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相反せしモノたちが紡ぐ異世界記  作者: 夢屋将仁
第二章 選択の意義
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一人目ー第二章 6話 境の街

 今後の行動指針をある程度決めた修太郎は料亭を出て、一人、街に繰り出していた。カスミやシャイナもついていくと言ってきたのだがそれは断った。せっかく見知らぬ土地に来たのだから一人で散歩を楽しみたかった。

 多少食い下がられたが、予定が狂ったのだから一人で楽しませろ、と言えば二人は何も言えなくなった。

 何せ、この依頼を受けたことで今日中に船楼地区に向かうのはほぼ不可能になってしまったのだ。その負い目もあってか彼女たちはおとなしく引き下がってくれた。おかげで、この街を自由に堪能することができそうだ。


「つっても、そう大したものはなさそうだな」


 修太郎が最初に来たのはアレフス家があることもあってか、カザシ地区の中心街にあたる大きな街だった。それに比べれば、ここは境にほど近い、いわば辺境の街。向こうと比べるまでもなく小さい。

 向こうにもなかった娯楽施設のようなものがあるとは期待していなかったが、それにしても何もない。確かにさまざまな店はあるが、規模は大きいとはいえない。これでは散策もすぐに終わってしまいそうだ。


「まあいいか。気晴らしにさえなれば、何でも……」


「やめてください!」


「あん?」


 修太郎の独り言を遮るように女性の叫び声が街に響く。思わず修太郎は眉をひそめて、声のした方を向く。

 そこには一人の女性が三人の柄の悪い男に取り囲まれていた。後ろにも小さくて見にくいが子供がいる。どうやら、彼女は二人の少年少女を庇っているようだ。



 周囲の人間はそんな彼らを遠巻きに見つめている。しかし、女性たちを助けようと動く気配を見せる者はいない。


「あいつら……」


 修太郎はため息をついて頭を抱える。明らかに逼迫した状況を見たとは思えない反応に修太郎の周囲の人間が彼の方をチラリと見るが無視する。有象無象など、目の前の状況以上にどうでもいい。

 緊急性は高いがそこまで騒ぎ立てる必要もない。だから、修太郎は悠然とした足取りで渦中に向かっていく。



 何のためらいもなく近付いていく修太郎に人々はざわつくが、修太郎はゴロツキどもだけに視線を向けている。


「おい。お前ら」


 声をかけると男たちは一斉に修太郎の方を向く。その表情には明らかに邪魔が入ったことによる苛立ちが浮かんでいた。


「あ?」


「何だぁ? てめえは」


「邪魔してんじゃねえぞ」


 口々にそう言いながら近付いてくる彼らに修太郎はため息を禁じ得なかった。


「やれやれ。これのどこが自警団なんだよ」


 呆れたように吐き捨てると、修太郎は何のためらいもなく一番近くにいた男の顔面を殴り飛ばす。男は壁に背中を打ちつけ気絶する。


「な、何しやがる!」


「あ? 記憶力のねえてめえらのためにやってやったんだろうが。いや、それとも本当に聞かされてなかっただけか?」


 ゴミを見るような目で見る修太郎に短気な男たちは青筋を立てる。明らかに怒っている彼らに人々は(おのの)くが修太郎はどこ吹く風だ。


「舐めやがって! おい、やるぞ!」


「おう! この街一番の自警団をコケにしたことを後悔させてやるよ!」


 三下のような台詞を言いながら殴りかかってくる男たちを修太郎は双手突き迎撃する。男たちの拳は修太郎の体に一切当たらず、逆に修太郎の拳を急所(みぞおち)に喰らってしまう。まともにもらってしまった男たちはたまらず崩れ落ちてしまう。


