんなものが存在するはずがない。修太郎のクラスは三十一人しかいないはずだ。それこそ学校の七不思議などでよくある幽霊でもクラスに取り憑いていない限り三十二人目のクラスメイトなど在籍しているはずがないのだ。
まさか、成美のことを言っているのか? いや、そんなはずがない。それならばクラスメイトなどと表現しないだろう。
免の言う三十二人目のクラスメイトとは一体誰のことを指しているのか。
修太郎は混乱している頭を冷やすために盛大に息を吐く。形だけでも落ち着きを取り戻した修太郎は冷静に思考するべく頭を可能な限り正しく回そうとする。
確かに三十二人目のクラスメイトとやらも気になるが、それよりも先ほどの免との会話で一つ思い出したことがある。会話の内容とは関係ない。されど、見過ごせない程度には重要なこと。
――それは満月が天女だという話だ。
なぜ、自分は今まで忘れていた? そう聞かれれば興味がなかったからとしか答えようがないが、それでも取っかかりになりそうなのは事実だ。
修太郎を含むほぼ全てのクラスメイトが生まれ育った村がある。その名を天女村という。そこにはこんな伝説があった。
曰くどんな願いでも叶えてくれる天女が全ての理想郷である美界にいる――と。
その伝説に固執している者は多い。あの年増や数学狂いがいい例だ。けれど、修太郎は眉唾物だと思っていた。そんなものは存在しないと思っていた。美界と呼ばれる地など、どこにもないと思っていた。だが、この異世界が美界だとしたらどうだ?
正直願い云々はさほど興味はない。だが、もし満月が本当に件の天女だったらどうなる? 何でも願いを叶える存在だとして、それを放っておいたらどうなる?
大金持ちになりたいとか容姿端麗な異性に囲まれたいなどという小さな願いならいい。どんな願いでも叶えられると聞いてその程度の願いしか持てない奴ならば何の問題もない。修太郎のように絶大な力を有してしまうこともあるが、その人物が狭量な小物であれば付け入る隙などいくらでもある。しかし、もし小物であろうと、とてつもなく邪悪な願いを叶えたいと思っている者に渡れば……。
――面倒ごとではすまない。下手をすれば、取り返しがつかないことになりかねない。断定はできないが、天女にはそれを実現することができるだけの力があるのではないだろうか。だからこそ、谷崎啓也は満月を攫ったのではないか。まぁ、自身の欲望を満たすためという理由があったのは満月救出の状況からも明らかだが。
もちろん、まだまだ仮説だ。証拠は何もない。けれど、放っておいてはまずいと予感が告げている。
そうなると昨日満月に問い詰めたのは軽率だったか。あの時点では多少リスクを背負ってでもやる意味があると判断したために強行したが、それがここに来て裏目に出ている。今の状況で満月に再び接触しても、彼女はあまりいい顔をしてくれないだろう。
どうしたものかと思いながら旅館に到着する。ロビーまで歩いていくと複数並べられたソファの一つに見知った人物が座っていた。側には黒いスーツを着た男女が控えていた。
その人物は修太郎を見ると、小さく笑って立ち上がる。
「昨日ぶりかな? 櫛山くん」
「セーザツ・キューゲンペグ……」
セーザツは友好的な笑みを浮かべて修太郎に近付いてくる。それに伴って、護衛らしき男女もこちらにやってくる。修太郎は内心舌打ちしながらも、真顔のままセーザツの出方を窺うことにする。
「いきなりで申し訳ないんだけど一緒に来てくれないかな?」
「あ?」
思わず不良じみた声を返してしまう。だが、それに気分を害した様子を見せず、セーザツは笑みを深めた。
修太郎はセーザツに誘われるがままに馬車でキューゲンペグの屋敷まで来ていた。本邸らしく、相当でかかったがそんなことはどうでもいい。修太郎は旅館を出たときから応接室だという部屋に案内されるまで、ずっと無言だった。
セーザツに促される形で上等な赤い椅子に座ると開口一番問う。
「……俺に何の用だ?」
「いきなりだな」
