一人目ー第四章 6話 研ぎ師
翌朝。散歩から戻ってきた修太郎は軽く欠伸をしながら部屋に入ると、満月に遭遇する。満月は俯きながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
「おはよう……」
「ああ。はようさん」
いくら朝とはいえ、明らかに元気がない。やはり、昨日問い質したことで恐怖心を抱かれてしまったようだ。要はただの自業自得だ。弁解の余地はない。
もし自分の経歴を詐称した件について聞き出したいのであれば、もっと慎重に動くべきだった。彼女がそれを話したのは啓也に迫られているから助けてほしい、という依頼を話している最中だ。その時は公平から事前に話を聞いていたこともあって、彼女が嘘をついているなどと疑いもしなかった。
本人は嘘の経歴を話しているときですら、かなり辛そうだった。ならば、経歴を隠したのには相応の理由があると見るべきだ。
だが、修太郎は自分の行動が間違っていたとは思わない。冷静に考えるまでもなく、こちらの世界で起きたことはおかしなことだらけだ。意識が飛ぶことに関しては昨日の段階で、ある程度割り切ったとはいえ、それ以外については話は別だ。下手に放置してはまずい。二の足を踏むのもよろしくない。それは予感が報せていることであり、知るまでもないことだ。
「じゃあ、先に行ってるね」
「おう」
満月は力なく笑って立ち去る。しかし、上神や馬場を派手に殺したときには気丈に振る舞っていたというのに今回は相当堪えているようだ。けれど、それで自制できていたら修太郎は今ごろこの場にはいないだろう。
それが、くシヤましュうたロウという少年が今も生きている理由なのだから――。
○○○○○
修太郎は一人廊下を歩く。暇なので旅館の中を少し探索しているのだ。ちなみに朝食は相変わらず美味かった。
ロビーから北側と南側の宿泊棟に向かえる三叉路で修太郎は一人の少年と出くわす。
「朸」
「修太郎!」
朸は少し高めの声を上げる。それに修太郎は眉根を寄せるが、すぐに元に戻って彼の方に体を向ける。
「何してんだ? 散歩か?」
修太郎の問いに朸は苦笑し、左手を高く上げて、清涼飲料水の入った未開封のペットボトルを見せる。
「違うよ。飲み物を買いにロビーまで行ってたんだ。すぐに部屋に戻るよ。やらなきゃいけないことがあるからさ」
「やらなきゃいけないこと?」
「まあね」
ペットボトルをゆらゆらと揺らしながら朸は小さく笑う。そして、少し間を置いて人によっては衝撃的な情報を口にする。
「どうやら、魔王を倒すための切り札ってやつがあるらしいからね。僕はそれの入手に動くよ」
朸は自信に満ちた声で言う。それに修太郎はわずかに目を細める。
「そりゃいいな。それが上手くいけば、この状況を打開できるってわけか」
「お前に打開したい状況があるとは思えないけど、まぁ、そうだね」
くすくすと笑いながらそんなことを言う朸に修太郎は小さく息を吐く。確かに現在の状況を打開したいとは思わない。正直クラスの関係者が七人も殺されているのに動かないクラスメイトは異常だと思うが、それは修太郎も同じだ。それにそちらの方がありがたい。彼らが騒がないのであれば、できれば今の状態でいたいというのが本音だった。
「そう怖い顔しないでよ。心配しなくても何か進展があったら連絡するからさ。それじゃ、僕は戻るね」
「おう」
朸は右手をひらひらと振って南側の宿泊棟の方に向かう。修太郎は反対にロビーの方へと歩いていく。外に出るためだ。
旅館の探索はこれくらいでいいだろう。それに少し向かいたいところがあったので修太郎はその足で旅館を出て、今朝方得た情報を元にある場所へと歩きはじめた。