「悪いがすでに設定済み(・・・・)だ。てめえら自警団(ゴミども)が俺に傷をつけることはねえ」


「て、てめえ……。何者だ……?」


「俺か? 俺はてめえらの仲間をぶっ潰した男だよ」


 その言葉で男たちの顔が青くなる。どうやら、彼らの仲間が修太郎に潰されたという話は聞いていたらしい。


「ま、まさかてめえが……!」


「おいおい。今ごろかよ。報連相がなってねえな。それだけで、てめえらがエセ自警団だと証明できるぜ」


 明らかな侮辱の言葉だが男たちは反応をしない。ただ青くなっていた顔が、これ以上なく真っ青になっている。両手は彼らの怯えを示すように大きく震えていた。


「し、失礼しました~!!」


 男たちは見事な土下座を見せると、大慌てで立ち上がり即座に走り去っていく。人々にぶつかるのも構わず逃げるその姿はいっそ芸術的だった。


「……さすが三流悪役。逃げ足だけはお見事」


 茶化すように修太郎は言う。だが、その言葉は男たちに届くことはない。とうに彼らはその姿を消している。



 修太郎はうんざりした表情で首の後ろを掻くと女性たちの方に視線を向ける。


「災難だったな。大丈夫だったか?」


「は、はい。危ないところをありがとうございました」


「お前らも怪我ねえか?」


 修太郎が二人の子供たちに目を向けると、一瞬ビクついた反応を見せたが、すぐに何度も首を縦に振って肯定する。


「は、はい。大丈夫です」


「ぼ、ぼくも怪我はありません」


 おどおどとした様子で二人の子供が答えると修太郎は満足げに頷く。


「そうか。そいつは何よりだ。っと、そういや、名を名乗ってなかったな。俺は櫛山修太郎ってんだ。お前ら、名は何だ?」


「クワゴ・ソーズ……」


「私はダウセ・アービベントです」


「クワゴにダウセか。いい名前じゃねえか」


 笑いながら修太郎が二人の子供の頭を優しく撫でてやると、二人は目を閉じてその手を受け入れる。


「どうして、僕たちを助けてくれたの?」


 クワゴが撫でられながらそう尋ねてくる。修太郎は一瞬撫でる手を止めるが、すぐに笑みを浮かべ直して答える。


子供(ガキ)は世界の至宝だからな。あんな自警団(ゴミども)に汚されていいはずがない。それだけだ」


 あまりにも単純明快な解答にクワゴもダウセも側で聞いていた女性も呆然とする。自分たちを微笑ましげな表情で見ている修太郎に対してダウセは突然わたわたと慌て出す。


「あ、あの……。大丈夫なの? あいつら、この街一番の自警団だから目をつけられたら……」


 不安げな表情でそんなことを言ってくるダウセに修太郎は微笑ましい気持ちになる。あのやりとりを見てなお修太郎のことを心配してくれるのは彼女が心優しい少女であることの証なのだろう。


「心配するな。どこぞの腰抜けどもと違って、俺は女子供が襲われているのを黙って見過ごせる性質(タチ)じゃねえんでな」


 修太郎はそう言ってチラリと人々の方を見るが、彼らは視線をそらし、その場から立ち去っていく。何とも張り合いのない連中だ。

 とはいえ、平常を生きてきた人間などこんなものだ。ある程度予想していた修太郎はそれ以上何も言うことなくその場を離れようとする。


「まぁ、無事だったんならそれでいい。じゃあな」


「あ。待ってください! 何かお礼を……」


 修太郎は背を向けて颯爽と立ち去ろうとするが女性が引き留めてくる。修太郎はそんな彼女に首だけを向けて言葉を返す。


「別にこれは俺の自己満足だ。礼なんざいらねえ」


「ですが……」


 しつこく食い下がってくる女性に修太郎は小さくため息をつく。そして、先ほどから密かに観察して読み取った彼なりの答え(・・)を口にする。


「そう言われたってよ、そんなことしてる時間なんざあんたらにねえだろ。どう見ても何か面倒ごとやってんだろ?」


 修太郎の言葉に女性は息を飲む。どうやら、彼の読みは当たりだったようだ。だが、さすがにこのまま放置するのも気分が悪い。そこで彼なりの妥協案を出すことにする。


「そうだな。もし、また会うときがあったら何か美味いもんでも奢ってくれよ。じゃあな」


 修太郎はそれだけ言うと、今度こそその場を去っていった。その背を二人の子供たちが感情の読めない目で見つめていることにも気付かないまま……。






 ○○○○○


 街を堂々と闊歩する修太郎に近付こうとする人間はいなかった。どうやら、先ほど自警団を撃退した噂が街中に流れたらしい。それに対して、修太郎は今さらかと内心呆れながらもそれ以上街の人間に意識を割くことはなかった。



 その代わり彼が意識を向けていたのは右前にある建物の柱に背を預けている少年だった。つい先ほど出会った赤い髪の少年。赤村朸だ。

 朸は修太郎が自分に視線を向けていることに気付くと、笑いながら右手を振ってくる。


「やー。奇遇だねぇ」


「ほざけ。俺を待ってただけだろ?」


「あ、バレた?」


「逆に何でそんなあからさまでバレないと思った?」


「あはは。そりゃそうか」


 白々しい会話を続けていく。だが、周囲の注目を集めているのを嫌ったのか修太郎は大きく舌打ちをする。

 そんな彼を見て朸は苦笑いすることしかできなかった。


「じゃあ、行こうか。ここじゃよくないでしょ」


「まあな」


 即答する修太郎に朸は頬を掻きながら笑みを浮かべる。修太郎はポケットに手を突っ込むとあることを尋ねる。


「で、どこに行くんだ?」


「まぁ、おとなしくついてきてよ。いいところ知ってるんだ」


 朸はそれだけ言うと修太郎に背を向けて歩き出す。キサラに従う道を選んだ男の後についていくことはよく考えずとも危険なのだが、修太郎は何のためらいもなくその後を追う。

 それは自分の力に対する絶対的な自信ではない。彼自身に対する絶対的な信頼によるものだった。



 朸が連れてきたのは古い宮殿のようなところだった。建築物こそ、そこそこ大きかったが、そう大したものではない。寂れているこの街に相応しいと言える。

 しかし、修太郎はこの街を一通り歩いたがこの宮殿を見つけることはできなかった。いくら、大ざっぱに見ただけとはいえ、こんな大きな建物を見落とすはずはないはずだが、何か仕掛けでもあるのだろうか。


