一人目ー第二章 2話 赤村朸
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そこはカザシ地区の街並みと比べれば古い建物ばかりが並んでおり、一見すると寂れているように見えた。しかし、小さな街にしては活気づいており、あちこちで笑い声が聞こえる。少なくとも最初にカザシ地区中心街を見たときよりははるかに盛況だ。
「だけど、それも見せかけだな」
修太郎は冷めた目でそう呟く。明らかに人々は無理に明るく振る舞おうとしている。その理由までは見当がつかなかったが、どうせ面倒ごとがらみだろう。
「その通りです」
修太郎の言葉を聞いていたらしいカスミが肯定してくる。修太郎は大げさにため息をつくと、カスミにその理由を尋ねる。
「んで? こいつらは何から逃げようとしてるんだ?」
「……魔物からです」
「当然だな。で? ここに居座ってるのはどんな魔物だ?」
「直に分かります」
「そうかい」
修太郎の聞きたかったことは見事にはぐらかされてしまう。いや、というより彼女も答えようがなかったのかもしれない。本来、魔物はこの世界の人々を苛む災厄だ。そして、それは一つだけではない。
どれほどいるかは分からないが、複数いるのは確かだ。つまり、カザシ地区の不審死事件よりも厄介なことになるかもしれない。
なぜか、ほとんど魔物が出なかったあの一連の事件よりもはるかに――。
そう考えると修太郎は気が滅入りそうになった。元来、修太郎は面倒ごとが好きではない方だ。だが、なぜか彼はやたらと面倒ごとを引き寄せてしまうのだ。こちらの世界での出来事が――いや、そもそもこちらの世界に転移させられたこと自体がそれを証明している。
こうなるとほんの少しくらいはクラスに残っていればよかったかと思うが、光一と行動を共にするという時点でその選択肢は消滅する。
安城光一と何かをやるということ自体がありえない。学校行事など、やむを得ないことなら我慢して共にやるが、この異世界転移においてその義務はない。
ハイスペックイケメンリア充だからというわけではない。確かに彼はとりわけ優れた者たちが集められた修太郎のクラスの中でもずば抜けた頭脳と運動能力を持ってはいるし、異性からもモテる。それに対して嫉妬をしなかったときがないとは言わない。だが、あまりに恵まれすぎた彼に対する嫉妬を遙かに上回るくらい彼への嫌悪感が強いのだ。場合によっては、坂戸正馬よりも唾棄すべき存在だ。
周囲は彼を褒めそやしているが、知っている者は知っている。彼の救いようのない闇を。
それがある限り、少なくとも彼らと光一が和解することなど万に一つもありえないだろう。それだけのことを彼はしたのだ。
(っと、何であんな奴のことを考えてるんだ。それよりも、この先何が起きても大丈夫なように備えておかねえと)
修太郎は周囲を警戒する。特典と共に得た情報によれば、魔物は人目につこうがつくまいが平気で襲いかかってくる。最初にカスミを襲ったときも結果的に人目につかなかっただけで人のことなど微塵も気にしていなかった。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
「また、これかよ……」
どこかから叫び声が聞こえてくる。前回、カスミを助けたときもそうだった。何ともワンパターンな展開だななどと思いつつ修太郎は声のする方に視線を向ける。
そこにはパニックになっている人々の姿があった。見事な大騒動だ。そして、その原因は容易に見当がつく。
本当ならば放っておくのも選択肢には入るが、そんなことをしても無駄なリスクを増やすだけだ。いくつかの選択肢を天秤にかけ、修太郎は騒動を収束させる選択肢を選ぶ。
「悪い。少し行ってくるわ」
「構いません」
「修太郎様。私も……」
「いや。あんたはカスミを守っててくれ。それがあんたの仕事だろ?」
修太郎はそれだけ言うと、騒ぎの大元へと向かっていく。逃げ惑う人々をかわしながら彼らが逃げている原因に近付いていくと修太郎はわずかに目を見開く。
「複数かよ」
「グルルルル……」
修太郎の眼前には三匹の魔物がいた。尻尾が三つに分かれた小さな青い猫と頭に赤い角が生えた緑色の子馬の姿形を取っている生型が二匹。そして、中心に赤い虎の姿形をした獣型が悠然と佇んでおり、この獣型がおそらくこの三匹の中で一番強いのだろう。いずれもが混乱に陥っている人々を押しのけて自分たちの前までやってきた修太郎を舌舐めずりをしながら凝視している。修太郎を獲物だと判断したといったところだろう。
修太郎としてはあまり喜ばしい状況ではないが、ここまでのんびりされては何も問題なかった。修太郎が目の前で隙だらけの状態で突っ立っていても、彼らは未だに襲う気配を見せない。修太郎を好奇心の強い獲物だと判断して油断しているのだろうが、それがどうしようもないほど致命的な失態だということに彼らは気付いていない。あまりの知能の低さに哀れみさえ覚えてしまう。
もっとも、哀れみこそあれど同情するつもりなど欠片もなかったけれど。
憐憫の視線を向けてくる修太郎に魔物たちは何かを感じ取ったのか、ようやく襲う構えを取る。だが、もはや何もかもが遅い。
「悪いな。もうお前らに興味はねえんだ」
修太郎はそう言って突然背を向ける。魔物たちはその隙を逃さず襲おうとするが、最初に攻撃を仕掛けた生型二匹を仕留めたのは獣型の鋭い爪だった。
