一人目ー第二章 10話 仲間加入
アスタルは自室の床に寝っ転がりながら、考え事に耽っていた。そんな彼を見て、グブファは椅子に腰をかけたまま口を開く。
「何を考えておられるのです?」
「まぁ、いろいろとね」
先ほどからずっと何かを考えているアスタルはそこで寝返りを打ってグブファの方を向く。その目はいつになく真剣なものだった。その目にグブファは無意識の内に身構える。
そんな彼女に今度はアスタルの方から訊く。
「ねぇ、グブファ。あいつらは一体何を考えてるんだと思う?」
「あいつら、とは?」
「あの謎の少年とハカリのことだよ」
アスタルの言葉にグブファは眉をひそめる。
「あの少年のことは分かりますが、なぜハカリ様も?」
グブファは本心から分からないという表情をする。彼女にとってハカリとは何もしない魔王の代わりに魔物を取りまとめている指導者だ。最初こそ反発心を抱いたが、今はすっかり信頼している。
「実はさ。魔王様があの双子ちゃんを攫ったらしいんだよねぇ」
「それは本当ですか!?」
「知らないのも無理ないよ。俺もついさっき聞いた話だから」
嬉しそうに笑うアスタルにグブファは顔をしかめる。基本的に情報収集はグブファの役目だ。彼女は生真面目な性格であり、自分に与えられた役目はきっちりこなさなくては気が済まない。
だが、アスタルはたまにグブファよりも早くどこからか情報を入手してくることがある。普段こそだらしないが、ひとたびやる気を出せば切れ者の彼は迅速かつ的確に動く。今回も何か思うところがあって動いているのだろう。
しかし、それは決して悪いことではない。彼がその気になればどんな相手でも勝てる。それはグブファにとって絶対的な事実だった。
「何がしたいのか、さっぱり分かんないんだよねぇ。あっちから双子ちゃんに求婚しろって言っときながら、自分で彼女たちを攫うなんてさぁ……」
その言葉にグブファも納得する。そもそも、アスタルが双子を娶ると言い出したのはハカリの指示だ。そして、そのハカリは魔王と繋がっているはずなのだ。なのに、なぜか魔王は双子を連れ去った。長い付き合いであるアスタルたちにも彼らの目的が皆目見当がつかなかった。
「それにあの少年も要注意だ。下手すりゃ、手も足も出ずに殺されるかもな」
「考えすぎでは? 確かに私一人ならば危険ですが、二人でやれば勝てない相手ではありません。現に牽制程度の弾丸でもかなり効いていたじゃないですか」
「そうかなぁ。マーちゃんだって突如現れた身元不明の人間にしてやられたんでしょ? やっぱり、警戒しておくべきだよ」
アスタルはいつもと何ら変わらない表情でそんなことを口にする。しかし、内心では修太郎を警戒していることがグブファには理解できた。
もちろん、グブファとて修太郎のことを警戒している。とくに最後の魔物を消滅させた謎の攻撃は彼女にも正体が分かっていない。
忘れてはいけない。櫛山修太郎は木更津剛を圧倒的な力で撤退まで追いやったということを。
おまけにそれとほぼ時を同じくして、人型の魔物が殺されている。それも修太郎と同じ正体不明の人間たちの手によって。
それらの話を聞けば、いくら人型が二人いるといえども警戒せざるを得ない。
しかし、だからといって警戒しすぎてもいいというものではない。警戒は重要だが、度が過ぎれば動きを鈍らせる。緊張と同じだ。なくては話にならないが、かといってありすぎてもダメなのだ。
「とにかく、今すぐ魔王のところに行ってみよう。時間が経てばそれだけ動くのが難しくなる」
「分かりました。準備をします」
グブファは一礼し部屋から出て行く。その背を目で追うことなく、アスタルはぼんやりとした目で窓の外を見る。
「……何か、めんどくさいことになってきちゃったな……」
一切感情の感じさせない声でアスタルはそう呟いた。
○○○○○
修太郎は一人街を歩いていた。人々は相変わらず彼を畏れ、道を譲る。それはいつものことだったが、今日はいつにもまして動きが早かった。理由は修太郎の纏う雰囲気にある。
