一人目ー第一章 16話 カスミとの一幕
日が暮れ、夜になった。夕飯を食べた修太郎はベッドに寝っ転がってずっと考えていた。その頭の中にあるのはとうに解決したはずの連続不審死事件だ。
ずっと漠然とした違和感を感じていたが、改めて考え直すとその正体がよく分かる。事件の違和感。それはなぜ途中から事件現場に意図して残した痕跡がお遊び程度のものになっていたかということだ。
最初の数件では証拠を消すためとはいえ、被害者の体の一部を持ち去るという残虐極まりない方法で痕跡を残していたのにもかかわらず、それ以降はおちょくってるとしか思えない――場合によっては、よく調べないと分からないレベルの小さな痕跡に留まっている。これが修太郎には理解できなかった。
痕跡を残すにしても、アレフスへの疑いをかけたいのならばもう少し同一性を持たせるべきだ。毎回体の一部を持ち去るとはいかないまでも、そんな遊戯のレベルではなくもっと残虐性のある痕跡を残すべきなのだ。だが、木更津はあえてそれをしなかった。それはなぜか。
もう一つ違和感がある。それはあれほど念を入れてまで自らが犯人である証拠を消していたというのに、少し問い詰めただけであっさりと自白したことだ。あの状況なら、アレフスが怪しいと言い張っておけばいくらでも言い逃れできたはずだ。たとえ全員を皆殺しにして口封じしようとも、三人同時に殺せばそれだけ証拠を消すのは難しくなる。今まで意図したもの以外の痕跡を消すことに腐心していた彼にしては理解に苦しむ行動だ。
この二つから導き出される結論はただ一つ。彼があっさりと自白したのは今回の事件を手引きしていた黒幕がいたからではないのか。木更津はその黒幕の指示通りに動いていた。だから、あんな不可解な動きを見せていた。それならば筋は通る。
そうなると黒幕の狙いは何なのか。
いつまでも考えていたいところだが、いつまでも黒幕にばかり思考を割いているわけにはいかない。まずは目先のことだ。それを何とかしなくてはこの世界で生きていくなど夢のまた夢だ。
午前中にシャイナから手に入れたガイドブックを元にある程度目的地は絞ることができた。この国には四つの地区がある。一つ目がアレフス家が縄張りとしているカザシ地区。『谷崎家』が縄張りとする船楼地区と『キューゲンペグ家』が縄張りとしているアデワデ地区。そして、最後が『シュード家』が牛耳っているコンフリクト地区だ。この中でカザシ地区から一番近いのは谷崎家がある船楼地区だ。
「あらかたの情報は頭に入れた。明日あたりにでも出るか」
「明日出られるのですか?」
「……また考え込みすぎてたか」
修太郎は上体を起こして、ベッドの側に立っているカスミを見る。彼女は苦笑しながら話しかけてくる。
「ノックに気付かないほどの熟考をこの短時間に二度も拝見したのは初めてです。それほどまでに考えていられるのは、やはり頭を使われるのが得意だからなのでしょうか?」
「逆だ。考えるのが苦手だからこれくらい集中しないとロクに思考できねえんだよ。この程度の思考を寝ながらできる奴なんて腐るほど知ってるぜ」
修太郎のクラスメイトは基本的に皆、頭がいい。気に食わない筆頭である安城光一もこの程度の思考は朝飯前にこなしてしまう。そんな彼らを知ってるからこそ、修太郎はあえてじっくりと考え込む癖をつけたのだ。
「まぁ、だからといってどうということもないんだけどな。所詮思考なんざ確実性を増すための道具でしかない」
修太郎は確実という言葉が嫌いだった。確実とは独善的な願望の実現しやすさのことを指すからだ。だが、彼も人間である以上それを完全に拒絶することができないということくらいは理解していた。
「だが、それはそれでいい。今の俺は好き嫌いで生きていけるほど強くはないからな。よほどのことがない限り、確実も受け入れてやるさ」
「あなたは一体何を……」
「別に分からなくていい。俺も理解させるつもりで言ったわけじゃないからな。ただの独り言だよ」
そう、理解される必要などない。大したことなど何一つ口にしていないのだから。要は修太郎が確実で安全な方法を嫌っているというだけの話だ。そして、現状その手段に頼らなくてはならないことに苛立っている。そうしなければならない自身の脆弱さに怒りを覚えている。ただそれだけの話だ。
本音を言えば修太郎はコンフリクト地区に真っ先に行きたかった。彼の直感がそこに何かがあると告げていたからだ。彼は直感に身を委ねることを好んでいる。だが、それは叶わない。その手前に船楼地区とアデワデ地区が立ちはだかっているからだ。
