一人目ー第三章 14話 満月救出
修太郎は満月を助けるために船楼地区を横断できる地区内でも一、二を争う大通りを歩いていた。できれば、こんな目立つ道を通りたくはなかったが、目的地に向かうにはこの道を通るしかない。目的地は東部にあるのだが、出発地である船楼地区の中央から東部を結ぶ道がこれ以外にないのだ。他に行き方があるとすれば空を飛んでいくことくらいしかありえない。いくらなんでも目立ちすぎる。特典を使えば誤魔化せるかもしれないが、そんな手段で向かいたくはなかった。
これでも充分目立つが空を飛んでいくよりはマシだろう。そんなことを思っていると道中で日下部迅馬と久野南美の二名と遭遇する。
明らかに敵意むき出しの目で正面に立ちはだかる二人に修太郎は舌打ちする。
「何だよ。俺は急いでるんだ。どけよ」
「急ぎの用とは、例の莫大な魔力を他人に与えられる幼女とやらに関することか? 確か、名前は筧満月とかいったっけか」
「さあな。てめえには関係ねえことだ」
「そうか。だが、悪いが俺たちにとってもお前の都合など関係ない。単刀直入に聞く。伶香をどこかへやったのはお前か?」
「あの子、一昨日からずっと姿が見えないし、連絡もつかないのよ。それで私たち必死に探してるの。そうしたら、光一があんたが伶香を連れ去ったっていう証言を手に入れてきたのよ。その光一もさっきから姿が見えないし。答えなさい! 何もかも全部あんたがやったんじゃないの!?」
修太郎は二人の問いに呆れ混じりのため息をつく。この期に及んで光一の捏造を信じ、伶香のことを聞く二人の愚かさ加減は見るに堪えないものだ。これ以上こんなところで無駄に時間を費やすわけにはいかない。息の根を止めてやってもいいがこの二人の生死は正直どうでもよかった。だから、ほんの気まぐれと特典を扱う練習の一環のつもりで二人に細工を施した上で生かしてやることにする。
修太郎は二人に特典を使用し、二人の時間を一時的に止める。その上で二人の光一に関することを聞く意思をゼロにする。他人を都合のいいように設定することに関しては制限がない。この特典はいろいろ制約はあるが、それを差し引いてもこの応用力の高さは本当に利便性が高い。
「付き合ってられねえ。てめえらで考えてろ」
修太郎はそう吐き捨てて二人の横を堂々と通り過ぎる。それを止めることなど修太郎の特典に抗うことのできない日下部たちには不可能だった。
正午すぎ。修太郎が来ていたのは船楼地区の東部にある巨大な統合型リゾート施設、俗にIRと呼ばれる娯楽施設だった。海に面しており、快晴なこともあって眺めは申し分ない。修太郎が特典で得た情報によると、ここに能力軍と名乗る連中に攫われた満月がいるようだ。
そして、修太郎の予想が正しければ、見せしめのために拉致されたあるいは満月を救出するために動いているであろう公平もこの周辺にいるはずだ。
「気にはなるが他人よりも自分のことだな。まずはそれっぽいやつを襲ってみるか」
これだけ大きな施設だと探し出すのは骨だ。さすがに目に入る施設を片っ端から襲撃するのはまずいが、啓也や満月の居場所を知っていそうな人物を各施設の責任者クラスを中心に襲って聞き出すくらいはしないとどれだけ時間がかかるか分かったものではない。その間に満月の身に危険が及ぶかもしれないし、どこかへ移されるかもしれない。万が一、この巨大リゾートの敷地外から出たときは一発で分かるように手は打ってあるが、敷地内をうろうろされては面倒だ。
だが、変に逆上されてもそれはそれで面倒なので極力、隠密行動を心がけておかなくてはならない。
「まぁ、隠密行動つっても、要は向こうにバレなきゃいいだけの話だ」
修太郎は道中で奪った高価な服やアクセサリーを身に纏っている。目には少々高価なサングラス。これで印象はかなり変わっているはずだ。もし、向こうに修太郎の人相が伝えられていたとしてもすぐには分からない。
この世界に来たときに最初に巻き込まれた連続殺人事件の捜査の際に使ったのと同じ手法だ。単純で幼稚な手ではあるが、バレるときはどんなに手が込んでてもバレる。それ以前に修太郎は捜査に関してはズブの素人だ。効果的な捜査手法など彼は知らない。興味もない。
「さて、まずはどこから行くかな」
隠密行動に関しては特典を駆使すれば問題はない。それよりも誰から聞き出すかだ。知らない人間に聞いても意味がない。手当たり次第に情報を聞き出そうとして、その数を増やせば増やすほど向こうも不審に思うだろう。それでは隠密行動も何もあったものではない。
