一人目ー第三章 12話 光一との戦い
公平の屋敷を出て行った修太郎は単身で光一にあてがわれた家に向かう。そこにいる可能性が一番高いからだ。万が一いなくとも適当に家を荒らしておけば、いい挑発になる。光一の行動パターンを把握していれば、そこを探せば見つけ出せるかもしれないが、この周辺の光一の行きつけなど知らないし、知りたくもない。
それにあの男のことだ。適当に彼の家や取り巻きの家を破壊した上で自分がやったという痕跡を残しておけば怒り狂って正面から向かってくるだろう。間違っても公僕に委ねるような真似はしない。忌々しいことだが、そう確信できる程度には光一のことを知っていた。
修太郎は苛立ち混じりに舌打ちをしつつも往来を歩いていく。あと数分ほどで人通りの多い街に着くというところで修太郎は探していた者と遭遇する。
道の端っこで何かを探すような仕草を見せている光一の姿を見て修太郎はにやりと笑う。そして、悠然とした足取りで光一に近付いていく。足音で自分の方に来る者がいることに気付いたらしい。光一は修太郎の方を向き、顔を歪める。
「よう、安城。他の連中はどうしたよ?」
修太郎は愉快そうな笑みを浮かべて言う。光一は親の仇を見るような目で修太郎を睨みつける。体を震わせながら、口を開く。
「……や……た」
「あ?」
「伶香をどこへやった!!!」
光一は叫ぶと同時に修太郎に掴みかかってくる。修太郎はその腕を掴んで投げ飛ばす。事前に身体能力は上げてあったので、手加減していても光一は二十メートルほど吹き飛ばされた。
光一は着地して、なおも殴りかかってくる。修太郎はその拳を受け止める。
「手加減してやっている間に吐け。伶香をどこにやった?」
静かに怒りに打ち震える光一に修太郎は肩をすくめて言う。
「やれやれ。掴みかかったり、殴りかかったり、人様に聞く奴の態度じゃねえな。そんな奴に答える義理なんざねえよ」
「そうか。ならば、力づくで聞き出してやる」
同時に光一の右手が光る。明らかな攻撃の予備動作に修太郎は焦ることなく特典を即座に使って対抗する。須臾にして光一の右手から眩いほどの緑色の光が爆裂する。修太郎は爆発と同時に後ろに飛んで威力を和らげつつ、距離をとる。
光一は光を足に纏い、凄まじいスピードで接近してくる。移動中も地面が抉れている、相当な密度の光だ。速度も常人が対抗できる次元をとうに超えている。普通の人間ならば、光一に攻撃されてなお何が起きたか理解できないだろう。当然、修太郎もその速度に対応するのは容易ではない。というより、特典なしでは不可能だ。
だが、それがどうした。どれだけ速かろうが、光一は所詮は素人だ。それどころか、殴り合いの喧嘩などまるでしたことがない。さらに光一の頭に血が上っていることを加味すれば、容易に彼の行動に予想がつく。
修太郎は自身の動体視力と身体能力を操作し、左手を正面に伸ばし、自身の顔を右にズラす。すると、顔の左側に光一の拳が凄まじいスピードで到達し、光一の顔面に修太郎の拳が奇麗に刺さった。修太郎はそのままの体制で拳を振り抜く。
「ごぶっ!」
光一は血反吐を吐きながら、吹っ飛んでいく。修太郎がやったことは一つ、光一の顔面が来る位置に拳を置いておいただけだ。そうすれば、光一は自分から拳に突っ込むことになる。そして、その反動は彼の動きが速いほど強く跳ね返ってくる。自分の速度をカウンターに利用された形だ。修太郎の身体能力が飛躍的に上昇しているうえに、彼自身の移動速度が凄まじかった分、その威力はとてつもないものになっているだろう。それに加え、彼は常人だ。攻撃や移動の速度を上げれば上げるほどカウンターに対して要求される反応速度はよりシビアになっていく。たとえ、転移後で反応速度が上がっていたとしてもあれほどの速度だ。実戦経験の少ない彼では置いただけの返し技すら反応するのは不可能だろう。
光一は受け身をとることすらできずに地面に激突し、あおむけに倒れる。さすがの光一も鼻血を流して地面に倒れたまま動かない。荒い息を吐いて、修太郎を凄まじい形相で睨みつけるに留めている。修太郎はそれを薄笑いで受け流しつつ、ふと考える。
