一人目ー第三章 3話 光一グループとの再会
「やれやれ。そう遠くないうちにあいつらと顔を合わせることになるとは思っていたが、まさかこんなに早いとはな」
「ごめんね。僕のせいで」
「いや、お前は悪くねえよ。悪いのはあの馬鹿女だ。今度会ったら覚えてろ」
修太郎は殺気をわずかに放ちながら言い捨てる。彼らは、今、船楼地区の西部に来ていた。なぜ、こうなったのか修太郎は現実逃避も兼ねてゆっくりと思い出す。
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創と別れた修太郎は今宵泊まる旅館へと向かっていた。その旅館は一目見ただけですぐに分かるほど立派なものだった。決して大きいとはいえない街に、これだけ大きな高級旅館を建てる意味などあるのかと思ってしまうが、これまでに集めた情報を基に考えればその理由にも見当がつく。
境の街は地区の境界のすぐ側にある。つまり、四大名家の政治における生命線とも呼べる場所だ。キューゲンペグやシュードのように強硬な姿勢を見せている家は知らないが、アレフスと谷崎は上っ面だけでも友好関係を宣言している以上相応の形というものが必要となる。だから、四大名家の要人が泊まる可能性の高い宿泊施設に力を入れるのは理解できる話だった。
ただそう考えると一つだけ疑問が出てくる。それはなぜ街があそこまで小さいのかということだ。ここが重要な地であることは疑いようもない。ならば、再開発なり何なりして、宿泊施設だけでなく街全体を立派に見せるぐらいはしてもいいのではないかと思うのだが、それをしないのには何か理由があるのだろうか。
まぁ、政治や利権争いになど欠片も興味はないが。
修太郎が旅館の入口に到着すると朸が待っていた。椅子に座っていた朸は修太郎の姿に気付くと、立ち上がって走り寄ってくる。
「思ったより早かったね」
「ああ。結構早く解放されたからな。何か用事があったらしいが、まぁ、そこそこお前らがやってきたことを知ることはできたぜ」
「へぇ、じゃあ、僕らが人型を殺したことは……」
「聞いた。まぁ、お前も単独で人型を葬ってるからそこまで驚くことでもなかったがな」
それでも警戒の色を強めるに値する情報であったことは確かだ。修太郎自身、魔物の中でも最強とされる人型を一人で瞬殺できる力を手にして、これでクラスメイトの誰にも負けることはないという自負を持っていた。しかし、人型を彼らも倒したとなれば話は別だ。仮に残ったクラスメイトの内の数人で挑んで得た結果だとしても警戒しない根拠にはならない。他のクラスメイトの中にも修太郎に匹敵する特典を与えられた人間がいる可能性は充分あるからだ。現に目の前の朸は単独で人型であるグブファを撃破してみせた。
「そっか。それなら前置きはいらないね」
「ん?」
修太郎が首をかしげると朸が珍しく歯切れの悪い口調で言う。
「実はさ……。明日会ってもらうことになっちゃったんだよね……」
「誰に?」
「この船楼地区にいる光一グループの人間全員に」
その言葉に修太郎は自分の顔が歪んだことを感じた。今日会わないだけマシだが、それでも想定よりも遥かに早い段階で会うことになってしまったからだ。
修太郎の心中を察したのか、朸が申し訳なさそうな顔で続きを口にする。
「どうやら、お前がこの街にいるのを喜々野さんが目撃しちゃったらしくてね。それを木城くんに話した結果、お前の様子を見るために何としても明日連れてこいって言われちゃってさ。ごめんね」
「あの風見鶏が……」
修太郎は不快感を露わにして吐き捨てる。喜々野は光一のグループに属している女子生徒だ。修太郎とは交流はほとんどないが、普段から日和見主義なところが多々見られ、いい印象は持っていない。
そんな女がここに転移した直後に姿を消した男を目撃すればどうするかなど火を見るより明らかだ。というより、こういう馬鹿がいるから他のクラスメイト連中とは極力会いたくなかったというのが修太郎の本音である。
「まあいい。過ぎたことをグチグチ言ってても何にもならねえ。お望み通り会ってやるよ。んで、場所と時間は?」
