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相反せしモノたちが紡ぐ異世界記  作者: 夢屋将仁
第四章 陰の蠢き
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一人目ー第四章 1話 誘い

 七月十六日早朝。散歩と称して外に出ていた修太郎は五メートル以上は楽にある木々が立ち並ぶ森の中で一人、自身の特典に関する実験を行っていた。修太郎の特典はあまりにも特殊だ。絶大な戦闘力をたやすく得ることができ、奇跡をたやすく引き起こすことができる。応用力は無限に等しい。制限のことさえ頭に入れておけば、感情のままに使っても世界を統一することは造作もないだろう。だが、それゆえに扱いこなすのは至極困難だった。

 修太郎の目的は別に世界統一ではない。かといって、チーレムを作りたいかと言われれば正直素直に頷けずにいる。というより、自身に関する好感度が対象を変えただけでリセットされてしまうこの特典ではチーレムを作るのは不可能だ。もし、ハーレムを作りたいのであれば地道に美少女に好意を抱かせるより他にない。



 それよりも修太郎は自分の特典が修太郎自身の認識に大きく影響されることに気付いていた。その証拠に修太郎は予想ができなかったために最初の事件で木更津の逃亡を許し、つい最近も上神の不意打ちをまんまと食らってしまった。つまり、この特典は発動速度の遅さや妙な制限以外にも修太郎が気付いていなければ発動しようがないという欠点まで抱えているということだ。一見当たり前のことに見えるが、これはとても重要な事実だ。

 なぜなら、修太郎は素人だからだ。喧嘩慣れこそしてるが、そんなものは熟練の戦士の前では何の意味もない。いや、取るに足らない雑魚が相手でも状況によっては危険だろう。修太郎が正しく状況を認識することができなければ、この強力な特典も宝の持ち腐れになってしまう。まぁ、だからこそ修太郎は特典で常に身体能力を強化することを心がけているわけだが。

 それだけではない。修太郎の特典は二つの対象を設定し、それらの好感度を反比例のように上下させることができるというものだが好感度の上限と下限について明確に明かされていない。

 隙を見ていろいろと実験してみたが、どうも修太郎にはこの特典の好感度操作の限界は自身の認識によって決められているように思えた。



 つまり、その気になればこの星を一撃で破壊することのできるほどの攻撃力を得ることも、不老不死の肉体を得ることも、この星にいる人間全員に自分を崇めさせることも容易にできるということだ。ただその場合、肉体の耐久性や人格面などの物理的な限界がどうなるかは分からないが、それでもやってみたくないかと聞かれれば否定はできない。


「ふぅ。何かめんどくさくなってきたな。今日はこんなところでいいか」


 元々自分から言い出した休息だ。修練も重要だが、根を詰めすぎて体力を無駄に浪費していては本末転倒だ。今日は二日目の休み。昨日はさすがに疲れが溜まっていたらしく丸一日爆睡してしまったので、今日は気分転換にどこかをぶらつきたいものだ。天気も相変わらず快晴のままであることだし。


「ここにいたんですか。修太郎」


 そこで声をかけられる。振り向くまでもなく声の主は分かる。こちらの世界に来て、もっとも声を聞いている人物。それはカスミ・アレフス以外にありえない。


「よぅ。どうした、カスミ。こんな時間にこんなところで。俺に何か用か?」


「ええ、まぁ……」


 妙にカスミの歯切れが悪い。修太郎は眉をひそめるが、あえて何も言わずに続きを待つ。


「あのですね。よろしければ、今日私とどこかへ出かけませんか?」


 いきなりの誘いに修太郎は困惑した表情を浮かべる。


「――いいのか? 確か俺が谷崎を殺したせいで、いろいろごたついてるんじゃなかったか?」


「何とか一区切りつけたところで休暇をいただいたんです。もちろん、まだ手続き等は残っているので出立はできませんが一日遊ぶくらいは問題ないでしょう」


 それに修太郎は考え込む。とはいっても、答えなど迷うべくもない。この誘いは受けるべきだ。もう形骸化(けいがいか)しつつあるが、ハーレムを作りたくばこの誘いを蹴ってはいけない。



 修太郎が考えているのは現在の彼女たちの自分に対する好感度だ。嫌われてはいないとは思う。それなら、わざわざ修太郎と旅を共にする理由はない。だから、それなりの好意を抱かれていると見てもいいはずだ。まぁ、面倒ごとをやってくれる便利屋と思っている可能性は否定できないので何とも言えないが。



