一人目ー第四章 5話 不安
セーザツ・キューゲンペグと名乗った青年に修太郎は目を細め、警戒する。キューゲンペグはこのアデワデ地区を牛耳る家だ。それを家名に持つ人物が自分にいきなり話しかけてきたのだ。これで警戒しない方がおかしい。けれど、差し出された右手を取らないわけにもいくまい。修太郎は内心をおくびに出さずにその手を取る。
「櫛山修太郎だ。よろしく頼む」
「ああ」
二人は数秒ほど握手をしたところで離す。セーザツは人のいい笑みを浮かべる。
「下手に隠して勘ぐられるのはごめんだから、先に言わせてもらうけど、君のことは聞いているよ。というより、この国で君のことを知らない人間はいないんじゃないかな」
「ほぅ。そんなに有名なのか?」
「当たり前さ。人型を二匹も殺し、カザシ地区の境の街に蔓延っていた自警団と名乗る荒くれ者たちを排除したんだ。有名にならないわけがない」
どうやら、この短時間で修太郎の名はかなり広まっているようだ。自己顕示欲の強い人間にとっては喜ばしいことなのだろうが、修太郎の心境は微妙だ。名を上げれば上げるほどリスクも大きくなる。それだけならいいが、取るに足らない面倒ごとが増えるのが嫌だった。
しかし、この男。修太郎と大して年齢は変わらないようだが、その歳で四大名家の当主の座についているということはかなりの逸材なのだろう。そして、修太郎がタメ口を聞いても指摘しないあたり、気さくな人物でもあるようだ。
「しかし、少し警戒していたんだが思っていたより普通なんだな」
「あ?」
「良くも悪くも相手を萎縮させるオーラのようなものが出ていない。ああ、これは君をけなしているわけじゃないよ。むしろ、褒めてるんだ。変に威圧していないだけ大きく見えるよ」
それは褒め言葉なのだろうかと修太郎は一瞬考えるが、すぐにやめる。こんなものは社交辞令だ。その意味を深く考えたところで何の意味もない。
「褒め言葉として受け取っておこう。それで俺たちに何の用かな? セーザツさん」
「何。君が女の子を詰め寄る場面を見て、何やらのっぴきならぬ状況になっているのではないかと思ってしまってね。君を制止するため、勇気を振り絞って声をかけたにすぎない」
「ほぅ」
明らかな嘘だが突っ込む理由もない。適当に相槌を打っておく。それになぜかセーザツはふわりと柔らかい笑みを浮かべる。
「どうやら、僕の勘違いだったようだね。お恥ずかしい限りだ。不躾に問い質したことを詫びよう」
「いや、別に構わねえよ。あんたが謝る筋合いなんざ、どこにもねえだろ」
「ふふ。どうやら、それなりに器も大きいようだ。安心したよ。……それでは、僕は失礼させていただくとするか。また会おう」
セーザツはそう言って軽く目礼すると去っていく。修太郎はその背を見て肩をすくめ、満月の方に視線を向ける。
「ちっ。何か白けちまったな。少し泳いでくるわ。満月、お前はどうする?」
「あ……」
修太郎の問いに満月は肩を震わせ、怯えた表情を見せる。それを見て修太郎は頭を掻く。
「あぁ、悪い。すぐに答えを出せる状態じゃねえよな。主に俺のせいで」
修太郎は首を横に振ると満月に背を向ける。満月はそれを怯えまじりの目で見つめる。
「お前はゆっくりしとけよ。せっかくの海水浴だ。楽しまなきゃ損ってもんだ。まぁ、俺が言えた義理じゃねえけどな」
修太郎はそう言って海の方へと歩いていく。一分足らずで海に着いた修太郎はゆっくりと海に浸かり、波打ち際でバチャバチャと遊んでいるマヤとサヤの双子に近付いていく。修太郎は二人に一言二言かわすと、そのまま沖の方までゆっくりと進む。その姿を満月はぼんやりと見ていた。
修太郎は泳ぎながらも先ほど会ったセーザツのことについて考えていた。会話の内容におかしいところはない。けれど、修太郎は彼にどこか引っかかりを感じた。彼には何かがある。それに修太郎の予感も警告している。あまり簡単に気を許していい相手ではなさそうだ。