「オァ……?」
獣型は何が起きたか分からないといった様子で意図せず二匹を仕留めてしまった自身の爪を見る。そして、次の瞬間獣型の様子が変わる。
「ガッ!」
苦悶の表情を浮かべたかと思うと、突如その身が破裂する。修太郎は背中越しにその様子をチラリとだけ見る。そして、すぐに興味なさげに前を向くとポケットに手を突っ込んでその場を立ち去った。
何が起きたか理解できずに呆然としていた人々は修太郎が歩いていくと道を開ける。開いた道をふてぶてしい態度で歩いていくと、シャイナに庇われたカスミが目の前に見える。
「それがあなたの能力ですか」
「能力ってほどのものでもないけどな。ただ単にあいつらが天から見放されただけだよ」
「そういう次元ではないと思うのですが……」
「そういう次元だよ。世界の真理なんざ、下手に難しく考えるから奥深く感じるだけで、実際には矮小で単純なものでしかねえんだよ」
修太郎はそう言って吐き捨てる。その目には失望の色が強く浮かんでいた。それに気付きながらもカスミもシャイナもあえて何も言うことはなかった。
「とりあえず、この場から離れようぜ。俺はあまり注目浴びんの好きじゃねえんだよ」
「そうですね。では、行きましょうか」
修太郎の提案を受けて、二人は頷く。何かを言いたげな人々の視線を無視し、修太郎は早急に立ち去ろうとする。
「やー。すごいなー。指一本触れずに獣型を撃破するなんて凄いじゃん」
だが、そうはいかなかった。予想していたとはいえ、他の人間ならば無視するつもりだったが彼の場合はそういうわけにはいかない。
修太郎が少々高めの声をかけてきた人物の方へと体を向けると、自分より少々高い身長を持ち、正馬たちと同じ白を基調にした軍服に灰色のマントを羽織った少年がいた。燃えるように真っ赤な髪と色素の抜けた灰色の瞳を持つ光一とは違った印象を受ける美少年。修太郎は彼に演技なしの笑みを浮かべながら話しかける。
「よう。久しぶりだな、朸」
「うん。元気そうで何よりだよ、修太郎」
修太郎の言葉に赤村朸は満面の笑みを以て答える。彼は修太郎の数少ない友人の一人だ。性格に大いに難のある修太郎に対しても穏やかに接する少年で修太郎も彼には比較的友好的に接している。
「そっちの綺麗な女性二人は君の知り合い?」
朸は修太郎の後ろに立つカスミたちの方に視線を向ける。カスミたちは朸に対して警戒心を見せているが、修太郎は笑いながらその問いに頷いて肯定する。
「ああ。あそこを飛び出してすぐに出会ったんだ。それから、彼女たちの世話になってる」
「そっか。……初めまして! 僕は赤村朸といいます!」
朸が元気よく自己紹介をしながら軽く頭を下げると、カスミたちもいくらか毒気が抜かれたのか愛想笑いを浮かべると名乗り返す。
「朸さんですね。私はカスミ・アレフスと申します」
「カスミ様のお付きをさせていただいております、シャイナ・クレヴェフノと申します」
「うん。よろしく!」
丁寧な所作でお辞儀をしながら二人は名乗る。朸はそんな二人に快活な口調で答える。カスミたちは朸に明朗快活な印象を受けた。二人の警戒心がほぐれたのを見て、修太郎も満足そうに頷いている。
修太郎がクラスに対して心残りがあるとすれば、彼をクラスに放置してきたことだ。とはいえ、共に行くことを請うたところで先行きは不透明だったし、自身のわがままに巻き込むのは忍びなかったため、間違った選択をしたとは今でも思っていない。
実際、少し見ただけだが、朸は問題なくこの世界を過ごせているように見える。
そのことに、よかったと内心安堵の息を吐く。朸は今もニコニコと笑っている。明らかに無理して笑っている感じではない。彼を自分の身勝手な単独行動に巻き込まなくてよかったと考えていると、不意に朸が笑みを引っ込めて真剣な表情になる。
修太郎は朸の表情が変わったことに身構える。朸はそんな彼の目を見ながら話す。
「ねぇ、修太郎」
「ん?」
朸の真剣な声に対し、修太郎はどこか気の抜けた声で返事をしてしまう。だが、そのことに対して言及することなく朸は言いたいことを口にする。
「僕たちの下に戻ってきてよ。皆、心配してるなんて見えすいた嘘は言わないけどさ。けど、僕はお前が心配なんだよ」
「……」
「今は問題なさそうだけど、こんな未知の場所でいつまでも自分一人だけの判断で生きていけるとは思えない。絶対にいつか破滅する。そうなる前にキサラたちの保護下に戻った方がいいよ」
それは懇願だった。嘘偽りない言葉。彼は本心から修太郎にクラスに戻ってきてほしいと思っている。彼は本当にいい人間だ。修太郎のようなクズとは違う。本来ならば彼と関わるべき人間ではない。
それを嫌というほど分かっている修太郎は一つため息をつき、朸をじっと見据える。
「悪いが、一人で生きていくのは慣れている」
必死に説得する朸に対して、修太郎が示したのは拒絶だった。彼の言葉を受けて朸は悲しげに目を伏せる。彼は現実の世界では基本的にずっと一人だった。だからこそ、現実世界に戻ることにそこまで執着がなかったともいえる。
修太郎に拒絶され、朸は一人寂しく去っていく。だが、その瞳に諦めの色はない。その程度で諦められるのなら、修太郎を訪ねたりはしない。もうとうの昔に覚悟は決まっている。
「遅くなるかもしれないけど、待ってて。必ず君を救い出してみせるから」
朸は強い意志のこもった目で空を見上げた。空はどこまでも青く澄んでいた――。