なぜ光一は修太郎が喜々野失踪に関与していると決めつけているのか。喜々野を拷問した際に目撃されたのはシューゴと名乗る自分と瓜二つの謎の少年だけ。彼と光一が繋がっているとは思えない。となると、他に何か根拠でもあるのだろうか。修太郎の覚えている限りでは失態はシューゴに見られたことだけのはずなのだが。
何となく気になった修太郎は倒れた光一に聞いてみることにする。
「なぁ、何でお前は俺が喜々野がいなくなったことに関係していると思ってんだ?」
修太郎の問いに光一は上体をがばっと起こして、叫んでくる。
「とぼけるな! お前が伶香をどこかへ連れ去るところを見たという女性をこちらでも確認している!」
光一は自信満々に言っているがそんなはずはない。喜々野を殺害したのは人目につかない場所だった。それに修太郎は喜々野を連れ去った覚えはない。何せ喜々野に遭遇するや否や、すぐに彼女を拘束し、拷問したのだから。
つまり、その証言とやらは嘘ということになる。金で抱き込んだのか、脅して無理矢理証言させたのかは知らないが、どちらにしてもその証人はとんだホラ吹きということになる。そして、その偽りの証拠を意気揚々と掲げるこの男は見事なまでの犯罪者ということになる。
証拠の捏造。そんな手段をとってなお、自分が正義と信じて止まない光一とはやはり合わない。
まぁ、もっとも喜々野が姿を消した原因は自分なので言い訳するつもりもないが、それでも、自分はやっていないなどとすっとぼけておいた方が後々面白くなるだろうか? それとも、さっさと手の内を晒してしまった方が面白いだろうか?
そんなことを考えていると光一がよろめきながらも立ち上がる。そして、まっすぐな目で修太郎を見据える。
「答えないということは伶香の拉致を認めるということか?」
「さあな。てめえが言うんならそうなんじゃねえの? それがてめえの口癖だろ?」
「相変わらずふざけた奴だ」
「てめえがな」
どのみち、これ以上の問答は無意味だ。そんなことをしたところで無駄に疲れるだけだ。修太郎はここからは拳で語り合うことに決めた。
けれど、その前に一つだけ。
「あぁ。それとその証言とやらだけどよぉ。そいつは本当に合ってんのか?」
「何を今さら。言い訳にしては拙すぎるぞ。俺が得た証言が間違ってるとでも言うのか?」
「ああ。言うね。何せ、俺はこいつを痛めつけた覚えはあっても攫った覚えはねえんだからなぁ」
修太郎は醜悪な笑みを浮かべて、右手にとあるモノを出現させる。それは血まみれで醜い死に顔を晒した喜々野伶香の首だった。
「な……!」
「どうだ? 驚いたか? 俺なりのちょっとしたサプライズって奴だ」
修太郎が選んだのはこの場でさっさと喜々野の事件の関与を認めることだった。その方が面白そうだと判断した修太郎は下劣な笑みを浮かべたまま光一を見る。光一は呆然とした顔のまま固まり、声を出すことすらままならないようだ。修太郎はそんな彼に追い打ちをかける。
「どうした? 喜べよ。お前を楽しませるために準備してやったんだ。お前が喜んでくれなきゃ、俺の努力とこいつの献身が無駄になっちまうぜ」
相変わらず笑いながら喜々野の生首を右手でブラブラと揺らし、その袖を血で染めていく修太郎に決して高いとは言えない光一の沸点はたやすく突破し、その倍近くにまで怒りが燃え上がっていく。修太郎はそんな彼を見て愉快そうに笑いながら、光一の正面に生首を投げる。それは光一の数メートルほど前に落ちる。目の前に転がされた喜々野の首を見て、光一は顔を俯かせて体を震わせ、憎悪にまみれた瞳で修太郎を睨みつける。右手に瞬時に緑色の光の剣を出現させると込み上げる怒りを吐き出すかのように大声で叫ぶ。
「死者を、愚弄するのも、大概に……しろよ……っ! この外道があぁぁぁぁぁぁ!!!」
怒りの咆哮と共に光一は修太郎に斬りかかる。その動きは先ほどよりも無駄だらけだったが、先ほどよりも遥かに速いスピードだった。まともな人間なら鬼気迫る光一の速攻に恐れ戦き、為す術なくその命を散らすだろう。だが、光一と対峙する修太郎に恐怖はなかった。あるはずがなかった。あるのは、ただ目の前の独善者を叩き潰すという気概のみ。