どう考えても今すぐ行ける距離ではない。必ず間の二つの地区を経由する必要がある。こればかりはどうしようもない。空を飛んでいければ話は別なのだろうが、飛行機がないこの世界でそんな真似をすれば目立つだけだ。逃げ回っている身であることを忘れてはいけない。
「それよりも明日俺はここを発つ。ご当主にもすでに伝えてある。だから、明日からしばしのお別れだ」
「……待ってください。私も行きます」
修太郎が別れを告げると、間髪を入れずにカスミが同行を依頼してくる。それに修太郎は面食らう。
「いやいや。いいのか? 俺がこれから向かおうとしているのは谷崎家のいる船楼地区だぞ? いくらなんでも、アレフスの息女であるお前が、俺みたいなどこの馬の骨とも分からない奴と一緒に行っちまったら……」
「問題ありません。我々アレフス家と谷崎家は四大名家の中では比較的良好な関係を築けていますし、それに両方合わせてもおあいこにしかなりません」
「何か、すげー、よく分かんねえ理屈なんすけど?」
「修太郎も先ほど申し上げたでしょう? 言葉は相手に理解させる必要はないと……」
「んなこと言った記憶ねえんだけど? いや、独り言のくだりの解釈次第ではそうとも取れるのか?」
修太郎はどうでもいいことで一瞬迷いかけるが、すぐにそんなことを言っている場合ではないと気を取り直そうとする。
だが、時すでに遅しだった。
「とにかく、私が同行しても何も問題はないということです。シャイナも同行させますし、それで構わないでしょう」
「いや、構うぞ。そもそもお前が抜けたら、アレフスはどうなるんだよ? 事件は解決したとはいえ、まだごたついてんだろ?」
「問題ありません。その対処は父に一任しております。というより、そのように言いつけられております。私などいてもいなくても変わりませんから」
その言葉で修太郎はカスミが父親に黙って狩野に接触していたことを思い出す。何らかの因縁が狩野との間にあったカスミはその命を奪うことで事件に終止符を打とうとした。言うまでもなく極めて危険な行為だ。それがバレているのかどうかは修太郎には分からなかったが、狩野に会いに行ったというだけでもユキヒコにとっては容認しがたい行為だっただろう。彼女の口ぶりからして、それだけが理由でもなさそうだが。
それを差し引いても一気に押し切られた形ではある。修太郎が見せた隙を迷わず攻めるあたり彼女もなかなか強かなようだ。もっとも、それくらいでなければ狩野に一人で会いに行こうなどとは言わないだろうが。
「まぁ、お前がいいならいいけどよ。でも、それなりに危険は伴うと思うぞ?」
「その程度、覚悟の上です。その上で私はあなたについていきたいと思っているのですから」
その言葉に修太郎は折れざるを得なかった。それにこれはこれで面白いとも思っていた。人生はハイリスクハイリターンだ。もっとも、どれだけのリターンを得られるかは今の修太郎には分からなかったけれど。
だが、今の一言で修太郎は全てを思い出した。いや、思い直した。同時に彼は他でもない彼自身に心底呆れ果てる。自分は先ほどまで何を意味不明なことを考えていたのかと。道化にもほどがある。
らしくもなく深読みしすぎていた。姿も見たことのない黒幕やキサラにばかり気を取られすぎていて肝心なことを忘れていた。そもそも、修太郎に無駄に警戒する必要はない。その気になれば、逃げおおせることも潰すことも造作もなくできるだけの特典を彼は得ているのだから。
確かに自身の願望を叶えるためにこれを使うのは少々気が引けるが、別にそれ以外のことで使うことに忌避感はない。もし、牙をむいてくるのならばこの力で容赦なく叩き潰してやればいい。それだけの話だったのだ。
「分かった。それなら、これからもよろしく頼む。カスミ」
「はい」
修太郎がカスミに右手を差し出すと、彼女は何のためらいもなくその手を取る。これで二人が共に旅路を歩むことは決定したわけだ。その事実にカスミは喜んでいるようだが、修太郎は別のことを考えていた。
この数日は柄にもなく自分の力だけで事件の謎を解き明かし無駄に遠回りをしていたが、ここからは遠慮なくこの特典を振るうとしよう。これだけの力があればこの世界を生き抜くなど造作もない。
もちろん、無敵の力ではないので過度な慢心は禁物だが、無意味に警戒することもない。適度な慢心と有意義な警戒で事足りる。それ以外は何もいらない。
さぁ、明日から新しい地へと足を踏み入れるとしよう。
next――『第二章 選択の意義』