そんなことを考えながらのんびりと泳いでいると、気付けば沿岸から二キロ以上離れたところまで到達していた。
○○○○○
一通り海で遊び尽くした修太郎は旅館の男湯の暖簾の前に並べられたマッサージチェアに座り込んでいた。
修太郎はペットボトルに入った天然水を一口飲むと話し相手の方に視線を向ける。
「そういうわけで俺はセーザツが怪しいと思うんだが、どう思うよ? 朸」
「んー。僕としては何でそんなことを聞いてくるのかを聞きたいな」
朸はスイッチを入れたマッサージチェアに揺られながら、普段よりもかなり気の抜けた声で言う。その様はさながらだらけきった猫のようだ。朸はゆっくりと閉じていた目を開けると修太郎の方に顔を向ける。
「そもそも怪しいって何が怪しいのさ?」
「そりゃあ……アレだ。いろいろとだよ」
「要はよく分かっていないわけだね」
朸は呆れた表情になって嘆息する。修太郎とて何の根拠もなく言っているわけではないだろう。しかし、あまりにも抽象的すぎて話にならない。
「そんなことよりもさぁ……。つまんないことしてるよねぇ。せっかく、あれだけ可愛い女の子たちがいるんだからサンオイルを塗ったり、水を掛け合ったり、あとはビーチバレーとかしたりすればいいのに」
「残念ながら日焼け止めはあいつら全員すでに塗ってたし、そもそも、のんびりと五キロくらい遠泳したせいでそんなことやってる暇はなかったよ」
「おいおい。一人で遠泳するとかダメダメにもほどがあるよ。いや、彼女たちにも非はあるけどさ。せっかくハーレムなんだから……何て言うの? ……ギャルゲーとかでよくやってるどきどきイベントってやつを堪能しなきゃ面白くないじゃないか。お前もそう思わないか?」
「……否定はしねえよ」
修太郎は軽く伸びをすると、背もたれに体重を預ける。ちなみに二人が遭遇したのは全くの偶然だ。どうやら、朸も同じ宿に泊まっていたらしく、ここで寛いでいる朸にたまたま出くわしたのだ。そして、修太郎は朸の隣のマッサージチェアに座り、互いに近況報告をしながら現在まで話し込んでいた。
朸は椅子のスイッチを切ると上体を起こして、修太郎の方に体を向ける。
「でも、女の子に現を抜かしてばかりもいられないよ。最近いろいろ物騒になってるし気を付けた方がいいよ。坂戸くんを殺したのは目撃証言からして間違いなくお前だろうけど、光一や喜々野さん、液太くんや波田先生、そして、影浦さんと重藤さんを殺した実行犯は未だに分かってないんだから」
「あー……」
それに修太郎は気まずげに頬を掻く。正馬を殺したときはあまり周囲に頓着してなかったこともあって少なからず目撃者がいたのだろう。その有様で修太郎に警察が尋ねてきてないのはユキヒコが裏で手を回しているからと見て間違いないはずだ。警察に手を回すという条件は不審死事件だけに適用されるとも取れる口ぶりではあったが、彼以外に修太郎の罪を不問にできて、なおかつしようと思う人物がこの世界にいるとも思えない。
そして、光一と喜々野に関しては修太郎は犯人を二人が殺された時点で知っている。なぜなら、どちらも彼の目の前で命を落としたのだ。というより、後者は修太郎自身の犯行だ。
となれば、残るは四人。そのうち将頼に関しては犯人の目星はついているので、分かっていないのは実質三人だ。
「参考までに聞いとくけど、液太、先生、影浦、重藤の四人の死亡状況ってどうだったんだ?」
「? 液太くんと波田先生の方は船楼地区の寂れた遊園地で二人とも全身を破裂させられるっていう惨たらしい殺され方をしたらしいけど……光一たちの方はいいの?」
「ああ。そっちは知ってる。……っつーより、察しろ」
修太郎の言葉で朸もある程度理解できたらしく、小さくため息をつく。ちなみに修太郎も将頼と成美の死亡状況を聞いて犯人が正馬であるということを改めて確信する。まぁ、将頼の方はもともと分かりきっていたことではあるが。
