一人目ー第三章 2話 橘創と相生唯
修太郎と朸はあっさりと五匹の魔物を倒してみせた。内訳は朸が蹴りで生型と獣型一匹ずつを殺して、残った三匹を修太郎が拳一発で粉砕して終わった。
「随分とあっけないねぇ。ていうか、修太郎、パンチだけで倒しちゃったけど、何か搦め手とかないの?」
「そういうお前も蹴りだけだろ? そもそも、あんな雑魚に搦め手なんざいらねえだろ。それしか使えねえなら仕方ねえけどよ」
「それもそうか」
朸は両腕を高く伸ばしながら言う。能天気な雰囲気を出している修太郎たちに対し、彼らの戦闘を見せつけられていた二人は、あれだけの脅威を十秒足らずで始末してみせた修太郎たちの強さに驚愕していた。
修太郎の強さは二人ともよく分かっていた。彼は明らかに次元の違う強者だ。しかし、朸も彼に引けを取らぬ強さを見せつけた。蹴りだけで生型はおろか、獣型までも瞬殺するなど普通はありえないはずなのだ。
獣型は能力者の精鋭でも苦戦する強敵。それを平然と秒殺する彼らの強さにカスミとサヤは畏敬の念を覚えた。
サヤは驚いているだけだが、カスミの内心には複雑なものが渦巻いていた。けれど、どうすることもできない。ふつふつと胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じるが、それが何かを自覚する前に朸が口を開く。
「ああ。見苦しいものをお見せしてすまなかったね。じゃあ、行こっか」
朸は笑みを浮かべて二人に話しかける。カスミはその笑みにあまりにもあっけなく毒気が抜かれてしまう。朸が先に歩きはじめ、その後を追う形で三人も歩き出した。
三人は先ほどの寂れた宮殿から離れ、人が賑わっている場所に来ていた。軒先には野菜や肉などの食品から刀や鎧などの武器までさまざまなものが並べられていた。こちらはなかなかの盛況で一つ目の境の街と違い、無理に賑わせているという空気はしなかった。
比較的広い砂利道を歩きながら朸は案内を続ける。
「この街だとここと向こうの方にある長屋っぽいところが主な調達場所かな。こっちが食品や武器、その他必需品なんかをメインにしてて、向こうは服とかアクセサリーみたいなのをメインに売ってる。向こうは光一たちもよく足を運ぶから、向かうならある程度覚悟しといた方がいいよ。もちろん、帰りにここに寄る可能性だって充分にある。それだけ頭に入れておいてね」
「分かった」
どのみち、この街にいる限りずっと光一と会わずにいるというのは不可能だ。その程度は仕方ないだろう。
できれば、今日は会いたくないというだけの話だ。一応、昨日まではそれなりに激務だったので今日ぐらいは――。
「あれ? 修太郎?」
――休みたいと思っていたのだが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。声は女のそれなので光一や正馬ではなさそうだが、修太郎にとって別の意味で面倒な相手に出会ってしまったようだ。
修太郎は渋々声のした方を向く。そこには二人の男女が立っていた。いずれもかなり若い。男の方は金髪の肩まで届く髪を低いところで束ねている。女の方も髪を束ねているが黒髪をポニーテールにしており、その凜とした風貌も相まって大和撫子の印象を与える。
そして、どっちも知っている顔だ。つまり、修太郎と同じ経緯でこの世界にやってきたクラスメイトだ。
さすがにカスミやサヤの手前、無視するわけにもいかず、修太郎は言葉を紡ぐ。
「よぅ。創に唯。二人仲良くデートか?」
「まさか。そこでたまたま会っただけだよ」
女子生徒はこともなげにばっさり切り捨てる。普通ならば男子生徒に同情すべきなのだろうが、相手が唯ならばそれは適用されない。だからか、男子生徒も平然としている。