「まずはこのでかい建物から行ってみるか」
修太郎が目をつけたのはこのIRの中でももっとも大きなカジノだ。温泉施設やホテルなどもあることにはあるが、やはり定番はこういう賭博系の建物だろう。他の施設にいる可能性は大いにあるが、それでも目的を可能な限り最短で達成するつもりならばここを中心に探すのが無難だろう。
正直、特典を使えば即座に満月の居場所を掴めるのだが、それを修太郎の予感が拒んでいる。理由は分からないが、嫌な予感がある以上、下手に使わない方が身のためだ。この特典も強力ではあるが決して無敵の力ではない。不必要な過信は危険にしかならない。何度も言い聞かせたことだ。
修太郎は堂々と中に入り、駆け寄ってきたガードマンらしき男らに適当に受け答えをして、一通りの準備を終わらせた上でカジノに興じるフリをする。
まずは特典を駆使して、このカジノでボロ勝ちする。それが修太郎の策の第一段階だった。カジノは基本的に主催者側が儲かるようにできている。もし、その仕組みを無視して勝ち続ける客がいれば、責任者が出てこようが出てこなかろうが動かざるを得ない。それは正規のカジノでも裏カジノでも違いはない。ましてや、ここは谷崎家が経営するカジノ。谷崎家に縁があるわけでもない人間が勝ち続ければ無視することはできないだろう。
隠密行動といっても全く気付かれないのでは意味がない。それはそれで逆に不審がられるからだ。ならば、気付くレベルで隠れて動いた方がいい。その方が向こうの動きがある程度予測しやすくなる。これは賭けだ。まぁ、これに関しては嫌な予感は一切しないのでおそらく問題はない。こういう予定調和も嫌いだが、たまには役に立つ。
このカジノのために調達した金が十八倍ほどに膨れ上がったところで後ろから肩を叩かれる。
「お客様。少々よろしいでしょうか?」
(やっと来たか。思ったより遅かったな)
内心愚痴りながら振り返ると、短めの黒髪をオールバックにしたいかにも偉丈夫といった風貌の男がいた。明らかに他のガードマンとは風格が違う。おそらくはこの男がこのカジノの責任者かそれに近い立場にいる人間なのだろう。
「実はですね。これはオフレコでお願いしたいのですが、特別なお客様にだけご案内しているゲームがございます。お客様も少々退屈になってきた頃でしょうから、よろしければそちらはいかがです?」
(なるほど。そう来たか。予想はできたことだが、これはあまり嬉しくない展開だ。となると……)
修太郎は一瞬だけ考え、そして、すぐに答えを口にする。
「いいですね。ちょうど、もっとスリルのあるものを求めてたところなんで」
修太郎の言葉に彼の周囲にいた客が殺気立つ。しかし、修太郎は素知らぬ顔だ。見知らぬ人間にどう思われようが知ったことではないし、それを口にするようであればその息の根を止めてやればいいだけの話だ。今はそこまで派手には動けないが、たかだか心得のない害虫の数十匹を始末するくらいならば何の障害にもならない。
それよりも今はこちらだ。修太郎は一言二言交わして、話しかけてきた偉丈夫についていく。ちなみに、修太郎と偉丈夫を囲むように三人ほどガードマンがついてきている。なかなか念入りだ。もっとも、何の意味もないが。
数分ほど歩いたところで偉丈夫は立ち止まる。一見するとそのゲームが行われている会場に到着したように思えるが、偉丈夫はその佇まいを崩さないまま、わずかに首を傾ける。
「……妙だな」
「久保様?」
ガードマンの一人が怪訝そうな表情で尋ねる。今さらながら、この偉丈夫は久保というらしい。久保はガードマンの問いかけに答えず、辺りをキョロキョロと見渡す。それを見て修太郎は口元を小さく歪め、次の瞬間特典で強化した身体能力を使って三人のガードマンを瞬く間に殴り殺す。
「! 貴様!」
久保は慌てて反応しようとするが時すでに遅し。修太郎は久保の胸ぐらを掴んで、喜々野の時のように壁に叩きつける。
「本当、こいつは便利な力だよなぁ。内部の通路なんざほとんど知らねえってのに、あんたの認識をここまで思い通りに歪めることができるんだからよぉ……」
「き、貴様……。能力者か……!?」
「さあなぁ。悪いが、質問するのはこっちだ」
修太郎は不気味な笑みを浮かべる。久保は胸ポケットにある無線に何とか手を伸ばそうとするが、その手を修太郎にあっさりとへし折られてしまう。
