一人目ー第二章 12話 試練と回想
アスタルを撃破した修太郎は、同じくグブファを撃破した朸とともに街を歩いていた。
彼らの目的地は宮殿だ。そこにヴェレ姉妹はいる。
なぜ、そんなことが分かるのかと言えば魔王から聞いたからだ。アスタルを倒してその場から離れた途端に突然頭の中に彼女の声が響き、適当な賛辞を告げた後に、宮殿に姉妹がいると言ってきたのだ。
もちろん、最初は信じるつもりはなかった。しかし、だからといって他に手がかりがなかったのも事実だ。
境の街などと呼ばれているようだが、実態はただの小さな街。この街に関して、隅々まで網羅していると言っても差し支えないほどの情報をすでに修太郎は入手している。そして、その中で宮殿以上に姉妹を捕らえておけそうな場所はない。
罠だろうが、そうでなかろうが行くしかない。小さいときからずっとそうだった。それにもう予感はしない。ならば、向こうの言いなりになって宮殿に向かったところで、飛んで火に入る夏の虫とはならないだろう。その程度には彼は自分の勘を信じていた。
修太郎たちは宮殿の前に到着した。最初にここに訪れたのは昨日の昼に朸に連れられてのことだった。そこで彼と今回の問題について話した後、別れたのだ。
あの時は軽い気持ちで訪れただけだったが、今回は違う。相当気を引き締めなくてはならない。何せ、相手は倒せばこの転移が終わるとされている魔王だからだ。
そう意気込んで中に入ったのはいいが、修太郎たちの目に入ってきたのは前回訪れたのとなんら変わらない光景だった。
「見事に何もないな」
「案外、すんなりとあの双子の女の子たちを明け渡してくれるだけだったりして」
「いくらなんでも、そいつはねえだろ」
もし、仮にそうだとしたら意味不明すぎる。何のために双子を攫ったのだという話だ。それに彼女はアスタルを倒し、試練をクリアしたら双子を解放するといった趣旨の発言をしていた。ならば、何もなく引き渡すということはないだろう。
もっとも、人には理解できない思想を持っていると思われる彼女のことだ。気まぐれを起こして前言を撤回する可能性もゼロではない。楽観的に考えすぎるのはよくないけれど。
うだうだと考えていても仕方がないと修太郎は歩を進める。朸もそれに追従する。
先日は宮殿の入口周辺までしか足を踏み入れていなかったが、中に入るとなかなかの広さを持つ玄関が迎え入れてくれた。壺や名画などの調度品も飾られており、外見とは裏腹に中はかなり立派なものだ。昨日下した大したことがないという判断は間違いだったらしい。
何のための施設なのかは不明だったが、これほどの広さを持っているとなると存外四名家のどこかが所有している物件なのかもしれない。
それにしては、いささか外見が粗末すぎる気がするがそういうものなのだろうと一応の納得をしておく。修太郎の目当ては宮殿探索ではなく、双子の救出だ。宮殿の内部をのんびりと見ているつもりはない。
廊下を抜けて協会を連想させるステンドグラスが屋根に張られた大きな部屋に入る。前には巨大なパイプオルガンが置かれ、壁は一面白いペンキが塗られている。この部屋にも一見すると何もないように見えたが修太郎はあることに気付く。
「どうしたの?」
つかつかと歩きはじめた修太郎に朸は不思議そうな顔でついていく。修太郎は白いペンキが塗られた壁の一部がクリーム色に変色していたのを見逃さなかった。
「随分とまぁ、分かりやすい仕掛けだな」
あまりにもあからさまなので、これはフェイクで他に本命の仕掛けがあるのではないかとも疑ったが、それらしいものはなさそうなので修太郎はとりあえず色の変色した壁を押してみる。特典を利用して、修太郎と朸の幸運に対する好感度は上げておいたので罠だとしても二人のみに危険が及ぶことはないはずだ。
相手は魔王ということで柄にもなく念を押したが、何事もなく変化は起こった。部屋の中央に地下へと続く階段が出現したのだ。
「見え透いた罠だけど……行くの?」
「無論だ」
修太郎は逡巡する素振りも見せずに階段を下りていく。朸はそんな彼にどこか呆れた表情を見せながらも共に階段を下りる。
中は薄暗い蛍光灯が屋上に規則的に設置されただけの古びた廊下だった。あちこちが錆びつき、ひび割れており、今すぐにでも崩れ落ちてきそうだった。
しかし、それだけだ。確かに崩落の危険があることにわずかな不快感を感じたのは事実だが、その程度では修太郎の足を止めるには足りない。
ずんずんと先に進んでいく修太郎の後を追っていくと、開きっぱなしの赤い扉のところで彼は一度立ち止まる。
「どうしたの?」
朸は不思議そうな顔で修太郎の横から前を覗く。そして、彼は顔をひきつらせる。
「こいつはまた……。ベタベタにもほどがあるだろ」
呆れを含んだ声で修太郎は目の前に広がる部屋を見る。三十畳ほどの広い部屋の中心にあたる床に魔方陣のようなものが紫色の字で描かれている。その周囲にはご丁寧にろうそくが何本も円状に並べられている。
「それでこれは一体どういう趣向だ? 木更津」
修太郎の呼びかけに応えるように向かい側にある扉から木更津が姿を見せる。魔方陣のすぐ近くまで歩いてくると、屈んでロウソクを一つ取り、それを修太郎に投げつけてくる。
修太郎はそれを特典で存在ごとかき消しながらも木更津から視線を外さない。
「これが第一の試練です」
「ほぅ。この厨二病じみた絵で何をさせようってんだ?」
「運試しです」
「運試しだと?」
修太郎は眉をひそめる。この場所でどうやって運試しをしようというのか。まさか、悪魔でも召喚してどちらが好きなのか、聞くつもりなのだろうか?
