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相反せしモノたちが紡ぐ異世界記  作者: 夢屋将仁
第三章 イラつかせる独善と偽善
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一人目ー第三章 9話 宮殿の管理者

 修太郎は疲労困憊といった様子で旅館に戻った。ストレス発散をするつもりがかえってストレスを溜め込むことになってしまった。それもこれもあの変な中年男性に会ったのが原因だろう。真梨奈との会話もうっとうしくなかったとは言わないが、この妙な疲労感の原因の大半は木口によるものであることは疑いようがなかった。いや、啓也から受けた精神的疲労も原因であることは間違いないのだが。



 いずれにしても、昼飯時には間に合った。今までの鬱憤を晴らすかのように、ここの料理も今までの旅館に負けず劣らず絶品なのだろうと期待を胸に膨らませる。四大名家の息女というだけあって、彼女に連れられる宿泊施設はどれも超一流どころばかりだ。現実世界ではそうやすやすとできるものではない贅沢をこの十日で味わうことができて、修太郎はカスミたちに感謝していた。もっとも、あまりに世話になりすぎていて、後のことを考えると少し怖くなってしまうが。

 まぁ、その分面倒ごとも処理してきたのだから、ある程度は貸しも作れているだろうと楽観的に考えることにする。そのさじ加減は人それぞれなので、明確に断言することなどできはしない。それに今の修太郎に憂えることなど何もない。何にしても、物事はなるようにしかならないからだ。どれほど緻密な思考を組み立てたところでその通りに事が運ぶ可能性などゼロに等しい。



 修太郎は悠然と今宵宿泊する旅館へと入っていく。そして、受付のところで女将らしき年配の女性に呼び止められる。女性の話によると大事な客が来ているので修太郎が旅館に到着次第案内するように申しつけられているとのことだった。

 重要な客を出迎えているのに自分が行ってもいいのかと聞いたが、女将も詳しい話は聞かされていないらしく有益な情報は得られない。面倒ごとの匂いしかしないが、戻る以外の選択肢もないので修太郎は女将の後をついていくことにする。

 三階の廊下の奥にある部屋まで連れてこられ、扉の前で女将は立ち止まり、手で修太郎に入室を促す。


「こちらです」


「……ありがとうございました」


 不信感を隠そうともしない修太郎はひとまず礼だけ言って案内された部屋に入ると、今までに負けず劣らず広い部屋に今までと遜色のないボリュームの料理が机に並べられ、そして、カスミとシャイナの向かい側に一人の男性が正座していた。

 知らない男性だった。修太郎は部屋に入りつつも、その男性に訝しげな視線を向けてしまう。


「ああ。何の連絡もなく訪問してすまない。俺のことは気にしなくていい。とりあえず座ってくれ」


「はぁ……」


 男性の言葉に修太郎は曖昧な返事を返してしまう。それに男性はわずかに眉をひそめるが修太郎は彼の言葉通り気にせずに空いているカスミの隣に座る。



 修太郎が着席したのを見計らって、カスミが男性の方に手を差し出して口を開く。


「この方は全ての地区に存在する全宮殿の管理を一手に担っている伊丹家の現当主、伊丹(いたみ)公平(こうへい)様です」


「全宮殿……。宮殿っていうと、境の街にあるやつか?」


「その通りだ」


 修太郎の言葉を公平は即座に肯定する。修太郎は公平の素性を聞いて思わず彼をまじまじと見つめてしまう。



 短い白髪に赤い目を持つ整った顔立ちの青年。見た目はかなり若かった。おそらく、修太郎より二つか三つ上程度だろう。つまり、十九か二十歳くらい。そんな若さでそのような重責を担っているというのはかなりの驚きだった。けれど、それ以上の感想を持つことはなかった。