前置きも何もない修太郎の質問にセーザツは苦笑する。修太郎は鋭い眼光でセーザツを睨みつけるだけで何も言わない。それ以外に問うことなどない。気になることがあるとすれば、これだけ敵意をむき出しにしているにもかかわらず護衛らしき二人が動きを見せないことくらいだ。だが、そんなものは今はどうでもいい。
「こっちもご要望通り、いきなり本題に入ってしまいたいところなんだけどね。その前に君に会ってほしい人間がいるんだ」
「会ってほしい人間?」
「ああ。入ってきてくれ」
セーザツの呼びかけで扉が開く。扉の向こうから壮年の男性と年若い女性が入ってくる。一瞬親子かとも思ったがそれはないと即座に判断する。あまりに顔が似ていなさすぎるからだ。
一人は長身痩躯の冴えない男性。もう一人は血のように真紅のような髪に雪のように白い瞳を持つ美女。これで親子だと言われたらDNA鑑定をしろと即行で叩き返すところだ。
二人は中に入ってくると丁寧な所作でお辞儀をしてくる。まずは壮年の男性の方が自己紹介を始める。
「お初にお目にかかります。私はネメノグ・ブレナントスという者です。そして、こちらが……」
「はじめまして。セレナ・キューゲンペグです」
「この二人は僕の側近と従妹でね。此度は正式なキューゲンペグの依頼ということでこの場に来てもらったんだ」
その発言でどうやら、セーザツの用件とは修太郎に何かを依頼することだということが分かる。だが、今はそんなことはいい。それよりも修太郎はセレナと名乗った美女を直視していた。
修太郎はセレナを見た瞬間激しい既視感を覚えた。それは勘違いなどではない。修太郎は彼女とどこかで会っている。そして、どこで会ったのか修太郎はすでに分かっていた。
似ている。十年前の大晦日に会ったあの子供と。
父、修司が嵌められ、ふさぎ込んで、どうしようもないものを追い求めていたときに出会い、救われた、あの日の思い出が修太郎の胸を満たしていく。
これは偶然なのか。それとも――。
「依頼っていうのは何だ?」
いろいろなものが頭の中で巡っていくが、修太郎の口は勝手に動いていた。セーザツは不敵な笑みを浮かべる。
「実は少々――いや、かなり鬱陶しい集落があってね。それを潰してほしいんだ」
御託も前置きもなしにいきなり告げられた依頼内容に修太郎は訝しがる。セーザツはなぜかブレナントスとセレナに目配せをして、話を続ける。
「昨日も言ったが君のことは聞いてる。人型を殺し、四大名家の当主の一人、谷崎啓也を殺害した。紛うことなき大罪人にして大英雄だ。それだけの力があればちょっと強いだけの用心棒がいる程度の集落なんてたやすく潰せるでしょ?」
「ちょっと強い用心棒ねぇ……」
どこかで聞いたような話の流れだと修太郎は思う。記憶を探るまでもなく、数日前に公平に依頼されたときだ。彼は光一たちを人型を殺した化物たちと称していた。
無論違う可能性はある。この世界で強い人間もいくらでもいるだろう。だが、修太郎は何となくその用心棒が自分の知っている人間のような気がしていた。
「もちろん、報酬は弾む。欲しいものがあれば何でも言ってくれ。可能な限り、用意する。それを報酬として君に与えよう」
「そうかい」
ぞんざいに答えながら、修太郎は考える。カスミと行動を共にする内にいろいろと面倒ごとに巻き込まれただけで修太郎は便利屋というわけではない。
これは明らかにキューゲンペグの私欲を優先した依頼だ。受ける義理などどこにもないが、その用心棒というのが少しだけ気になる。
それに何でも望む報酬というものに心惹かれないわけでもない。嘘八百の可能性は充分にあるが仮にも四大名家の当主。それを叶えるくらい造作もないだろう。まぁ、嘘の可能性は十二分にあるのだが。
とりあえず、まずは情報を手に入れないことには話にならない。その用心棒の情報を聞いてから受けるかどうか決めようと修太郎は考える。
「とりあえず、その集落や用心棒とやらの情報を分かってるだけくれ。まずはそれからだ」
「それは受けてくれると見ていいのかな?」
「さてな。受けるかどうかは聞いてから決める……と言ったら、心証は悪いか?」