「互いにこの魔方陣に立ち、陣に魔力を注ぎ込むのです。そして、二つの魔力を取り込んだこの陣は二名の内のどちらかの命を奪って消滅する」
「なるほど……」
修太郎はニヤリと笑う。仕組みは分からないが、要はどちらかが確実に死ぬ、陳腐なギャンブルのようなものだ。
(この程度で試練になると思っているのか?)
修太郎にとっては児戯に等しかった。特典を使えば、確実に木更津を死なせることができる。よしんば、双子を攫ったときのように特典を無効化していたとしても、この程度に怯むような神経はしていなかった。
逆にここまで簡単すぎると何かしらの裏を疑ってしまいそうだ。けれど、修太郎はあえて誘いに乗ることにした。
「お、おい。修太郎」
「気にするな。どうせ、ただのくだらねえ茶番だ」
さすがに制止の声をかけようとする朸に対して、一切の淀みもなく平然と言い放つ修太郎に木更津は目を細める。
「どうやら、これを見せかけだけの子供だましと見ているようですね。ですが、その認識は改めた方がいい。これで選ばれた方は本当に……」
「だから、それが茶番だと言っている」
「何?」
魔方陣へと悠然と歩きながら修太郎は木更津を見据える。
「どちらかの命を奪うということは単純計算で死ぬ確率は二分の一だろ? 低すぎて、欠伸が出るっつってんだよ」
修太郎はポケットに手を突っ込み、ふてぶてしい態度で魔方陣の中へと入っていく。その顔に一切の恐怖は見られない。
陣の中央で立ち止まり、腕を組んで平然としている修太郎を見て、木更津は瞑目する。
「なるほど……。前回の邂逅で私はあなたを理性的で万全の準備を整えた上で動く合理主義者だと踏んでいましたが、どうやら認識を改めるべきなのは私の方のようですね」
「当然だ。そもそも、合理主義者ってなんだよ? どっちかといえば、俺は救いようのねえ破綻者だぞ?」
修太郎は淡々と言う。下手をすれば、修太郎を殺すためだけの罠になり得る物質の上に立っているというのに不安も動揺も全く見られなかった。そんな彼を見て、木更津は修太郎の言葉に嘘偽りがないことを認めざるを得なかった。
「いいでしょう。ならば、始めるとしましょうか。命がけの試練を」
「ほざくなよ。こんなもん、ゲームにも入りゃしねえ。とっとと入ってきやがれ。これ以上は時間の無駄だ」
「お望み通りに」
木更津は無表情で陣の中に入ってくる。だが、その表情にはどこか硬さが見られた。それで修太郎は木更津が試練とやらについて嘘をついていなかったことを確信すると同時に失望した。
「はっ。何だよ。結局、そんなもんか」
「……どういう意味です?」
「別に。何でもねえよ。それより、さっさと始めようぜ。確か、二人分の魔力を込めりゃいいんだよな?」
「ええ」
「そうかい。んじゃ、お先に失礼させてもらうぜ」
修太郎は特典を使って魔力を陣に込める。正直、やり方が分からなかったので、これはやむを得なかった。
もっとも、何となくできたような気もするが、これでこの魔方陣に特典無効化の効果がないことを確信できた。それだけでも十分価値はあった。
一切臆する様子を見せない修太郎に木更津は空恐ろしさを覚えながらも、修太郎に続いて魔力を陣に注ぎ込む。
すると、いきなり陣が白く光り輝き、修太郎たちを包み込む。あまりの眩しさに朸は目を手で覆う。
それは刹那にも満たない時間だった。すぐに光が消えたかと思うと直立不動のまま佇む修太郎と地面に横たわる木更津の姿が朸の目に飛び込んでくる。
「ちっ。暇潰しにもならなかったな」
修太郎はつまらなそうな顔で木更津を見下ろす。結果的に木更津は最後まで修太郎の予想を超えないままその命を終えた。
戦略は悪くない。木更津の能力では修太郎の特典に対してあまりに相性が悪い。それを前回の一戦で身にしみて理解したのだろう。だから、運頼みの戦いに修太郎を引きずり込んだ。魔王の指示があったにせよ、そのやり方は決して非難されるものではなかった。
だが、それだけだ。悪くはなかったが無難の域を越えなかった。こんなものでは修太郎を追い詰めるどころか、驚かせることすらできない。時間を無駄に浪費しただけだ。
同時に前回の不審死事件についての疑問が再び頭の中をよぎるが、修太郎は無視をする。今は双子を救出することの方が先だ。余計なことを考えている場合ではない。
二人は次なる試練へと立ち向かうべく、木更津が入ってきた扉の方へと歩きはじめた。
○○○○○
少しだけ時は遡る。
現在からおよそ五年ほど前。街の西部に位置する場所に巨大な洋館があった。その邸宅はカザシ地区でも二番目に大きいとされている街にあり、その家が生業としている職業のこともあってか、街の人々から恐れられていた。