修太郎は小さくため息をついて、言葉を紡ぐ。
「確かにお前が男とデートなんてありえないよな。悪い悪い」
「いいよ、別に。そんなことよりも……」
女子生徒は修太郎の背後に視線を向ける。男子生徒もカスミたちを興味深そうな目で見ている。必然的に目を合わせることになったカスミとサヤは身構える。見知らぬ相手に品定めをするような目で見られて警戒しない人間はそうはいない。何をされるのかと警戒している二人を見て、女子生徒はにんまりと笑う。
「その可愛い子たちは何?」
女子生徒の口から出た言葉は二人の予想を完全に超えていた。別に敵対的な言動を取られると思っていたわけではなかったが、それでも彼女の言葉は予想外と言わざるを得ない。
とはいえ、そこまで問題視するべき発言でもない。むしろ、喜ぶべき発言だろう。そう考えたカスミが謝辞を述べようとするが、その後に女子生徒から発せられる言葉は予想も想定も遥かに超えるものだった。
「いやー、しかし――。ここまで可愛い女の子だと、修太郎にはもったいないなぁ。ねぇ、よければ私とデートでもしないかい?」
「え?」
カスミは思わず気の抜けた声を出してしまう。サヤも彼女が何を言っているのか分からないといった様子だ。
男子生徒はそんな二人を見てため息をついていた。朸も苦笑している。修太郎に至っては右手で頭を抑えている。どういうことなのだろうとカスミは二人を交互に見るが、男子生徒が苦笑しながらカスミたちの疑問に答えてくれる。
「悪いな。こいつは相生唯っていうんだが、女好きとしてかなり有名でな。こいつの言うことはあまり気にしないでくれ。あ、俺は橘創ってんだ。よろしくな」
「あ、はい。よろしくお願いします」
戸惑いながらもカスミはお辞儀をする。それに続いてサヤも頭を下げる。どうやら、男の方が橘創。女の方が相生唯というらしい。朸はいかにも人懐っこい印象を受けたが、唯は彼とは違った意味で人懐っこい性格のようだ。
カスミとサヤは困惑しつつも唯に警戒心を持ってはいないようだ。軽い自己紹介をした後は女三人で雑談に興じている。創も一歩退いて三人の会話を傍観している。そのことに修太郎は危機感を覚えるが、この二人にはシャイナとマヤがいる。あの二人に話を通しておけば、この二人も唯の毒牙にかかる心配はないはずだ。
毒牙というと大げさに聞こえるかもしれないが、修太郎はそれが決して誇張表現でないことを知っている。
というのも、修太郎と唯は幼馴染みであり、物心ついたときにはすでに互いのことを知っていたのだ。ゆえに互いに互いの好みや抱えている事情をそれなりに知っているのだが、それゆえに修太郎は唯の困った嗜好を把握している。だからこそ、できるならカスミやサヤたちがいる状態で彼女と出会いたくはなかった。
結論から言えば彼女はレズビアンだ。それもネタではなく真性である。あまり男のことは好んでいないようなのでバイセクシャルではないが、そんなものは何の救いにもならない。
そうなってしまった理由を知っているから、修太郎はその性癖を頭ごなしに否定するつもりはない。けれど、そんな嗜好を持っている人間に美少女を伴って遭遇するのは愚行の極みだ。例えて言うならば獣に餌をぶら下げた状態で遭遇するようなものだ。
実際、そう言っても過言ではないくらいに唯の女癖はひどい。彼女のその性癖は幼い頃からのもので、その美貌を逆に利用して数多くの女の子を籠絡してきた。女の子をとっかえひっかえし続け、千人以上の女の子と付き合ったことがあるなどという噂まで流れているほどだ。実際はそれ以上の女の子を引っかけてきたと修太郎は踏んでいるけれど。
無論女の子たちもそれがよくないことであることは自覚していたし、彼女自身もある程度の良識と相手を見る目を持っているので、脅迫されたり、こっぴどく捨てられたりした女の子の噂は聞かないがそれにしたって限度がある。