修太郎は挑発するような言葉を投げかけつつも、セーザツ以外の四人のこともさりげなく観察する。ブレナントスとセレナは少しも動じた様子を見せない。護衛は女性の方がほんの少し眉間にしわを寄せているがそれだけだ。男性の方は心なしか笑いを堪えているようにも見える。
どうやら、この程度では揺さぶりにもならないらしい。そして、それはセーザツも同じようで困ったように笑いながら口を開く。
「いいや。それを言えるだけの実績が君にはあるからね。咎めはしないさ。元々こっちから持ちかけた話だしね。じゃあ、話すよ」
そう言ってセーザツは詳しく話しはじめる。その救いようがないともいえる依頼内容を。
「実を言うと、その集落ってのは昔から僕らキューゲンペグ家にとっては厄介な存在でね。まぁ、古くからの土着の連中が住み着いてるチンケな田舎町なんだけどさ。そいつらが僕らのやることを毎回非難してくるんだ」
「目の上のたんこぶってやつか?」
「いかにも。それでそいつらを潰すためにいろいろ動いてきたんだけど、向こうにも手練れが多くいてね。なかなかうまくいってないんだ。癪な話だけど、うちの『対魔兵団』と渡り合えるだけの力を持っている奴が多いのが特徴でね、とくに恵比寿という男は若いながら相当な実力者だと聞いてる」
修太郎はその名に聞き覚えがあった。確か一番最初に訪れた境の街で自警団を名乗るゴロツキたちと行動を共にしていた男だ。思い返せばアデワデ地区の小さな集落を拠点にしているといったことを言っていた気がする。
あの時は攻撃を止められて驚いたものだが、今にして思えばそこまで大した男ではなかった。それに保険も仕込んでいる。万が一にもあの男が修太郎に害を及ぼすことなどできはしない。
問題なのは用心棒とやらの方だ。そちらが修太郎の想像通りの男だった場合、かなり面倒なことになるだろう。
「おまけに新しく入ってきた用心棒ってのがなかなかのツワモノでね。この数日で急に現れたんだけど、こっちの精鋭を軒並み倒してくれたんだ。三人組なんだけどね。その主格は戸北真人というらしいんだが、証言によるとこいつが一番強いらしい」
予想通りだった。修太郎は内心ため息をつきながらも、セーザツの言葉に同意する。
「だろうな。数々の修羅場を潜ってきた奴だ。多少強いだけの雑魚じゃ、幾千幾万と群がろうと歯が立たねえだろうよ」
「知ってるの?」
「ああ。一応な」
戸北真人。クラスの不良グループのリーダーにしてその筋に育ってきた歴戦の怪物。そこらの不良とはわけが違う。真人は光一とは比べものにならないほどの実力者だ。修太郎の主観も多分に入っているとはいえ、客観的に見てもこの事実は覆らない。温室育ちで謀略を張り巡らせ、手駒に荒事をやらせてきた光一と幼少から争いに身を投じ続けてきた真人。どちらが強いかなど自明の理だろう。
「なら、話は早い。君も知っての通りこいつは化物なみに強い。だから、君にこの男ごと集落を潰してほしいんだ」
「化物……さっきは、ちょっと強いだけっつってたろーが」
「ごめんね。見栄張っちゃった」
舌を出して、軽い調子で謝るセーザツに修太郎はため息をつく。この間も他の四人は一切動かない。セーザツに委ねているのだろうが、この軽すぎる男に交渉が向いていると彼らは本気で思っているのだろうか。
いや、四大名家の当主である以上逆らえないというのが真実なのかもしれないが。
はっきり言って受ける理由などどこにもない。カスミを通したものでもないのだ。ここは断るのが筋というものだろう。
けれど、それではつまらない。元より安定を好まない修太郎だ。最近はやや無難に動いていたが、少しくらいはっちゃけてみても悪くないだろう。それに真人と腕試しをしてみたいという気持ちもあった。
「いいぜ。やってやる。どうせ、暇だしな」
「ありがとう! ……よかった! 断られたらどうしようかと思ったよ!」
修太郎の返事にセーザツの顔が明るくなる。だが、修太郎は後半の彼の言葉にツッコみたくなった。
――断ったら、後ろに控えてる四人で脅そうとしてたんだろ?