 いずれにしても答えは一つだ。


「分かった。つっても、俺はまだこの辺の地理はあやふやだから、行き先はお前に任せる」


「そうですか。もうこちらに来てから一週間近く経っているのですから、てっきりこの周辺のことは隅々まで把握していると思っていたのですが……」


「無茶言うなよ。昨日は一日中爆睡してたし、その前はお前が持ち込んだ依頼やら何やらでバタバタしてたんだ。土地勘を得てる暇なんざ、欠片もなかったよ」


 船楼地区は面積こそカザシ地区とそう変わらないが、それでも一国を四分割している内の一つなだけあって、相当広大だ。その全てを把握するなんて一週間ではとても足りないし、この周辺とて完全に把握するつもりなら二、三日は欲しいくらいだった。そう思う程度にはこの街も広い。


「だから、お前の好きなところに行ってくれて構わねえ。悪いが、俺はこっから歩いて一時間くらいかかるIRくらいしかこの周辺で遊べる場所を知らんからな。いろいろこの辺のことを教えてくれると助かる」


「分かりました」


 カスミは修太郎の言葉に頷く。それを見た修太郎は軽く伸びをして口を開く。


「さて、そろそろ戻るか。もう朝飯の時間だろ?」


「はい。今日は白米と大根をメインにした味噌汁に加え、鮭のホイル焼きが出されていました。あそこの魚料理は絶品なので、頬が落ちる程度の美味しさは保証しますよ」


「はっ。そいつぁ楽しみだ」


 二人は旅館へと戻っていく。その道中カスミは頬を赤らめながら修太郎を見つめる。修太郎はなぜかそれに気付かないフリをした。その理由は分からない。ただ知ってはいけないような気がした。



 理由は分からない。何も分からなかった。水面下でこれから起ころうとしていることさえ、彼は分かろうともしなかった。






 ○○○○○


 同時刻。もう初夏なのだが、相変わらず雨は降っていない。現実世界の日本列島の本州や北海道などはまだまだ梅雨時であるのだが、ここはどうやらそうではないらしい。文字も言語も日本のそれと何ら遜色ないこの国だが、気候や文化は違うようだ。まぁ、完全に同一である義務などどこにもないのだが。



 気温は決して低くはないというのに深い霧が出ている湖があった。その(ほとり)にキサラは堂々とした様子で立っていた。着ていたのは半袖の水色の膝丈ワンピースだったが、この時期ならば朝早くでも寒そうには見えなかった。

 そんな彼女に近付く一人の影があった。黒いロングコートにフードと仮面を被った怪しげな人物。普通ならば身構えるのだろうが、キサラにとってはよく知った顔なのでとくに慌てることもない。

 この人物はハカリだ。魔物を統べる魔王の側近であり、キサラが尊敬してやまない上官でもある。キサラは体をハカリの方に向け、丁寧にお辞儀をする。ハカリはそれに右手を上げて答えつつ、口を開く。


「どうだ? 調子は」


「いろいろと予想外のことは起きていますが、概ね予定通りです」


「そうか。それは何よりだ」


 ハカリはくつくつと喉を震わせるように笑う。キサラはそれにわずかな違和感を感じながらも、彼の言葉を待つ。


「そういえば、彼はどうだ? 君も妙に気にしていただろう。確か、櫛山修太郎といったかな?」


「そうですね。ある程度考える頭はあるようですが、まだまだ青い。だから、ちょっと信頼と好意を寄せているフリをさせるだけであっさりと陥落する」


 なかなか辛辣な評価だがハカリは何も言わず、ただ笑う。否定はできない。現状はまだそうなっていないというだけで、彼の本質は極めて単純だ。それに加えて極めて致命的な弱点をも持ち合わせている。そうでなくとも、付け入る隙はいくらでもある。しかし、だからこそ、彼は誰よりも強いということをこの女は理解できていない。



 だが、理解できていようができていまいが詮無きことだった。そんなものはどうでもよかった。そこらの童が抱く些細な疑問と寸分の違いもない。

 キサラは返答がないことに不思議そうな顔になる。ハカリを困惑したような表情で見つめる。だが、ハカリは何も答えない。

 ハカリは平時と変わらぬ様子のまま、何のためらいもなく右袖から取り出した日本刀をキサラの腹に突き刺した。


「ハカリ……さま……?」


 キサラは信じられないような目でハカリを見る。何かの間違いであってほしいという、すがりつくような視線に、ハカリは何も感じない。それどころか、これ以上ないほど絶望に染まりきったキサラの顔を見て、ハカリは仮面の向こうでニヤリと笑う。


「悪いな。キサラ。お前はここで脱落だ」


 彼女にとっての救世主であるはずの男は、ただ淡々と事実だけを述べる。キサラは最後まで何が起きたのかを理解することなく息絶えた。


「さぁ、始めよう。最高の宴のための仄暗(ほのぐら)いささやかな余興を」


 ハカリは忍び笑いをしながら霧の中へと消えていく。後に残されたのは無残に殺害されたキサラの死体だけだった。

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