その豪邸には次の月に控えた誕生日を過ぎれば十一歳になる双子の少女が住んでいた。どちらも大変愛くるしい容姿をしており、いずれはとてつもない美貌を持った女性になるだろうと言われていた。
だが、彼女たちもまだまだ幼く、また両親が彼女たちを愛情を込めて育てていたことから、妖艶な美女とはほど遠い純真無垢な少女でしかなかった。
少女たちは部屋でパズルを解いて遊んでいた。本当は外を走り回る方が好きなのだが、今日は生憎の雨。
だから、二人は中で遊べることをしていた。
「サヤ! マヤ! ご飯よぉ!!」
「「はーい!」」
パズルで遊んでいた少女たちの耳に女性の大声が入ってくる。少女たちも女性に負けず劣らずの大きな声をハモらせて答える。床で遊んでいたパズルとそのピースを息の合った動きで机の上に置くと、女性の下へと向かう。走りながら。
その音を聞いていた女性は双子が部屋に入ってくると同時に眦を吊り上げて声を上げる。
「こら! 走っちゃダメでしょ!」
「ごめんなさい。お母様」
「申し訳ありません」
双子は眉を下げて大人しく謝る。女性はそんな二人に対し、多少表情を和らげて優しく頭を撫でる。
「謝れるのはいいことだけど、同じことを繰り返しては意味がないのよ?」
「「はい」」
双子は反省した表情を見せながら、顔を俯かせる。女性もそんな二人にそれ以上言うこともなく、椅子への着席を促す。そして、二人が椅子に座ったのを見ると自分も椅子に座り、いただきます、と号令をかけて机の上に用意した夕食を食べはじめる。
この女性は双子の母親だった。まるで二人を大きくしたかのような顔を持つこの女性は間違いなく美人なのだろう。
しかし、二人にとってはとても厳しい母親だった。けれど、双子の少女たちはこの母親を慕っていた。誰よりも優しく、そして、誰よりも清らかなこの女性こそ自分たちの理想とするべき人だと聡明な二人は知っていたのだ。
そして、双子たちが慕っていたのは、もう一人。
その人物は双子に少し遅れる形で部屋に入ってくる。口に髭を生やし、鋭い切れ目を持つ威圧的な風貌を持つ男性だった。彼が入ってきたことで三人は食事の手を止める。
「今、戻った」
荘厳な見た目にそぐわぬ低声でそう言ってくる。そんな男性を見て、母親は少し驚いた表情になる。
「あら、早かったのね。言ってくれれば、待っていたのに。もう先に食べちゃってるわよ」
「構わんさ。言ってなかった私が悪いのだからな」
男性は小さく笑いながら母親の隣に腰かける。当然、彼の前には食事など置かれていない。そして、母親にそれを放置するつもりなど毛頭なかった。
「待ってて。今、用意するから」
母親は男性が腰かけるのを確認してから立ち上がる。そして、台所の方へとパタパタと足音を立てて向かっていく。言うまでもないが、この男性が双子の父親だ。
「おかえりなさいませ、お父様」
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。今日もいい子にしてたか?」
「「はい」」
「そうか」
息ぴったりの二人の返答を聞いて父親はおかしそうに笑う。本当に彼女たちは仲がいい。
願わくばこの絆が永遠であることを。
それがどれだけ難しいことかを理解していながら父親はそう願わずにはいられなかった。
そんな彼をよそに母親は彼に今日の夕食を運んでくる。
「はい。今日は鰆の山椒焼きとしめじとじゃがいものグラタン、それにほうれんそうとにんじんのサラダよ」
「ほぅ。今日も美味そうだな」
父親は夕食に目を輝かせる。厳格そうな見た目に反して子供っぽい反応を見せる父親に双子は無邪気に笑う。そんな二人を見て、父親は頭を掻く。
この頃が双子の幸せの絶頂期だっただろうと今でも彼女たちは思っている。それほどまでにこの頃の二人は満たされていた。
これは数ヶ月ほど続く。しかし、逆に言えば数ヶ月しか続かないということだ。
冷酷にも絶望は長い時間待ってはくれない。それが双子に襲いかかるまでに残された時間は決して多いものではなかった……。
「ねぇ、あなた……。やっぱり……」
「ああ……。すまない。私の力不足だ」
「謝らないで。あなたのせいじゃない。これはどうしようもないことよ。昔からずっと決まっていたことでしょう?」
「そう言ってくれると気が楽になるよ。だが、いざとなったら、その時は……」
「ええ。分かっているわ」
「本当にすまない。迷惑をかけてしまって。願わくば……」