「やれやれ。お前が光一を嫌っているのは知っていたけど、まさかそこまでとはね……」
「うるせぇ。つーか、安城を殺ったのは俺じゃねえ。正馬だ」
あまりにもあっけらかんと言い放つ修太郎に朸は顔を引きつらせる。
「ってことは喜々野さんは手にかけたの?」
「仕方ねえだろ。どっちも止むに止まれぬ事情だったんだから。少なくとも、安城、将頼、先生の三人を殺した正馬よりはマシだ」
「いや、同胞殺してる時点でどっちもアウトだと思う」
朸の言い分はもっともだ。自分を狙ってきた正馬はともかく喜々野に関しては完全な八つ当たりだ。止むに止まれぬ事情などと口が裂けても言えない動機。見事なまでの大嘘だ。
だが、修太郎はそれに一切罪悪感を持つことなく、話を進める。
「あとは影浦たちだけか。こっちは完全に寝耳に水だったからな。他の四人はともかく、この件の犯人は全く見当がつかねえ」
この話を聞いたとき、修太郎はさすがに驚いた。つい三日前の昼過ぎに修太郎は香奈と会っている。その香奈が真梨奈と一緒に殺されたと聞けば吃驚もするというものだ。まぁ、その直後に意識が飛んだので、正直そちらの方が印象に残っているのは事実だが。
「いや、その台詞、普通に聞いてもおかしいからね。……まあいいや。検死の結果によると、二人は三日前の夕方に殺されたみたい。死因はお腹を刃物のようなもので裂かれたことによる大量出血死だってさ」
その言葉に修太郎はドキリとする。三日前の夕方。ちょうど修太郎の記憶がなくなっている時間帯だ。その間に香奈と真梨奈は殺された。
――これは偶然なのか?
修太郎は頭によぎった不安を振り払うかのようにさりげなく言葉を紡ぐ。
「……なるほど。一応、事の詳細を聞いてもいいか?」
「もちろん。聞いた話だと、船楼地区の僕らに与えられた住宅街の東側の交差点のど真ん中に血まみれで倒れてたらしいよ。一昨日には他の五人の訃報と一緒にクラスではあっという間に広まってたんだけど、本当に知らないの?」
「知らねえよ。俺はそもそもクラスのことに微塵も興味ねえしな。町衆が話してたら小耳には挟んでたかもしれねえけどよ」
「ああ。それは無理かも。何か箝口令みたいなの敷かれてたから。クラスから聞いてないんなら知らなくても仕方のないことか」
「まあな。俺はお前と創以外に特に親しい奴もいないから、知りようがねえんだよ」
修太郎は自嘲するように笑う。しかし、心中ではいろいろなことが巡っていた。そんな彼の様子を見て何を思ったのか朸は苦笑する。
「そんなことないでしょ。お前、そこそこ付き合い持ってる奴いるじゃん」
「まぁ、話すだけならいるがな。けどな――」
わざわざ聞き出そうとは思わねえよ、という台詞は飲み込んだ。なぜそんなことをしたのかは分からない。朸も怪訝そうな表情をしている。
「けど?」
「――いや……何でもねえ」
修太郎は胸中を悟らせないように極力無表情で答える。それにますます朸は不審がるが、それ以上は追及してこなかった。
あまり長話をしているとボロが出そうだと判断した修太郎はペットボトルを持ってマッサージチェアから立ち上がり、その場を離れることにする。その前に警戒心を不必要に上げないために修太郎は朸に話しかける。
「風呂入りに行くけど、お前はどうする?」
修太郎は朸の方に視線だけを向けて問う。朸はその問いに半眼になる。明らかに疑われているが、朸の口から漏れたのは修太郎の問いに対する答えだった。
「僕は後でいいや。今はちょっと疲れてるからね」
「分かった」
修太郎は短く答えて一度部屋へと戻る。足取りはゆったりとしていて平時と変わらないものだったが、その表情は真剣そのものだった。朸から見えなくなった辺りで修太郎は一度立ち止まる。そして、首を激しく振って頭の中に巣食う不安を振り払おうとする。