「がっ!」
「ナメた真似してんじゃねえよ。てめえはただ俺の聞く質問にだけ答えりゃいいんだ」
脅しも兼ねてドスを利かせてそう言うと、修太郎は一度小さく息を吐く。そして、本題に入る。
「筧満月はどこだ?」
修太郎は質問をすると同時に久保に特典を使用する。修太郎の質問に嘘偽りなく答えるという事象への好感度を最大まで引き上げる。これで久保は嘘をつかずに答えるはずだ。もちろん、知っていればの話だが。
「……筧満月は啓也様とともにこのIRの最東端にあるホテルにいらっしゃるはずだ」
「最東端のホテル?」
「ああ。このカジノを出て、海のある方角を見ればすぐに分かる。そこは谷崎と縁のあるVIPしか利用できない最高級ホテルだからな。このIRの中でも群を抜いて目立つ。それ以上のことは聞いていないが、おそらくホテルの最上階にある最高級スイートにいらっしゃるだろう。そこがあのホテルで一番にいい部屋だからな」
「なるほど。ありがとよ」
修太郎は礼を言うと、久保の胸を殴って殺害する。これまでに浴びた返り血は特典で消し去り、その場を立ち去る。血まみれでこの施設をうろつくわけにもいかない。それに返り血を消しても制限の対象にならないのは、もう何度も使って分かりきっていることだ。
「初っ端から当たりを引けたのはラッキーだったな。これで心置きなく救出に向かえる」
とはいえ、あまりのんびりもしていられない。啓也と満月の居場所を知っていたということは久保は谷崎ではかなり上の立場にいる人間のはずだ。彼が音信不通になれば、向こうも警戒する。
修太郎は若干急ぎ足で通用口からカジノを出る。それから、表通りに出ると久保の言う通り、他の施設と比べても一際大きい施設があった。
「あれか……」
確かに分かりやすい。あれではこそこそ隠れる意味もない気がするが、中途半端な場所に隠れるのはプライドが許さないのだろう。そういう意味では名家というのは面倒なものだ。
「どっちにしろ好都合だ。これで遠慮なく正義の味方として可愛い女の子を救出しに行ける」
修太郎は右肩をゴキリと鳴らしてホテルへと向かった。その表情はこれからすることに相応しい爽やかなものだった。
○○○○○
修太郎はホテルの入口に着くとすぐに自分を見て近寄ってきたガードマン二人を拳一発で殺す。入口はオートロック式の自動ドアだったが、構わずガラスを破壊して中に侵入する。警報が鳴り響くが修太郎は構わずに受付の人間を殺して、側の金庫を破壊し、ホテル内部の見取り図を入手する。それを確認した修太郎は最短ルートで満月の下に向かう。
もちろん、エレベーターは使うことができないので階段を使って上がるしかない。おまけにテロリストに対する対策のためなのか内部はかなり入り組んでいて、迷いやすい上にひたすら階段を上るよりも距離がある。だけど、何も問題はない。特典を使って強化された身体能力を以てすればこの程度の距離は妨碍の内に入らない。今の修太郎をそこらのテロリストと同じにされては困る。
修太郎は全速力で突き進む。警備の者は警報に対処するために動いていることもあってかとてつもない速度で進む修太郎に反応することすらできない。進路を邪魔する者を殺す程度で難なく進むことができる。
一分もかからずに最上階に到達した修太郎は重厚な扉を破壊して、スイートルームに侵入する。そこには久保の言う通り、啓也と満月の姿があった。
突然現れた修太郎に啓也は驚愕に目を大きく見開いている。
「ば、馬鹿な。早すぎる……!」
「よぅ。久しぶりだな。つっても、さっき会ってから一時間も経ってねえけどよ」
修太郎は不敵な笑みを浮かべながら、部屋の中の状況を把握する。とりあえず、見た限りでは満月は無事だ。ベッドの上で啓也に押し倒されて服が乱れてはいるが、啓也がズボンを穿いているところを見ると、おそらく、まだ最悪の状況にはなっていない。上半身が裸なのでかなり危ないところまでいってしまった可能性は高いが。
この状況を見れば普通は啓也に怒りを覚えるのだろうが、修太郎もあまり人のことは言えない。勢いでドアを破壊してしまったが、よく考えなくても危険だ。啓也はどうでもいいが、満月の身に何かがあったら目も当てられない。それはきちんと反省しなくてはならない。