「明日の午前十時にクラスが拠点にしてる住宅街で。これは僕が案内するよ。でも、ここから一時間くらいかかるから九時ちょっと前には出てた方がいいかな?」
「分かった。まぁ、せいぜい後悔させてやるさ」
修太郎は両手をパキポキと鳴らしながら旅館の中へと入っていく。明日のことを考えると気が重いが、いつまでも文句を言っても仕方がないと割り切ることにする。いずれ会うのであれば、早めに会って釘の一つも刺した方が都合がいい。
修太郎は明日光一たちに会ったらどう対応するかを一晩かけて考えることにした。
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とまあ、これが経緯だ。極めて不本意だが修太郎は朸に連れられて、他のクラスメイトたちのいる住宅街まで来ていた。
そして、そこには豪勢な洋館が複数建ち並んでいた。大きな洋館に大きな庭。当然、アレフス家には遠く及ばないものの、これだけの数があればさすがに壮観だった。
「おいおい。こんな立派なもんを丸々一つ与えられてんのかよ。随分と手厚い待遇だなぁ」
「うん。どうやら、この船楼地区を縄張りにしている谷崎家の当主の谷崎啓也って人とキサラは仲がいいらしくてね。人型を殺したのもあって、僕らにかなりの好待遇を提供してくれてるんだ」
「ふーん」
谷崎啓也。初めて聞く名だが四大名家の一つ『谷崎家』の当主ということはユキヒコと同じ立場の人間ということになる。
つまり、キサラは四大名家ともパイプを持っているということだ。闘技場で再会した際の振る舞いやクラスを制御できていないと聞いていたのもあって軽んじていたが、あまり甘く見すぎない方がいいかもしれない。
実際、四大名家はこの国を牛耳る、いわば最上位に位置する者たちのはずなのだ。連続不審死事件がおかしかっただけで、本来ならばどんな不祥事でも握り潰せるくらいの権力くらいは普通に持ち合わせている。修太郎の想像が正しければ、人一人を不当にこの国から消し去ることなど容易だろう。
現にこれだけの物を見知らぬ者たちに提供できる程度の力は普通に有している。四大名家に対して、侮りは禁物だ。
本当の油断と自信は同等になれども、自信と侮りは決して同一的な存在にはなれないのだから。
「それでどこで会うことになってるんだ」
「えっと、光一に与えられている洋館だから……。アレかな?」
朸が指差したのは他よりも一回り大きい洋館だった。外観こそ他のものと変わらなかったが、他より大きいそれは修太郎をイラつかせるには充分だった。
「他のよりもでかいな」
「うん。光一は人型討伐にとくに貢献してたからね。それ以外にもいろいろとやってくれたし。それもあって、一番大きな洋館を与えられてるんだ」
「そうかよ」
修太郎は鼻で笑う。光一は本人の性格はどうあれ、人を束ねる力はあった。クラスメイトたちに与えられた特典の強さとその運用方法によっては人型の一匹や二匹を殺すことなど造作もない。そして、光一はその見極めを間違えずに人型の一匹を殺したということだ。
だが、それが何だ。それだけで他よりも好待遇を受けることができるなど笑い話にもならない。当然光一に不満を持つ者はクラス内部にいる。修太郎や真人といった主要な連中は消えたが、残された連中全員が光一だけそのような待遇を受けることに不平不満がないわけがない。少なくとも善継グループからは非難囂々であったことは容易に想像がつく。
とはいえ、これは実際の状況を知らない修太郎の憶測にすぎない。創はクラスメイトの内の何人かと言っていたが、実質的に光一だけの力で馬を倒したという状況だった可能性もある。あるいは光一グループだけで倒したという線もある。それならば、クラスも文句は言えまい。朸が含みの持った言い方をしたこともその推測を裏付ける材料となっている。まぁ、たとえこの推測が合っていたとしても光一を敵視している善継や、面の皮の厚い竜王と時山あたりは文句を言いそうではあるが。
修太郎たちは光一の住むという洋館の門を潜り、玄関から中へ入る。中はアンティーク調のなかなか趣味のいい内装をしていた。
