一人目ー第二章 9話 魔王出現
何とかグブファを退けた修太郎だったが、その脳内を占めていたのは達成感ではなく怒りであった。
あまりにも酷すぎる。不運ではない。彼の予測能力の低さがこの展開を招いたのだ。
特典の弱点を突かれることに対する対応策は考えていたはずだった。実際、終盤はそれでグブファに肉薄することができた。だが、相手の攻撃を見抜きながら反撃することがあそこまで難しいとは思ってもいなかった。
自分の肉体だけを使うならば分かる。先手必勝という戦法がある通り、力が拮抗している相手との喧嘩で受けに回ってしまえば一気に不利になる。それは修太郎にも覚えはある。
しかし、特典があればそんなものは関係ないと思っていた。その傲慢さが今回の失態を招いてしまった。
要はヴェレ姉妹の依頼を受けたときに抱いた油断が彼の足を掬ったのだ。命取りになると承知の上で失敗をしでかした彼は無様や滑稽を通り越して、称賛に値する存在かもしれない。
数分前の自分を殴り倒したい気持ちを何とか押さえながらも修太郎は姉妹を連れて旅館に戻った。
「……どこに行ったのかと思っていましたよ」
部屋に戻った修太郎を待っていたのは腕を組んで仁王立ちしたカスミだった。側にいるシャイナも冷めた目を修太郎に向けている。二人とも明らかにご立腹だ。
時計を見れば五時を少し過ぎたあたりだった。二人とも早起きなのだなと修太郎は少しだけ現実逃避をする。だが、すぐに現実を受け止め、二人をなだめるための言い訳を探す。
しかし、その前に横槍と呼ぶべき助け船が横から入る。
「彼は私たちを助けに来てくれたのです」
サヤに続くようにマヤも口を開く。
「本当です。まるでタイミングを見計らっていたかのように彼は私たちの前に姿を現しました」
(よりにもよって、それをこのタイミングで言うか……)
修太郎は頭を抱えたくなった。確かに話すのが普通だし、何もなければそれで充分通るだろう。しかし、忘れてはいけない。カスミたちは修太郎のことについて疑問を抱いていることを。
グブファが二人を襲撃した地点はここから結構離れていた。そのことが知られれば、どうやって修太郎は襲撃を察知したのだと間違いなく思うだろう。これ以上面倒な勘ぐりはご免だった。
予感だと言って納得してくれるだろうか。答えは否だろう。嫌な予感がして行ってみたら二人がグブファに声をかけられていたなどと言って誰が信じる?
おまけに嫌な予感の原因は特典のことだと勘違いしていたのだ。情けないにもほどがあるし、それ以前に口が裂けても言えない。転移のこと自体、やすやすと口にしていいことではないからだ。
やむを得まい。修太郎は余計な追及を防ぐために、素早く言い訳を始める。
「たまたまだよ。散歩してたら言い争う声が聞こえてな。聞き覚えがある声があったんで行ってみたら、こいつらが人型に絡まれてたんだよ」
別に嘘ではない。特典の調査に関することを言っていないだけでそれ以外は全て真実だ。
誤魔化しも兼ねて軽くあくびをする修太郎にマヤはわずかに鋭い視線を向ける。
「けど、どうして姿を現したんです? あの状況なら我々が人型にあなた方の情報を売っているという線もあったのでは?」
「いくらなんでも、あの状況でそれはねえだろ。もし、そう考えられる奴がいたら、そいつは相当用心深いかただの馬鹿だ」
修太郎は呆れ混じりに答える。あの言い争っている状況で情報の売買をしていたとはとても思えない。彼女たちの話が嘘ならばありえないとは言わないが、修太郎が出てきたときの三人の驚きはどう見ても演技ではなかった。よって、口論が第三者を誤魔化すための芝居という線も薄いだろう。あの時間帯にそんなことをすればかえって不要な注目を集めてしまうだけだ。