ひとまず修太郎は啓也と満月を引き剥がす意味も兼ねて啓也を眠らせようとする。狩野のときはカスミの目の前で惨殺するなどという失態を犯したが、二度も同じミスをするつもりはない。カスミと同じように満月が目の前で人が死んで平然としていられる保証などないからだ。眠らせてから、どこか別の場所でこの男を処分する。それが最善だ。
「か、上神……!」
修太郎が一歩踏み出したところで我に返った啓也が慌てた顔で言う。修太郎はその名を聞いて、顔色一つ変えずに視線を左に向け、左腕を側頭部の横まで持ち上げる。すると、左腕に何者かの拳がぶつかる。
「はっ! 敵の死角からの奇襲か。てめえも芸がねえな!」
「それはどうかな?」
「あん?」
してやったりと言わんばかりの笑みを浮かべる上神に修太郎は訝しげな表情になる。そして、次の瞬間修太郎の左腕に鎖が巻き付く。
「悪いが拘束させてもらう。このまま他の人間を呼んで、お前を袋叩きに――」
「こんなもんで俺を縛ったつもりか?」
修太郎は特典を使って身体能力強化を維持すると同時に鎖を破壊する。上神は目を見開くが、すぐに冷や汗をかきながらも笑みを浮かべる。
「俺としたことが随分と迂闊なことをしたものだ。貴様は怪物だということを忘れていた。この程度でどうこうできる相手ではなかったな」
「そうだな。そんで、これで終わりか?」
「まさか」
上神は背中から一振りの棒のようなものを取り出す。一見杖のようだが、上神は杖の先端と中心部を持つと、両側から引っ張っていく。すると、杖の中心から銀色の刃が出現する。
「仕込み杖か?」
「ただの仕込み杖ではない。谷崎家でもっとも腕の立つ刀鍛冶が直々に作った一品だ。これに俺の極限まで磨き上げた剣技を合わせれば切れぬ物はない」
そう言って刀を向けてくる上神には自信が満ちあふれていた。修太郎はそれに呆れきった表情を浮かべつつ、拳を構える。
「そうかよ。なら、やってみな」
修太郎は左手を軽く動かして挑発する。それを見た上神は即座に動く。修太郎との距離を詰めてくる。その動きは速い。確かに相当な実力者であることは間違いない。だが……。
「何もかもが弱すぎる」
「ごっ……!」
修太郎にはまるで通じない。修太郎は振り下ろされた刀を指一本で受け止めると、瞬時に上神の胸に拳を叩き込む。上神の命を奪うにはそれで充分すぎた。
「……無念……」
胸に大穴を空けられた上神はそう言い残して崩れ落ちた。修太郎はそれに見向きもせずに啓也の方を見る。
「さて、次はお前だな」
「ひぃっ!」
修太郎は悠然と啓也の方へと歩いていく。それに啓也は悲鳴を上げる。修太郎は構わずに啓也と満月が座り込むベッドの側まで近付く。そこまで到達したところで啓也は壊れたように笑い出す。
「ふ、ふふふ……か、上神を倒したくらいでいい気になるなよ! こっちにはまだ馬場がいるんだ!」
「馬場?」
「能力軍軍団長にして最強の男、馬場和明だ! あいつさえ来れば、お前なんて……!」
そこで物音が聞こえる。それに啓也は冷や汗をかきながらも笑みを深める。
「ふ、ふははは……! ど、どうやら、着いたようだなぁ! これで、お前の命運も……!」
啓也の言葉を待たずに物音を立てたと見られる人物が二人の前に姿を現す。その人物を見て修太郎は小さく目を見開く。
「カルレクルフ……!」
「おー、櫛山。やっと見つけたぞ」
現れたのは彫りの深い整った顔立ちをした黒髪の長身の少年だった。啓也は彼の顔を見て醜悪な笑みから一転。驚愕の表情になる。なぜなら、カルレクルフと呼ばれた少年は啓也が待っていた人物とは違う。彼はロシアから留学しているレナート・カルレクルフという名の修太郎のクラスメイトだ。断じて、馬場などという名の人間ではない。
その右手には引きずられる形で無理矢理連れてこられた男が襟首を掴まれた状態でぐったりしていた。その男にすでに息がないことは明らかだった。
「な……ば、馬場……」
どうやら、あの引きずられている男が啓也の最後の砦である能力軍のリーダーの馬場らしい。レナートに傷どころか返り血を浴びた様子すら見られないところを見ると、随分あっけなく殺されたようだが、それよりも他に気になることがある。
「何で、お前がここにいる?」
「お前にちょっとした用があったもんでね。お前が船楼地区に来たと聞いたんで探してたんだ。そうしたら、たまたまお前がこのIRにいると聞いてな。それですぐにここに来てお前の姿を見つけたのはいいんだが、声をかけようとする前にこのホテルにさっさと入っていってしまったんだ。邪魔するのも悪いし、かといって外で待ってるのもアレだから中に入ってロビーあたりで待っていようと思ったら警備員らしき連中に問答無用で襲われてな。話が通じそうにもなかったから、そいつらを始末しながら上がっていって、今に至るって感じだな」