 まぁ、他にも思うところはあるのだがそれは差し置いて、修太郎としてはその宮殿の管理者がこんなところに何の用なのかということの方が気になった。


「なるほど。それでその管理者さんがこんなところに一体何の御用です?」


「……これから話すことは最高機密だ。他言は一切禁じる。そのことを留意した上で聞いてくれ」


 修太郎はわずかに眉をひそめる。最高機密。その件に関して話していたから、マヤとサヤはこの場にいないのか。だが、それならば――。


「随分と仰々しいっすね。そこまで重要な話なら俺はいない方がいいんじゃないっすか?」


「いや。お前さんにもいてもらった方がありがたい。不審死事件の汚名を雪ぎ、人型によりさらなる迫害を受けていたヴェレ姉妹を救い出したというお前さんの力が必要だ」


 公平の言葉を聞いて、修太郎はカスミたちに非難のまなざしを向ける。カスミたちは居心地悪そうに目をそらすが、逆に公平はこちらを値踏みするような目で見てくる。あまり、そういう目で見られるのは好きではない――いや、好きな人間などそうはいないだろうが、彼からの要請を無下にするわけにもいくまい。アレフスから多大な恩恵を受けている身としては、多少の無茶は請け負ってやるのが義理人情だろう。

 とはいえ、それも話の内容次第ではあるが。


「とにかく腹が減っただろう。まずは昼飯にしよう」


「そうですね。お話の続きはそれからにしましょう」


 公平の提案にカスミが応じる。シャイナも取り皿を並べ、食事を取る準備は整った。


(……やべえ。せめて、昼飯ぐらいは休めるかと思ったが、この分だと無理かもな)


 修太郎は内心でため息をつきながらも前に並べられた箸を手に取った。



 雑談の一つくらいはするものだと思ったが、修太郎の予想に反して黙々と食事を取って終わった。別に一言もしゃべらずに食べるのは慣れっこなので、修太郎としてはありがたかった。

 ただ食後のことを考えると少々気が滅入りそうになった。普段ならどうってことないのだが、あまりに独特すぎる谷崎啓也のキャラに振り回された挙句に木口という名の馬鹿に頭の痛くなるような言葉の羅列を立て続けに聞かされてさすがの修太郎も疲れた。そこから、さらに面倒ごとを聞かされるとなればさすがに嫌気も差すだろう。

 しかし、それをおくびも出すことなく、修太郎は食後の茶をゆっくりと飲んで一息つく。そして、あぐらをかいたまま腕を組み、無言で公平を見据える。



 威圧的とも取れるこの態度は自身の方が有利であると見せかけるためのブラフだが同時に修太郎の精神を回復させるための即興の暗示でもある。

 本来ならば目上ないしは初対面の相手にこのような態度を取ることは失礼にあたるのだが、修太郎は自らの精神的疲労をいくらか抑えることの方を優先した。それにこの程度で腹を立てて、怒りを露わにするような人間ならば底が知れている。ましてや、彼の口ぶりからして修太郎から頼み事をしに来たのは明白だ。助けを求める人間ならばこの程度の無礼を看過するくらいはしてのけなければ話にならない。



 それを公平も理解しているのか、修太郎の態度にわずかに顔をしかめたが何も言うことなく本題に入る。


「単刀直入に言おう。我々に力を貸してほしい」


 公平は一切の感情を感じさせない事務的な声で言い放つ。修太郎はそれに答えることなく、目線だけで先を促す。公平は一つ頷き、彼の要望に応える。


「実は俺は補充者(ほじゅうしゃ)の少女を一名、保護している」


「補充者?」


 修太郎はカスミの方をチラリと見る。カスミはなぜかためらうような表情を見せ、シャイナの方を見る。シャイナは若干悲痛そうな表情を見せながらも、やむを得ないといった表情で小さく頷く。カスミはわずかに寂しげな表情になりながらも、その重い口を開く。


「補充者というのは無尽蔵の魔力を生まれながらに持ち、これを他者に与えることで大幅なパワーアップを可能としている者たちのことです。それゆえにいわゆる魔力を製造するための道具として扱う者も決して少なくありません。あなたが直近で会った者たちの中ではアスタル・ゼヴェイフォルンが保護していた子供たちなどが挙げられます」