だから、修太郎としては彼女にはできるならば会いたくはなかった。
とはいえ、修太郎とて、唯のことを本心から忌み嫌っているということは一切ない。だが、うっとうしさを覚えているのは確かだ。中途半端に修太郎のことを知っているせいで、恋愛感情がないながらも彼に構ってくる。前述の性癖のことも考えればなおさらだ。
ひとまずはカスミたちと唯を引き剥がした方がいいと考えた修太郎は首の後ろを左手で掻きながら口を開く。
「なぁ、いい加減準備もできただろうし、そろそろ戻らないか?」
修太郎の言葉にカスミとサヤが反応する。カスミはチラリと建物の壁に吊り下げられた時計を見て、頷く。
「そうですね。もう見るべきところは見ましたし、参りましょうか」
「何? 何の話?」
「てめえにゃ関係ねえ話だ。行くぞ」
唯の問いをすげなく切り捨て、修太郎は三人を引き連れて、その場を去ろうとする。だが、その四人を呼び止める声があった。
「待てよ」
その声に修太郎は渋々振り返る。声の主である創が修太郎を見据えながら言う。
「なぁ、修太郎。せっかく会ったんだから、少し話していこうぜ。もちろん時間がねえって言うんなら、無理にとは言わねえけどよ」
修太郎はその提案に逡巡する。この場から早急に離れたい理由は手遅れになる前に唯とカスミたちの距離を取らせたいからだ。創は関係ない。
それよりもこの一週間のクラスメイトの動向についてくらいは聞いておいた方がいいだろう。興味はないが、どこかで役に立つかもしれない。
「そうだな。せっかくだし、互いに近況でも話し合うか。カスミ。悪いが先に戻っててくれねえか? 場所はもう分かってるからよ」
道中でどこに泊まるかは聞かされているので、わざわざ案内されずとも一人で行ける。なので、カスミたちに先に戻るよう促す。カスミとサヤは躊躇する素振りを見せるが、修太郎の意を汲み取った朸がその場を離脱したことで二人もその後を追う。
「あ。橘が話すのなら、私も彼女たちと……」
唯がその場から立ち去ろうとするカスミたちを追おうとするが、その腕を修太郎が掴む。
「てめえはさっさとどっか行け」
「そこまで冷たい対応することないじゃない。傷つくなぁ……」
冷たい目で睨みつけてくる修太郎に唯は肩をすくめる。そして、彼の言葉に従い、カスミたちとは反対方向へと立ち去っていった。
「容赦ねえな。幼馴染みだろ?」
「関係ねえ。そもそも、幼馴染みってだけで大して親しくもねえ奴に優しくする気なんざねえよ」
忌々しげに吐き捨てる修太郎に創は苦笑する。そして、自分たちを迷惑そうな目で見ながら避けていく人間を見て創は言葉を紡ぐ。
「いつまでも道のど真ん中で駄弁ってるのもアレだし、少し端に移るか」
「ああ」
修太郎たちは人混みを縫って、道の隅に移動する。そして、そこで対面するとすぐに修太郎は抱いていた疑問を創にぶつける。
「朸に聞いたんだが、お前ら放任されてんだって?」
「ああ。そのことか。本当だぜ。最初は俺らを徹底的に管理するとか言ってたんだけどよ。日下部や竜王とかがごねまくって、向こうが仕方なく折れたって感じだな」
修太郎はそれで得心がいった。キサラがなぜクラスの連中を放任しているのか。
そうせざるを得なかったからだ。キサラも相当な実力を持っているのだろうが、クラス総出でかかられては歯が立たない。それは修太郎一人にいいようにやられたところから推定できる。
だから、彼女は修太郎に執着するような言動を見せていたのだ。他の連中を支配できなかった不満を修太郎で満たすために。
分かってしまえば、何ともくだらない理由だった。というより、朸が言葉足らずなだけだったようだ。まぁ、詳しく話しても仕方がないという判断だったのかもしれないし、実際その判断は正解だが。