表情こそいつもと変わらないように見えたが、その雰囲気は明らかに鋭く尖っている。触れば怪我では済まないだろう。虎の尾を進んで踏む馬鹿はいなかった。ましてや、この街一番の自警団を完膚なきまでに叩きのめしたのだ。ちょっとした跳ねっ返りも何のためらいもなく道を開けていた。
今の修太郎にとって彼らなど眼中にない。ただ静かに獲物だけを見据えていた。
彼が川の向こうに行くべく橋を渡ろうとすると、目の前に朸が立ちはだかる。それを見ていた町衆はざわつく。だが、朸は構わずに修太郎に話しかける。
「だいぶ怖い顔してるなぁ……。お前のそんな顔、久しぶりに見た気がする」
「本当に突然現れるよな、お前も……」
修太郎は頭を掻きながら笑う。彼の様子を見ていきなり殴り合いの喧嘩にはならないだろうと分かり、町衆はそっと胸を撫で下ろす。しかし、状況によってはすぐに喧嘩が勃発する危険もあるので足早にその場を立ち去っていく。修太郎は彼らの様子を耳に捉えながらも、一切意に介さずに淡々と話す。
「んで、今日はどうしたんだ? あの妙にダセえ白い軍服っぽいのも着てねえみたいだしよ」
修太郎は朸の装いを見ながら言う。昨日まで彼は正馬たちも着ていたセンスの悪い軍服を着ていたはずだ。だが、今の彼は青いシャツに黒のジーパンと比較的カジュアルな格好となっている。
けれど、それは今の状況にそぐわぬ話題だ。朸は修太郎に非難の視線を向ける。修太郎はそれを平然と見返す。朸はその様子を見て、小さくため息をつく。
「あー。あの軍服なら今日から着なくてよくなったよ。てか、そんなこと話しに来たわけじゃないって分かってるよね?」
「当然だ。言われなくても、よく分かってるよ。激情に身を任せてどうこうなると思ってるほど、俺も間抜けじゃねえよ。確かにカチンとは来たが、冷静さは残してるつもりだ」
「だろうね。お前はカッとなりやすいけど、すぐに冷静さを取り戻せる人間だからね」
朸の言う通り、修太郎はイラついてはいるが、魔王が去った直後ほどは怒っていなかった。感情任せに動いても状況が悪化するだけだということを経験から知っているからだ。
だから、ユキヒコやカスミに密かに尾行されてたり、調査されたりしても怒ることはなかった。怒っていい事象と怒ってはいけない事象の線引きをはっきりとさせている。
「そんで、何の用だよ? 俺は忙しいんだが?」
「アスタル・ゼヴェイフォルンを倒すのに?」
「そこまで知ってるのか……」
「まぁ、街でもいろいろと情報が流れてるからね。それを照らし合わせれば、ある程度は予測を立てられるよ」
「そうか」
アスタルが双子に求婚したのは有名な話だ。だから、双子への迫害は更に酷いものになった。そして、それを何とかするために修太郎が依頼を引き受けたというのもまた有名な話だ。その二つの情報を合わせれば推理の情報としては十分だろう。
そして、その二つの情報を朸が知っていることは前の会話で知っている。頭のいい彼ならば、その情報だけで修太郎がアスタルの下に向かおうとしていると予想するなど造作もないだろう。
「で、結局お前は何しに来たんだ? 世間話しに来ただけなら、俺はもう行くぜ」
「そう急くなよ。急いては事をし損じるって言うだろ?」
「後悔先に立たずとも言うな」
修太郎の返しに朸は肩をすくめる。
「……分かったよ。それじゃ、単刀直入に言おう。僕も一緒に連れていってくれないか?」
「何?」
修太郎は訝しげに眉をひそめる。加勢を申し出るなど、とても修太郎に好きに動けと言っていた人間の言動とは思えない。
「どういう風の吹き回しだ?」
「いや、ただ友達を助けたいと思っただけだよ。ダメかな?」
修太郎は少しだけ顎に手をやって考える。とはいえ、この申し出に対する答えは耳にした時点ですでに決まっていた。
答えは拒絶だ。修太郎の特典の特性を考えれば自分一人で行った方がいい。朸がヴェレ姉妹のように足手まといになるとは思わないが、それでも今の状態では一人で向かった方がいいのが明確だった。
しかし、その一方で迷いもあった。確実性のある作戦を取ることに対するものではない。予感がするのだ。ここで彼を連れていかなくては上手くいかなくなってしまうという予感が。