そこは山の麓に近いところに位置する商店街。メインストリートから外れ、路地裏に入る。修太郎の目的地は少々奥まったところにあった。
寂れたコンクリートの壁に挟まれた狭い道を抜けると小さな工場のようなものが見える。錆びつき、ところどころにヒビが見える。相当年季が入っている。その工場の中からカンカンと甲高い金属音が規則正しく聞こえてくる。
明らかに何か作業をしているが、修太郎は構わずに進む。工場にあと数メートルまで近付いたところで中の音が止む。どうやら、向こうも修太郎に気付いたらしい。そのまま中に入ると紺の作務衣を着た少年が椅子に座って瞑目し、一息ついていた。側には少年が先ほどまで鍛えていたと見られる未完成の刀が置かれている。
だが、修太郎は刀を見に来たわけではない。彼が用があるのは少年の方だ。黒髪の坊主頭をした大柄な少年。彼もまた修太郎のクラスメイトの一人――桐石研だ。
研は目を閉じたまま口を開く。
「今日は妙に人が多い日だな」
「そうなのか?」
「ああ。結構な数の奴が来たんじゃねえのか。おそらく……死んだっていう七人以外は全員来てるな。揃いも揃ってわざわざ俺に依頼するってこたぁ、何か出入りでもあんのか?」
「分からん。俺は奴らとは距離を置いてるからな」
「そら、そうか」
研はおかしそうに笑う。ひとしきり笑った後、修太郎に着席を促す。修太郎はそれに応じ、研の左斜め前に置かれた木製の椅子に座る。
「それで何を作ってほしいんだ?」
「別に武器を作ってほしいわけじゃねえ。ただ様子を見に来ただけだ」
「おーおー。珍しいこともあるもんだ。明日は雪でも降るんじゃねえか?」
明らかな皮肉。だが、修太郎はそれに反応することなく、違う話題を口にする。
「……今にして思えば、あのババアやその周辺の連中も能力者だったのかもな」
「何だ、いきなり。そして、今さらかよ。つーか、てめえだって無意識に使ってただろ?」
「あ? どういうことだ」
呆れ顔で言う研に修太郎はムッとした表情になって聞き返す。それに研はニヤリと笑う。
「そのままの意味だ。冷静に考えてみろよ。いきなり魔力を用いて特典を使えなんて言われて使えるわけねえだろ。それを問題なく使えてるってことは自覚があろうがなかろうが魔力を使うことに慣れてるってことだ。その様子じゃてめえは知らなかったようだが、天女村の連中はわりと魔力を使ってるんだよ。まぁ、外様の赤村や橘、塩津が使いこなせてる理由はよく分からねえけどな。とくに赤村は」
「――――」
修太郎はそれに考え込む。塩津とは善継グループの塩津白雪のことだろう。彼女に関しては分かる。現実世界でたまたま知った情報である程度の推測は立つ。創に関してはあの怪物に気に入られている時点で相応の素質とノウハウを持っていたことは間違いない。
けれど、朸の方は修太郎にも理解不能だ。彼は天女村の出身というわけではない。創のようにあの怪物に好かれているというわけではない。にもかかわらず、魔力を扱いこなし、あまつさえ修太郎の目の前で獣型はおろか人型すら撃破して見せている。確かに異常だ。
まぁ、研がなぜ自分たちが無意識の内に魔力を使っていたことを知っているのかという疑問もあるが、それは聞いても答えてくれないのは火を見るより明らかだ。
修太郎が内心の不満と疑念を隠しながらも考え込んでいると、不意に研が口を開く。
「……相生には気を付けな」
「相生……? 唯のことか?」
「ああ。あいつ、昨夜、ハカリとかいう奴と何やらこそこそ密会してやがった」
「は?」
修太郎は完全に虚を突かれた。唯がハカリと密会? なぜ?