「ねぇ、修太郎」


「何だ?」


「また、何か面倒ごとに巻き込まれたんだって?」


「相変わらず耳がいいことで……」


 修太郎は思わず頭を抱える。朸の情報収集力は地獄耳のそれだ。どれだけ内緒にしていようが、いつの間にかその情報を入手している。一度どうやって情報を集めているのか聞いたがはぐらかされてしまった。

 だから、彼に双子のことを隠せるとは思っていなかったが、それにしたって早すぎる。あの場にいた誰かが彼のスパイなのではないかと疑ってしまうレベルだ。


「耳がいいも何も、あちこちで噂になってるよ。この街でブイブイ言わせてた自警団ぶっ飛ばした若い男が嫌われ者の双子についたってさ。ていうか、他でもない双子ちゃんたちがそれを言いふらしてるところをついさっき見たよ」


 どうやら、それ以前の問題だったようだ。マヤが話を広げているとは思えないので、おそらくはサヤがやっているのだろうが、それにしてもそんなことを声高々に宣伝して回るのはどうなんだろうか。

 いや、ひょっとしたらマヤが修太郎への嫌がらせとしてやっているのかもしれない。その方がまだ得心がいく。

 だが、一つ気になる単語があったのでそれを聞いてみることにする。


「なぁ、双子たちっつってたが、ひょっとして二人で吹聴してたのか?」


「そうだよ」


 修太郎はため息をつきそうになるのを必死に堪えた。まさかの二人での行動だった。

 だが、それを聞いてなお動じていない自分にも嫌になる。この世界に来てからいろいろなことが起きすぎて、少々感覚が麻痺しているのかもしれない。だが、今回は好都合だった。おかげで多少なりとも冷静に物事を考えることができる。



 そこで朸が口を開く。


「ねぇ、お前は本当にこの件に関わるつもり?」


「何が言いたい?」


「単刀直入に聞くよ。もし仮にそのアスタルという魔物を殺せたとして、それで本当に問題は解決すると思う?」


 答えるまでもない問いだった。そんなもの分かりきっている。朸とて百も承知のはずだ。それを分かった上で修太郎はあえて答えることにする。


「そうだな。まぁ、そのアスタルって奴をぶっ飛ばしたくらいじゃ、あの双子に対する迫害はなくならねえだろうな。もっと根本的なところから解決しねえと」


「根本的ねぇ。例えば?」


「それが分からねえから困ってんだろ」


「嘘ばっかり。本当は分かってるんでしょ?」


 朸の言葉に修太郎は息を吐く。そう。本当は分かっているのだ。ただ、それをしようと思うとマヤが間違いなく障害になる。だから、現時点でその方法をとったところで成功するとはとても思えない。

 そもそもそれ以前にその方法をとる意味があるのかどうかすら分からなかった。本音を言えば、修太郎にはアスタルを討つ意味すら分からなかった。なのに、この一件を引き受けたのは正直に言えば特典(ちから)を思う存分振るいたかったからだ。断じて、彼女たちを助けたいなどという自分本位な正義感から来るものではない。


「……相変わらずよく分かんないこと考えてるんだねぇ……」


「人の心を読むな」


「お前が分かりやすすぎるんだよ」


 朸は肩をすくめる。修太郎は何も答えない。そんな彼の目をよく見て、朸は続ける。


「でも、もうちょっと有意義なことをしてみてもいいんじゃない? こんなところで一人で生きていこうっていうんなら無駄なことをやってる余裕なんかないでしょ」


「人なんてそんなもんだろ。意味のないことを考えて、無駄なことをやる。そうやって生きるのが人間だ」


「なるほど。要は可愛い女の子を助けて惚れさせたいってことか」


「どうして、そうなった?」


「え? そういうことじゃないの?」


 発想が飛躍しすぎだと返したかったが、間違ってはいないので反論はしなかった。修太郎がクラスから離反した目的の一つは特典(チート)頼みのチーレムだ。これまでに想定外な事が起きすぎて積極的に動くことができずにいたが、いい加減ハーレムを作っていきたいという思考が根底にあることは否定できない。



 とはいえ、アスタルを討伐したくらいであの双子が修太郎に惚れるかどうかは分からなかったが。


「まあいいけどね。一人で動くと決めたんなら、好きに動けばいい。お前も特典(ちから)を与えられた以上、そうやすやすとは負けないだろうし」


「ふん」


「けど、せいぜい気をつけなよ。ここは境の街。他より比較的マシってだけで何が起きてもおかしくはないんだから」


 朸はそれだけ言うと去る。その背を追うことなく、宮殿の壁に背を預ける。


「境の街……か」


 修太郎は何かを戒めるような声でそう呟いた。

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