どうして、そんな予感がするのかは分からない。しかし、これを軽視することはできない。だが、だからといってわざわざ自分の不利になるような提案を受け入れる意味があるのかどうか。
普段なら受け入れるだろう。別に決してメリットがないわけではない。単純に人出が多い方が物事は成功しやすい傾向がある。特典のことを合わせても、多少不確定要素が増えた方がよほど燃えるというものだ。
しかし、今回は双子を魔王に攫われている。修太郎は別に魔王打倒にそこまで興味があるわけではないが、彼女と交戦するつもりならば下手に力を使うべきではない。あれは明らかに他とは次元が違う存在だ。
迷った末に修太郎は小さな声で答えを口にする。
「……好きにしろ」
それだけ言うと修太郎は朸の横を通り抜けて歩いていく。結局、彼が出した答えは肯定だった。やはり、予感に逆らう気は起きない。妙に具体性があるのもそれに拍車をかけている。
今までは予感がするといっても、何となくまずいことが起こるといった程度のもので、それが何に対してなのかは修太郎が考えなくてはならなかった。だが、今回ははっきりと伝えているのだ。朸を同行させないとまずいと。
ここまで具体性のある予感はあまり記憶にない。ひょっとすると、今回が初めてかもしれない。極めて異例ともいえる事態を無視できるほど修太郎はおめでたくはない。だから、やむを得ず許諾したのだ。
そっけなく歩き去っていく修太郎の背を見て、朸はおかしそうに笑う。修太郎はそれを無視してなおも歩き続ける。もちろん、朸が見失わないように先ほどよりもゆっくりとした速度で。
「よろしくね」
朸は輝くような笑顔でそう言うと喜々として修太郎の後に続いた。それを足音で確認した修太郎は朸がある程度近付いてきたのを見計らって、歩く速度を元に戻した。
特に会話もなかった修太郎と朸の歩みは予想よりも早く止まった。彼らの標的が正面からこちらに向かって歩いてきていたからだ。向こうも修太郎たちに気付いたのか数十メートルほど離れたところで立ち止まる。
「よう。今朝ぶりだな」
「あらら。これは随分と間の悪い」
アスタルは後頭部を掻きながら呟く。その横ではグブファが手に持っていた袋を地面に下ろして構えている。完全な臨戦態勢だ。いつ戦いが始まってもおかしくない。
だが、修太郎は彼女に目もくれず、ただアスタルの方だけを向く。
「どうしたよ? これから、どこかへ行くのか?」
まるで自分を意に介していないといった様子の修太郎に気分を害したのかグブファは黒い虎の姿をした獣型の魔物を朝とは比べものにならない速度で生み出し、その獰猛な牙をもって修太郎に襲いかからせる。修太郎は一瞥することなく虎そのものを消滅させる。
その事態をある程度、予想することのできたアスタルはばつの悪そうな表情で答える。
「まぁ、いろいろとね」
「随分と歯切れが悪いな。あんたにとって、何か都合の悪いことでも起こったのか?」
「あはは、まあね」
アスタルは頬を掻きながらも修太郎から視線を外さない。今までに得ることのできた情報から修太郎がグブファの創造する魔物を存在から消すことができることは分かっている。だから、勢い任せの攻撃が通用しないことは想定できていたことだ。
まずいのは修太郎の能力の見当が未だについていないことだ。相手の能力を消す能力ならば、まだやりようはある。魔力を使わずに身体能力だけで相手を殺せばいいだけの話だ。彼も人型の魔物だ。人がどれだけ研鑽を積もうが到達できないほどの身体能力ならばしっかりと持ち合わせている。
だから、能力を無効化するだけならば恐るるに足らない。しかし、それではなぜ途中で彼はグブファの生み出した魔物を消さずに攻撃を弾くだけに留まったのか。
手の内を隠したかったのか、それとも……。
一見攻略の糸口になりそうな情報ではある。しかし、扱い方を間違えれば一気に敗北を招いてしまうだろうことをアスタルは長年培った経験から理解していた。
けれど、いつまでも考えているわけにはいかない。すでに修太郎は戦闘態勢を取っている。アスタルはひとまず魔力による弾丸を五発ほど周囲に展開すると、それを修太郎に向かって放った。