だが、玄関には誰もおらず、奥の方から複数の男女の騒ぎ声が聞こえてくる。
「お出迎えもなしでおしゃべりか。まぁ、その方がありがたいけどよ」
「ごめんね」
「だから、お前が謝る必要ねえって」
ここまで来るとイラついてくる。もちろん、朸に何度も謝らせている光一たちにだ。
だが、今さらこんなことで怒りを覚えていても仕方がない。相手は自分とは違う考え方をしている者たちだ。理解する価値のない連中である以上、その行動にいちいち反応していてはキリがない。
「あんだけ馬鹿騒ぎされてりゃ、馬鹿でも分かる。あの部屋だろ?」
「うん。指定された部屋はあそこになってるね」
修太郎はため息をつきたくなるのを堪えて、その部屋へと向かう。時間は九時五十五分。あと五分待ってもいいがあまり変わらないだろう。
修太郎は騒音の元になっている扉の前に立つと、少々大きめにノックを三回する。
『入ってくれ』
中から光一の声が聞こえてくる。同時の他の人間の声も小さくなる。修太郎はそれに失笑しながらも、扉を開けて中に入る。
中には光一グループの人間が一部を除いて集合していた。男五人、女二人の構成だ。その集団の主格である光一は修太郎を見て、微笑みかけてくる。
「よく無事だったな。安心したよ。心配してたんだ」
「白々しいこと言うなよ。てめえが俺なんかの心配なんざするわけねえだろ」
「何だ!? その口の利き方は!!」
修太郎のふてぶてしい反応に苛立ったのか日下部が机を叩いて立ち上がる。舌打ちしながら修太郎は日下部の方を見る。
「ああ? 口の利き方だぁ? 日下部。てめえ、いつから俺にそんな偉そうな態度取れるようになったんだ?」
修太郎が凄むと日下部は顔をひきつらせる。そんな彼を見た修太郎はつまらなそうにため息をつき、そして、たたみかける。
「どんだけ強い特典を手に入れてようが、肝心の土台がそれじゃ話にならねえよ。何なら、今ここで試してみるか?」
修太郎は鋭い眼光で日下部を睨みつける。日下部はその強い眼力に怯えた表情で後ずさる。
修太郎自身そこそこの修羅場は潜っており、素の状態での喧嘩も相応に強い。日下部も運動神経は悪くはないがそれだけだ。修太郎と喧嘩すれば一方的になるのは自明の理だった。おまけに最初に光一が提案した情報開示のおかげで修太郎が日下部の特典のことを知っているのに対し、日下部は修太郎の特典を何も知らない。情報戦においても腕っぷしにおいても修太郎が負ける要素は一つもなかった。
彼自身充分不良として恐れられている。それに加えて『あの怪物』に気に入られている事情もあって、実を言えばクラス内での影響力はかなり高い。そんな彼がクラス内ヒエラルキーで極めて低い位置にいる理由は二つ。一つ目は彼がその地位を振りかざして動くことに一切興味を持っていないこと。二つ目が彼が人と触れ合うことをあまり好んでいないこと。この二つが理由であまり目立つポジションにいないだけで、彼の存在はクラスカースト最上位に位置する光一グループの人間にとっても決して無視できるものではない。
他があまりに我が強いために表では埋もれてしまっているだけで、陰ではクラスどころか学校全体の生徒から十二分に恐れられている。目立つが目立たない。修太郎のクラス内での立ち位置を端的に表すとすればその一言がしっくりくるだろう。だが、今はそんなことは果てしなくどうでもいいことだった。
「まあまあ。そう邪険にするなよ。ここは俺の顔に免じてその矛を収めてくれ」
「はっ。相変わらずムカつく言い方しやがって。それで? 俺をこんなところに呼んで何しようってんだよ?」
「身構えなくても、そんな面倒なことをさせるつもりはない。聞きたいだけさ。この一週間何をしていたのかをね」
「それなら、てめえらがキサラから聞いたっていう情報で全部だ。カザシ地区からここまで放浪している途中に人型を二匹殺した。それ以外に何を聞く?」
「聞くことならいくらでもあるさ。たとえば、お前はこちらで数多くの女の子と接触し、旅を共にしているそうじゃないか。一体どういうつもりでそんなことをしているんだ?」