「なるほど」


 つまり、クワゴやダウセたちはその補充者だったということか。それならば、人型の魔物であるアスタルが彼らを保護していた理由もいろいろと邪推ができそうだが、今は関係のない話だ。

 それよりもシャイナの様子がおかしくなったことの方が気になる。前回のアスタルが子供を保護している云々の話になったときにも顔色が悪くなっていた。そして、アスタルが保護していた子供が補充者だったということは……。


(補充者について何か嫌な思い出でもあんのか? 気になるっちゃ気になるが……)


 それよりも話を先に進めるべきだ。シャイナと補充者の関係など、今は気にするべき事ではない。修太郎はそう判断し、口を開く。


「それでその補充者とやらが、あんたの話とどう関わってくる?」


 敬語が抜けたが公平は今度は気にする素振りも見せずに簡潔に質問に答える。


「その補充者をめぐり、谷崎啓也と対立しているんだ」


「……!」


 谷崎啓也。朝に出会った四大名家の一つ、谷崎家の当主だ。その名がここで出てくるとは思わなかった。

 いや。ここは船楼地区。谷崎が統べる場所だ。この地に渦巻く権謀術数の全てに谷崎が関わっていたとしても何らおかしくはない。


「おまけに向こうには人型の魔物を倒したとされる化物のような人間がついているという話だ」


「――光一……!」


「知っているのか?」


「一応な」


 知っているどころの話ではない。実父を陥れた男の実の息子にして、実父を貶めたクズだ。当時の自分はおかしくなっていて彼に頭を下げるなどという自分でも理解不能な行動を取ってしまったが、やはり彼に対する怒りは隠しきれない。

 父親の件もそうだが、それ以上に彼のその生き方が気に食わない。あのような存在を認めてしまうということは修太郎という自己を否定することと同義だ。一時期はそんなことさえ考えていたくらいには排斥したい存在だ。


「知っているのなら話は早い。ここからが本題だ。意図したかどうかは別として、この世界に居座っている魔王を我々が管理する宮殿から追い出してもらっておいて申し訳ないが、もう一度その辣腕を振るっていただけないだろうか」


 公平はそう言って頭を下げる。修太郎はそれに考え込む素振りを見せる。だが、それはあくまでフリだ。答えなど決まっている。即答しなかったのは彼の行動を慮ってのことだった。

 頭を下げてまで頼みたいこととなれば、彼にとって相当重要なことなのだろう。そして、それを遂行するために相応の覚悟は持ち得ているはずだ。ならば、頭を下げさせずに即答するというのはあまりに無粋だ。それは彼の覚悟を踏みにじることに他ならない。


「いいぜ。俺でいいんなら、その依頼受けよう」


「受けてくれるか……!?」


 修太郎の返答に公平は嬉しそうな表情になる。修太郎は小さく笑いながら、頷く。


「ああ。けど、もう少し詳しい話を聞かせてくれ。でねーと、どう動けばいいのか分からないからな」


「もちろんだ」


 公平は大きく頷いて詳細を話しはじめる。


「俺がその少女を引き取ったのは二日ほど前のことだ。彼女の名は(かけい)満月(まんげつ)というんだが、彼女は補充者の中でもひときわ特別な存在だった」


「特別な存在?」


「そうだ」


 そう言って公平はことの経緯を話しはじめる。始まりのきっかけとなったのは公平が綺麗な緑色の髪を持つ少女と会ったことに起因する。その少女は十歳くらいの幼い少女で彼女は自分のことを筧満月と名乗った。

 満月と出会ったのは船楼地区にあるアデワデ地区側の宮殿からの帰り道で丑三つ時のことだった。



 道のど真ん中で横たわっていた満月を見て、公平は眉をひそめた。けれど、この周辺ではこういう行き倒れは珍しいことではない。ましてや倒れていたのは年端もいかぬ幼い少女だ。そういった子が道に倒れている場合、大抵は捨て子か孤児かそう見せかけるよう親に強要されているかのいずれかだ。