だから、修太郎は迷わず助けに入った。それがサヤの依頼だったからだ。彼女の依頼は自分たちを助けてほしい、というものだった。依頼を受けた以上仕事はきっちりとやる。それは当然のことだ。
マヤには助けるつもりはないとは言ったが助けないとは言っていない。だから、二人とも助けただけの話だ。
それに仮にマヤの言う通り、情報を明け渡す現場だったとしても何も問題はなかった。その時は三人まとめて潰せばいいだけの話だったのだから。
「どっちにしても、初戦はこっちがしてやられた形だ。これを次戦に生かしていかねえとな」
「口だけなら何とでも言えますけどね」
「うるせえよ。つーか、口だけじゃねえだろ。確かに俺は多少手傷を負っちまったがすぐに治癒できたし、てめえらに至っては無傷だったんだからよ」
修太郎はマヤの憎まれ口に肩をすくめて返す。だが、あの戦いっぷりでは口だけと言われても仕方ないのも事実だ。予感は急襲だけでなく特典のことにも反応していた。だが、いざ戦ってみなくてはそれに気付けないとは何とも救えない。実戦経験のなさを差し引いても、これでよく蹂躙などと言えたものである。過信が完全に裏目に出ている。
だが、その認識を改める必要はない。改める必要があるのは自分に与えられた特典の使い方だ。これさえ間違えなければ、どんな相手にも問題なく勝てるはずだ。
なまじ強力すぎるために扱い方が極めて難しい。それはいい。強大な力というものは得てして扱いにくいものだと相場が決まっている。要は修太郎がその力を扱いこなせるかどうかだ。そして、修太郎はこの力をまず間違いなく扱いきれる。なぜなら、この力は――。
そこまで考えて修太郎は一つため息をついた。これ以上考えても意味がない。考えたところで無意味に現実を突きつけられるだけだ。自分がちっぽけな半端者でしかないという現実を。
「それよりも予想よりだいぶ遅かったとはいえ、襲撃を受けたんだ。いい加減こっちからも仕掛けないとまずいんじゃねえか?」
「予想より……って、私たちが襲われるって分かってたんですか?」
「当たり前だろ。てめえら、俺がお前らについたとか何とか街中に言い触らしてたらしいじゃねえか。なら、向こうだって何かしらの手は打ってくるだろ」
修太郎の言葉にサヤがばつの悪そうな表情になる。マヤもそっぽを向いて修太郎と視線を合わせようとしない。
「知ってたんですか」
「知り合いに教えてもらったんだよ」
修太郎は言葉を濁しながら言う。だが、どちらにしても彼女たちの軽率な行動が今回の事態を招いたのは間違いない。もっとも、それを逆に利用して敵を釣り出すための餌にしていたところがあるので修太郎としてはあまり強く言えないのだが。
「そんなことはどうだっていい。向こうもやけにのんびりしていたようだが、もう痺れを切らす頃だ。なら、先手必勝といこうじゃねえか」
言いながら、修太郎はアスタルのことを思い出す。確かにあの弾丸は凄まじい。しかも、修太郎に当てたあの一発はおそらく牽制目的であって、まるで本気ではなかった。その実力はまず間違いなく超一流だろう。
一対一でならば大した脅威ではない。だが、グブファと組まれるとかなり厄介なことになる。彼女の能力を加味したところで一対二ならばどうとでもなる。しかし、乱戦になれば話は変わってくる。
それを防ぐために言っておかなくてはならないことがある。それを言おうと思ったところでサヤが口を開く。
「しかし、先手必勝と言ってもどうやって……」
「敵さんの情報は仕入れてる。お前らも見ただろ。あれにはアジトについても書かれていた。その情報を元に向こうの拠点を奇襲し返してやればいいだけの話だ。ただ、それをやる前に一つ言っておきたいことがある」
「何ですか?」
「お前らにはここで待っていてもらいたい」