「詳細は知らん。ただアレは間違いなく例の側近だ。黒マントに気味悪い笑み浮かべてる仮面着けてる奴なんて一度会ったら忘れねえよ」
ハカリに直接会ったことはないが研が嘘を言っていなければ相当特徴的な外見の人物だ。見間違いということはないだろう。
「やれやれ。つまり、あいつの言葉はあながちデタラメってわけでもねえのか」
「あいつ?」
「何でもねえ」
修太郎はため息をつく。正馬との決戦を終えた翌日の勝喜との会話を思い出す。彼はクラスの中に裏切り者が一人いると言った。その裏切り者の候補が研との会話で二人も出てきた。一応、裏切り者捜しの観点で見れば、そこそこ進展したといえる。
ただ正直、唯も朸もあまり裏切り者とは思えないというのが心情だ。けれど、それは私情にすぎない。くだらない情に流されて命取りになったら笑えない。
「分かった。一応、気を付けておこう」
修太郎はチラリと時計を見て立ち上がる。そのまま出口に向かって歩いていくと、背後から声をかけられる。
「もう行くのか?」
「言ったはずだ。様子を見に来ただけだと。これ以上長居をしたら、お前に悪い」
「別にこっちは気にしねえけどな」
「そうだとしても、俺も他に行くところがある」
修太郎はそれだけ言って工場を後にする。研は怪訝そうな表情でその後ろ姿を見ていた。
人気のない路地裏を歩きながら、修太郎は考えに耽る。正直、修太郎はさほど裏切り者を脅威だと思っていなかった。確かにその正体を考察するようなこともしたが、ぶっちゃけ誰が裏切っていようと特典でどうにかできるという自負があったからだ。
しかし、今回の彼との会話で少しだけ注意しておく必要が出てきた。研の言葉が本当ならば、勝喜の言う裏切り者は――。
「! これは……」
思考の途中で修太郎は自身の視界がぐらつくのを感じる。違う。だが、似ている。一時意識が飛んだ五日前の昼過ぎに状況が似ている。
「くっ……!」
修太郎は必死に抗おうとする。意識を保とうと唇を噛んで集中する。けれど、どんどん意識は遠のいていく。
「ちくしょう……」
抵抗は無意味だった。修太郎は恨み言をこぼしながら、四日前と同じように再び意識を失った――。
○○○○○
修太郎が去って十分ほどした頃。休憩を終え、立ち上がって作業に戻ろうとしたところで客人が再び近付いてきていることに気付く。それに研はため息をつきつつ、再び座り直す。すぐに客人は姿を見せた。
『その人物』の姿を見て研は呆れつつ、表情を緩める。
「よぅ、さっきぶりだな」
研の言葉に『その人物』は右手を上げて答える。そして、そのまま研の方へと近付いていく。研はそれを真顔で見つめ、口を開く。
「とりあえず――」
それ以上研の言葉は続かなかった。かわりに彼の口から漏れたのは――。
「ぐはっ!」
苦痛に満ちた呻き声だった。『その人物』の右手にはいつのまにか日本刀が握られていた。研から見ても超がつくほどの一級品。まさしく名刀の中の名刀。『その人物』はそれを使って研の腹部を刺したのだ。
目的の達成を確信した『その人物』は刀を抜こうとするが、動かない。怪訝そうに下を見ると、研の右手が血を垂らしながら刀身を掴んでいた。
「て、め……なん……の……ま……ね……だ?」
研は血を吐きながらも刀身を掴んで離さない。相当な激痛が全身を走っているはずなのに、これだけの力で握れる彼の精神力は間違いなく常軌を逸している。致命傷を負っている人間のものとは思えないほどの握力は今にも刀身を握り砕いてしまいそうだ。
それを見た『その人物』は柄から手を離し、左ストレートをノーモーションで研の胸に当てる。その一撃は容易く研の胸に大穴を空け、心臓を胸骨や肋骨ごと粉々に砕く。
「ごふっ!」
研は口から大量の血を流し、その場にくずおれる。研にそれ以上動く力など残されていない。うつ伏せに倒れたまま研は力尽きる。
『その人物』は研の死に様を見ることなく、さっさと工場を去っていく。残されたのは物言わぬ研の肉体と工場のあちこちに並べられた多くの未完成の武器だけだった。
だが、この程度では終わらない。まだ一番邪魔な人間を始末していない。消えようとも消えまいとも、陰の余興はまだまだ続く――。