 何にしても関わらないにこしたことはない。そんなことは中流階級以上の人間にとっては常識のことだ。



 だから、公平は無視して横を通り抜けようとした、その時だった。


「――ま、おう……さ……ま」


「!」


 公平は思わず足を止めていた。この少女は、今、何と言った? 魔王様。少女は確かにそう口にした。



 聞き捨てならない言葉に公平は見捨てると決めた少女に近付いていく。この世界を恐怖で支配している魔王を様付けで呼ぶ。そんな人間がまともなはずがない。ましてや、相手は幼気な少女。立場上見逃すわけにもいかなかった公平はとりあえず少女に話を聞いてみることにした。

 公平は少女の側まで近寄ると、地面に膝をつけて、可能な限り優しく声をかけた。


「すまない。少し、いいだろうか」


「だ……れ……?」


「俺は伊丹公平という。君に少し話を聞きたいんだが……その様子では無理だな。少し待て」


 公平は懐から水の入った小さな瓶と笹に包まれた握り飯を取り出す。家に帰った後の夜食として持っていたものだが、この際どうでもいい。今はこの少女を話ができるところまで回復させてやる方が先決だ。


「食べろ」


「いい……ん……ですか?」


「構わん。君は自分の心配だけをしていろ。顔が真っ青だ」


 無表情で公平は少女の顔色の悪さを指摘する。指摘された少女はそれ以上は何も言わず、おずおずと差し出された食べ物を受け取る。そして、まずは握り飯を頬張り、水を飲み干す。差し出した握り飯と水は十五秒と持たずに無くなった。相当腹が減っていたようだ。


「物足りないかもしれんが、手持ちはそれで全てだ。人心地つきたいのなら、こちらの質問に答えると約束すれば我が家で料理を振る舞ってやろう」


「いえ。そこまでしていただくわけには……」


「これは俺の自己満足だ。君は何も背金を感じることはない」


「ですが……」


 少女は目を伏せて遠慮する素振りを見せる。どうやら、この少女は見た目と年齢のわりに礼節と自制心を強く備えているようだが、その時の公平にとっては不都合なものでしかなかった。


「――強情だな。ならば、少々無理矢理にでも連れていくとしよう」


「あ……」


 らしくもない行動だと自覚していながら、公平は自宅へと少女を強引に招くことにした。傍から見れば誘拐にしか見えないが、それを咎める者などいるはずもない。何しろ、公平は名門、伊丹家の現当主なのだから。

 おまけに少女はややみすぼらしい格好をしていたが、それでも際立つくらいには顔立ちが整っていた。ならば、慰み者として公平が家に連れ込むのは何ら不自然なことではない。それを承知の上で公平は少女を連行したのだ。



 公平に手を引かれた少女は抵抗することなく、彼の家まで連れてこられた。名門の一つなだけあって、四大名家には及ばないにしてもなかなかに立派な屋敷が彼女の目の前に広がり、少女は尻込みする。しかし、公平は有無を言わさず、中に引っ張っていく。



 居間に少女を連れていくと、使用人に命じて二人分の夜食を作らせ、持ってこさせる。使用人には怪訝そうな表情をされたが、何も言うことなく公平の命に従った。


「あの……これは……」


「食え。君の前に並べられたものは全て君の分だ」


 公平はそう言うが少女は手をつけようとしない。まさか、この期に及んで毒が入っているのではないかと警戒しているわけではあるまい。単純に突然出された料理に戸惑っている、あるいはタダで食事をもらうことに躊躇しているといったところか。

 そう結論づけた公平は一つため息をついて、両手を合わせる。そして、フォークを手にとり夜食として出させたアサリをふんだんに使ったパスタをすくう。


「こちらも少々高圧的な言い方をしてしまったな。それは謝ろう。今は食べたくないというのであれば、食べたくなったら食べればいい。ただできるだけ早く食った方がいいぞ。冷めるからな」