修太郎の言葉に双子やカスミ、シャイナは驚愕の表情を露わにする。修太郎はそんな双子に頭を抱えたくなる気持ちを抑えて話を続ける。
「俺の力は基本的に味方がいない方がありがたいんだ。とくにそんな足手まといにしかならない奴に来られても困るんだよ」
「私たちが足手まといだとでも言うんですか?」
「いや、実際なってただろ。さっきの人型との戦いでお前ら役に立ってたか?」
修太郎の言葉にマヤは口をつぐむ。朝方の戦闘がダメだっただけで、おそらくこの二人はそこまで弱いわけではないのだろう。だが、人型を相手するには力不足だ。
「俺一人で行く。だから、お前らは待ってろ。心配しなくても今日中には終わらせてやるからよ」
「ほぅ。それは楽しみじゃの」
「!」
聞こえてくるはずのない方向から声が聞こえてきたのに驚いて、修太郎は弾くようにそちらの方を向く。いつの間にか、部屋の隅に一人の美しい少女が座っていた。白髪に赤い瞳を持ったアルビノを連想とさせる儚げな印象を持たせる小柄な少女。その美貌は誰もが見とれるほどのものだったが修太郎に見とれている余裕はなかった。
少女が纏う雰囲気が明らかに今まで会った者たちとは違ったからだ。
それ以前にこの少女はいつの間に部屋に入ってきたのだろうか。窓から入ってきたとしか考えられないが、その音も気配もまるで分からなかった。分かるのはこの少女がかなりの実力者であるということだ。
何者なのかは分からない。ただ双子が同時に口にした単語により部屋の中の空気は絶対零度よりもさらに低い温度で凍りつく。
「「魔王様……」」
「……魔王様?」
修太郎は驚愕により須臾の間固まるが、すぐに魔王と呼ばれた少女に攻撃を仕掛けるべく動く。しかし――。
「遅い」
魔王がそう口にすると同時に彼女の姿が消える。あまりの速さに修太郎は彼女を見失ってしまう。
「どうした? いつまで、そっちを向いておる」
修太郎が振り向くと窓の向こうにサヤとマヤを両腕に捕らえた魔王が立っていた。いや、浮いていた。
「マヤ! サヤ!」
カスミは慌てた表情で叫ぶ。修太郎は調整して宙に浮いた魔王に対して特典を使う。しかし、何も変化は起きない。魔王は平然とした表情で双子を抱いている。
「何?」
「効かぬわ」
魔王は特典が通用せずに焦燥する修太郎を鼻で笑う。そして、彼を見下ろし、凄絶な笑みを浮かべて言い放つ。
「取り返したくばアスタルを倒すことじゃ。そうしたら、試練の後、解放してやろう。せいぜい、妾をがっかりさせてくれるなよ。ではな」
言いたいことだけ言うと魔王はヴェレ姉妹諸共その場から消え去ってしまう。三人はそれを呆然とした表情で見送ることしかできなかった。
カスミは双子の姉妹が連れ去られてしまったことに大慌てだ。無言で虚空を見つめるシャイナに狼狽した様子で近付き、その両肩を掴む。
「ど、どうすれば……」
「落ち着いてください、カスミ様。まだ……」
「くくくっ! はははははっ!!」
シャイナの言葉を遮るように修太郎は大笑いをする。連れ去られたというのに笑っている修太郎を二人は咎めようとするが声が出なかった。なぜなら、腹を抱えて笑っている修太郎の目は怒りでぎらついていたからだ。
「……やってくれたじゃねえか」
底冷えしそうなほど低い声だった。そんな声を出しながらも修太郎は額に青筋を立てながらも笑う。それはおかしくて笑っているのではない。コケにされたことによる怒りから来るものだとカスミたちは考えた。
「いいぜ。ならば、望み通り今すぐにでもアスタル・ゼヴェイフォルンをぶっ殺してやろう。そうしたら、覚悟してろよ。魔王様よぉ……!」
修太郎は静かに、それでいて力強く言い放つ。それは明らかに怒りを鎮めるためのものではない。静かに内側に溜め込み、もっとも効果的に解放するための行動だった。