しかし、彼女があれだけ強硬な姿勢を見せていた理由は支配欲だけではあるまい。それだけならば、ごねられたくらいで折れる理由はない。普通なら徹底的に弾圧しにかかるはずだ。だが、そうはしなかった。それどころか、修太郎と再会したときも、彼女は過激なことを口にしていながら、立ち去る修太郎を追うことはなかった。
何しろ、自分たちをここに召喚したのは他でもない彼女だ。力で適わずとも自分たちを押さえつける手段の一つや二つくらい持ち合わせていても不自然ではない。もっとも、そんなものなど修太郎には恐るるに足らずなのだが。
「なるほどな。早々に離反したってのに追っ手が全くかからねえと思ってたんだが、そういう事情があったのか」
「まあな。それと俺らが人型をぶっ倒したのもあるのかもな」
「ほぅ……」
修太郎は興味深そうに目を細める。視線だけで続きを促す修太郎に創は答える。
「この地区のど真ん中で馬梓萌っていう女の人型魔物がのさばってたんだが、それを残ったクラスメイトの内の何人かで殺したんだ。それでキサラからは褒め称えられたんだが、その一件でだいぶ俺らを警戒しはじめたんじゃねえか? まぁ、人型二匹を殺したお前には負けるけどよ」
「……なぜ、それを知っている?」
「キサラから聞いたんだよ。お前が人型二匹を討伐したってな。キサラは信用ならねえ奴だと思ってたし、実際そうだったから、話半分に聞いてたんだがその様子だと事実だったようだな」
「ああ」
修太郎は淡々と肯定する。隠すつもりはなかったが、キサラは一体どこからその情報を得たのか考え、そして、すぐに答えを出す。おそらくは町衆の誰かだろう。人型はこっちでは相当な脅威として見られている。そんな連中を殺せば、すぐに噂になってもおかしくない。
創は考え込む彼に小さく笑い、そして、両腕を高く上げて伸びをする。
「しかし、今になって考えてみるとさっさと離れたお前の判断は正解だったな。この一週間であいつにはだいぶ面倒な目に遭わされたからよ」
「そう言われると気になってくるな。具体的にどんなんだったんだ?」
「まぁ、いろいろとだよ」
「歯切れが悪いな。ロクな目に遭ってないのは容易に想像つくんだが」
修太郎の言葉に創は無言で肯定する。修太郎は光一も同じような目に遭ってると考えると胸がすく思いだったが、他の連中に悪いかと自省する。
思い返してみると、連続殺人事件の調査の時に正馬と将頼に遭遇した際、二人ともかなりダサい軍服のようなものを着せられていた。それから考えるにキサラはクラスメイトを軍隊のように統制しようとしたといったところだろう。そして、結果的に失敗した。創や唯、そして、境の街で会った朸が途中からあの軍服を着なくなったのがいい証拠だ。
「ま、大体お前が想像してる感じだと思ってくれりゃいいさ。さて、悪いが俺も行かなきゃならねえところがあるからな。そろそろお暇させてもらうぜ」
「分かった。んじゃ、俺も朸たちと合流するとするか」
「悪いな。呼び止めちまって」
「いや、いいさ。少しはそっちの話を聞けたし、いくらか有意義な時間を過ごせた」
「そいつは何よりだ。じゃあ、俺はもう行くぞ」
「おう」
創は修太郎に背を向けるとゆったりとした足取りで去っていく。修太郎は少しの間だけその背を見送ると、創とは反対の方向に歩を進めた。
しかし、他の連中も一匹だけとはいえ人型を殺しているとは思わなかった。このことから察するにクラスメイトたちも相応に強力な特典を与えられているとみていいだろう。もし、対峙するようなことになれば場合によってはかなり面倒なことになるかもしれない。
修太郎はクラスメイトたちへの警戒度を大幅に引き上げつつ、カスミたちの待つ旅館の方へと急いだ。