 そう言って公平はパスタを頬張る。他人が食べるところを見れば、食欲を我慢できずに食事に手をつけるだろうという彼なりの北風と太陽作戦だ。

 公平の思惑通り、彼がパスタを食べているところを見て食欲に抗えなくなったのか、少女も公平に倣って両手を合わせた後、かなりの勢いでパスタにがっつく。その食事速度はかなり速い。あっという間に食べた量は公平を超えてしまった。分かりきっていたことだが、握り飯程度では彼女の空腹は埋められなかったらしい。


「そう慌てることはない。誰も君の分の食事を横取りすることなどしない。喉に詰まらせないように気を付けろ」


「……はい」


 公平に言われて少女は食事のスピードを緩める。それでも、公平に比べればかなり早い速度であり、あっという間に完食してしまった。



 それから、少し遅れて公平も完食する。公平が食事後にも手を合わせると、少女も慌てて手を合わせる。そして、使用人に食事を下げさせた後で少女は机越しに深々と頭を下げる。


「今日はご馳走していただいてありがとうございました。とても美味しかったです」


「礼を言われるほどではない。それよりもまだ君の名を聞いてなかったな」


「はい。私は筧満月といいます」


「満月か。いい名だ」


 何ともまぁ礼儀正しい少女だ、とその時の公平は思った。逆に言えば、この年でこれだけの礼儀を身につけなくてはならないほどの理由があったということだ。名家の子女というのならば分かるが、この少女の見てくれを見る限りそれはないだろう。となると、あまりいい想像ができない。

 どちらにしても、まずは彼女の素性を聞いておくべきだろうと思った。彼女は何か厄介なことに巻き込まれている。それを放置すれば、自分にとって害になると公平の勘が告げていた。


「あの……」


「ん? 何だ?」


 そこで満月がもじもじとしながら、何か言いたげな目をこちらに向けてくる。公平は急かすことなく、満月の言葉を待つ。やがて、満月は意を決したかのように口を開く。


「実は私、補充者なんです」


「ほう」


 公平はそれだけしか反応を返さなかった。実際、補充者など珍しくもなんともない。その情報だけを聞いた段階ではとくに何もなさそうだと思った。強いて言うならば、その特異な力ゆえに魔物や権力者たちから身柄を狙われているということくらいだろうか。

 魔王を様付けで呼んでいる理由は不明だが、補充者の中には稀に魔物に心酔する者もいると聞く。この少女もその類いの人間なのだろう。珍しく勘が外れたと考えた公平はその後のことを考えはじめた。



 一方で勇気を出したのに極めて薄い反応しか返ってこなかったことに満月は呆気にとられる。だが、この様子ならばもしかしたら大丈夫かもしれないと考えた満月は勢いに身を委ねて、さらなる情報を口にする。


「それと、私……天女(てんにょ)でもあるんです」


 今度こそ公平の顔が驚愕に歪んだ。



 満月という少女が発したとされる言葉に修太郎は眉をひそめる。


「天女……?」


 耳慣れない単語に修太郎は眉をひそめる。公平はその表情を見て、小さくため息をつき、天女について説明しはじめる。


「天女とは不思議な力を持つとされる女たちの総称だ。補充者同様膨大な魔力を持つとされているが実態は不明。一説によると彼女たちは魔王によって創造されたと言われている」


 そして、公平は話を再開する。満月は公平の表情から話の運び方を間違えたと判断したようだが、腹をくくって事情を話しはじめる。



 満月は元々は一般家庭の子供として幸せに暮らしていた。裕福とはいえない家庭だったが、笑いに満ちあふれていて、いつも幸せだったそうだ。

 大きな手と体で自分を優しく包んでくれた父親。心優しくいつも笑って自分を見守ってくれた母親。そして、時に優しく、時に厳しく接し、いろいろなことを自分に教えてくれた姉。彼らと共に過ごせて心の底から幸福と呼べる時間を過ごしていた。