修太郎は光一の斬撃をあっさりとかわす。それを見越していた光一は返す刀で修太郎の首を狙う。修太郎はそれを右腕で難なく受け止める。その一太刀は修太郎の体どころか服にすらダメージを与えることができない。
しかし、光一は二撃目を服すら破ることなく止められても動じない。意志の強い瞳で修太郎を睨み上げる。
「行くぞ、修太郎。覚悟はいいか?」
光一はどうやら本気のようだ。呼び方も昔に戻っている。それに吐き気を覚えつつも、修太郎は唾を地面に吐いて答える。
「そいつぁ、こっちのセリフだ。ボケ!」
修太郎は獰猛な笑みを浮かべて、光一に殴りかかる。光一は右手に持った光の剣でそれを迎撃する。強化された拳と光の剣がぶつかり合い、大きな衝撃音が周囲に鳴り響く。
二人の攻撃力はほぼ互角。それに修太郎は笑みを深め、さらに連続攻撃を仕掛けていく。光一はその攻撃を剣で必死に捌いていく。先ほどとは違って、今度は修太郎が攻勢に出た形だ。
光一に与えられた特典は光と闇を操るというものだ。光を用いて物理攻撃を仕掛け、闇を用いて相手の精神を蝕む。強力な特典だが修太郎には関係ない。その程度では修太郎の特典に打ち勝つことなどできはしない。
その証拠に光一は一発ごとに攻撃速度と威力を上げていく修太郎の高速の連打に対応しきれなくなり、攻撃をもらいはじめた。先ほどのカウンターによる一撃も相当効いているようだ。時間が経つにつれて光一の動きが着実に鈍っていく。
修太郎は容赦なく攻撃を加えていく。光一は何とか反撃の隙を窺うが、その余裕も徐々になくなっていく。猛攻に耐えきれずに光一が剣を手放してしまった隙に修太郎はそれまで以上の威力と速度を持つパンチを何発も光一に叩き込んでいく。光一は為す術もなくその攻撃を全て食らう。あまりの猛攻に光一は耐えきれずに徐々に下がっていき、近くにあった廃屋の壁に叩きつけられる。それを見た修太郎は止めと言わんばかりの強力な右ストレートを光一の腹に叩き込む。光一は声にならない叫び声を上げて、壁を破壊して吹き飛んでいく。
「つまんねえな。こんなもんかよ」
修太郎は悠然と光一に近付いていく。そして、側で立ち止まり、ボロ雑巾のようになった光一をゴミを見るような目で見下ろす。決着はついた。光一に戦う術はもはやない。そう判断した修太郎は止めを刺すべく、拳を振り上げる。だが、振り上げたまま動きを止めてしまう。
光一が血まみれの顔で笑っていたからだ。
「は、はは……。なんて……ザマだ。この俺が……こんな奴に……倒される……なんて、な」
「何だよ? 不満か?」
口元を歪めて嘲笑うように聞いてくる修太郎に構わず光一は言う。
「ああ……。つくづく……世界とは、ひどいものだ。ここまで不条理だと……逆に、笑えてくるな」
光一の発言を修太郎は鼻で笑う。その発言は彼がするべきものではない。だが、修太郎はそれを口に出さず、あえて違うことを告げる。
「何を寝ぼけたことを。そんなもん自業自得だろうが。無事に勝る有事はない。自分から面倒ごとを引き寄せてる時点で、てめえは詰んでるんだよ。まぁ、俺もそれを実践できてる自信はねえけどな」
「くっ……。くっくっくっ」
修太郎の発言を聞くと、光一は喉を震わせるように笑いはじめる。そんな光一を見て修太郎は眉をひそめる。
「何がおかしい?」
不機嫌そうに問う修太郎の顔を見て、光一は心底おかしそうに笑う。そして、力ない声でゆっくりと言葉を紡いでいく。
「そういえば、お前は今は伊丹公平という名の逆賊に与しているんだったな。啓也さんが言っていたぞ。伊丹に手を貸した挙句、まんまと出し抜かれた痴れ者だと。……ふっ。一応、聞いておいてやろう。あの補充者の少女を助けに来たのか?」
「それがどうした?」
「くはっ……。ならば、無理だな。あの少女を救出することなど、お前にできはしない。なぜなら、お前には根幹がない。……あぁ、本当にかわいそうになぁ。お前は満ち足りていないから、未だに迷走しているんだ。俺を見ろ。お前と違って幸運という物が分かっているから、希望で満ち溢れているのが嫌でも見えるだろう?」