「そうか。それで用って何だ? 急ぎなら、今のうちに聞いておくが」
修太郎の発言にレナートは首を横に振る。
「いや。そこまで急ぎってわけじゃないんだ。ここに来たのはほとんど成り行きだ。だから、お前の用事が終わってからでいいぞ」
レナートはそう言って腕を組んで壁にもたれかかる。どうやら、啓也の始末は修太郎に委ねてくれるようだ。ただし、あまり時間をかけて待たせるのも悪い。ここはさっさと止めを刺すべきだろう。
修太郎は呆然として動けない啓也の胸に右手を置くと、特典を使って心臓を止める。啓也は痙攣し、白目を剥いてベッドに倒れ込む。これで啓也の息の根は止まった。
すでに返り血を浴びているにもかかわらず、流血沙汰になるような殺し方をしなかったのは、今さらではあるが修太郎なりの気遣いだ。
「待たせて悪かったな。それで用ってのぁ、何だ?」
「何、大したものじゃない。ただお前に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「ああ」
レナートはそこで一拍置く。一瞬、視線をどこかへとやったがすぐに修太郎の方に戻す。
「聞きたいのは一つ。この世界に希望があるかどうか、だ」
「希望だぁ……?」
修太郎はそれに少しだけ考え込む。なぜそんなことを聞いてきたのか。それを考えることに何の意味もない。そう判断した修太郎はすぐに顔を上げて答える。
「――前置きしておくと、無事に勝る有事はないっていうのが俺の信条だ。そして、その上で答えるならこの世界に希望なんざねえってのが俺の答えだ」
「そうか」
「こいつはあくまで俺の解釈だけどよ。どんな世界であろうと、何もねえっていうのはありえねえと思うんだ。それはつまり、変化が起きてるってことだ。時間しかり、肉体しかり、何事も変わり続けてる。それを絶望と呼ばず、何と呼ぶ?」
「……なるほど。お前の答えは分かった」
レナートは小さくため息をついて視線を下に向ける。失望の念を禁じえないといった表情だった。しかし、彼と別段親しいわけではない修太郎としてはその理由を察することはできなかったし、知ろうとも思わなかった。聞かれたから答えた。それだけだ。
レナートは再び修太郎の方を見て、面目ないといった顔になる。
「すまなかったな。変なことを聞いてしまって。助かったよ。礼を言う」
「いや。俺の方こそ気の利いた答えが返せなくて悪ぃ」
「いいさ。答えがある問いというわけでもないしな。聞くことは聞いたし、俺はここで失礼させてもらう。体には気を付けろよ」
「おう。またな」
「ああ」
レナートは修太郎に背を向けると、右手を振って去っていく。修太郎はその背を少しだけ見送ってから、満月の方を向く。
満月は無表情でベッドに座り込んでいた。明らかに顔色が悪い。その理由に容易に見当がついた修太郎は申し訳なさそうな表情になって言う。
「悪いな。放置しちまって。けど、それは今は置いといて、大丈夫だったか? 満月」
そう。修太郎はまた同じ失敗を繰り返してしまったのだ。満月のことを完全に失念していた。啓也と対面したときは頭に入っていたのに、上神と交戦を開始してから完全にそのことが頭から抜け落ちてしまっていた。
「いえ。確かに見ていて気分のいいものではないけれど、それも仕方がないことだというのは理解しているから」
満月は苦々しげな表情になりながらも言う。本当に強い子だ。人が死ぬ光景を目の前で見れば普通はトラウマになってもおかしくはない。ましてや、上神のときは胸に大穴を空けるという殺し方をしたのだ。心が弱ければ口が利けなくなるかもしれないほどの衝撃だろう。それでも、この子は何とか耐えている。本当に心が強い。この子が成長していけば、いずれは大物になっていくのだろう。この子は強くて立派な女の子だ。
――ほんとうにそうなのか?
修太郎の頭の中に一瞬そんな言葉が流れる。修太郎はそれを聞かなかったフリをして、満月を見る。
「お前がそう言うのであれば信じよう。いろいろ言うべきことはあるんだろうが……。とりあえず帰ろうぜ」
「うん」
修太郎は満月の返事を聞くと右手を差し出す。満月は一瞬ためらうが、すぐにその手を取り、二人は手を繋いで部屋を後にした。