 けれど、その幸せは突然壊された。谷崎啓也という悪魔の手によって。


「谷崎は満月の家族を皆殺しにした挙句に自分の愛人になるよう迫ってきたらしい」


「それで最初の話に繋がるって事か」


 修太郎の言葉に公平は小さく頷く。十歳ほどの少女を愛人にしようとするなど呆れて物も言えなくなるが、修太郎は何も言わずに目線で先を促す。


「谷崎は魔王やその側近とされるハカリと癒着しているという噂がかねてより流れていた。そうでなくとも、いい噂を聞かない男だ。満月を使って何をする気なのかは知らないが、ロクなことを企んでいないことだけは確かだった」


 まぁ、そりゃそうだろうなと修太郎は納得する。別の意味もあったとはいえ、修太郎自身直接彼と会っていい印象は抱けなかった。

 とはいえいい噂を聞かないとは知らなかった。まぁ、そこまで興味がある相手ではなかったし、それどころか興味を持ってはいけない類いの人間だったから仕方のないことかもしれないが。


「考えすぎならばいいが、最悪の可能性も考えておかなくてはならない。いや、そうなる可能性は十二分にある。だから、俺は彼女を保護した。その結果、谷崎と対立することになってしまったがな。これが事の経緯の詳細だ」


「なるほど……」


 経緯はあらかた分かった。何にしても、これは受けておいて損はないだろう。光一を合法的に叩き潰せるチャンスだし、上手くいけば新しく女の子と面識が持てるかもしれない。まぁ、十歳に満たない幼女では少々気が引けるけれど。

 谷崎との関係悪化に関する懸念もあるが、おそらく心配の必要はない。カザシ地区を出発する直前のカスミの口ぶりからして、谷崎とアレフスは言うほど仲がいいわけではなさそうだし、この依頼を受けて敵対関係になったとしても問題ないのだろう。そうでなければ、カスミが公平にこの依頼を持ち込むことを認めるはずがない。



 だから、修太郎はこの依頼を詳しく聞いても答えを変えるつもりはなかった。むしろ、やる気が出た。

 正馬ではないが、悪とは討ち滅ぼすためのものという俗説にある程度共感している修太郎にとっては悪党である木城光一と谷崎啓也を誅するいい機会だ。まぁ、悪の定義が周囲とズレていることはこの際スルーするが。


「いいだろう。改めて依頼を受諾することを約束する。それで肝心のその少女と会うことはできるか?」


「可能だが今すぐは無理だ。いろいろあったせいであまり人に会いたがらないから、ある程度説得する必要がある。すまんが、明日以降でも構わないか?」


「問題ない」


 予想できていたことなので修太郎は迷いなく頷く。いきなり、愛していた家族を奪われた上に自分の物になれなどと家族を殺した張本人に言われたのだ。人間不信になっても何らおかしくはない。むしろ、公平はよくぞ二日でその少女の心を開いたものだ。


「では、そろそろ俺は失礼する。受けてくれると分かれば、こちらも相応の準備が必要だからな」


「分かった。カスミたちはもう話はないのか?」


「ええ。ありません」


 カスミが頷いたのを皮切りに一言二言事務的な言葉を交わして公平は立つ。修太郎たちもそれに(なら)って立ち上がる。



 見送りはいらないという公平の言葉を押し切ってカスミたちは彼についていく。修太郎は少々強引ではないかと思ったが公平が何も言わないところをみると、もう慣れっこなのだろう。確かにカスミはいささか強引なところがある。

 慣れているのであれば諦めた方が楽だ。


「それではまた明日」


「ああ」


 簡単に別れの言葉を告げた公平はゆっくりと旅館から去っていく。修太郎はその後ろ姿をしばらく見送ってから、彼に背を向ける。

 そして、中に入ろうとカスミたちに言おうとしたところで彼らの前に珍客が現れた。


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