修太郎は目を細め、光一を見る。なぜ、光一がカスミたちのことを知っているのかなどと分かりきった疑問について考えるつもりはない。どうせ、キサラから聞かされたのだろう。
修太郎が反応を示したのは自分の問いに答えるのが当然と思っているのがミエミエの光一の態度だ。
「それを言う必要がどこにあるんだよ?」
「あるさ。俺の前で隠し事は許されない。当然の話だ。隠し立てなんてしてないで、素直に言ったらどうだ? それとも、聞かれちゃまずいことでもあるのか?」
「んだと?」
光一の高圧的な発言がきっかけで修太郎の堪忍袋の緒が切れ、完全に一触即発の雰囲気になる。それを見かねた紫色の髪に両耳にピアスをした少年が二人の間に割って入る。
「はいはい。そこまでや。光一。いくらなんでも、言いすぎやで。さすがにそんなん櫛山でなくても怒るわ」
「口を挟むな。これは俺とこいつの問題なんだ。こいつが隠している以上、吊るしあげてでも俺はこいつから聞き出して……ぶっ!」
光一の言葉は途中で止まり、妙なうめき声をあげて吹っ飛ぶ。我慢の限界に達した修太郎が光一の顔面を思いっきりぶん殴ったのだ。
「うぜえな。いい加減その臭ぇ口閉じろや。クズが」
修太郎は心底冷めた目で地面に仰向けになって倒れている光一を見下ろす。鼻血が流れており、決して傷は浅くはなさそうだ。
「ちょっと! 何してんのよ!」
「ああ? 決まってんだろうが。くだらねえことしか言わねえゴミを少し離れたところまで殴り飛ばしただけだぜ?」
修太郎はこの忌々しい会合の元凶である金髪のギャル風の少女を睨みつける。少女は体をびくつかせて怯えた表情になる。南美はそんな彼女の肩を抱きながら修太郎を睨みつける。
「何だ? その目は。別にいいんだぜ? 六対一でも。どうせ、てめえらまとめてぶっ殺すなんざ一分もいらねえからなぁ」
「いやいや。せやから、これ以上揉め事はやめ言うてるやろ。殴られたんは完全に光一の自業自得や。櫛山もほんまにすまんかった。謝るから、これ以上は堪忍したってや」
修太郎は南美たちとの間に割って入ってきた紫髪の少年を見る。少年は鋭い眼光で睨みつけてくる修太郎に気圧されることなく、人のいい笑みを浮かべて見つめ返してくる。
しばらくして修太郎は舌打ちし、右手で頭を掻く。
「ちっ、しょうがねえ。今回だけは行谷の顔に免じて見逃しておいてやるよ」
修太郎は腕を組んで憮然とした表情で一歩下がる。関西弁で喋るこの少年は行谷勝喜といい、光一グループの中で唯一修太郎が一目置いている人間だ。
究極の独善者で自分が正しいと信じて疑わない光一に意見する唯一の人間であり、自分に逆らうものに対して攻撃的になる光一を恐れずに諫める彼の姿を見て修太郎は密かに感心していた。
まぁ、今回は自分の意向を無視して勝手に離れていったという鬱憤も重なり、いつもよりも攻撃的になっていたために抑えられなかったようだが、これは彼のせいではない。勝手に逆恨みして暴走した光一のせいだ。
だが、これは逆に言えば彼のグループの人間は誰も彼に逆らわないことを意味する。スキンヘッドでグループ一の巨漢である鎹千斗、金髪のギャル風の風貌をした喜々野伶香。なぜか今はここにはいないが、竜王盛高と時山葵。そして、光一とクラスの中でもっとも長い付き合いを持ち、最古の腰巾着でもある日下部迅馬と久野南美の六人は決して光一に逆らうことはしない。完璧なイエスマン揃いだ。これがクラスカースト最上位を誇るグループとは笑わせる。
「俺はもう行くぜ。これ以上くだらねえ茶番に付き合ってられるか」
修太郎が彼らに背を向けると光一が鼻を抑えながら慌てて上半身を起こし、呼び止めようとする。
「待て! まだ話は……」
「おい。俺は退いてやってるんだぜ? これ以上ふざけたことをぬかす気なら、その口二度と開けなくしてやるよ」
ドスを利かせた声で言う修太郎の睨みに光一は何も言えなくなる。修太郎は鼻で息を吐くと、そのまま立ち去る。朸は何も言うことなく彼についていく。さすがにあんなものを見せられて、光一たちに気を遣ってやろうという気は起きない。
この一件を通して修太郎が思ったことは一つ。時間を無駄にした。それだけだった。