内心毒づく。もちろん、セーザツの真意は分からない。そもそも、この四人では修太郎を脅すことなどできないことくらいは分かっているはずだ。しかし、修太郎の推測もあながち的外れというわけでもないだろう。
どちらにせよ、長居する理由はない。聞くことは聞いた。言うことも言った。もう、ここに滞在する理由はない。
「じゃあ、俺は戻るぜ。もう今日も日が暮れそうなことだし、本格的に動くのは明日からでいいよな? そして、俺一人で動く。増援はいらねえ」
「まぁ、こっちは期限設けるつもりないからのんびり動いてくれていいけど、応援は本当に必要ないの?」
「ああ。別にあんたらがよこす人材がボンクラだなんて言うつもりはないんだが、一人の方がいろいろ動きやすいんだよ」
「ふーん。なら、君の要望通り、応援は送らないよ。何か必要になったものがあったら遠慮なく言ってくれ。元々私利私欲も同然の依頼なんだ。支援を惜しむつもりはないからさ」
「分かった」
修太郎は短く答えて入口の扉に向かう。男の護衛の方が無言でついてきたが修太郎の知ったことではない。案内兼監視の役目を請け負っているのだろうが、案内など不要だし、この屋敷に何かしようとする気もない。余計なお世話というやつだ。
屋敷を出たところで男の護衛は一礼し、離れた。修太郎はそれを一瞥することすらなく進む。途中で馬車を出すと言われたのでお言葉に甘えておくことにした。別にどちらでもよかったからだ。
戸北真人。クラス一の不良ははたしてどの程度なのか。特典なしでもその武勇は修太郎の耳に入っていた。特典を手に入れた今、どれだけの力を有しているのか。
修太郎は密かに楽しみだった。まぁ、他に楽しみがないと言われてしまえばそれまでなのだが。
○○○○○
集落。その西部に集落の人間にとっての救世主たちがいた。その主格である茶髪を刈り上げた少年――戸北真人は両手を枕にする形で絨毯の敷かれていない床に仰向けになっていた。ぼんやりと天井を見つめるその目からは感情を読み取ることはできない。
そこでドアがノックされる。真人が入室を許可すると巨漢と呼ぶに相応しい大柄な少年が入ってくる。二メートル近くあるだろう身長にがっしりとした肩幅もなかなかのものだが、その風貌も相当特徴的だ。茶髪に青い瞳を持ち、彫りの深い顔立ちをしていることもあって、やや日本人離れした印象を受ける。彼の名は神代セムロ。真人グループの一人だ。
フローリングの床に寝っ転がる真人にセムロが話しかける。
「聞いたか? 真人。キューゲンペグの連中、この集落を潰すために櫛山を雇ったらしいぜ」
「ああ。こっちにも情報は入ってる。全く面倒なことをしてくれる。よりによって、クラスの中でもっとも異質な奴を差し向けてくるとはよ。まぁ、偶然だろうが……」
真人はそう言って上体を起こす。その顔はどこか浮かない。その表情の理由を知っているセムロは苦笑する。
だが、どんな事情があろうとも修太郎が集落を潰しに来るかもしれないと聞いて無視するわけにはいかない。セムロは真人の表情を指摘することなく、直球で尋ねる。
「あいつはキューゲンペグの私兵団連中とはわけが違うぞ。どうする? 真人」
「……決まっている。邪魔する者は全て潰す。そんだけだ」
「まぁ、そうだな」
セムロは肩をすくめる。そこまで気が進まないのは事実だ。同胞と戦いたいかと聞かれれば、迷わず否と答えるだろう。しかし、この集落にもそこそこの義理がある。ならば、ここは心を鬼にして迎撃するべきだろう。
お気に入りにして闇天のメンバーでもあるという、村の長い歴史の中でももっとも異端な男、櫛山修太郎。彼との戦いは避けられない。セムロは小さく息を吐くと、再び横になった真人を放置して部屋を出た。