(馬鹿馬鹿しい。俺は刃物なんか使わねえし、持ち合わせてもいねえ。記憶が戻った直後も刃物なんざ所持してなかったし、返り血らしきものも一滴も浴びてなかった。だが――)
否定はしきれない。刃物は特典で出現させて、また消せばいいだけだし、返り血だってどうとでもなる。
香奈と真梨奈を殺す動機もないがそんなもので否定できるほど自分がまともな人間だと修太郎は断言できない。今の自分は理由がなくても平気で人を殺す程度には終わっていることくらいは自覚している。
そして、ぶっちゃけてしまえば意識が飛んだ拍子に見知らぬ人間やクラスメイトを何人か殺してしまうくらいならばそこまで深刻ではない。
ただ、万が一クラスメイトを皆殺しにしてしまうようであれば話は別だ。元々修太郎たちは魔王討伐のためにキサラの手によってこちらの世界に召喚された。ならば、修太郎以外のクラスメイトが全滅すれば、キサラも修太郎に執着し、彼に協力させるためにカスミたちに何かをしてくると考えるのが筋だ。それ自体は脅威ではないが、その事態に対処するのは面倒だ。気に食わない徒労を重ねるのは癪に障る。
修太郎に魔王討伐の意志などない。ひと泡吹かせたいとは思っているが、その程度だ。魔王を討つ勇者の役は他のクラスメイトに好きにやってほしいものだ。
とにかく現状大した問題ではない。そう考えれば、いくらか気が楽になる。先ほどよりもいくらか表情を緩ませて廊下を闊歩していると、背後から声をかけられる。
「昨日ぶりだな。櫛山」
「ん?」
修太郎は半眼で振り向く。そこには善継と三人の男女が立っていた。
「……何だ。お前らまでここに来てたのか」
修太郎は覇気のない声で言う。それに善継は呆れた表情になる。
「おいおい。呑気だな。今、クラスは七人も死亡者を出したことで大混乱だというのに」
その言葉に修太郎は思わず笑いそうになる。このクラスで同胞に死者が出たと聞いて動じる人間がはたしてどれほどいるのか。
そんなことを考えながら修太郎は当たり障りのない範囲で答える。
「悪いが俺はさっき朸に聞くまでそれを知らなかった。だから、昨日だって平然としてたんだ。大体七人ぐらいなら殺されたっておかしくも何ともない。現実世界も異世界も死にやすさに大差はねえ。そう考えてる奴にそんなこと言っても益体のないことくらい分かってんだろ?」
「本当そういうところ俺以上にドライだよな、お前。……しかし、七人も一体誰がやったのやら。とくに光一に関しては是非とも犯人を明らかにしてほしいもんだな」
この発言からどうやら善継は正馬殺害の犯人が修太郎だということは知らないようだ。まぁ、どちらでも構わないのだが。
「犯人なんざ誰でもいい。やられる弱い奴が悪い。お前の口癖だったろ?」
「そうだな。殺される時点でそいつは救いようのない愚か者だ。自分の身を守れない時点でそいつに生きる資格などない。命の価値など呆れるほど軽い。それが俺の理念だ」
善継は不敵な笑みを浮かべる。修太郎はそれに小さく息を吐く。本当にこの男はこの男でブレない。
修太郎は何気なく善継の背後を見る。そこには三人、彼と行動を共にする者がいる。青く染めた髪をざんばらにした少年が合瀬郷。白髪に赤い瞳を持つアルビノの少女が塩津白雪。ウェーブのかかったセミロングの銀髪を持つ少女が白江水仙。この三人にあと一人と善継本人を加えた面々が善継グループの面々だ。
修太郎はここにいないもう一人のことについて聞いてみる。
「そういえば炎崎はどうした?」
炎崎とはクラス随一の熱血漢、炎崎龍河のことだ。真っ赤に染めたその髪は燃え盛る炎を連想させる。
「ああ。あいつなら、自分を貫きたいと言って俺たちからしばらく離れてるよ。俺はそういうのにこだわってないからな。好きにさせてる」
「らしいっちゃ、らしいな」
龍河は正馬とは違った意味で正義に狂った少年だ。表向きは熱血系の好青年だが、なかなかどうして彼も終わっている。