これほどズタボロにされてなお光一は下から見下しきった笑みを浮かべて言う。この短時間でいくらか回復したのか、忍び笑いをする前と比べるとかなり流暢な言葉だ。この時点で彼も相当な怪物だ。転移してから尋常ではない強さを手に入れたのは修太郎だけではないということがよく分かる。まぁ、結果的に大した脅威にはなりはしなかったが。
いずれにしても、彼の発言に何も思うことはない。やはり、修太郎が彼に対して抱いている嫌悪感は尊敬していた父親を貶められたものによるものではないらしい。それで充分だった。無性に破壊したくなるこの衝動に理由などない。疑問はあるが、理由のないものにその答えを求めたところで何も分かりはしない。
修太郎は考えることをやめた。そして、この戦いを終わらせるべく再び拳を振り上げ、光一の顔面に止めの一撃を叩き込もうとする。だが、修太郎がパンチを放とうと思った矢先に彼の体が破裂する。突然、光一の返り血を浴びる羽目になった修太郎は大きく目を見開く。
「おーおー。満ち溢れているの言葉に嘘偽りなしってか。満ち溢れすぎて、全身破裂するとは大したもんだぜ」
光一を破裂させた張本人――坂戸正馬が笑いながら近付いてくる。修太郎は正馬を鋭い目で睨みつける。正馬はまるで意に介さず、足を止めることをしない。
修太郎たちまであと十メートルというところで正馬は足を止める。そして、不敵に笑う。
「よー、修太郎。まさか、こんなところでお前と会うとは思わなかったぜ」
「奇遇だな。俺もだよ。正馬」
修太郎は不機嫌さを隠しもせずに吐き捨てる。正馬はニヤリと笑う。そして、ふいに目を見開いたかと思うと彼の右腕が裂ける。夥しい量の血が噴き出し、それはやがて一つの剣のような形へとまとまっていく。
正馬はその剣を右手で握る。それからすぐに裂けた右腕も元通りになる。修太郎はその様子を目を細めて見る。
「血液を操る特典か?」
「まぁ、そんなところだ」
「はっ。随分とてめえに相応しい特典じゃねえか。偶然会った知り合いに武器向けるてめえにな」
「お前だって人のこと言えねえだろ。俺が来た時点で随分とやる気満々って感じだぜ」
正馬の指摘通り、修太郎からは殺気が迸っている。正馬と話している最中に立ち上がった彼は完全な臨戦態勢に入っており、いつ正馬に攻撃を仕掛けてもおかしくない。修太郎も正馬も拳と刀を構えて相手を見据えている。
思えば、この二人の付き合いは長い。正馬の異常な行いを修太郎は二度も止めてみせた。正馬の異常な思想を修太郎は何のためらいもなく切り捨て、正馬に猛然と立ち向かってみせた。その過程で正馬は気付けば修太郎を認めていた。もっとも、修太郎の方は正馬をずっと毛嫌いし続けているが。
だが、それも今は関係ない。あったとしても、二人が戦わない理由にはならない。光一への止めを横取りされたことなどどうでもいい。正馬が今の生き方を貫き続ける限り、修太郎が退くことはない。修太郎と正馬が今にも一歩踏み出して開戦する間近まで気を張りつめさせたところで二人の間に一人の影が割って入る。
その人物の正体は香奈だった。香奈は神妙な顔でこの場においてもっとも危険な場所に佇んでいる。
「……影浦?」
修太郎は思わず拳を下げる。正馬も刀こそ消さなかったが、構えを解いて怪訝そうな表情になる。そんな正馬に対して、香奈は眉を下げ、悲しげな表情で言う。
「……ごめんね。ここは退いてくれないかな? 兄さん」
「……ちっ」
泣きそうな声で言ってくる香奈に正馬は小さく舌打ちをすると彼らに背を向け走り去っていく。
「逃がすか!」
修太郎は正馬の後を追おうとするが、その眼前に香奈が立ちはだかる。修太郎は足を止めて、香奈を睨めつける。
「何の真似だ?」
「…………」
修太郎の問に香奈は答えない。両手を広げて、ただ修太郎の進路を妨害することしかしない。それを見た修太郎は青筋を立てて、両手をゴキゴキと鳴らす。
「確かに中学時代お前とはそこそこ親しかったが、だからといってお前の息の根を止めねえ保証にはならねえぞ。影浦」
低い声で脅してくる修太郎にも動じない。ただまっすぐな目で修太郎を見ている。それが修太郎には無性に腹立たしくて、盛大に舌打ちをした。