とはいえ、彼に対して特に思うことはない。だから、修太郎は彼を軽蔑する気はなかった。こんな状況だ。修太郎のように好きに動いても文句を言われる謂れなどない。
「さて、悪いがそろそろ行くぜ。風呂に入りたいんでね」
「ああ。呼び止めて悪かったな」
修太郎は悠然と立ち去っていく。善継たちは修太郎の背を少しの間見送ると、彼とは逆の方向へと進む。
修太郎はこの後、この高級旅館の風呂を堪能した。浴室から上がる頃には、その胸中に先刻まで抱えていた不安は一切なかった。
こうして、七月二十二日は終わりへと向かっていく。
裏で何が起こっているのかも気付かれないまま――。
○○○○○
深夜の森の中。不穏な二つの影が山中の南部にある大きな杉の木に接近していた。二つの影は杉の木の前で立ち止まる。そして、右側の影がゆっくりと口を開く。
「そっちの様子はどう?」
それは聞き覚えのある声だった。高めの声。この声の主は相生唯だ。暗闇でよく見えなかったが目が慣れてきて、彼女の姿を視認できるようになったことで、片方が唯であることが確定する。
問題なのはもう片方だ。そちらは目が慣れてきても姿が理解できない。何しろ黒いコートにフードを被り、笑っているように見える仮面を着用していたのだ。顔も性別も判別がつかない。
「問題ない。全て予定通りに事が運んでいる。明日にでも次の仕事に取りかかれるはずだ」
「そう。それならいいんだけど」
仮面の人物の声は低かった。低くて渋い声。だけど、それで男だと判断するのは早計だ。それよりもこんな怪しい風貌をしている人物と親しげに会話している唯の方が問題だろう。よく聞いてみると口調や声が普段と違う気もする。
唯も気になるが、もう一人の方も無視できない。唯が会話している仮面の人物には見覚えがあった。彼は確か魔王の側近でハカリと名乗っていたはずだ。そんな人物が魔王を討伐するために召喚された唯と話しているのは一体どういうわけなのか。
「順調に進んでいるようね。なら、いいわ。気を抜かないでね」
「分かっている。……今日はこの辺にしておくか。不必要に長引かせて目撃されたら事だ」
「そうね」
二人のやりとりを聞いてわずかに心拍数が上がったことを感じる。けれど、息を殺してジッとしているより他にない。相手は二人もいる上に片方は完全に未知数だ。唯も侮れない。手段はいくらでもあるが、ここは慎重に動いておいた方がいいだろう。それ以上にこの欲望に身を委ねてしまわないように自制しているという面が大きいのだが。
そう思って気配を出さない程度に気を張っていると二人は会話を終わらせようとする。
「今日はここまでだ。……じゃあな。下手は打たないでくれよ」
「ええ。分かっているわ」
二人はそれだけ言うと互いに背を向けて、元来た道へと戻っていく。その足取りに淀みはない。こちらに視線を向けた形跡もない。二人の気配は二十秒もすれば完全にその場から消えた。
木に背を預けてゆっくりと息を吐く。どうやら、バレずに済んだようだ。ここでバレて一対二になるような状況はできれば避けたかった。やるとしても、もう少し時間がほしい。それが叶って何よりだ。
しかし、疑問は残る。彼らは本当に気付いていなかったのか。密会らしきものを目撃した人物には判断がつかなかった。
とりあえず、今日のことは黙っておいた方が得策だ。変に話が広がってクラスを引っかき回した挙句にこちらにまでしわ寄せが来たらたまったものではない。
まぁ、どちらでも構わないか。どうせ、この密会自体には大して興味はない。片割れが唯ということは例の事実が何かしら関わっているのかもしれないがどうでもいいことだ。それを解き明かすことは求めていることとは何も直結しない。
ただ反応を見るのも兼ねて彼には警告しておいた方がいいかもしれない。唯が気にかけているというあの少年には。




